「君のいない7日間」
最初の夜は、たまたまだと思った。
夢を見なかった。
正確には、何か夢を見ていたのかもしれないけれど、目が覚めたとき、あの庭園の記憶はどこにもなかった。
『……あれ?』
少し残念だった。
昨日、刹那に聞きそびれたことがあったのに。
でも、まあ、そんな日もあるだろう。
今まで毎日のように会えていたことの方が、不思議だったのだから。
私はそう考えて、制服に着替えた。
⸻
二日目。
やっぱり、会えなかった。
三日目。
眠る前に、何度も庭園を思い浮かべた。
白い噴水。
薔薇のアーチ。
いつものベンチ。
そこに座る、不機嫌そうな男の子。
けれど、目を開けたときに見えたのは、自分の部屋の天井だった。
『……なんで』
口に出してみても、答えはない。
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四日目。
学校では、友達に「最近ぼーっとしてるね」と笑われた。
授業中も、休み時間も、ふとした瞬間に刹那のことを考えてしまう。
今頃、何をしているんだろう。
また難しい本を読んでいるのかな。
それとも、ピアノを弾いているのかな。
……私がいなくても、あの庭園にいるんだろうか。
そこまで考えて、私は首を振った。
『……何考えてるんだろ』
刹那は、私の夢の中の男の子だ。
私が夢を見なければ、きっとどこにもいない。
分かっている。
分かっているのに。
どうして、こんなに会いたいんだろう。
⸻
五日目。
私は、とうとう泣いてしまった。
夜中、目が覚めたときだった。
また、会えなかった。
たったそれだけのことなのに、涙が勝手にこぼれてきた。
『……刹那』
呼んでも、返事はない。
『……ばか』
いつもなら、すぐに言い返してくるのに。
「お前の方が馬鹿だろ」って。
呆れた顔で、笑うのに。
私は枕に顔を埋めた。
『……会いたいよ』
その声は、誰にも届かなかった。
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六日目。
神城刹那は、机に広げた問題集を睨んでいた。
目の前には、解き終えた課題が積み重なっている。
けれど、次のページをめくる気になれなかった。
「……チッ」
六日だ。
六日間、あの庭園に行けていない。
最初は気にしていなかった。
夢なんて、見ない日もある。
そう思っていた。
だが、三日目を過ぎたあたりから、眠ることそのものが憂鬱になった。
眠れば会えると思っていた。
ずっと、そうだった。
あいつが十二歳の頃から。
毎晩のように、くだらない話をして。
笑って、喧嘩して。
いつの間にか、それが当たり前になっていた。
「……ふざけんなよ」
刹那はペンを置いた。
夢の中の女に、何を期待しているんだ。
そもそも、あいつは自分の頭が勝手に作り出した存在のはずだ。
なのに。
最後に見た、あの顔が忘れられない。
――明日、教えてね。
「……約束、しただろうが」
小さく呟く。
あのとき。
もう少し時間があれば、言えたかもしれない。
自分でも認めたくなかった気持ちを。
「……くそ」
刹那は椅子の背にもたれ、目を閉じた。
会いたい。
ただ、それだけだった。
⸻
七日目の夜。
私はベッドの中で、目を閉じるのが怖くなっていた。
また、朝になってしまう。
また、会えなかったと知ることになる。
そんなことを考える自分が、嫌だった。
『……ねえ、刹那』
暗い天井に向かって呟く。
『私、好きなんだよ』
初めて、ちゃんと言葉にした。
『……刹那のことが、好き』
言ったところで、何も変わらない。
彼は夢の中の人で、私は現実にいる。
会いに行く方法なんて、知らない。
それでも。
『……もう一回だけ、会いたい』
涙を拭って、目を閉じた。
⸻
その夜も、庭園には辿り着けなかった。
翌朝。
目覚まし時計が鳴る少し前に、私は目を覚ました。
七日間。
一度も、刹那に会えなかった。
窓の外では、いつもどおり朝日が昇っている。
学校へ行けば友達がいて、授業があって、放課後には笑い合う時間がある。
何も変わっていない。
変わってしまったのは、私だけだった。
『……刹那』
私は空っぽの手を見つめた。
最後に握ってくれた手の温かさを、まだ覚えている。
そして、ようやく気づいた。
私が怖かったのは、夢を見られないことじゃない。
刹那に、もう二度と会えないかもしれないことだった。
⸻
同じ朝。
刹那もまた、七度目の朝を迎えていた。
彼はベッドの上でしばらく天井を見つめていた。
やがて、乱暴に前髪をかき上げる。
「……おい、さくら」
当然、返事はない。
「……まだ、話終わってねぇだろ」
その声は、静かな部屋に消えていった。
いつも、引き止めるのは自分だった。
「……まだ行くなよ」
何度もそう言った。
けれど、今は。
引き止めることさえ、できない。
刹那は拳を握りしめた。
「……頼むから」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
「……もう一回、会わせろよ」
朝の光だけが、容赦なく部屋を照らしていた。




