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この顔は売れる! 破滅する美形兄弟たちをアイドルにしてお家復興いたします!  作者: くみの


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前編:この顔は売れる!

「お似合いでございます、坊ちゃま」


 老執事のベンノが、最後のボタンを留めて、満足そうに一歩下がる。ここは屋敷の衣装部屋で、僕は社交デビュー用の礼服の最終確認のために、姿見の前に立たされていた。兄様のお下がりを、ベンノが見事に仕立て直してくれた上着を着ていた。


 鏡の中の自分と目が合った瞬間、頭の奥で、何かがぱちんとはじけた。


(あ。これ、見たことある)


 金茶の髪。大きな琥珀色の目。まだ丸みの残る頬。十四歳の少年、トーマ・ミルフォード。その顔に重なって、画面の下に金の縁取りのウィンドウが浮かんだ気がした。


『傾国の美貌に狂わされてみませんか』


(……乙女ゲームのキャッチコピーじゃないか!)


 ざあっと、記憶が流れ込んでくる。会社帰りの電車でちまちま遊んだダークな乙女ゲーム。ビターエンドやバッドエンドの変わったシステムだが、抜群にビジュアルが良かった。そして今いるここは、そのゲームの世界そのものだった。


 ミルフォード家の六兄弟が攻略対象。しかも、どのルートも救いがない。


 ヒロインに選ばれても良くて逃避行。選ばれなかったら、執着する令嬢や当主に監禁されたり愛人になったり、どっちに転んでも地獄である。妖しい美しさで国を惑わした、大罪人一家とされる。


「ろくでもないな……」


 つい声に出た。襟元を直していたベンノの手が、ぴくりと止まる。


 そして、末っ子の僕だ。思い出して、すぐに後悔した。


「僕なんてヒロインとなら心中、結ばれなければ誘拐監禁じゃないか!」


「坊ちゃま!? 心中とは!? 誘拐とは!?」


「あ、ごめんベンノ、こっちの話! 仕立ては完璧! 全然問題なし!」


 老執事は真っ青になって僕を見つめている。ごまかしながら、僕の頭の中では、前世の冷静な部分がもう動き始めていた。


(原作のトーマは、兄たちの運命を見て、早くから諦めてしまう少年だった。でも、今の僕は違う)


 どうせ破滅するなら、じたばたして、ひっくり返してやる。


「ベンノ、兄様たちは?」


「居間におられます。ランベルト侯爵家から、書状が届きましたので」


 今日だったのか。ゲーム序盤の、縁談イベントだ。僕は礼服のまま、廊下を駆け出した。


 居間の扉を開けると、空気が重かった。暖炉の火は小さい。薪を節約しているのだ。窓のカーテンは継ぎはぎだらけ。母様が生きていた頃は笑い声の絶えない部屋だったのに、今は時計の音ばかりが響いている。


 テーブルを囲んで、五人の兄たちが座っていた。


「エリアス兄上だけに、背負わせるわけにはいかない」


 次男のマクシムが、拳を握りしめて言った。


「俺は辺境の傭兵団に入る。腕っぷしには自信がある。仕送りくらいはできるだろう」


「マクシム、それは危険すぎる」


「兄上こそ、婿入りなんて」


「家のためだ。ランベルト侯爵は、私を気に入ってくださっている。悪い話ではないよ」


 そう微笑んだ長男エリアスの笑顔は、とてもきれいで、とても空っぽだった。


「ボクは、イゾルデ女伯爵のお誘いを受けようかな。向こうはボクがいればご機嫌らしいし。……こういうの、慣れてるから」


 三男のアシュレイが、気怠げに頬杖をつく。


「私は、商家への婿入りを考えている。持参金が出るはずだ」


 四男のヒューゴは、淡々と帳簿をめくっていた。


「ぼ、僕は……見た目くらいしか取り柄がないから。どこかの家に、飾ってもらえるなら……」


 五男のルネが、うつむいて、消え入りそうな声で言った。


 全員が、互いを思いやって、自分から差し出されようとしている。仲が悪いわけじゃない。むしろ逆だ。みんな家族が大好きだから、こうなっている。


 その光景を、僕はじっと見つめて――そして、気づいてしまった。前世の目で、あらためて見てしまったのだ。


 陽だまりを溶かしたような金髪に、青い瞳。背筋まで絵になる長男。赤銅色の髪に、袖を押し上げる腕と肩幅の次男。長い黒髪に紫がかった瞳、泣きぼくろの三男。銀灰色の髪と、涼しげな灰色の目の四男。淡い白金の髪に長いまつげ、性別を超えたような美しさの五男。


 五人が五人とも、顔がいい。しかも、タイプが全員違う。


(……本当にビジュがいい)


(傾国も納得の仕上がり!)


 暗い部屋でうつむいていても、これだ。表情に影があっても、素材は国宝級だ。


 これ、売れるのでは? いや、売れる。絶対に売れる。前世ではアイドルも推してた。これより顔面の層が薄いグループが大きな会場を埋めていたのを、僕は知っている。


「この顔は売れる! 破滅回避! お家復興!」


 バァン、と机を叩いて叫んだ。五人の兄が、そろってぽかんと僕を見る。


「トーマ? どうしたんだ、急に」


「ヒロインはダメだ! 原作の婚約も結んじゃダメだ! ……でも、うちお金ない。なら、成り上がればいい!」


「ヒロイン? げんさく?」


「兄様たちは、誰のところにも行かせません! ここにいてもらいます! 全員です!」


 ぐっと拳を突き上げる。


「今から、属性会議を始めます!」


「ぞくせい……かいぎ?」


 五人の声が、きれいにそろった。ハモリだけは、すでに完璧だった。


* * *


 僕は居間の隅から、ベンノが昔、領収書の計算に使っていた小さな黒板を引っぱり出した。白墨もちゃんとある。


「まず、結論から言います。兄様たちは、全員、アイドルになります」


「あいどる」


「アイドルとは、踊れる吟遊詩人である!」


 黒板に大きく書く。『踊れる吟遊詩人』。居間が静まり返り、暖炉の薪が、ぱちりとはぜた。


「吟遊詩人……貴族の子に、街角で歌えというのか」


 ヒューゴが、眉をひそめる。


「街角じゃなくて舞台です。歌って、踊って、みんなを楽しませて、お金をもらう。しかも、ただ歌うだけじゃなくて、応援してくれる人たちがつくんです」


「応援してくれる人」


「ファンです。兄様たちを、推してくれる人たち!」


「トーマ。それは家の名に傷が……」


 エリアスが、困ったように眉を下げた。さすが長男、責任感が強い。


「傷がつくんじゃなくて、売れるんです! いいですか兄様たち。今、ミルフォード家に残っている財産は何ですか!」


「……顔くらい、かな」


 アシュレイが、乾いた笑いをこぼした。


「だから、みんなそれを、誰かに差し出そうとしてるんでしょ」


「そうです、それです! でも、誰かに売る必要はありません。自分たちの顔を、自分たちの意思で使えばいいんです! 恋愛対象として攻略されるんじゃなくて、推されれば解決! 一人のものにならないなら、逆に、みんなのものになろう!」


「…………」


 アシュレイの笑顔が、すっと消えた。


「トーマ。それって、つまり、ボクたちを、みんなで……」


「えっ? あ、違います違います!」


 僕は大慌てで両手を振った。


「ファンの皆さんに、広く愛されるって意味です! 誰かが兄様たちを所有するんじゃなくて、兄様たちが、自分の意思で、みんなを楽しませるんです! 嫌なことはやらない! それがルールです!」


「……そう、なんだ」


 アシュレイが、ほっと息をついた。肩から、少しだけ力が抜けたのが分かる。危なかった。言葉選びは大事だ。


「では、一人ずつ見ていきます。まず、エリアス兄様!」


「私か」


「兄様は、正統派王子様担当です。優雅で、誠実で、そこにいるだけで場が落ち着く。それが武器です!」


「ありがたい話だが……私は、家のために婿入りする身だ」


「兄様。その優しさは、誰かの家に差し出すために磨いてきたものじゃないでしょう?」


 エリアスの目が、わずかに見開かれた。


「兄様が家族を守ろうとしてくれたことは、ぜんぶ知っています。でも、守る方法は婿入りだけじゃないんです。兄様の誠実さは、犠牲じゃなくて、魅力です」


 長い沈黙のあと、エリアスは、ゆっくり息を吐いた。


「……お前は、いつの間に、そんな顔で話すようになったんだい」


「今朝からです!」


 即答すると、エリアスが、ふっと吹き出した。ここ数か月、見ていなかった笑顔だった。


(よし。一人目)


「次、マクシム兄様!」


「俺か」


 次男が腕を組む。それだけで、シャツの袖が、みしりと鳴った。


「兄様は男気・筋肉担当です。ずばり、筋肉が売りです!」


「……筋肉が、売り?」


「傭兵団なんてもったいない! その上腕が、命がけで稼ぐ以外にも、観客をうっとりさせる力を持ってるんですよ?」


「うっとり、させる……」


 マクシムが、自分の腕を見下ろす。


「次男はもっと筋肉を。諦めてる暇なんてないです。それが売りなんですから、もっと強くなりましょ!」


「……ははっ」


 マクシムが、豪快に笑い出した。


「俺の腕が、売りか。考えたこともなかった。いいだろう、鍛え直しだ」


「男性のファンもつきます。騎士さんとか、絶対憧れます!」


「それは、悪くないな」


 ちょっと嬉しそうだ。ちょろい……いや、素直だ。


「三男、アシュレイ兄様!」


「はーい」


 アシュレイが、にやりと笑った。長い黒髪をかき上げ、流し目をひとつ。紫の瞳がすっと細くなり、空気がねっとりと甘くなる。


「色気担当、でしょ? こういうのなら簡単だねー」


「簡単ではありません」


「……え」


「露骨なお色気は禁止です。アイドルはミステリアスで大人な妖艶さを磨かなければ、下に見られます」


 きっぱり言い切ると、アシュレイは、ぱちくりと目を瞬いた。


「露骨じゃ、だめなの?」


「見せすぎると安売りになります。視線は三秒で外す。全部は見せない。笑うのは、ほんの少しだけ。大事なのは、観客に『もっと見たい』と思わせることです」


 実演してみせると、アシュレイは半信半疑で、言われたとおりに視線を投げ、薄く微笑み三秒で外した。……あ、今のは、効いた。窓際で、ルネが小さく「あ」と声をもらした。


「ねえ、トーマ」


 アシュレイが、ぽつりと言った。


「それって、見せ方を、ボクが決めていいってこと?」


「もちろんです。誰に、どこまで見せるか、全部アシュレイ兄様が決めるんです。嫌なときは嫌と言う。それも込みで」


「……へえ」


 アシュレイが、ゆっくり瞬きをした。気怠げな顔の奥で、紫の瞳が、少しだけ揺れる。


「それは、ちょっと、面白いかも」


 誰かに求められるままに色気を差し出すつもりだった人が、今、自分の色気を自分でデザインしたいと言っている。それだけで、この会議を開いた意味はあった。


「次、ヒューゴ兄様!」


 四男は、さっきから黙ったまま、帳簿に羽根ペンを走らせていた。


「トーマ。今の話で、ひとつ確認したい」


 顔を上げた灰色の瞳が、鋭く光る。


「観客は、金を払うのか。それとも、夜会のように、招かれるだけか」


「どっちもありです。出演料と、入場料と──」


「公演は一度きりだ。出演料だけでは弱い。観客が帰るとき、何か持ち帰れる品があれば、収益は続く。たとえば、舞台の記念になるような、小さな品を」


 僕は、息をのんだ。この人は、前世の概念を、自力で導き出した。


「そうです! グッズ! つくりましょう!」


「ぐっず」


「兄様たちの魅力を、持ち帰れる形にしたものです! 小さくて、安く作れて、でもファンにとっては宝物!」


「原価率は」


「できるだけ低く! でも、買った人が損したと思わない品質で!」


「……なるほど」


 ヒューゴの口元が、わずかにゆるんだ。


「面白い。数字は、私が見よう」


 その目には、帳簿をめくっていたときの暗い光はなかった。かわりに、商人みたいな、楽しそうな光が宿っていた。


(四男、完全に仲間になった)


「最後に、ルネ兄様」


「……僕は」


 ルネは、うつむいたままだった。白金の髪が、頬にかかる。


「兄上たちみたいな特技がないんだ。昔から、顔しか見てもらえなくて。……見た目くらいしか、取り柄がなくて」


 ああ、これは、ゲームで読んだ、ルネの悩みだ。


「兄様の魅力は、その見た目です」


 ルネの唇が、きゅっと結ばれる。傷ついた顔だ。


「何言ってるんですか! 褒めてるんですよ! 天性のものですよ? 得ようと思っても得られないんですよ!」


「えっ」


「兄様の顔は、技術じゃ手に入らない才能です! そして、才能は、売っていいんです!」


 ルネはきょとんと僕を見て、それから、ほんの少し頬を染めた。


「……そんなふうに言われたの、初めてだ」


「それに、兄様、楽器できますよね。母様に習った」


「あ、うん。ピアノとヴァイオリンを、少しだけ」


「ダンスも」


「社交の基本だから、それなりに」


(ゲームの設定資料には、確か書いてあった。ルネは、本当は、兄弟で一番の踊り手なのだと)


「楽しみにしててください。兄様の本当の力、きっと全部出ますから」


 ルネは、不思議そうな顔で、でも少し嬉しそうにうなずいた。


「そして、僕、トーマは!」


 くるっと振り返って、胸を張る。


「元気担当です! 笑顔と元気で、会場を明るくします! あと、企画とプロデュース担当!」


「トーマは、アイドルになりたいのか?」


 エリアスが、静かに尋ねた。僕は、首を横に振った。


「ぜんぜん!」


 居間に、小さなざわめきが走る。


「僕は、アイドルになりたいんじゃありません。兄様たちを、誰にも渡したくないんです。お家を立て直して、領地を元気にして、家族みんなで暮らしたい。アイドルは、そのための、一番早い手段です」


 言い切ってから、顔が熱くなった。まっすぐに言いすぎたかもしれない。


 しばらく、誰も何も言わなかった。やがて、マクシムが、僕の頭をがしがしと撫でた。


「そうか。そのために、お前は一人で、そんなことを考えていたのか」


「痛いです兄様、力が強い!」


「悪い悪い」


 アシュレイが笑う。ヒューゴが咳払いをする。ルネが目元をこする。エリアスが、ゆっくり立ち上がった。


「分かった。やってみよう。トーマ、お前の企画に、乗らせてくれ」


「……!」


「私たち全員で、できることをやろう」


 五人の兄が、順番にうなずいた。影は、まだ顔に残っている。けれど、その奥に、小さな灯りがともったのを、僕は確かに見た。


「よし! それじゃあ、特訓開始です!」


「何から始める?」


「筋トレ! 歌! 踊り! あと、挨拶の練習です!」


「挨拶?」


「最初の第一声が、全部決めるんです!」


* * *


 初舞台は一か月後の僕の社交デビューの日にした。大人の仲間入りをし、夜会に出られるようになる。


 練習と準備は、あっという間だった。


 朝は、マクシムの号令で始まる。庭で腕立て伏せ、腹筋、素振り。僕も巻き込まれて、片腕で持ち上げられて庭を一周した。筋肉がすごい。見せかけじゃなく、本物だ。


 昼は、居間が稽古場になった。家具を壁際に寄せて、全員で歌と踊りの練習をする。


 初舞台の曲は、この世界の古い民謡、『陽だまりの歌』に決めた。収穫祭でも、子守でも、台所でも歌われる、誰もが知っている素朴な歌だ。母様が、料理をしながら、よく口ずさんでいた歌でもある。


「知ってる歌だから、みんな油断します。そこを、ひっくり返すんです!」


 ルネがピアノで編曲し、ヒューゴが掛け合いの割り振りを決め、エリアスが全体の流れを組み立てる。素朴な歌が、少しずつ、僕たちだけの形に変わっていった。


 驚いたのは、ルネだ。ステップを一度見せただけで、完璧に踏んでみせる。腕の動きひとつ、爪先の向きひとつが、他の誰よりも美しい。


「ルネ兄様、すごい! ダンスの要は、任せました!」


「ええっ!? ふ、普通にやってるだけだよ?」


「普通じゃないです!」


 アシュレイは、毎日、鏡の前で視線の練習をしていた。視線を外すのが、意外と難しいらしい。「見つめられるのは慣れてるのに、見つめて外すのは、難しいなあ」とぼやきながら、楽しそうだった。


 衣装は、母様が遺した布を使って、ベンノが総力をあげて仕立ててくれた。基本は白。そこに、一人ずつ違う色を足す。エリアスはクリーム色、マクシムは赤、アシュレイは紫、ヒューゴは藍色、ルネは若草色。僕は黄色だ。


 衣装合わせの日、僕はルネの髪に、小さな花の髪飾りを足してみた。


「これ、女性すぎじゃない?」


「それが良いんですよ! ……あ、でも、兄様が嫌なら外します。ちゃんと言ってください」


「え」


「兄様の好みが一番です。嫌なものを、無理につけるものじゃないですから」


 ルネは、鏡の中の自分をしばらく見つめて、それから、ふにゃりと笑った。


「……ううん。ちょっと、気に入った」


 その笑顔を見て、衣装係のベンノが、無言でハンカチを目に当てた。


 それでも、夜になると、エリアスはふっと暗い顔をすることがあった。縁談の話は、消えたわけじゃない。そして社交デビューの夜に、貴族たちが僕たちの話もまとめるつもりで集まってくるのを、僕はゲームで知っている。


 それに、もうひとつ気がかりがあった。


 夜、書斎の前を通ると、扉の下から細い灯りがもれている。父様の部屋だ。母様が亡くなってから、父様はほとんど書斎から出てこない。社交界からも身を引いて、ぼんやりと窓の外を眺めていることが多い。


 夜会の招待状を渡した日、父様は、力なく微笑んだ。


「……ああ。顔だけは、出そう」


 昔は社交界でいちばん目立つ美丈夫だったと聞くのに、今は、その背中が小さい。それでも、練習の歌は、書斎まで届いているはずだ。昨夜、廊下を通ったとき、扉がほんの少しだけ開いていた気がした。


(……父様。見ててね)


* * *


 そして、夜会当日。


 ミルフォード邸の大広間は、久しぶりの賑わいを見せていた。燭台に火がともり、母様がいた頃のように、磨かれたシャンデリアが輝いている。大広間の奥、一段高くなった壇の前には、シーツを縫い合わせたお手製の幕が、ぴしっと張ってあった。僕たちは、その後ろにいる。


「ふう……」


 幕の隙間から、そっと外をのぞく。招待客が、続々と入ってくる。豪奢な衣装に、きらきらの宝石。


 そのとき、幕のすぐ向こうに、見覚えのある三人が集まってきた。布一枚を隔てているだけだから、声が筒抜けだ。向こうは、聞かれているなんて夢にも思っていないらしい。


「ランベルト侯爵。今夜こそ、エリアス殿との話を、まとめてしまわれるのでしょう?」


「無論だ。我が家の婿に、あの『王子様』を迎える。ミルフォード家も、断れまい」


「抜け駆けは許しませんぞ、侯爵。長男には、私も目をつけていたのだ」


「何をおっしゃる、ブルクハルト伯爵。貴殿の狙いは、末っ子だったはずでは?」


「ええ。末のトーマ殿を、我が家で、大切に、大切に預かるつもりですとも。そこは譲りません」


「わたくしは、三男のアシュレイさえいただければいいので。皆さま、静かにしてくださる?」


 イゾルデ女伯爵が、扇の陰で、ふふんと笑う。


「まあまあ、まだ正式な書面は、一枚もないのです。この社交デビューで、いっきに話を進めてしまいましょう」


「楽しみですな」


「実に楽しみですわ」


 三人が、にこにこと笑い合う。みんな笑顔のはずなのに、空気が、ばちばち音を立てている気がする。


(……本当にゲームのとおりだ)


 背中が、ひやりとした。同時に、ちょっと笑えてきた。仲間のふりをして、全員が全員を牽制している。しかも、僕を「大切に預かる」って、どう聞いてもヤバい人の言い方だ。


 ふっと、手にあたたかいものが重なった。エリアスの手だった。冷たくなった僕の指を、そっと包んでくれている。


「大丈夫だ、トーマ。何があっても、私たちは一緒だ」


「……はい」


 見回すと、みんな少し顔がこわばっていた。マクシムは深呼吸を繰り返している。アシュレイは、指先をきつく握っている。ヒューゴは台本の最後のメモをにらみ、ルネは、髪飾りにそっと触れていた。


「よし、円陣を組みます!」


「えんじん」


「手を重ねて! せーので、笑顔!」


 六つの手が、ひとつに重なる。


「ミルフォード家――」


「ファイト、おー!」


 小声で、でも思いきり。


 その瞬間、幕の向こうのざわめきが、すっと静かになった。ベンノの、出番を知らせる合図だ。


 幕が、ゆっくりと持ち上がる。眩しい。燭台の光と、人々の視線。大広間の真ん中で、貴族たちが、ぽかんとこちらを見上げている。その一番後ろ、壁際に、父様が立っているのが見えた。


 僕は、深く息を吸って、一歩、前へ。


「みんなー! 今日は来てくれてありがとう!」


 ……大広間が、しん、と静まり返った。


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