夢と野望
翌日。ジョンとアリスは早めに来ていた。賢市と湯利が入ってきた。昨日よりも湯利の表情が穏やかだ。ジョンはふと疑問に思った。湯利は今まで恋愛をしたことがあるのだろうか。化粧をしていないし服装も野暮ったい。ブログでも男は粛清対象になり得ても恋愛対象にはなっていない。女性差別や外見至上主義には憤っており、芸能界やスポーツに興味を示していない。ジョンが若くて美形であっても媚びるとは思えない。無責任なネット空間や店に来る客が稀に日本女性が白人男性に媚びるイエローキャブだと罵る者がいる。しかし実際彼女たちの多くはアジア系男性を恋愛対象にする。黒人男性と結婚する者もいる。男による格付けに辟易して俳優やアイドルに夢中になる女達は少なくない。ジョンは湯利をボンヤリと眺める。それに気付いたアリスは、
「訊きたいことが有るのでしょう」
我に返ったジョンは、
「中村には夢とか野望とか有るのか」
突然の質問に湯利は驚いて答えなかった。ジョンは、
「何でも良いんだ。俺は既に事件の事を知っているからどんな事でも驚かない」
湯利は宙を睨んで考え込む。賢市とアリスはジョンと湯利を見比べる。ジョンは、
「革命を起こすと宣言しても、学者になると夢を見ても俺は否定しない。恋人が欲しいと願っても笑わない」
「恋人?」
湯利は腑に落ちない顔をする。昨日は情報技術と科学の話をした。ブログでは社会の怨嗟と暴力を語っている。恋人は唐突だ。ジョンは気まずい顔をして、
「本当に何でも良いんだ。俺は実現しろとも諦めろとも言わない」
「貴方こそ夢は有るの?」
湯利が訊き返した。ジョンは天井を見やりながら、
「俺は平和な生活が続けば良いと思っている。刺激も地位も人脈も生活費以上のカネも要らない」
料理が運ばれてきた。賢市が食べ始める。アリスもジョンと湯利を観察しながら箸に手を付ける。ジョンは視線を戻して湯利を真っ直ぐ見つめる、
「君は暴力や排除や支配を本当に望んでいるわけではないはずだ」
「そう言われてもなんて答えればよいか分からない」
湯利は困惑気味に言い返した。客を演じていた者達も店主達も不思議そうに固唾を飲む。ジョンは何を期待しているのだろうか。湯利の暴力性の原動力は何なのだろうか。




