軟化
ジョンは時折電話で連絡をしようと約束して無事に終えた。湯利とは週に一回、一時間ほどの頻度で会話をするようになった。ジョンは地元であるケンブリッジでデモやストライキが起きればそれを説明し、湯利は作業所での仕事を語る。日本語でも良かったが、湯利の英語が上達したので英語を徐々に使うようになった。湯利の発音は強い日本語訛りで不自然だった。聴き取りも苦手なのでジョンは何度もハッキリゆっくりと話した。どうしても分からなかったら互いに日本語で説明した。ジョンは諺や敬語を教えた。日本とイギリスでは言語も文化もあまりにも違うので敬語の使い方も言い回しも全く異なる。慇懃なつもりが無礼な表現になることはよくある。また、湯利が単語を一つずつ区切ったり、ローマ字読みをする癖をジョンは指摘した。様々な民族や属性の禁忌も教える。湯利は興味を抱いたり逆に面倒臭そうにしていた。ジョンは常連客や友人、湯利は職場仲間や両親の話もした。他人の陰口というよりは盗み聞きした世間話を話題にするだけだった。物価や景気、政府への文句、スポーツや芸能。ジョンも湯利もサッカーに詳しくなかったが、少し触れる。
ジョンは湯利に会いたくなった。ブログもすっかり平和になっている。ジョンとその友人とのネットでのやり取りで知ったことを湯利は時折作業所で他の利用者に話すようになったようだ。社会への憎悪は収まったようだ。ジョンは再度日本に行こうと考えた。前回はMI6の諜報員であるアリスに同行したことで旅費は負担してもらっている。今回は自費で行ってみようか迷っている。それを両親に相談すると母親は心配した。遠い国への一人旅である。何度もネットで湯利との交流を覗いていた父親は反対しなかった。日本は物価がイギリスよりも安いし治安が特別悪くもない。
ラーメン屋で会ってから二年が経っている。二人共、三十七歳になっている。ジョンが日本へ行こうと湯利に話そうと考えている時、アリスがまたフォレストフィッシュに来店した。アリスとは時折SNSで連絡している。アリスは仕事内容を全然話さず、世間話をするばかりだ。たまに湯利との議論にも参加する。前回よりもジョンは委縮しなくなったが、貴族女性としてアリスはやはり威厳がある。ゲラゲラ笑っていた客も母親も下品な冗談や攻撃的な皮肉をピタリと止めた。
ジョンが挨拶するとアリスはジョンを見つめながら、
「クマムシに会いに行きたいのでしょう」
諜報員として何でも見透かすアリスにジョンは苦い顔をした。アリスはかまわずに、
「クマムシにこちらに来てもらうのはどう?」
「出来るんですか?」
ジョンが驚くとアリスは、
「私が内務省や移民局に確認している。無理なら貴方が会いに行けばよい」
今は大人しくなったとはいえ、湯利は過去にテロ未遂事件を起こしている。ジョンの心拍数が上がる。




