Episode 11‐1
ウォルフスベインのアジトの一室で、女は頭を抱えていた。ヴィオレッタである。ソファに座り、まるで見たくない物から目を背けるように両手の平で目を覆い、うなだれていた。
部屋に入ってきたアズールは彼女に気付くと、静かに隣に座り背中をさすってやりながら声をかけた。
「気分でも悪いのか?」
「ええ……ちょっとね……」
「明日は最終作戦の決行日だろ。備えてゆっくり休んだ方がいい」
「その……明日のことなんだけど――」
「……?」
「視えないの……作戦自体は成功する。だけど、私の望む未来がどうシミュレーションしても視えない……」
「お前の望む未来……か……世界はやはり終末を迎えるのか?」
「違う……正直私は、この世界がどうなろうと知ったことじゃない。愛する人にさえ生きていてもらえれば、傍に居てもらえれば……」
アズールは彼女の言葉を聞いて少し驚いたような反応を見せた。彼女は今まで愛する人の話なんてしたことが一度もなかったから、意外だったのだ。
「お前にそんな相手がいたとは思わなかったよ」
「貴方のことよ……レオン兄さん……」
ヴィオレッタは彼の目を見て告白した。彼女の目には今にも零れ落ちそうな涙が溜まっている。
「つまり、俺は近いうちに死ぬのか」
彼女は何も答えない。その沈黙がある意味、解答を示していた。再び塞ぎ込む彼女。
「なら二つ、いいことを教えてやろう」
少し間を置いて彼は続けた。
「俺はお前の兄ではない」
「え……」
ヴィオレッタは驚いた様子で彼の顔を見た。
今までたった一人の肉親、兄と信じてきたレオンが、実は兄ではないと告げられたのだ。
「すまん。お前はもう憶えていないようだが、幼少の頃、俺達はお互いに孤児としてあの国で出逢った。家族が欲しかったのかお前は、出逢ったばかりの俺を『お兄ちゃん』と呼んだ。俺はそれを受け入れ、お前の兄として生きようと心に決めた」
「なんでそれが……いいことなの……?」
「お前がこれから失うのは肉親じゃないってことさ。だから、気にしなくていい」
「馬鹿なの……」
例え実の兄妹でなかったとしても、二人は幼い頃からずっと支えあって生きてきた。肉親も同然である。それなのに下手な気休めしか言えないレオンを、心底馬鹿な人だと彼女は思った。
「じゃあ、もう一つは何……?」
「それは、俺もお前を心から愛してるってことだ」
レオンは彼女を優しく抱きしめながら告げた。
彼女の瞳からは大粒の涙が次から次へと溢れ流れていた。
『私の許可なしにこの部屋から出ては駄目よ』
いつもシファが彼女の主人、ヴィオレッタから言われてきた言葉である。
だが、何を思ったのかシファはこっそりと部屋を抜け出す。首輪に繋がれた鎖を静かに焼き千切って。
部屋から出たシファは己の勘のままに主人を探して歩き回る。
ふと、一室から女性の高い声が聞こえてくる気がして、彼女は静かに扉に手をかけた。ウォルフスベインに女性はシファとヴィオレッタの二人しかいない。だから扉の向こうにいるのがヴィオレッタであることは明白だ。
シファは静かに、ゆっくりと扉を開いていく。数センチ開けたところで手を止めた。
声から判断するに、中にいるのはヴィオレッタとアズールの二人のみだ。
その数センチの隙間から二人の様子を窺う。
二人は裸の身体を重ね合わせ、ソファの上で共に揺れていた。
シファはゆっくりと扉を閉め、その場を離れる。
そしてアジトを抜け出し、一人空へ飛び立った。




