愛
「ジョン、お前こそどうなんだ」
ヴォルが尋ねる。ジョンが訝る。ヴォルは、
「お前は奥手で恋人と交際すらしたことがない」
ジョンは眉間に皺を寄せる。賢市は芝生の河原から船内に視線を戻す。湯利は不思議そうにヴォルとジョンを見比べている。ヴォルは、
「お前に人を愛する覚悟が有るのか」
ジョンは唇を固く結んで歯を食いしばりながらヴォルを睨んでいる。湯利はヴォルの意図が分からず首を傾げる。賢市はジョンの握り拳を見つめる。ヴォルはジョンを睨み返しながら、
「覚悟すべきはお前だろ」
湯利は困惑している。ヴォルが湯利を叱るのは分かるがジョンを問い詰める理由が分からない。雨は音もなく降っている。しかしなぜか寒さを感じない。賢市はジョンの顔色を窺う。ジョンは怒るどころかヴォルから顔を背けている。反対方向から大きな船が通り過ぎていく。ヴォルは手を振る。ヴォルの漕ぐ船は悠々と航行する。やけに乗り心地が良い。賢市は驚嘆した。
「湯利。少しだけ、俺を愛して欲しい」
ジョンに唐突に投げかけられて湯利は狼狽した。湯利を見つめる眼光が鋭い。湯利は明らかにうろたえた様子で、
「友達だから既に私は貴方を愛しているよ」
「ジョンの望みは友愛じゃないんだよ」
ヴォルが低い声で否定した。テロ事件を起こした湯利を警戒しているヴォルが息子であるジョンの愛を指摘する。湯利は困った顔でヴォルに振り向く。ヴォルは穏やかな声で、
「俺や過去の事を考えるな。理性も知性も無視して素直に考えるんだ。君はジョンを愛せるのか」
突然の選択。湯利に取ってジョンは理解者であり親友だ。それに感謝して安らぎを得るのが愛ではないのか。恋愛は場違いだ。しかしヴォルは友愛を否定している。ヴォルは落ち着いた声で、
「君がジョンを拒もうが受け入れようが俺は驚かない」
湯利はゆっくりとジョンに振り向く。ジョンは真っ直ぐに見返している。湯利は不安そうに、
「私と一緒に日本で暮らせる?」
「ああ。暮らせる」
ジョンは即答した。ヴォルは無表情。賢市は驚いて口を開けた。




