黄金蝶探し⑬
広大なドーム状の空間とはいえ、ヒュドラの巨体が暴れ回るにはいささか窮屈そうだ。尻尾が岩壁にぶつかり、ズドンと鈍い音を立てている。
退路を塞がれたこの状況、俺たちにとっても逃げ場はない。
やるか、やられるか……その二択だ。
「まずは動きを封じる!《スロウ》!」
俺は杖を振りかざし、ヒュドラに向けて鈍化のデバフを放った。
だが、動きが遅くなったのは、5本ある首のうち『一番左の首』だけだった。他の4本は相変わらず滑らかな動きで鎌首をもたげ、シューシューと威嚇を続けている。
「おいおい、嘘だろ……」
これはひょっとして……
「みんな、聞いてくれ! あいつ、首一本一本に個別のステータス判定があるみたいだ!」
「首ごとに判定!?」
「ああ! 俺のデバフは単体指定だ! つまり、1回スキルを撃っても首1本にしか効かない! 俺のスタイルとは最悪の相性ってことだ!」
ヒュドラ全体を弱体化させるには、5回連続でデバフを掛けなければならない。その分だけMPを消費するし、時間もかかりすぎる。
「だったら、狙う場所を変えればいいじゃない! 首がダメなら、全部繋がってる『胴体』をブッ叩けばいいのよ! そうでしょ!?」
「なるほど、大元を絶つのね! ガイ君、テレサちゃんの作戦でいくよ!」
サクラが賛同し、ガルフォードも力強く頷く。
「うむ! 首を落としても生え変わるのが多頭蛇の定石! ならば根元を砕くまで! 吾輩が首どもの目を引くゆえ、貴殿らは懐に潜り込むのだ!」
ガルフォードがタワーシールドを前に構え、ズンッ! と地を蹴った。
だが、そう簡単に事は運ばない。
『ギシャァァァァァァッ!』
ガルフォードが胴体へ近づこうとした瞬間、右側の2本の首が鞭のようにしなり、上段と横からの同時攻撃を仕掛けてきたのだ。
ガァァンッ!! と激しい金属音が響き、ガルフォードの巨体が後方にズルリと滑る。
「くっ、首が邪魔で近づけないよ!」
サクラもサイドから回り込もうとするが、残りの首が壁のように立ち塞がり、毒液を吐き散らして牽制してくる。
5本の首が互いの死角をカバーし合う完璧な陣形。近接組が懐に飛び込む隙が全く見当たらない。
「私の魔法なら届くわ! 《ファイヤーアロー》!」
後方に立つマリアの杖から、鋭い炎の矢が数本放たれた。
炎の矢は首の隙間を縫うように飛んでいき、見事ヒュドラの巨大な胴体に直撃する。
だが、着弾した瞬間にパラパラと火の粉が散るだけで、青黒い鱗は焦げ跡一つ付いていない。
「嘘……。全くダメージが通っていないわ!」
「マリアさん! あの硬い鱗をぶち抜けるような、もっとデカい魔法はないのか!?」
「あるわ! でも、威力が高い分、詠唱にものすごく時間がかかるの!」
マリアは杖を両手で握り締め、深刻な顔でヒュドラを睨み据えた。
「お願い! 私が魔法を完成させるまで、あいつの注意を引いて時間を稼いでちょうだい!」
時間を稼ぐ。
言葉にするのは簡単だが、相手は絶え間なく5つの方向から猛攻を仕掛けてくる規格外の化け物だ。
「任せろ。詠唱が終わるまで、絶対にこの前線は崩さない」
俺は即座に前に出て、杖を構え直した。
「ガルフォードさんは中央で耐えてくれ! テレサとサクラは遊撃! 胴体を狙うフリをして首のヘイトを散らすんだ! 俺はあいつの攻撃のタイミングをデバフでズラす!」
「応ッ! この盾が砕けようとも、マリアには指一本触れさせんぞ!」
「よーっし、ちょこまか動いて嫌がらせしてやるわよ!」
「マリアさん、お願いね!」
それぞれが散開し、ヒュドラの意識を自分に向けさせるように動く。
サクラが残像を残すほどの速さで駆け回り、首の攻撃をギリギリで回避する。テレサがハンマーで地面を叩き割って砂埃を巻き上げ、視界を遮る。
『シャァァァァァッ!』
怒り狂ったヒュドラの首が、一番目障りなテレサに向かって毒の牙を剥いた。
「させない! 《スロウ》!」
俺はすかさずその首に向かってスキルを放つ。
他の首がガルフォードの盾に牙を突き立て、ギシギシと嫌な音を立てている。
背後からは、マリアの静かで力強い詠唱の声が聞こえてくる。
空気が異様に乾燥し、洞窟内の温度が急激に上昇していくのが肌で感じられた。陽炎が立ち上り、マリアの杖の先端に収束していく魔力が、圧倒的な熱量となって渦巻いている。
「まだか……!」
MPの残量を気にしながら、俺は《ブラインド》や《アーマーダウン》を別の首に手当たり次第に放ち続ける。
全体を弱体化させることはできないが、5本の首の連携を乱すことはできている。
「準備完了よ! みんな、ヒュドラから離れて!」
マリアの甲高い声がドーム状の空間に響き渡った。
「退避!」
俺の合図で、前衛の三人が一斉にヒュドラから距離を取る。
ヒュドラの5つの首が、突然標的を失って鎌首をもたげた。その先で、マリアが杖を頭上に高々と掲げていた。
杖の先端には、まるで小さな太陽のような、超高圧縮された巨大な炎の球体が燃え盛っている。
「全てを焼き尽くす紅蓮の星よ! 灰燼に帰せ! 《クリムゾンフレア》!!」
マリアの振り下ろすモーションと共に、巨大な炎の球体が放物線を描き、首の群れを通り越してヒュドラの太い胴体へと吸い込まれていく。
そして、着弾。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
視界が真っ白に染まった。
凄まじい爆発音と共に、灼熱の爆風が全方位に向かって吹き荒れる。
俺たちは咄嗟に腕で顔を庇い、地面に身を伏せて暴風をやり過ごす。熱波が頬を撫で、周囲の岩壁がパラパラと崩れ落ちる音が響いた。
「マジかよ……!」
広い空間とはいえ、密室に等しいこの洞窟内でこれほどの規模の爆発を起こすなんて。もしこれがリアルなら、ヒュドラを倒す前に俺たちが酸欠と熱風で黒焦げになっているところだ。
ここがゲームでよかった……
やがて鼓膜を揺らす轟音が止み、もうもうと立ち込めていた黒煙が換気穴からの光でゆっくりと晴れていく。
岩壁は黒く焼け焦げ、地面の苔は完全に炭化していた。
あれだけの威力だ。確かな手応えはあったはず。
そう思って前方に視線を向けた、その時だった。
「ウソでしょ……?」
マリアの震える声が耳に届く。
煙が完全に晴れたそこにいたのは、青黒い鱗のあちこちをどす黒く焦がし、所々から煙を上げているヒュドラの姿だった。
確かに深いダメージは与えられている。しかし、その巨体は地面に崩れ落ちるどころか、しっかりと大地を踏みしめていた。
5本の首がゆっくりとこちらへ向き直る。
その10個の瞳には、先ほどまでの本能的な威嚇とは全く質の違う、どす黒い殺意と憎悪が渦巻いていた。
『ギルルルルルルルッ……!!』
地を這うような、怨念に満ちた低い咆哮。
仕留めきれなかった。
「あの大魔法の直撃を受けて、まだ生きてるなんて……」
怒り狂ったヒュドラの傷口から、シューシューと紫色の毒霧が噴き出し始めた。
反撃の準備が整ってしまったことを、その様子が何よりも如実に物語っていた。




