↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この顔は売れる! 破滅する美形兄弟たちをアイドルにしてお家復興いたします!  作者: くみの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/3

中編:兄弟アイドル始動!

「みんな?」


 最前列の貴族が、ぽつりとつぶやいた。


「みんなって、誰のことだ?」


「何を見せられているんだ……?」


 ひそひそ、ざわざわ。扇の陰に、困惑の波が広がっていく。


(うん、予想どおり)


 僕は、満面の笑顔を崩さなかった。前世の推し活で、ライブの最初の掴みがどれだけ大事かは、嫌というほど叩き込まれている。ここで引いたら終わりだ。


「今日は、ミルフォード家の兄弟から、特別なご挨拶を用意しました! 最後まで、楽しんでいってください!」


 ぺこりと、思いきりお辞儀をする。それを合図に、壇の脇から伴奏が始まった。


 伴奏隊は、屋敷に残ってくれている数少ない使用人たちだ。ベンノのヴィオラに、料理番のフルート、庭師のおじいさんの太鼓。昔取った杵柄とはいえ、練習の甲斐あって、ちゃんと音楽になっている。ありがたい。


「まずは、僕の自慢の兄様たちを、紹介します!」


 最初に壇の中央へ歩み出たのは、エリアスだった。白とクリーム色の礼装、胸元にはクリーム色のリボン。燭台の光を浴びて、金髪が本物の光みたいに輝く。


「ミルフォード家の長男、エリアスです。今宵、皆様にお会いできて、光栄です」


 右手を胸に当て、優雅に一礼。その仕草があまりに自然できれいで、客席の夫人たちから「まあ……」と小さなため息がもれた。


(これが王子様! 誠実さの暴力!)


 続いて、マクシム。赤い飾りを肩に垂らし、袖をまくりあげて、堂々と登場する。


「次男のマクシムだ! 体力には自信がある! よろしく頼む!」


 どーん、と効果音が聞こえそうな仁王立ちだ。腕を組むと、上腕の筋肉が、袖の下でもりっと盛り上がった。客席の男性たちが「おお……」とどよめく。


 アシュレイは、紫のタイをゆるく結んで、ゆっくりと歩いて出てきた。立ち止まり、客席を見渡し、一人の夫人と目を合わせて、一、二、三――そっと、外す。


「三男、アシュレイだよ」


 夫人の扇が、ぴたりと止まった。


 ヒューゴは、藍色のベストで淡々と一礼する。「四男のヒューゴです。以後、お見知りおきを」。たったそれだけなのに、知的な冷たさが逆に刺さったらしく、後ろのほうで、誰かが小さく息をのんだ。


 最後に、ルネ。若草色のリボンと、小さな花の髪飾り。ふわりと立って、おずおずと、けれど丁寧に頭を下げる。


「五男の、ルネです。……が、頑張ります」


 緊張した声のかわいさに、客席のあちこちで、誰かが胸を押さえた。


「それじゃあ、一曲目、いきます!」


 僕が手を高く掲げると、前奏が弾けた。


 曲は、この世界の誰もが知っている、古い民謡『陽だまりの歌』だ。ところが、前奏が鳴った途端、客席がざわっとした。


「……『陽だまりの歌』か?」


「いや、しかし、この調べは……」


 ルネが編曲した前奏は、民謡のはずなのに、まるで知らない歌みたいにきらきらしている。歌い出しは全員で。そこから、ヒューゴとルネの掛け合い、マクシムの低音、アシュレイのハモリと、一人ずつ声が重なっていく。子どもの頃から歌ってきた素朴な歌が、六つの色に分かれて、また一つに集まっていく。


 振りは、ルネが中心になって組み立てた。くるりと回る。手を振る。ステップを踏む。ここで、ルネの本領が出た。


 彼が回った瞬間、空気が変わった。


 爪先の向き。指先までの流れ。髪飾りの花が描く軌跡。さっきまでおずおずしていた少年が、音楽に乗った途端、別人みたいに自由になる。羽根のように、床の上を滑っていく。


(ルネ兄様……! やっぱり、すごい……!)


 客席から、はっと息をのむ音がした。


「あれは、五男のルネ様か。あんなに踊れたのか」


「見て、あの足さばき。ああ、目が離せない……」


 客席から、ぼそぼそとつぶやきが聞こえてくる。あれ、ちょっと様子が変わってきた? 歌いながら横目で観察すると、夫人たちが扇を止めて、頬を染めていた。壁際の中年の紳士は、足でこっそりリズムを取っている。


「だが……」


 誰かが、小さな声で言った。


「だが、なんかいい……」


(きた!)


 僕は、心の中で全力のガッツポーズをした。


 二曲目は、少しテンポを上げて、それぞれの見せ場を入れた構成だ。


 マクシムが、僕の腰をひょいとつかみ、片腕で頭上に持ち上げた。


「うわっ!? お、重くないですか!?」


「羽根みたいだ!」


 高いところから見る大広間は、びっくりするくらいよく見えた。誰もが口を開けて、こっちを見上げている。男性客の何人かは、思わず拍手までしていた。


 床に下ろされた僕の肩に、アシュレイが手を置く。客席に向かって、ゆっくりと片手を差し出し、ほんの一瞬だけ、微笑んだ。夫人の一人が、ぱたり、と扇を取り落とした。


(今ので落ちるの!? お色気が強すぎる!)


 ヒューゴは、壇の端で全体の動きを見ていた。客の反応をちらりと確かめて、僕にだけ分かるように、小さくうなずく。『いい手応えだ』。うちの参謀は、頼もしい。


 そして、最後のサビ。エリアスが、全員の真ん中に立って、そっと両手を広げた。


「――ありがとう。こんなに素敵な夜を」


 その一言に、ばらばらだった六つの声が、ぴたりと重なった。


 最後の音が、大広間に溶けて消えた。


 僕たちは、最後のポーズのまま固まっていた。息が荒い。心臓がうるさい。


(……だめ、だった?)


 一秒。二秒。


 しんと静まり返った客席で、最初に動いたのは、ヴェローナ侯爵夫人だった。社交界の重鎮と評判の、ふくよかで貫禄のある夫人だ。


「…………ブラボー!」


 扇を高く掲げて、叫んだ。


「ブラボー! 素晴らしいわ! なんて素敵なの!」


 それが、きっかけだった。ぱち、ぱち、と拍手が起こり、あっという間に、大広間いっぱいの喝采になった。夫人たちが立ち上がる。男性客まで、手を叩いている。


 例の三人はといえば。


「私のエリアス殿が……?」


 ランベルト侯爵は、拍手の波の中で、呆然と立ち尽くしている。


「アシュレイ……もっと見たかった……」


 イゾルデ女伯爵は、扇で口元を隠したまま、わなわな震えている。


「トーマ殿、かわ……いや、これは……ぐぬぬ」


 ブルクハルト伯爵は、なぜか涙目で、全力で拍手していた。


 縁談をまとめるはずだった夜が、ミルフォード兄弟の初ステージに、変わってしまったのだ。


 僕は、兄たちを見た。みんな汗だくで、息を切らして、ぽかんとしている。でも、その顔から、さっきまでの影が、少しだけ抜け落ちていた。マクシムは豪快に笑っている。アシュレイは、悔しそうに、でも嬉しそうに口元を押さえている。ヒューゴはそっぽを向いて、耳が赤い。ルネは、泣きそうな顔で笑っていた。


 エリアスが、僕の頭にぽんと手を置く。


「トーマ。……ありがとう」


 胸の奥が、ぎゅうっとなった。


(……届いたんだ)


 拍手の向こう、大広間の一番奥の壁際に、父様の姿を見つけた。


 ずっと書斎から出なかった人が、そこに立っている。背筋を伸ばして、じっと、僕たちを見つめて。その目には、驚きと、後悔と、そして何かを決めた人の光があった。


* * *


 拍手が一段落すると、真っ先に動いたのは、貴族たちだった。


「エリアス殿! 素晴らしかった! さあ、ここからが本題です。先日の書状の件、今夜のうちに書面を……」


 ランベルト侯爵が、拍手そっちのけで、エリアスの前に進み出る。


「ちょっと待たれよ、侯爵! 私の話が先だ!」


「わたくしの話もよ!」


「トーマ殿はどこだ!」


 三人が、押し合いへし合いで、兄弟に詰め寄ってきた。エリアスの顔が、すっと曇る。


(まずい。勢いで押し切る気だ!)


「お待ちください」


 低く、よく通る声が、大広間に響いた。


 貴族たちが、一斉に振り向く。人垣が、すっと割れた。


 父様が、ゆっくりと歩いてくる。ぼんやり窓の外を見ているときの背中じゃない。社交界で、令嬢たちを虜にしていた頃の、あの堂々とした姿勢だ。いつの間にか、ベンノが後ろに控えている。


「ランベルト侯爵。ご無沙汰しております」


「フェリクス殿……!?」


「息子たちが、お世話になっております。縁談のお話は、承りました。ただし、今夜は、息子たちの初舞台です。お返事は、後日、改めて。窓口は、今日から、私になりますので」


 にこやかに、けれど一切の反論を許さない笑顔だった。


 大広間が、ざわめく。


「フェリクス殿が、社交界に戻られた……」


「あの、伝説の……」


「息子たちが舞台に立つなら、父親は、その後ろに立つものでしょう」


 そう言って、父様は微笑んだ。そこへ、ヴェローナ侯爵夫人が、扇の陰でころころと笑いながら近づいてきた。


「まあ、フェリクス様。お久しぶりですこと」


「侯爵夫人。ご無沙汰を、お詫びいたします」


「よろしいのよ。それより、来月のわたくしのお茶会に、息子さんたちをお招きしたいのだけれど」


「喜んで。日取りは、私のほうで調整いたしましょう。……ベンノ、手帳を」


「はい、旦那様。書斎より、こちらを」


 ベンノが、すっと黒い手帳を差し出した。


(ベンノ、最初から用意してたの!?)


 父様は手帳を開き、夫人と日程を詰め始めた。その横顔は、僕が知らない、頼もしい大人の顔だった。


 貴族たちが、それぞれ引き下がっていく。広間の人波が少しほどけたころ、父様は、僕のところにやって来た。少し屈んで、僕と目の高さをそろえる。


「トーマ」


「父様……」


「居間に置いてあった、お前の企画書を読んだよ。『踊れる吟遊詩人』」


「えっ、読んだんですか!?」


「面白い発想だ」


 父様は、ふっと笑って、それから、目を伏せた。


「私が立ち直れずにいたせいで、お前たちに、背負わせてしまった。すまなかった」


「父様……」


「もう、終わりにする。今日から私は、お前たちの『まねーじゃー』とやらだ」


「そこまで読んだんですか!? しかも、発音がかわいい!」


 思わず吹き出した僕の頭を、父様は、そっと撫でてくれた。その手は、少し震えていた。でも、あたたかかった。


* * *


 父様が動き出すと、世界が変わった。


 ほんの数日で、黒い手帳は予定でびっしり埋まった。ヴェローナ侯爵夫人のお茶会、子爵家のお孫さんの誕生日会、街の仕立て屋の開店記念、秋の収穫祭のステージ。小さな出演依頼が、次から次へと舞い込んでくる。あの夜の話が、夫人たちのあいだで、口から口へ、扇から扇へと、あっという間に広まったのだ。


 父様の仕事ぶりは、見ていて気持ちがいい。依頼書を一通ずつ読んで、てきぱきと振り分けていく。


「この主催者は、三年前に取引先への支払いを踏み倒している。断る」


「ここは、会場の警備が薄い。マクシムに注意をさせろ」


「こちらは、出演料を一割上乗せしなさい。先方は、必ず払う」


「父様、どうして分かるんですか?」


「社交の力は、鈍ってなかったようだ」


 かっこいい。さすが、うちの父様だ。


 ちなみに、グループ名は、結局つけなかった。夫人たちは「ミルフォード家の皆様」と呼び、街の人たちも「ミルフォードさんとこの兄弟」と呼ぶ。家名が、そのままブランドになってしまったのだ。


 小さな舞台でも、兄たちは、それぞれの色を出していった。


 子爵家の誕生日会では、エリアスが、主役の小さな男の子の前に膝をついて「お誕生日、おめでとう」と微笑んだ。男の子は、頬を真っ赤にして固まり、母親までうっとりしていた。王子様は、お子様にも通用する。


 仕立て屋の開店記念では、マクシムが、店先の重い看板を一人で掲げて、通りの男衆から大喝采を浴びた。収穫祭では、ルネが、屋台の明かりの下で踊り、町の娘たちがため息をつき、少年たちが、こっそり真似をしていた。


 お茶会では、アシュレイが、控えめにミステリアスに佇み、夫人たちを静かにざわつかせた。会計の席には、いつもヒューゴがいて、きっちり精算しながら、「次回のお席は、こちらです」と、さらりと予約を取っていく。


 夫人たちは、洗練されたファンだった。ヴェローナ侯爵夫人は、いつの間にか、ほかの夫人たちを集めて、ミルフォード家の後援を取りまとめてくれていた。「紹介状は、わたくしが」「会場は、うちの別邸を」「次の予定は、いつ?」と、頼もしいことこの上ない。


 ある日、お茶会の控えの間に、ヴェローナ侯爵夫人と、数人の夫人たちが、差し入れの菓子を持ってやって来た。


「フェリクス様。ひとつ、おうかがいしても?」


「何なりと」


「昔、奥様のために、よく歌っていらしたと聞きましたわ。あなたは、舞台にはお上がりになりませんの? お声を、ぜひ聴きたくて」


 夫人たちが、期待に目をきらきらさせて身を乗り出す。父様の歌は、昔、社交界の伝説だったのだ。


 父様は、ふっと、柔らかく笑った。


「あれは、妻のためだけの歌です」


 部屋が、しんと静まった。


「私には、母さんだけだよ」


 最後の一言は、夫人たちではなく、僕たちのほうを見て、言った。


 夫人の一人が、そっとハンカチを目に当てた。ヴェローナ侯爵夫人が、大きく息をついて、微笑む。


「……なんて、一途なお方。今のほうが、ずっと素敵ですわ」


 夫人たちが、ほう、とため息をついた。父様自身の株が、静かに、確実に、上がっていく音が聞こえた気がした。


(これは……父様のブロマイド、いや、限定グッズ……)


「トーマ。聞こえているよ」


「ごめんなさい。やめます」


 父様は、苦笑しながら、僕の頭をこつんと小突いた。


 その夜、居間で、ヒューゴが帳簿を広げて、僕に見せてくれた。出演料は、少しずつ、確実に入ってきている。屋敷の灯りは増えたし、薪も、遠慮せずにくべられるようになった。


 けれど、借財の山は、まだ高い。ここで満足したら、また、あの貴族たちにつけ込まれるだろう。


「次の一手が、必要だな」


「はい」


 僕は、居間の隅に積んである、母様の布の端切れの山を見て、にやりと笑った。


「兄様。そろそろ、あの計画を、動かしましょう」


「ぐっず、だな」


「グッズ、です!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。