Episode 10
昨晩は色んな話を聞かせられたため、俺の頭の中はパンク寸前状態だった。それでもあの後、麟に一つ気になっていたことを俺は訊きだした。
それは、「麟には俺に対する感知能力があるにも関わらず、何故そちらから会いに来てくれなかったのか」ということだ。十日間も俺が麟を探してぐるぐる歩き回っていたことはわかっていたはずだ。麟は微妙に口を濁していたが、その様子を見ていたアスモが代わりに俺の疑問に答えた。
どうやら、大蛇瓦基地から離脱する際に脚に怪我をしたとのこと。アスモの得意とする治癒魔法でその怪我は治ったようだが、それでも治りきるまで十日はかかっていたらしい。察するに、銃で撃たれでもしたのだろう。魔法込みでも十日間の安静を要するなんて、それくらいの傷だとしか考えられない。思い返すだけでも自衛隊の奴らに対して怒りがこみあげてくる。
そんな俺をよそに、ここ、かすみ荘の面子は朝から少々騒がしい。といっても騒がしいのは約二名。マモンとレヴィアだが。トーストをくわえてバタバタと、何処かへ行く準備をしているらしい。
「こんな朝から何処かに行くのか?」
「パートよ。近所のスーパーのね」
マモンが答える。パートって……ようは仕事ってことか。
「おまたせマモンちゃん、行こっか」
「うん。桜子さん先に行っちゃったわよ」
聞いた感じ、ここの寮母さんもそのスーパーのパートをやっているらしい。
二人とも「行ってきます」の声とともに玄関から出て行った。
俺と麟も朝食を済ませる。朝食はバアルが用意してくれていた。流石はメイド。
アスモとベルの姿が見当たらないようだが、二人はまだ自室なのだろうか。
ベルは歳で言うと14歳だから中等部2年生相当だ。思春期真っ只中の少女の部屋を訪れるのは気が引け、俺は麟と一緒になんとなくアスモの部屋を突撃してみる。
「お邪魔しまーす」
「おや、クロ……じゃなかった、星渡くんとその彼女か。おはよう」
「おっす。」
「あの……彼女って……ボク男だって言ってるじゃないですかあ」
麟が照れながらもじもじしている。見慣れたリアクションだ。
「アスモは朝飯食ったのか?」
「ん」
アスモはパソコンデスクの横に置かれた皿から食べかけのトーストを手に取り、咥えてみせる。
「食堂で食えよ……まあいいけど」
横からアスモのパソコン画面を覗くと、何処かの監視カメラの映像が映し出されていた。
「なんだ……この映像?」
「防衛省と福音省の関係施設の監視カメラをハッキングして拝見させてもらってる」
「お前……それバレたらヤバいんじゃねーの?」
「バレないように覗くのが一流ハッカーってもんよ」
こんな一般市民にハッキングされるようじゃガバガバのセキュリティだな……もしくはこのアスモという女が本当に凄腕なのかもしれない。自称「未来からタイムリープしてきた」と言うくらいだし、伊達ではないのだろう。
「アスモ」
「なに?」
「今更確認するのもあれなんだが、一般人は魔法を使えないのが普通、なんだよな?」
「もちのろん。学園生活で君たちは麻痺しちゃってるようだけど、魔法はTE細胞を持つ者にしか扱えない。それ即ち、脳内にゴーストパール製のピアスを埋め込まれた福音省の被験者たちのみよ」
「ならシファを匿ってるテロリストの一部メンバーも、福音省の施設からの逃走者なんかな?」
「能力発動時に魔法陣が出現するなら、そうかも。あれは、TE細胞が高位次元とリンクした時のサインみたいなものだからね」
アビーや青コートの男を思い返してみるが、あいつらが未来予知や透明化した時に魔法陣なんて現れたようには見えなかった。
「じゃあ、もし魔法陣が出現しないなら……?」
「可能性としては、純粋な超能力者、かな」
「超能力者ねえ……」
まあ俺たちも似たような存在だから、いても不思議ではないのかもしれない。
「そういえば思い出したんだけど、テロリストのメンバーの一人と学園内ですれ違ったことがあったんだ。そいつは透明人間らしくて、他の生徒には見えなかったらしいんだけど、俺には何故か見えたんだ。それに、そいつの姿を初めて見たときに俺は何故かシファとの記憶を思い出した。断片的だったけど。なんでだか……わかるか?」
「非常に興味深い話ね。透明人間って、その人服は着てなかったの?」
「いや、普通に着てたけど。暗めな青色のコート」
「なら『透明人間』とは考え難い。身体の色を透明化するだけだったら着てる服は見えるわけだからね。考えられる可能性としては光や音といった情報を捻じ曲げて『そこにいない』ように見せているのか、もしくは認識阻害。周囲の人間の脳に自分の視覚や聴覚の情報からアクセスして、『そこにいる』という認識にブロックをかけているのかもしれない」
「な、なるほど。でもなんで俺には見えたんだ……」
「星渡くん、もしかして君には――」
アスモが言い淀む。
「……?なんだよ?」
「ちょっと、麟くんは席を外してもらえないかい?」
「え……」
「は?なんでだよ」
「かなりプライバシーに触れる話題になるからね。一対一じゃないと話しづらいことなのよ」
「別に麟に聞かれたところで俺は困らないが?」
「いいよ、ほたるん。アスモさんなりに配慮してくれてるんだと思うから」
そう言うと麟は部屋から静かに出て行ってしまった。
「ずばり、単刀直入に言うよ」
アスモが話を続ける。
「もしかして君には『クオリア』が欠けてるんじゃないかい?」
「えーっと、クオリアって何だ?」
率直な感想がこれだった。
「日本語に訳すと『感覚質』という。例えば空の青さ、夏の暑さ、音楽を聴くことによる心地よさや興奮、料理から漂ってくる匂い、それに対する高揚感などといった、意識体験のことよ」
「ふーむ、なるほど?いや、いやいやいや。俺だって空を見て青いってことくらいわかるし――」
「『哲学的ゾンビ』という言葉を知ってるかしら」
「知らん……」
「脳の神経細胞の状態まで含むすべての物理的状態が、普通の人間と区別することができないが、現象的意識、クオリアを持たないとされる……本来なら思考実験で扱われる架空の存在」
「俺がそのゾンビだと……?」
「あくまで可能性の話よ。もしそうだとした場合、あなただけがその青色のコートの人の姿を認識できた理由に納得がいくかもって話。まず、あなたはその人の姿を視覚情報から取り入れ、それは電気的信号として脳に伝わり、そこに『その人がいる』と認識する」
「ふむ」
「そして次にその人が超能力によって周囲の人間の脳にアクセスし、『そこにいる人の姿』というクオリアに干渉し内面的経験にブロックをかける」
そういえば青コートの男の指パッチンを合図に、まわりにいる奴らがそいつに気づかなかったり存在を忘れたりしていたことを思い出す。
「そこで普通の人間はその超能力者を認識できなくなる。だけど仮にあなたにクオリアがないとした場合、超能力でブロックをかけるものがないから電気的信号はそのまま超能力者の姿を視覚情報として脳に投影する」
「だから、俺にだけあいつの姿が見える……」
「そしてこれもあくまで推測にすぎないけど、その人と初めてすれ違った時にシファとの記憶を思い出したって言ったわね?」
「ああ」
「その人の超能力が干渉先を求めて、クオリアを持つ本来のあなた、クロノスの記憶にアクセスしかかったからじゃないかしら?」
俺は自室に戻ってきた。自室といっても寮母さんに貸してもらってる部屋であるが。
「あっ……ほたるん。おかえり」
麟が俺を出迎える。学園の時と同じく俺たちは此処でも相部屋だった。
「お、おう。お前のことだから盗み聞きでもしてるかと思ったが」
「あはは、そんなことしないよ。すごく気にはなってたけどね」
俺は先程のアスモとの会話を思い返していた。
先日の話も併せて考えると、本来の俺「クロノス」はシファに連れられて空間の裂け目へ消えていったということだ。つまりどこかはわからないが、どこかにもう一人の俺は存在するのだ。
もしクロノスが帰ってきたら、俺はどうすればいいんだろう。
俺の居場所はあるんだろうか。
空っぽかもしれない俺に居場所なんて――
微妙にブルーな気持ちのまま夕方を迎えた。
マモンとレヴィアと桜子さんがパートを終え帰宅してきた。
「あ~~お腹空いたお腹空いたお腹空いた~~!!」
一気に騒がしくなるんだよなあ。おもにマモンがやかましい。
「みなさーん、晩ご飯の時間なのです~」
この寮はバアルが家事やら炊事やらしてくれるからいいよなあ。流石はメイドだ。一家に一人欲しい。
「おひるごはん~」
二階からベルが寝ぼけたことを言いながら降りてきた。
「晩飯だって聞こえた気がするんだが」
「僕にとってはおひるごはん~」
こいつって僕っ娘なんだな。意外な発見。
「ベルーアンタまたネトゲばっかやって昼夜逆転してるんでしょー」
「うにー」
なるほど。よく部屋に籠ってるなあと思ってはいたが、ダメっ娘属性も持ち合わせていそうだ。そしてマモンには付き合いの長さからか、家にいなくても生活態度はお見通しのようである。
「働ける歳になったらアンタもバイト探すのよ?」
「うえー!働きたくにゃいでござる~……」
「ベルちゃんはお仕事しなくても、私がしっかりお世話するので大丈夫なのです~」
「アンタねえ……」
ふと、俺は気になったことを口に出していた。
「バアルって、なんかベルにやたら甘くないか?気のせい?」
「………………」
え、なんか、ベルは下向くし、マモンには睨まれるし、バアルも沈黙してしまって微妙に気まずい空気になっているような気がする。
「アンタ、ホント何も覚えてないのね」
マモンがやや棘のある言い方をしてくる。
晩飯を済ませ、一同は自室に戻ったり風呂に入ったりと、各自の別行動に移っている。そんな中、俺も自室に戻ろうとしたところバアルに呼び止められた。どうやら二人きりで話があるようだった。
「先ほどはすみませんです」
「いや別に……」
「ベルちゃんはお姉ちゃん子だったのです」
「お姉ちゃん?」
明翅野の生徒は皆、家族を持たない。物心ついた頃にはもう学園の生徒として生活していたからだ。見方を変えると、だからこそ仲の良い歳違いの生徒は兄弟姉妹のような関係ともとれるのだが。
「勿論、血が繋がっている姉妹ということではないのです。シファさんのことなのです」
3年前に姿を消し、最近になって現れたクロノスの幼馴染。いや、みんなにとっての、か。それがベルにとって姉代わりのような存在だったのか。
「ベルちゃんは物心ついた頃からシファさんによく甘えてたのです。だからシファさんが神隠しに遭ってからはひどく落ち込んでしまって……元々交友関係もあまり広くない子でしたから。だから退学になった私は、ベルちゃんのお世話をするメイドとして生きようと心に決めたのです。ベルちゃんが寂しくないように」
「そういうことだったのか……教えてくれてサンキュな」
「はいっ」
バアルはにっこりと笑みを返す。
「でも此処にはバアルの他に、マモンやレヴィアやアスモだっている。みんな歳上だけど、心を開いてくれているように見えるから、心配はあまりいらなそうじゃないか?」
「……本音を言うと、私は贖罪の気持ちからベルちゃんに尽くそうとしているのかもしれませんです」
「……?」
「3年前、シファさんがあんな行動をとったのは、少なからず私の所為でもあると思っていますです」
バアルは当時、薬で眠らされていたシファを身を挺して目覚めさせてくれたという話だったはずだ。そのどこに反省するような部分があるのだろうか。俺にはいまいちわからなかった。
「私が分泌物質を送る為に服用した薬品は、アンフェタミンというのは、『覚醒剤』と呼ばれる劇薬だったのです」
――覚醒剤
名前だけなら聞いたことはあった。一度でも服用すれば中毒症状を起こす精神刺激薬で、所持しているだけでも法で取り締まられるというものだ。
シファとは二度対面したが、そういえば言動にやや奇怪な様子が見られるというか、凶暴性がむき出しになっているように思えた。まさかあれは薬の影響だったのだろうか――
「なーに二人っきりで話してーるの?」
「おわっ」
突然アスモが背後から首をぬっと出してきて、俺とバアルは驚いた。
「ってまあ、途中から聞いてたんだけどねぇ」
「お、おう……」
「まあ、そう自分を責めないの、バアル。フォローになってるかわかんないけど、シファは私のいた時間軸でもなんやかんやクロを連れて何処かへ消えちゃってるからね。もしかしたらどっちみち、避けようのない歴史だったのかもしれない」
「避けようのない歴史……ですか……」
「あと星渡くん」
「ん?」
「私も一度、戻ってきたシファと顔を合わしてるんだけど、彼女の様子がおかしかったのは薬のせいだったのかなあとか思ったでしょ」
こいつエスパーか?まるで心を読まれたかのような気分だった。
「あれはきっと当然なのよ。シファは世界の外側を見てきている。彼女、消えた3年前の姿そのままで『こちら側』に戻ってきたのよ。それはつまり、時間の流れない空間にずっといたことになるのかもってこと」
「世界の外側……」
もう一人の俺も、今そこにいるのだろうか。
「気が多少おかしくなっても不思議じゃないと私は思う。だからあなたが彼女を正気に戻してあげなさい」
アスモは簡単に言うけど、仮にあいつを元に戻してやれるとして、俺にそれをしてやる価値はあるんだろうか。『クロノスではなくなった』今の俺に。
記憶操作を受けていた弊害も勿論あるんだろうが、どことなく俺は、本来の俺「クロノス」と今の俺自身との間で、存在のギャップを感じていた。みんながクロノスの話を俺にしてきても、俺はそれに応えてやることは出来ない。俺は月浦星渡なのだから。




