自己紹介
賢市と湯利が先にラーメン屋に入った。客は少ない。三人ほどだ。皆、ラーメンを一心不乱にすすっている。二人は奥に通された。湯利には隠しているが警察官や自衛官が私服で客を演じている。実際に昼時で空腹なので半分は本当に食べている。皆、湯利にも賢市にも目を合わせなかったが、耳と場の雰囲気で観察している。本物の一般客が来た時にはそれとなく湯利から注意をそらすように誘導する。
賢市は演技している仲間達と公安だった店主夫婦を盗み見た。湯利はそれに気付かずに水を飲んでいる。暫くするとアリスとジョンが来た。賢市は二人に手を振った。アリスは微笑み、ジョンは無表情だ。賢市とアリスは笑顔で握手する。二人は湯利と賢市の正面に座る。湯利は何となく頭を下げる。ジョンは流暢な日本語で、
「君がクマムシか」
と、尋ねた。湯利は一瞬驚いた顔をしたが、
「はいそうです。貴方はタラですか」
と、尋ねた。ジョンは、
「そうだ。俺の本当の名前はジョン。君の名前は?」
湯利を警戒していたジョンがあっさりと自己紹介した。アリスと賢市は驚いている。湯利は無表情で、
「中村です」
苗字よりも名前を知りたかったが、ジョンは再度質問しなかった。アリスは滑らかな英語で、
「他に職業とか学歴とか訊いてみて。中村が嫌がれば中断すれば良い。中村もジョンの事に興味があるだろうし」
湯利は全く聞き取れなかった。賢市は英語ができるので軽く頷く。ジョンは湯利を見つめながら、
「失礼だけど君は何歳?俺は三十五歳」
湯利は僅かに楽しそうな笑みを浮かべて、
「私も同じ歳です」
「敬語を使わなくて良いよ」
ジョンは意外そうな顔で言った。一目見て湯利がやっと三十歳だと想像していたが、よく見ると白髪が少しだけ生えている。少し太っているジョンを湯利はどう評価しているだろうか。少し気になったがジョンは、
「学歴や職歴を訊いて良いかな。俺は情報技術で修士課程まで進んでその業界に入ったけれど、今では母親の店の手伝いで料理を作っている」
湯利はボンヤリとジョンを見つめたまま黙ってしまった。大学で歴史学を専攻したが学士が最高学歴だ。正社員になったためしはなく、コンビニでアルバイトをしていたぐらいだ。今は障碍者施設の利用者として働いている。湯利が答えないのでジョンは不快にさせたのではないかと後悔した。しかし傍らにいるアリスは賢市から湯利の素性を聞かされているので湯利が劣等感を覚えているのだと分かった。しかし湯利がジョンに嫌悪している様子はない。賢市は、
「就職面接じゃないんだから正直に話しても恥ずかしくないだろう」
湯利は作業所の美桜について語った。自分が精神障碍者であることも開示した。ジョンは驚かなかったし、軽蔑もしなかった。テロ未遂を起こした過去と比べれば異常性は何もない。




