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『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


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第34話:マーライオンの記憶と、16年越しの親孝行

 淳志の「隠し子」疑惑という特大の爆弾を抱え込んでしまった沙織は、自分一人では到底抱えきれず、震える手で香織に電話をかけた。

 すべてを聞き終えた香織は、取り乱す沙織の予想に反して、ひどく落ち着いた声で返してきた。


『……その小鳥遊さんって方、本当に凄い女性ね』

「えっ? お母さん、怒らないの……?」

『もちろん、小林くんの過去の不義理は後でたっぷりお説教するけれど。でもね、私は離婚した時、仕事も養育費もあったから経済的には困らなかったの。でも、彼女は18歳そこそこでシングルマザーになって……しかも今、研究員をしているってことは、子育てをしながら大学に通って自分の道を切り開いたってことでしょう? 同じ女として、心から尊敬するわ』


 香織の圧倒的な器の大きさに、沙織はホッと胸を撫で下ろした。


『で、小林くんのことだけど。もし本当に自分の子供だと知ったら、絶対に放っておくような男じゃないわ。……でも、小鳥遊さんがこれまで一人で育ててきた覚悟を、私たちが勝手に暴いていいものかしら』

「じゃあ、どうすれば……」

『私と小林くんで、そっちに行くわ。あなたは小鳥遊さんと飲み会を開いておきなさい。「急に彼氏たちが陣中見舞いに来ちゃったから、同席していい?」って、偶然を装って引き合わせるのよ』


 かくして、沙織のウィークリーマンションの近くにある居酒屋で、運命の飲み会はセッティングされた。



「いやー、飲まなきゃやってらんないわよ! 沙織ちゃん、聞いてよ!」


 すっかり出来上がっている佳奈は、ピッチを早めながらジョッキをガンガン空けていた。

 なんでも、今日家に帰ったら、息子の淳が部屋に鍵をかけて彼女とイイコトをしていたらしい。


「自分が早くに産んで苦労したからガツンと注意したいんだけどさぁ! 私も若い頃やらかしてるし、そういうことしたいお年頃なのもすっごく分かるから、怒るに怒れなくてさー!」

「あはは……そ、そうですよねぇ」


 親父のように絡んでくる佳奈の横で、沙織は引きつった笑いを浮かべるしかない。

 そこへ、店の入り口の戸が開いた。


「ごめんごめん、沙織! 急に押し掛けちゃって――」

「お待たせしてごめんなさいね。はじめまして、小鳥遊さんかしら?」


 東京から駆けつけた淳志と香織が現れた。

 淳志は、沙織の隣に座っている見覚えのある女性の顔を見て、ピタリと動きを止めた。佳奈もまた、手の中のジョッキをテーブルに置き、淳志の顔をまじまじと凝視した。

 数秒の、息が詰まるような沈黙。

 やがて、佳奈が店中に響き渡るような大声を上げた。


「あッ! あたしをゴミのように捨てたクズ男!!」


 ――元カレ、確定。


 淳志は即座に、居酒屋の座布団の上にとても綺麗な姿勢で『正座』をした。

 佳奈、香織、そして沙織からの、絶対零度の冷たい視線が彼に突き刺さる。


「あたしはさあ! 淳志と同じ大学に行って、キャンパスライフを楽しんで、お嫁さんになるんだって信じてたわけよ! そしたら何!? あんたのあのクソ親ども、『淳志はもう息子じゃありません』とか言い放ってさ! っていうか、なんでお前勝手に東京の大学受けてんだよ!? ああ!?」


「……ほんっっっとうに、すいません! わたくしの不徳の致すところです……!!」


 額をテーブルに擦りつけんばかりに平謝りする淳志。


「あーあ! あの日の夜、淳志が『月が綺麗だ、佳奈のすべてが見たい』とか『君は星より綺麗だよ』とか言って、二人はそのまま……」

「本当にすいませんでしたぁぁっ!!」


 淳志は正座から一歩下がり、見事な『ジャンピング土下座』を繰り出した。

 かつての自分の甘すぎるセリフを暴露され、顔から火が出るほど羞恥心に悶えていると、佳奈のスマートフォンが鳴った。息子の淳からの電話らしい。

 佳奈が電話を切った後、淳志はなんとかこの針のむしろから逃れようと、必死に愛想笑いを浮かべてヨイショを試みた。


「あ、あのさ! 佳奈、子供いるんだね? いやー、こんな綺麗な奥さんがいて、旦那さん裏やましいなぁ!」


 その瞬間、香織と沙織は『地雷原でタップダンスを踊る男』を見るような目で淳志を見た。


「……は? なに言ってんの?」


 佳奈が、スッと目を細める。


「そんなことないわよぉ? 私はシングルマザーで16年間育ててるんだけど、旦那ってどこの世界にいるのかしらねぇ?」


 淳志の全身から、滝のような冷や汗が噴き出した。

 息子は16歳。そしてシングルマザー。


 完全に終わった。香織と沙織は、ただの置物のように何も言わず、冷ややかに淳志を見下ろしている。


「……あの、佳奈さん。本当に申し訳ない。俺、責任は取るから……」

「なにそんなに焦ってんのよ? っていうか、淳志とそんなこと、したことないじゃない?」

「……え?」

「……は?」


 淳志の間の抜けた声と、沙織の素っ頓狂な声が重なった。


「あのさぁ。確かにあの日、そういう雰囲気になったことはあったわよ? でも、あんたが途中でビビってやめて、結局ケンカになってそのままでしょ? 」

「……あれ? 俺達ってあの時してないの?」

「はい。あたしはバリバリの処女のまま、あんたに捨てられましたー」


 事態が飲み込めず、ポカンとしている淳志に、沙織が恐る恐る尋ねた。


「ねえ、淳志さん。……本当に、覚えてないの?」

「……あっ!」


 淳志の脳裏に完全に『封印』していた、大学時代の忌まわしき記憶がフラッシュバックした。

そして壊れたロボットの様に抑揚も句読点もなく話し出す。


「……そうだ、思い出した。

あれは忘れもしない大学の新歓コンパだ飲み慣れない酒を飲んで綺麗な先輩とイイ感じになってでも俺童貞だからモジモジしてたら先輩にホテルに連れ込まれたんだこういうのは好きな人となんて思いながらも地元を出て浮かれていた俺は本当はノリノリで酔った先輩は綺麗で初めて女性とこういうことしてこれからの大学生活は最高に楽しいぞって思った時に俺の上に跨ったままの先輩が突然……マーライオンの様に…………」


 女性陣が固唾を呑んで見守る中、淳志は遠い目をして、虚空を見つめた。


「マーライオンの様に、マーライオンの様に、マーライ……」

「小林くん!?」

「淳志!?」

「ストップストップ! 大丈夫、大丈夫! もう誰もマーライオンじゃないよ!!」


 あまりのトラウマエピソードに、女性陣から悲鳴が上がる。


「そうだ……。俺、そのショックがデカすぎて、防衛本能で『俺の初めての相手は佳奈だ』って、脳内で記憶を補完(すり替え)してたんだ……」

「どんだけ自分勝手な記憶改ざんしてんのよ!!」


 淳志の深すぎる闇(とアホさ加減)に、佳奈の容赦ないツッコミのハリセン(おしぼり)が淳志の頭に炸裂した。

 完全にドン引きしている香織と沙織の前で、淳志はハッとして顔を上げた。


「あれ? でも、どうしてわざわざ佳奈のところに俺が……?」

「いや、だから……佳奈さんの息子さんが、淳志さんに生き写しだったから……」


 沙織がスマートフォンで隠し撮りしていた『淳』の写真を見せると、淳志は目玉が飛び出るほど驚いた。


「えっ!? えええっ!? 何これ俺じゃん! え、なに、キスで妊娠したの!?」

「そんなわけあるか!!」


 再びおしぼりが淳志の頭にクリーンヒットする。

 佳奈は大きくため息をつくと、ジョッキの残りを一気に飲み干し、静かに真実を語り始めた。


「……あのね。淳は、淳一くんの子供なの」


 淳一。それは、淳志の母方の従弟であり、地元でも有名なとんでもないチャラ男だった。


「淳志に捨てられて地元に残った私は、そりゃあもう噂の的よ。さんざん周りに『彼と同じ大学に行くのー』なんてマウント取ってたから、笑いものにされたわ。……そんな時に、一番に私を庇ってくれたのが、淳一だったの」


 淳志は、再び静かに正座をした。今度は土下座ではなく、彼女の言葉を真摯に受け止めるための正座だった。


「淳志と淳一は従弟同士でもあんまり似てないのに、産まれた息子が淳志の方にどんどん似てくるのが、本当に皮肉よねぇ」


 佳奈は寂しそうに笑った。

 淳一とは結婚しなかったのかと尋ねると、佳奈は静かに首を振った。


「淳一は、子供ができたことをすごく喜んでくれててね。近いうちに両家に報告に行くって言ってたんだけど……その直後に、バイク事故で亡くなったの」


 突然の悲劇に、淳志は息を呑んだ。


「お葬式の時に、お腹の子のことを淳一の家に報告に行こうと思ったわ。でも……淳一のお母さんの憔悴しきった姿を見たら、とても言えなくて。それに、淳一が手を出していた別の女が赤ちゃん連れて『淳一の子供だから保険金よこせ』って喚いているのを見ちゃって……私までそんな目で見られたくなくて、結局言い出せなかったのよ」


 淳志は、唇を強く噛み締めた。

 淳一の母親である叔母さんは、親と折り合いの悪かった淳志が遊びに行くと、いつも優しくしてくれた人だった。


「佳奈。……俺から、叔母さんに話をさせてくれないか」

「淳志……」

「叔母さんに、孫がいることを教えてあげたいんだ。それに、淳くんにだって……自分がちゃんと望まれて生まれてきたんだって、知る権利があると思う」


 淳志の真剣な瞳に、佳奈は少しだけ涙ぐみながら、深く頷いた。



 数日後。

 淳志は佳奈の息子である『淳』と対面し、お互いに「ドッペルゲンガーか!?」と驚き合った後、共に叔母の家を訪れていた。


「……本当に、この子が淳一の……? 淳志くんの子供ではなくて……?」


 すっかり白髪になった叔母は、淳の顔を見て困惑していた。無理もない。誰がどう見ても、目の前の少年は淳一ではなく、淳志の生き写しなのだから。


「叔母さん、疑う気持ちはよく分かります。でも、血液型も俺とは合いませんし、事前にやったDNA検査でも『親族だが親子関係はない』とハッキリ出ています。……もし不安なら、淳一の遺髪か何かで、叔母さんたち自身で検査をしてみてください」


 淳志がそう言うと、叔母は震える手で、淳の頬にそっと触れた。

 淳が、少しだけ困ったように、けれど優しく照れ笑いを浮かべた、その時だった。


「ああ……」


 叔母の目から、せき止めていたダムが決壊したように涙が溢れ出した。


「検査なんて、必要ないわ……。この、はにかむ時の仕草……あの子と、淳一と、全く同じだもの……っ」

「おばあ、ちゃん……」

「よく……よく生きて、私の前に現れてくれたねぇ……っ!!」


 叔母夫婦と、佳奈、そして淳。

 四人は抱き合い、玄関先で子供のように声を上げて泣き崩れた。

 淳志は少し離れた場所から、その光景をただ静かに見守っていた。



 後日。

 遺産相続の手続きのため、淳は叔母夫婦と正式に養子縁組をすることになった。

 そして佳奈もまた、淳と話し合った結果、かねてからの夢であった『生態系エンジニア』を目指し、沙織のチームのプロジェクトに本格的に参加することが決まった。


「ありがとうね、淳志。……おかげで、淳にはおじいちゃんとおばあちゃんを、私には夢を貰ったわ」

「なぁに、昔の埋め合わせだよ」


 晴れやかな顔で笑う佳奈に、淳志も嬉しそうに笑い返した。

 すると、佳奈がふと思い出したように意地悪な笑みを浮かべた。


「そういえばね」

「なに?」

「あなたと淳一は似てないって言ったけど、アレ訂正するわ」

「えっ、そうなの?」

「だって、あなたも淳一と同じ、とんでもない『タラシ』じゃないの。……しかも、母娘に手を出してるんでしょう? 淳に変なこと教えないようにしてよね!」

「ハ、ハイッ!」


 香織と沙織の事情をすっかり把握している佳奈からの鋭いツッコミに、淳志は背筋を伸ばして直立不動になった。

 香織、沙織、ミク、大将の奥さん……そして新たに、佳奈。


(また一人、絶対に頭が上がらない女性が増えちゃったな……)


 淳志は心の中で苦笑しながらも、かつて自分が逃げ出した故郷の空が、今日はとても澄み切って綺麗に見えることに、確かな幸せを感じていた。

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