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『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


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第33話:彼の故郷と元カノ?。生き写しの16歳

 淳志と香織の世界旅行から少し経った頃。

 生態系エンジニアとして世界を飛び回る沙織は、見知らぬ地方都市のウィークリーマンションで、大きなため息をついていた。


「はぁ……刺激が足りないわ」


 政府が推進する『放棄耕作地の再生プロジェクト』。

 そのオブザーバーとして、地方の大学と連携するために彼女は招へいされていた。

 普段は国家レベルの巨大なエコシステム構築を手掛けている沙織にとって、地方の小さな畑や山林を対象としたミニマムな取り組みは、正直に言えば退屈な案件だった。しかし、大学時代の恩師が強く関わっている手前、無下に断るわけにもいかず、一ヶ月という期間限定で渋々引き受けたのだ。


 淳志も香織も昇進したばかりで猛烈に忙しく、東京にいても彼らとの甘い時間はあまり取れそうにない。

 癒やしに飢えていた沙織は、淳志に頼み込み、愛猫であるサイベリアンの『サラ』をお供として連れてきていた。


「ニャァン(頭が高いわよ)」


 ベランダから見下ろすと、マンションの裏路地で、巨大でモフモフのサラが、まるで女王のように香箱座りをしていた。

 その周囲には、地元の野良猫たちが何匹も平伏するように集まり、献上品であるネズミや小鳥おもちゃを貢いでいる。

 元々「食物連鎖の頂点」を自負する不遜なサラにとって、縄張り争いで刺激的な、地方都市での暮らしは意外にも性に合っていたらしく、あっという間に地元の猫たちを力とカリスマで屈服させ、ボスとして君臨して毎日楽しそうに出歩いていた。


「サラは満喫してるみたいね。……まあ、私も案外嫌いじゃないけど」


 沙織はコーヒーを啜りながら、ふふっと笑った。

 刺激がないと愚痴ってはいたものの、数年がかりの国家プロジェクトと違い、地方の小規模な再生プロジェクトは「土壌の改善」や「生態系の回復」がすぐに目に見える形で現れる。

 自分の知識がダイレクトに土地を豊かにしていく過程は、技術者として純粋な楽しさがあった。


 それに、この地方大学での生活で、一つだけ大きな収穫があった。


「沙織さん、昨日の飲み会は楽しかったですね。また行きましょうよ」

「ええ、佳奈さん。ぜひ行きましょう」


 大学のラボで出会った、小鳥遊たかなし 佳奈かな

 沙織より少し年上の34歳で、研究員として働く彼女は、土壌や生態系に対する視点が沙織と非常に似ており、すぐに意気投合した。

 若くして未婚の母となり、一人息子を育て上げながら研究を続ける彼女の芯の強さと、飾らない気さくな性格に、沙織はすっかり惹かれていたのだ。



 ――そして、運命のその日はやってきた。


「あーっ! もう、またお母さんスマホ忘れてるじゃん!」


 ある日の午後。

 沙織がラボで資料を整理していると、入り口のドアが開いて、制服姿の男子高校生が入ってきた。


「あっ、ごめんねじゅん! 助かるわー、わざわざ高校から届けに来てくれて」


 佳奈がパタパタと駆け寄り、息子からスマートフォンを受け取る。

 『小鳥遊 淳』。御年16歳。


「……えっ?」


 息子の顔を何気なく見た瞬間。

 沙織の心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ね上がった。


(な、なんで……!? あ、淳志……!?)


 少しだけ幼さが残るものの、その顔立ち、骨格、そしてどこか飄々とした目元。

 毎日隣で見て、愛し合っている『小林淳志』の高校時代だと言われれば、誰もが疑いなく信じるであろう、生き写しのような顔。


「あ、母さんの同僚の人ですか? いつも母が世話になってます」


 人懐っこく笑い、ペコリと頭を下げる淳。

 その声のトーンや、申し訳なさそうに眉を下げる仕草まで、あまりにも淳志にそっくりだった。


「い、いえ……こちらこそ……っ」


 沙織は引きつった笑顔を返すのが精一杯だった。

 背中を、冷たい汗がツーッと流れ落ちていく。



 その夜。

 ウィークリーマンションに帰った沙織は、ベッドの上に胡座をかき、スマートフォンを握りしめたまま青ざめていた。


(佳奈さんは34歳。小林くんと同い年。……息子の淳くんは、16歳。……だとしたら、妊娠したのは佳奈さんが17歳か18歳の時……!)


 あまりにも生々しい数字の符合。

 沙織は震える指で、淳志の番号をタップした。


『もしもし、沙織? どうした、寂しくなっちゃった?』


 電話の向こうから、いつもの呑気で優しい淳志の声が聞こえてくる。

 いつもなら「そっちが寂しいんでしょ?」とからかうところだが、今の沙織にはそんな余裕は微塵もなかった。


「……あ、あのね、淳志さん。私、今〇〇市でプロジェクトを手伝ってるじゃない?」

『うん。そういえばさ、沙織が今いるその街って、俺の実家があるところなんだよ。大学で家を出るまでは、ずっとそこに住んでたんだ』


 ドクン、と。

 沙織の鼓動が、さらに大きく跳ねた。


(……同じ街。同い年。……生き写しの顔。……名前が『淳』……)


 頭の中で、バラバラだった点と線が、最悪の形(あるいは奇跡の形)で一本に繋がっていく。

 沙織は極限の動揺をひた隠しにして、努めてなんでもないような、明るい声を作って尋ねた。


「へー、そうだったんだ。……じゃあ、その街に元カノとか、居るんじゃないの?」


 冗談めかした問いかけ。

 しかし、電話の向こうの淳志は、少しだけ沈黙し――やがて、後悔を滲ませた声で静かに口を開いた。


『……それがさ。俺、親と折り合いが悪くて揉めてた時期だったから、高校を卒業して家を出る時、誰にも……彼女にも、何も言わずにこの街を出てきちゃったんだよね』

「……えっ」

『本当に、良い娘だったのにさ。最低な別れ方をした。……もし今、どこかで会うことがあったら、全力で殴られても文句は言えないなぁって、ずっと思ってるよ』


 ――ビンゴだ。


 沙織の目の前が、ぐらりと揺れた。

 18歳の時に、何も言わずに置いてきた『良い娘』。

 そして、その街で今、16歳の「淳志そっくりの息子」を女手一つで育てている、34歳の未婚の母、小鳥遊佳奈。


(……間違いない。淳くんの父親は……うちの、淳志だ……!!)


 最愛の男が過去に残してきた、あまりにも大きすぎる「忘れ物」。

 思いもよらない真実に直面し、沙織はスマートフォンを耳に当てたまま、ただ呆然と立ち尽くすのだった。

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