「変わっていくもの、変わらないもの」
あれから、どれくらいの夜を一緒に過ごしただろう。
いつしか私は、毎晩のようにあの庭園を訪れるようになっていた。
雨の日も、雪の日も。
学校で嫌なことがあった日も、嬉しいことがあった日も。
眠りにつけば、そこには刹那がいた。
「……またお前かよ」
『また私だよ!』
「……飽きねぇな、お前も」
『刹那だって毎日いるじゃん』
「……うるせぇ」
そんなくだらないやり取りを、何度繰り返したことだろう。
季節が巡り、私たちは中学校を卒業した。
そして、春。
十六歳になった私は、高校生になった。
⸻
『……刹那!』
庭園に降り立つと、いつものベンチに彼の姿があった。
「……おう」
私は駆け寄り、その隣に腰を下ろす。
『ねえ、聞いて!』
「……何だよ」
『今日から高校生なの!』
「……知ってる。昨日も散々言ってただろ」
『だって嬉しいんだもん!』
刹那は呆れたように笑った。
「……で、どうだったんだよ。入学式」
『すっごく緊張した! でも、友達もできたよ!』
「……初日からよく喋る奴だな」
『刹那は? 高校どう?』
「……別に。中学と大して変わんねぇよ」
『新しい友達は?』
「……まあ、何人か」
『そっか!』
私は嬉しくなって笑った。
刹那は相変わらず、学校のことをあまり詳しく話さない。
けれど、以前より少しだけ、自分から話してくれるようになった。
それが何となく嬉しかった。
⸻
ふと、私は隣に座る彼を見上げた。
三年前と比べると、刹那はずいぶん大人びた。
肩幅は広くなり、声も低くなった。
何より、目線が随分高くなった。
『……ねえ、刹那』
「……何」
『また背、伸びた?』
「……さあな」
『絶対伸びたよ!』
「……お前がちっせぇだけだろ」
『もう!』
彼は楽しそうに笑った。
私は頬を膨らませながら、彼の顔を見つめる。
整った目元。
すっと通った鼻筋。
少しだけ意地悪そうな口元。
昔はただの嫌な奴だと思っていたのに。
最近、時々。
彼の顔をまともに見られなくなることがある。
「……何」
『……えっ?』
「さっきから、何見てんだよ」
『……べ、別に!』
「……ふーん?」
刹那は意地悪そうに顔を近づけた。
「……何、照れてんの?」
『て、照れてないし!』
「……顔赤ぇぞ」
『うるさい!』
私は慌てて顔を背けた。
背後で、彼が小さく笑う声がした。
⸻
そのあと、私たちは庭園を散歩した。
春の風が吹き、桜の花びらが舞っている。
『……綺麗だね』
「……ああ」
私は空を見上げた。
『ねえ、刹那』
「……何」
『高校生になっても、こうして会えるんだね』
彼は少しだけこちらを見た。
「……何だよ、急に」
『だって、夢って普通、毎日同じ場所に来たりしないでしょ?』
「……まあな」
『でも、私、この夢が大好き』
刹那は黙っていた。
私は笑って続けた。
『……刹那がいるからね』
「…………」
彼は一瞬、言葉を失った。
そして、顔を背ける。
「……お前、そういうこと簡単に言うなよ」
『……え?』
「……何でもねぇ」
私は首を傾げた。
すると、刹那が小さく呟いた。
「……俺も」
『……ん?』
「……ここ、嫌いじゃねぇよ」
私は思わず笑った。
『……そっか!』
彼は私の顔をちらりと見て、少しだけ目を細めた。
⸻
やがて、景色が白く霞み始めた。
『……あ、そろそろ』
刹那は小さく舌打ちした。
「……またかよ」
『……ふふっ。また明日ね!』
私が手を振ると、彼は私の手首を掴んだ。
「……まだ行くなよ」
『……刹那』
「……せっかく、話してたのに」
私は少しだけ笑った。
『……私も、もっと一緒にいたいよ』
刹那は私を見つめた。
そして、何かを言いかけて。
結局、何も言わなかった。
代わりに、私の手を少しだけ強く握る。
「……明日も来いよ」
『……うん。絶対!』
「……約束だからな」
『……約束!』
最後に見えたのは、春の光の中で微笑む刹那の顔だった。
⸻
目を覚ますと、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
新しい制服が、部屋の隅に掛かっている。
私は布団の中で、小さく笑った。
『……高校生、かぁ』
これから始まる、新しい毎日。
知らない人との出会いも、きっとたくさんある。
それでも。
夜になれば、あの庭園で刹那に会える。
そのことが、何よりも嬉しかった。
――この幸せが、ずっと続くものだと。
私は、当たり前のように信じていた。




