「三年経っても、嫌な奴。」
神城刹那という男は、三年経っても相変わらず嫌な奴だった。
「おい、さくら。お前、また太った?」
『……は?』
「いや、顔。なんか丸くなってね?」
『なってないし!!』
「はいはい。そういうことにしといてやるよ」
腹が立つ。
本当に、腹が立つ。
私は目の前で涼しい顔をしている少年を睨みつけた。
十五歳になった刹那は、三年前よりずっと背が伸びていた。
以前はほとんど変わらなかった目線も、今では私が少し見上げなければならない。
顔立ちも大人びて、声も低くなった。
悔しいけれど、昔より格好よくなったと思う。
……性格は、ちっとも良くならないけれど。
『刹那こそ、また背伸びたんじゃない?』
「ああ。先月測ったら百七十八だった」
『えっ、高っ!』
「お前は?」
『……百五十八』
「ちっさ」
『平均くらいだから!』
「はいはい、チビ」
『むかつく!!』
刹那は楽しそうに鼻で笑った。
三年。
私たちは、この庭園で数え切れないほどの時間を過ごしてきた。
雨の日には洋館の軒下で雨宿りをした。
雪が降った日には、刹那の顔面に雪玉を投げつけて本気で怒られた。
彼にチェスを教えてもらったこともある。
もっとも、私は一度も勝てていない。
逆に、かくれんぼだけは私の方が得意だった。
……最初の頃は。
今では隠れても、ものの数分で見つかってしまう。
いつの間にか、夢の中で刹那に会うことは、私の日常の一部になっていた。
⸻
『ねえ、刹那』
「何」
『今日、学校でね』
「またくだらねぇ話?」
『まだ何も言ってないじゃん!』
「どうせくだらねぇだろ」
『……もういい!』
ぷいっと顔を背ける。
すると、隣から小さなため息が聞こえた。
「……で?」
『……え?』
「学校で何があったんだよ」
振り返ると、刹那は本を開いたままこちらを見ていた。
『……聞いてくれるの?』
「聞かなきゃお前、ずっと拗ねてんだろ」
『ふふっ』
「何笑ってんだよ」
『別に!』
私は嬉しくなって、今日あった出来事を話し始めた。
新しいクラスのこと。
仲良くなった友達のこと。
それから、同じクラスの男の子に告白されたこと。
「…………は?」
その瞬間、ページをめくる音が止まった。
『だからね、今日告白されたの』
「……聞こえてるわ」
刹那はゆっくり本を閉じた。
「……誰に」
『同じクラスの男の子』
「んなこと聞いてねぇよ。どんな奴だって聞いてんの」
『えっと、優しくて、面白くて……』
「……ふーん」
妙に低い声だった。
『あと、サッカーが上手なの!』
「……で?」
『で?』
「返事。何て言ったんだよ」
『まだしてないよ。考えさせてって言った』
刹那は黙った。
私は首を傾げる。
『……刹那?』
「……お前さ」
『うん?』
「そいつのこと好きなわけ?」
『……分かんない』
「は?」
『だって、そういうのよく分かんないんだもん』
刹那は呆れたように眉を寄せた。
「……じゃあ付き合うなよ」
『えっ、なんで?』
「好きでもねぇ奴と付き合ってどうすんだよ。馬鹿じゃねぇの」
『……それは、そうかもしれないけど』
「……チッ」
彼は不機嫌そうに立ち上がった。
『どこ行くの?』
「散歩」
『私も行く!』
「勝手にしろ」
私は慌てて後を追った。
いつもより少し速い歩幅。
何だか怒っているように見える。
『……刹那、怒ってる?』
「別に」
『ほんと?』
「しつけぇな」
『だって……』
すると、刹那が突然立ち止まった。
危うく背中にぶつかりそうになる。
「……お前、もうちょっと自分のこと大事にしろよ」
『……え?』
「誰かに好きって言われたからって、簡単についてくんじゃねぇぞ」
真剣な目だった。
いつもの意地悪な笑みはない。
私は少し驚いて、それから頷いた。
『……うん。分かった』
「……ならいい」
そう言って、彼は再び歩き始めた。
けれど、その耳が少し赤くなっていたことに、私は気づいていた。
⸻
庭園の奥にある東屋で、私たちは並んで腰を下ろした。
しばらくして、刹那がぽつりと呟いた。
「……お前さ」
『ん?』
「高校、どこ行くか決めた?」
『まだ迷ってる。刹那は?』
「もう決まってる」
『そっか。頭いいもんね』
「……別に、俺が決めたわけじゃねぇし」
その声に、私は顔を上げた。
刹那は遠くの洋館を見つめていた。
三年前、彼が話してくれたことを思い出す。
跡継ぎとして育てられていること。
何でもできて当たり前だと言われること。
自由に遊ぶ時間さえ、ほとんどないこと。
『……刹那』
「何」
『最近、ちゃんと休めてる?』
彼は一瞬、驚いたような顔をした。
「……何だよ、急に」
『なんとなく』
「……余計なお世話」
そう言いながら、彼は背もたれに身体を預けた。
「……まあ、相変わらずだよ。勉強だの、会食だの、くだらねぇことばっか」
『そっか……』
「……でも」
彼は少しだけ空を見上げた。
「ここに来りゃ、お前がくだらねぇ話してくるからな」
『……それ、悪口?』
「さあな」
刹那は口元を緩めた。
「……まあ、退屈はしねぇよ」
私は思わず笑った。
『じゃあ、これからもいっぱい話してあげる!』
「……調子乗んな、馬鹿」
⸻
やがて、景色が白く霞み始めた。
『……あ、そろそろ』
刹那がこちらを見た。
「……もうかよ」
『うん。またね!』
いつものように手を振る。
すると、刹那が私の手首を掴んだ。
「……おい」
『……なに?』
「……まだ行くなよ」
三年前から、何度も聞いてきた言葉。
けれど、最近はその声が少し違って聞こえる。
昔より低くて、落ち着いていて。
それなのに、どこか寂しそうで。
『……また会えるよ』
そう言うと、刹那は眉をひそめた。
「……んなの分かんねぇだろ」
『……え?』
「……いや、何でもねぇ」
彼は小さく舌打ちした。
「……次来たら、告白の返事どうしたか教えろよ」
『……うん!』
「……あと」
『ん?』
「……変な奴と付き合うんじゃねぇぞ」
私は笑った。
『刹那より変な人なんて、なかなかいないと思うけど!』
「……てめぇ」
最後に見えたのは、呆れたように笑う刹那の顔だった。
⸻
目を覚ました私は、天井を見つめた。
『……刹那、なんか変だったな』
告白の話をしてから、ずっと機嫌が悪かった。
どうしてだろう。
私は布団の中で寝返りを打つ。
そして、ふと考えた。
もし、刹那みたいな男の子が現実にいたら。
……絶対、毎日喧嘩するんだろうな。
そう思って、ひとりで笑った。
けれど。
夢の中で彼が私の手首を掴んだとき。
ほんの少しだけ、胸がどきりとしたことは。
誰にも言わないでおこうと思った。




