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『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


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第32話:里山の冒険と、鳴るはずのない鈴

中国での誘拐事件から数ヶ月後。

 骨折が完治した広志から「快気祝いと、命を救ってくれたお礼を兼ねて」と、淳志と香織は彼らの家族が所有する避暑地の別荘へと招待されていた。


 別荘は、広志の妻・春香の実家である『藤堂家』の所有物だった。春香の父親は、広志が勤める大手商社のやり手専務である。

 広いリビングで談笑しながらも、藤堂専務の鋭い眼光は、最近業界で「規格外の交渉力を持つ」と噂になっている淳志と、若くして取締役に就任した香織を、あわよくば自分の派閥へヘッドハンティングしようという野心に満ちていた。


「いやあ、小林くんたちの活躍は我が社でも持ちきりでね。どうだろう、今の会社に不満があるなら、ぜひ我が社へ……」

「お義父さん、今日は仕事の話は抜きですよ」


 広志が苦笑しながらたしなめる。

 そんな大人たちの難しくて退屈な会話に、広志の娘である5歳の桜子は、すっかり飽きてしまっていた。


「……つまんない」


 桜子はこっそりとリビングを抜け出し、開け放たれた縁側から裏庭へと出た。

 別荘の周囲は高い塀で囲まれているが、裏手だけは自然のままの広大な『里山』へと繋がっており、小さな子供でも簡単に通り抜けることができた。


「あ、ネコさんだ」


 ふと、茂みの奥に尻尾の短い三毛猫を見つけた桜子は、吸い寄せられるように里山の奥へと足を踏み入れていった。



 ――それから一時間後。別荘は、凍りつくようなパニックに包まれていた。


「いない……! どこにもいないぞ!」

「桜子! 桜子ぉぉっ!!」


 春香が泣き叫び、広志が顔面を蒼白にして庭を走り回る。

 大人たちがどれだけ探しても、桜子の姿はどこにもなかった。ここで最悪の可能性を口にしたのは、藤堂専務だった。


「ま、まさか……誘拐か!? 私の過去の買収劇で恨みを持っていた連中が、孫を……!」


 藤堂は過去に、買収した会社の元社員から殺害予告を受けたことがあるほど敵の多い男だった。

 もしそれが事実なら、一刻を争う。すぐに警察が呼ばれ、大規模な捜索が始まった。


 淳志もまた、歯を食いしばって里山の入り口を睨みつけていた。

 自分には、世界を滅ぼせるほどのチート能力がある。

しかし、『転移』は正確な座標か視界の通る場所でなければ飛べないし、『収納』も人探しには全く役に立たない。

里山の木々などを全て収納して探せば、あるいは見つかるのかもしれないが、これだけの人間がいる前で能力を使うのは、今後の人生を諦めるのと同義なのだ。


万能だと思っていた自分の力が、迷子の小さな女の子一人を見つけられず、更に自分は自己保身で能力を使う決心がつかない事実に、淳志は強い焦燥感と自己嫌悪に駆られていた。


 ――だが、大人たちのそんなヒリヒリとした絶望をよそに。

 当の桜子は、事件や事故はおろか、里山での『最高の大冒険』を心の底から満喫していた。


「わあ、秘密基地みたい!」


 三毛猫を追いかけて草木のトンネルをくぐり抜けた先で、桜子は大きな木の根元にポッカリと開いた『樹のうろ』を見つけた。

 さらに歩くと、甘い匂いのする赤い野イチゴがたくさん生えている場所に出た。お腹が空いていた桜子は、夢中になってそれを頬張り、口の周りを真っ赤に染めた。


「おいしい……。あ、お水だ」


 野イチゴ畑の奥に、こんもりと土が盛られた場所があり、そこに木造の古くて小さなおやしろが建っていた。

 その傍らからは、澄んだ湧き水がチョロチョロと流れている。

 冷たいお水をごくごくと飲んで一息ついた桜子は、自分の小さな手のひらに握りしめていた数粒の野イチゴを、お社の前にちょこんと置いた。


「これあげる」


 その後も、近くの草の斜面をお尻で何度も滑り降りて遊んでいた桜子だったが、やがて遊び疲れて、ふぁあっと大きなあくびをした。


「……おねむ、なっちゃった」


 桜子はトコトコとお社に戻ると、その小さな扉をギィッと開け、まるで猫が丸くなるように、お社の中の狭い空間にすっぽりと収まって、すやすやと眠りに落ちてしまった。



 その頃。

 警察の捜索隊と共に里山へ入っていた淳志たちは、深い藪に阻まれ、完全に手掛かりを見失っていた。

 日は少しずつ傾き始め、春香は広志の胸で泣き崩れている。淳志の横顔にも、濃い疲労と焦りが滲んでいた。


 その時だった。


 ――カラン、カラン。


 風の音に混じって、どこからか乾いた『鈴の音』が聞こえた。


「今の……音は?」

「あっちだ! あっちから聞こえました!」


 淳志と広志が顔を見合わせ、音のした方角へ向かって無我夢中で藪をかき分ける。

 猫や子供でなければ気づかないような低い低木のトンネルを、這いつくばって泥だらけになりながら進むと、突然視界が開けた。


 そこは、体育館ほどの広さがある円状の広場だった。

 奥には盛り土があり、その上には朽ち果てそうな古いお社が建っている。


 ――カラン。


 再び、お社の方から鈴の音が響いた。

 広志たちが息を呑んで駆け寄り、古い木の扉を開ける。


「……すぅ、すぅ……」


 そこには、口の周りを野イチゴで赤く染めながら、気持ちよさそうに寝息を立てている桜子の姿があった。


「桜子!! ああ、無事で……無事でよかったっ!!」

「ママぁ……?」


 寝ぼけ眼の桜子を、春香が泥だらけになるのも構わずに抱きしめ、大声で泣きじゃくる。広志も藤堂専務も、腰から崩れ落ちて安堵の涙を流した。

 事件でも何でもない、ただの迷子。その事実に全員が救われたような顔をしている中。


 淳志だけが、ただ一人、お社の軒先に目を向けて息を呑んでいた。

 先ほど、彼らをここまで導くように、二度も『カラン』と鳴った鈴。

 しかし、お社の軒先に吊るされていたはずの古い鈴は、吊るし紐がちぎれ、錆びついた状態で地面の苔の上に落ちていたのだ。


(……絶対に、鳴るはずのない鈴……)


 ふと視線を落とすと、お社の前には、誰かが供えたような数粒の赤い野イチゴが置かれていた。

 その横の茂みがカサリと揺れ、三毛猫の後ろ姿がフイッと姿を消したような気がした。


「……ありがとうございます」


 淳志は、朽ちたお社に向かって、誰にも聞こえないように小さく、深く頭を下げた。

 万能のチート能力を持っても、手の届かない場所はある。

 けれど世界には、それを補ってくれるような、優しくて不思議な奇跡が確かにあるのだ。


 遠くでヒグラシが鳴き始めた里山の夕暮れ。

 淳志は、桜子の小さな手を引く香織の横顔を見つめながら、穏やかな温かさに包まれて帰路につくのだった。

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