黄金蝶探し㉔
「チクショウ……! なんでだ! いつのまに、あんなふざけたバリアなんて張りやがった……!」
アースバインドでもはや身動き一つ取れないレンジが、睨んでくる。
俺の首を刎ねようとした刃を弾き返した、見えない壁。それがよほど納得いかなかったのだろう。
当然だ。あの一撃は、不意打ちとしては悪くなかった。
「……いちいち、お前に手の内を明かす義理はないな」
ネクロマンサーからドロップしたこの杖のアビリティ、【死拒の結界】。
一度だけあらゆるダメージを完全に無効化するこの絶対防御のおかげで、俺は背後からの奇襲にも一切動じる必要がなかった。
けれどそんなネタばらしをわざわざしてやる必要はない。
「あはは! 残念だったわねー、卑怯者さん! あたしたちのリーダーには、神様のご加護がついてるのよ!……なんてねー、なんだろうねー?」
テレサがハンマーを担ぎながら、意地悪くニヤニヤと笑いかける。
レンジはギリリと歯を食いしばったが、反論の言葉を見つけられないようだった。
その時、俺の隣からサクラが一歩前へ進み出た。
サクラは、かつて自分を初心者狩りの標的にし、ゲームを引退寸前まで追い込んだ張本人であるレンジを、静かに見下ろした。
怒りや憎悪ではない。
そこにあったのは、どこか憐れむような、悲しげな色だった。
「……まだ、こんなことしてるの?」
サクラの透き通った声が、波の音に混じって響く。
「こんなこと……? ああ、やってるぜ。お前みたいな下手くそを狩って、ついでにスコアも稼がせてもらってる。最高に効率がいいだろ?」
「……どうして、そんな風にしか楽しめないの?」
サクラは、本当に理解できないというように首を振った。
「もっと、みんなで協力して、純粋にイベントを楽しめばいいじゃない。こんなやり方をして、何が楽しいの?」
サクラの言葉に、俺は少しだけ救われたような気がした。
トラウマの元凶であるレンジに対して、決して復讐の炎を燃やしているわけではないのだろう。
ただ、ゲームの楽しみ方を間違えているレンジを、純粋に哀れんでいるだけ。
強いな、サクラは……
俺は二人のやり取りを見守った。
だがサクラの言葉は、レンジの歪んだ心には全く響かなかったようだ。
「ケッ……偽善者が。これがオレの楽しみ方だ。他人のアイテムを奪い、見下し、ギルド『皇帝』がトップに立つ。それが最高のエンターテイメントなんだよ。これの何が悪い?」
レンジは顔だけを歪めて唾を吐き捨てるように言った。
そのどうしようもないクズっぷりに、サクラは小さくため息をつく。
「そう……」
そしてサクラは、諦めたように目を伏せて一歩下がった。
「つーかさ。テメェらもオレらと同じことしてるじゃねーか。複数のパーティで集まって蝶探してるんだろ? オレらと同類じゃねーか」
「お前と一緒にすんな。こっちは最初からそんなことする予定は無かったし、何より折半する約束だ」
「ハッ! どうだか!」
レンジはふんっと鼻を鳴らし、手にしていた剣を乱暴に鞘に納めた。
「殺すならさっさと殺せよ。時間稼ぎのつもりか?」
死を受け入れたような、投げやりな態度。
「言われなくても、ハンマーの錆にしてやるわよ!」
テレサがハンマーを軽く持ち上げ、凄みながら一歩近づく。
だがレンジの顔には、死の恐怖よりも、もっと質の悪い、ねっとりとした嘲笑が浮かんでいた。
「アッハッハ! 好きにしろ。お前らがここでオレをぶっ殺して、30分のペナルティを与えたところで……イベントで『皇帝』が1位になるって事実は変わらねぇんだからな!」
「……何が言いたいの?」
テレサがハンマーを止める。
「バカかお前ら! このイベントで一番重要なのは『黄金蝶』だろ? オレたちを全滅させて気分はスッキリしたか? けどな! 肝心のお宝がなきゃ意味がねぇんだよ!」
レンジはニヤリと笑い、俺たち全員を値踏みするように見回した。
「お前らがここでどんだけイキろうが、スコアを見ただろ? 圧倒的1位は『エンペラーNo.1』だ。そして、あの点数は今この瞬間も上がり続けてる。お前らみたいな有象無象が足掻いたところで、もうひっくり返せる差じゃねぇんだよ」
「……そうか。黄金蝶は」
「ご名答! 仲間たちが狩猟してかき集めた蝶は、全部俺一人のインベントリにまとめて持たせてあるんだよ!」
その言葉に、テレサがハッとして息を呑んだのが分かった。
そうだ。このイベントで一番重要なのは、いくらプレイヤーを倒すことでも、レベルを上げることでもない。『黄金蝶をどれだけ多く所有しているか』なのだ。
そして、この『黄金蝶探し!』のルール。
『黄金蝶を所持している状態で死亡した場合、その場に1匹ドロップしてしまう』。
「ハハッ! どんなに大勢で襲われても、全滅しようが落とすのはたった『1匹』だけだ。1匹くらい失ったところで、オレのスコアに比べりゃ、痛くも痒くもねぇんだよ!」
まさか俺たちと同じ「リスクを分散させず、一人にまとめて持たせる」という安全策が、敵にとってこれほど完璧な防衛手段として立ち塞がるとは。
「オレはここで死んで、30分休んでるだけでいい。イベント終了時刻が来れば、『皇帝』の勝利だ。お前らはただの負け犬として、オレたちが1位の賞品を受け取るのを指をくわえて見てるんだな。アッハッハッハ!!」
狂ったような高笑いが砂浜に響く。
負け惜しみではなく、本気で自分たちの勝利を確信している、完全なる勝利宣言だった。
反論できない事実を突きつけられ、テレサは悔しそうにハンマーを砂に突き立てた。
だが――
「ええい、不快な笑い声よ!」
俺たちの後ろから、地鳴りのような足音と共に、一人の巨漢がズカズカと前に進み出た。
ガルフォードだ。
「これ以上、貴様のような不届き者の戯言を聞く耳は持たん! アカネを怯えさせ、あまつさえその下劣な手段で勝利を誇るなど、言語道断だ!」
ガルフォードの怒気を含んだ声が、レンジの笑い声をピシャリと遮る。
両手に持ったタワーシールドとカイトシールドを、ガキィィィンッ! と凄まじい音を立てて激しく打ち鳴らした。
「……ッ!? な、なんだおっさん! 何だか知らねーが――」
「黙れッ!! 悪には鉄槌を! それが吾輩の流儀だ! 貴様のその歪んだ根性ごと、叩き潰してくれるわ!!」
ガルフォードは両の盾を天高く掲げ、筋肉がはち切れんばかりに膨れ上がる。
そして、その巨体ごと、アースバインドで身動きの取れないレンジに向かって、まるで岩山が崩れ落ちるような勢いで圧し掛かったのだ。
「――《シールドプレス》ッ!!」
ドッッゴォォォォォォォォンッ!!!
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
砂浜がクレーターのように大きく陥没し、凄まじい砂埃が舞い上がる。
2枚の重厚な盾に文字通り「押し潰された」レンジのHPは、一瞬の猶予もなくゼロへと消し飛び、断末魔の叫びと共に、無数の光の粒子となって四散していった。
静けさが戻った砂浜に、大きく抉れた砂の穴が残されていた。
「……ふん。口の減らん輩であったな」
ガルフォードが、何事もなかったかのように盾の砂を払い落としながら、ふうと息を吐いた。
これで、レンジたち21人は全滅。
30分のリスポーン待ちという、イベントにおいて致命的とも言えるペナルティを奴らに課すことができた。
後に残されたのは、システムの無慈悲なペナルティを示す、一匹の『黄金蝶』だけ。
俺たちは、30分のリスポーン待機という暗闇の中に落ちていったであろうレンジの消滅地点を、ただ静かに見つめることしかできなかった。




