学びの場
ジョンと賢市が湯利と話して時折アリスに英訳する。湯利は作業所の美桜で竹籠を製作する仕事や親切な職員の対応を語っていく。規則正しく変化する数とその合計の公式、酸化しやすい金属の順番、物理の公式。湯利がブログで書いた自然科学の勉強の報告を元にジョンが質問して湯利が答えていく。知識をひけらかして自慢するよりも知識が正しく身についたのか不安なようだ。文系の学士という学歴に対して劣等感を隠せないでいる。ジョンはむしろ自分の無知を自覚して学び直していく湯利は誠実だと感じた。時々目をそらして宙を睨んだり、上手く答えられずに黙ったりしている。発達障碍者なのは本当のようだ。ジョンの前職にも発達障碍者は何人かいた。不器用だが悪意はない。彼ら彼女達と何となく似ている。
湯利は情報技術分野を敬遠しているようだ。プログラミングもC言語も統計も動画制作もパソコン操作も難解な世界に感じている。けれども機密情報を守り国防や犯罪捜査にも転用できる暗号学には魅力を感じている。二進法と十進法の違いにも興味を示しており、十進法の十分の一が二進法では少数で表しきれなかったり、十進法も二進法も素数は同じであることに面白さを感じている。発達障碍者が全員、情報技術が得意だと思われていることに抵抗を感じている。
自然科学をはじめとする学びに対して心底魅力を感じているようだ。湯利は時折楽しそうに顔が緩む。ジョンは湯利が過去にテロ未遂を起こしたようには感じられなかった。ジョンは情報技術者が天才ばかりではなく平凡な人間が大半だと説明した。湯利が難解だと感じている技術も学ぶ機会と根気があれば身につく。
湯利は英語に対しても苦手意識が強いが、ブログを読む限り語学に特別な問題はない。しかし湯利には英文がアルファベットの無機質な羅列に見えて仕方がないようだ。聴き取りには絶望を感じている。
湯利には学ぶ場所が必要なのだ。劣等感を越えて真理を探求する穏やかな場所だ。差別も暴力もなく、互いに切磋琢磨し合う仲間との繋がり。憎悪や嫌悪に縛られない理性的な温かさ。湯利にはテロは似合わないとジョンは思った。
初対面なのに会話が続いている。傍らでラーメンを食べながらアリスは驚いた。ジョンは元々社交的ではない。情報技術についてジョンは湯利に分かるように嚙み砕いて説明している。湯利は熱心に聞き入っている。時折質問する。賢市とジョンの通訳から内容は分かるだけではなく、ジョンと湯利の仕草や表情から二人は意気投合しているのがアリスにも分かる。ジョンは全く湯利を頭ごなしに見下したりはしないし湯利もジョンに思想を強要するわけではない。




