正義
「弾道ミサイルを何発撃てても、世界の女達に熱狂されても、一億人分の資産を持てても、社会を覆すような理論を証明しても、一人の誠実な女には適わない。嘘じゃない」
ジョンが冷静な口調で語る。賢市が訝しそうな表情で日本語で話したジョンの言葉を訳す。ジョンの湯利を見据える眼光は鋭い。アリスはジョンが湯利を単に黙らせておためごかししているわけではないと分かった。怒りと悲しみと慈しみの混ざった眼差しだ。ジョンは、
「君は加工された暴力で男を黙らせ女を救えると思っている。でも、地道に他人と寄り添う女達が本当は社会を創っている。男達の暴力で人類が滅びなかったのはその為だ」
「女は今もどこかで殺されている」
湯利が暗い声で言い返す。ジョンは、
「君が責任を感じる必要は無い。君はもっと身勝手で良い」
賢市が不思議そうに首を傾げて訳す。ジョンは「責任」と表現した。それは対等を求める正義。他人を追い詰める凶器でもなければ自己正当化する武器でもない。自滅を賭けた正義。独りで米軍基地を襲い、犯罪者やテロリストを軽蔑し、反差別の矛盾に呆れ、科学に憧れる。アリスは湯利の独特な正義を見つけた。
湯利は腑に落ちない様子で、
「時々、『貴方は責任感がある、正義感が強い』と言われるけれど、私はあまり嬉しくない。『正義を振りかざして暴力を振るう』『複数の正義が争いを生む』と揶揄される」
「俺はそんな軽い正義の事を言ったんじゃない。君の正義は残酷で重いんだ」
ジョンが言い返した。湯利が訝るとジョンは指を組んで、
「だから君は愛と慈悲を信じる勇気があるはずだ」
湯利が首を傾げる。ジョンは湯利を真っ直ぐ見据えながら、
「中村は苗字だろう。名前を教えて欲しい」
湯利は唐突な質問に一瞬動揺した。ジョンは目をそらさない。湯利は、
「湯利」
と、名乗った。
三時間が経った。賢市はそれに気付いて三人に教えた。ジョンはまだ言い足りなさそうだったが、アリスが挨拶をすると立ち上がる。賢市と湯利も返事をして立ち上がる。




