決断
賢市は湯利と一緒に湯利の実家に同行した。賢市が昨日作業所の美桜に寄って湯利にイギリスに行ってジョンと再会しないかと提案した。湯利は驚いたが賢市がイギリスの移民局の許可が下りたことを説明した。何故、賢市が移民局に問い合わせたのか湯利は訝ったが、賢市はブログとSNSを読んで湯利もジョンも互いに会いたがっているのではないかと察したと説明した。湯利の方からSNSのアカウントを教えていたので賢市が覗いててもおかしくはない。しかし湯利は音声SNSでの交流については詳しく話していないので賢市は盗聴していることを隠していた。賢市は更生になるだろうと強く勧める。旅費も物価も高い。出入国の手続きも煩雑だ。スマホや電子決済や充電器をどうすれば良いのか面倒だ。湯利はイギリス行きは困難だと拒もうとした。賢市は丁度、国際犯罪でイギリス警察の協力を仰ぐ為に出張するので同行しないかと提案した。湯利は警察の仕事に介入するのに抵抗を感じた。観光目的と捜査目的では雲泥の差だ。むしろイギリス側は日本の警察官が湯利と同行する事を条件に特別に入国を許可している。イギリスは既に湯利の犯罪歴を調査済みだ。賢市がそれを伝えると湯利は両親に相談すべきだと考えた。
出迎えた両親は緊張した面持ちだった。事件後に賢市と何回か会ったが、思い出したくない事件と向き合わなければならない。賢市は腰が低く気を遣いながら中村一家の様子をうかがっているので両親は賢市に悪い感情は無かった。むしろ危うい娘の更生を気に掛ける親切な警察官だと思っている。当然、賢市が公安であると気付いていない。
賢市は湯利の更生の為にイギリスの友人の所へ連れていく事を両親に提案した。両親は湯利本人からジョンとネットで交流を深めている事を知っている。一度母親が賢市にロマンス詐欺の可能性を相談している。賢市は穏やかな物腰で否定し湯利の他害性が緩和している事を指摘した。母親はジョンとの交流を認めたが、父親は過去の事件が暴露される事を心配した。賢市はジョンが既に知ったうえで湯利を友人とみなしていると白状した。両親は真っ青になって動揺したが、賢市は冷静な態度で落ち着かせた。過去の汚点を隠して感情を抑圧し続けると却って暴発する。両親は湯利とジョンを見守ることにした。
しかし犯罪歴のある娘が外国の友人に行く事に両親は反対した。イギリス側が拒絶するだけではなく、外交問題になるのではないかと父親は危惧していた。母親は言語の壁と物価高と治安を恐れた。賢市は自分も同行してしっかりと安全を保障すると強調した。多忙な警察官が何故湯利と同行するのか両親は訝ったが、賢市の同行が入国の条件であり、賢市自身もイギリスに用があると説明した。親身な警察官を疑っているわけではないが、両親は腑に落ちなかった。
「あんた、本当にそんなにジョンさんと会いたいの?」
母親が尋ねた。湯利はすぐには答えられなかった。犯罪歴のある自分が外国の友人に会いに行く。それは大きな出来事だ。両親の不安な顔を見ると会わない方が良いのではないかと思う。しかしイギリスの移民局の許可が折角降りたのだ。この機会を逃すと永久に外国に行けないだろう。人生最後の外国旅行になるはずだ。
「大事な捜査をする小林さんの邪魔になるだろう」
父親が苦い顔をする。賢市は、
「捜査情報を一切お見せしません。それに捜査というよりも親善です」
両親は困惑した表情で賢市と湯利を見比べる。湯利は、
「一度だけで良いからジョンに会いたい」
両親は不安だったがイギリス旅行を承諾した。賢市と湯利とで旅費と旅程と出入国手続きについて話し合った。




