加工された暴力
湯利は料理に手を付けずに、
「本当に何でも良いと言うならば一つ有る。でもそれは私個人で何とかする話ではない」
ジョンは微笑んだ。アリスと賢市は食べながら湯利を盗み見る。湯利は不安そうな顔をしている。ジョンは、
「大きな夢なんだろうね。話して欲しい」
と、促した。湯利は、
「権力の分配」
賢市は腑に落ちず食べるのを止めた。それを察したアリスに英訳した。アリスも訝る。民主主義が正に権力の分配である。普通選挙も法治国家も表現の自由も公正な価値観も三権分立も既に存在している。日本も少なくとも建前では民主主義を前提にしている。それに、暴力を肯定している湯利が何故権力の分配を願うのか。ジョンも不思議そうに、
「民主主義とは違うのか」
「暴力の分配」
湯利が答えた。英訳した賢市もアリスも更に困惑した。万民が際限なく争う自然状態を望んでいるのだろうか。革命どころか無政府主義である。ジョンは、
「全ての人間に対立を強要するのか」
「暴力こそ最も確実な共通言語」
湯利が無表情で答えた。賢市は、
「平和がそんなに憎いのか」
「違います。暴力の釣り合いでしか平和は維持できません」
湯利が答えると賢市は気まずそうに英訳する。アリスは客を演じている者達と店主達を盗み見た。皆、顔色が悪い。ジョンは、
「平和の為に暴力を分配するのか。銃の所持を訴えるアメリカ人みたいだ」
「加工された暴力を全ての人間に持たせる」
湯利の独特な表現に賢市とジョンは眉間に皺を寄せた。賢市は首を傾げながら英訳する。アリスも不可解で顔を曇らせる。ジョンは、
「加工された暴力とは一体何なんだ」
「本人に最適化された武器と理性的な判断と現実的な想像力。筋力も財力も人脈も無い人ほど強力な武器を持つ。遊び半分で他人の尊厳を踏みにじる奴には必要は無い」
湯利が答える。銃火器の様な具体的な武器ではない。湯利本人にも分からない抽象的な武器。賢市は苦い顔をしながら英訳した後、
「警察も軍も否定するのか」
「犯罪を捜査したり治安を維持したりする警察も、国防を担う軍も正に加工された暴力です。テロや犯罪の様なむき出しの暴力は害悪でしかないです」
ジョンがアリスに英訳した。アリスは困った顔をした。湯利は、
「暴力から命や尊厳を守るには暴力以外にはない。だから警察と軍が存在している」
賢市は自分の顎に手を当てて、
「現代の法治国家に納得していないのか」
「トランス女性の権利擁護が訴えられている現在でもシスジェンダー女性は遊び半分で殺され傷ついています。被害を訴えてもフェミだと嘲笑されています」
湯利の眼光は鋭い。シスジェンダー女性への暴力に辟易しているだけであってトランス女性を積極的に攻撃するつもりはないようだ。ジョンは何となく分かる。賢市が何かを言う前に湯利は、
「他人の尊厳を踏みにじる者ほど暴力にひれ伏す」




