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Libra Glass  作者: 辻くろひ
25/29

Episode 9‐2

 約20年近く前のこと。

 アジアのとある貧しい小国で、物心つく前に孤児となった少年少女たちがいた。

 そんな中で盗みが一際得意な反面、他の子供たちの誰とも言葉を交わさない一人の少年がいた。


 彼の名はレオン。

 今は亡き両親がつけてくれた名だ。だが、彼の名を教える相手もいなければ、呼んでくれる相手もいなかった。

 誰も彼の顔を見ようとしなければ、話しかけようともしない。それは自分にとっては当たり前のことだが、まわりの人間たちを見ている限りでは、普通ではないことは薄々わかっていた。

 少年はいつしか察することになった。

 

 ――誰にも自分の姿が見えていないのだ――


 どうしてか考えても原因はわからない。ただ、そうある現実を受け入れ生きていくしかない。


 そんなある日、今の生活を何かを変えたくて貧民街を出ようと彼は考えた。

 お金はお得意の盗みによって十分なだけ持っていた。数時間おきに来るバスを待っていた。


 ――視線を感じる。

 誰の目にも映らないはずの自分に向けられるのは久しぶりすぎて、生まれて初めてかと思うほどだった。非常に奇妙な感覚だった。

 そして、やがてバスが停留所に来て乗ろうとした時だった。


「お兄ちゃん」


 呼びかけられると同時に手を握られた。恐らく亡き両親を除いて、初めて他人に触れられた瞬間だった。柔らかな幼い肌の触感と体温を手の平に感じていた。

 振り返ると自分の背から頭一個分くらい低い幼女が自分の後ろに立っていた。


 あっけにとられているうちにバスは自分を置いて行ってしまった。

 バスが発車して間もない時だった。少し離れたところで銃声が鳴り響きバスが停車する。

 テロだった。

 

 別に珍しい光景というほどでもなかったが、命の危険を感じた以上、その場から離れなければならない。

 レオンはついでに握られてる手を握り返し、幼女と共にその場を後にした。

 後ろのほうで爆発音が聞こえていた。あのままバスに乗っていたら自分も爆発に巻き込まれていたかもしれない。偶然か、はたまたテロがあそこで起こることを幼女は知っていたのか。どちらにせよ、命を救われたことに間違いはなかった。


 路地裏まで来たところで足を止め、レオンは幼女に問いかける。


「お前、俺が視えるのか?」


 幼女はコクコクと首を縦に振った。

 誰かと会話をすること自体、両親以来で、レオンは少し泣きそうになる。新鮮な気持ちで胸がいっぱいになった。


 幼女の名はフィリアというらしい。

 理由はわからないが両親に捨てられたらしい。この国では珍しいことではない。どこの家庭も生活的余裕はあまりない。


 フィリアはレオンにべったり付いてきていた。そして呼ばれるときはレオンではなく毎回「お兄ちゃん」だった。「俺はお前のお兄ちゃんじゃない」と注意したが、幼女は首をかしげるだけだった。

 ここで一つ問題が生じていた。フィリアにずっと後を付けられていると盗みが出来ない。


 夕方になり、レオンは路地裏にて「ここで待っていろ」とフィリアに言い聞かせ、いつものように盗みに出かけた。戻ってくるとフィリアは自分と同じくらいの歳の少年たち3人に絡まれていた。フィリアは泣きそうな顔をしながらも涙をこらえている。助けなければ――


「おい、やめろ」

 レオンが呼びかけても3人の少年たちは聞く耳持たずだ。それも当たり前だ。自分の姿は誰にも見えていないのだから。ただ一人、フィリアという例外を除いて。そして姿が見られないということは、ケンカも自分のやりたい放題ということだ。レオンは3人の足を蹴るなどして軽い制裁を食らわせたのち、フィリアの手を引いてその場から共に逃げ出した。


 レオンは黙って自分の後を付いてくるフィリアの姿を見て思った。今この瞬間も他人の目には自分の姿が映っていない。それはつまりフィリアが常に一人でいるように見えているということだ。今回は絡んできたのが自分と近い年頃の少年たちだったから何とかなったものの、もう少し歳上だった場合また同じようにやり過ごせる保証はない。やはりフィリアの身を守るうえで牽制する意味も含めて、自分の「姿が見えない」という事象はなんとかしたいところである。


 その時だった。道行くお婆さんがすれ違いざまに小さい荷物を落とした。反射的にレオンがそれを拾ってお婆さんに手渡そうとする。

(あ、俺が拾ってもお婆さんには見えないんじゃ……)

 するとお婆さんは何も驚いた素振り一つ見せず、「ありがとうね坊や」とレオンに向かって言った。


 自分でも知らないうちにレオンは、姿の透明化をコントロールできるようになっていたのだ。


「お兄ちゃんは、ちゃんとここにいるよ?」

 フィリアがレオンの顔を見上げながら言った。


「しょうがないな。お前のお兄ちゃんになってやるか」



 ――それから年月は流れ

 レオンはアズール、そしてフィリアはヴィオレッタというコードネームを名乗り、一つのテロリストグループを立ち上げるに至った。名を「ウォルフスベイン」という。


「兄さん、世界の未来のため、力を貸してほしいの」


 その言葉がきっかけだった。

 だが、本当は「世界のため」などではない。フィリアが動いたのは、己の密かに愛する人、レオンを死の運命から回避させるためだ。それが兄妹故の許されない愛だと信じながらも。

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