諜報機関
タラと八年前の事件を結び付けた賢市は、
「君は諜報機関をどう思っているだろうか」
と、尋ねた。湯利が以前にブログで日本の公安警察や諜報機関は頼りなく、ネットで批判されている日本の現状に不安を抱いていた。日本は密偵防止法が無く外国の密偵やテロ組織が日本の機密情報を盗んでも日本の諜報機関は逮捕できないので、湯利は密偵防止法推進論者だ。同時に湯利には外国人や政治犯を迫害するつもりはなく、機密情報を漏洩した者は日本人でも罰せられるべきだし、一般の外国人が密偵ではないと証明する為にも邦人や在日外国人が密偵やテロ組織から脅されない為にも密偵防止法は不可欠だと考えている。
湯利は腑に落ちずに、
「小林さんは以前に諜報機関は映画の様に人を暗殺するのではなくて公開情報を地道に調べる人たちが大半だと言ってましたね」
と、答えた。確かに賢市は湯利に諜報機関について説明したことがある。事件後に湯利を調べたところ、イラク戦争を始めたブッシュ政権やそれを支持する小泉政権に反発していた言動をとっていた。日本の公安は特高警察の様に左翼団体を弾圧する卑劣な機関だと毛嫌いしていた。それを知った賢市は湯利に公安警察の限界と現状をそれとなく説明した。日本の公安が積極的に盗聴や盗撮やハッキングをしているのではなく、むしろCIAやFBIに依存している。差し迫った時に同僚が諜報しているだろうが、賢市も知らない。防諜と情報分析が主な仕事なのは事実だ。
日本の右派が中国の密偵やハニートラップをネットで話題にしているけれども湯利は懐疑的だ。アメリカの陰謀論者に不信感も持っている。二十世紀に戦争と性暴力を振るってきた日本の男達に中国女性をあてがって機密情報を漏らすよりもハッキングした方が手軽だし確実だ。ハニートラップは中国女性に対する大義名分も問われる。膨大な情報を分析するCIAは暇ではない。市民一人一人の行動を監視して制限するコストは大きい。賢市は湯利の考えをブログや会話から読み取っている。
「確かにそうだけれども彼らを甘く見ない方が良い。過激な言葉が日本だけではなく外国にも大きな影響を与えるんだ。海外旅行する時に入国拒否されても良いのかい」
賢市が尋ねると湯利は、
「前科があるので最初から海外旅行をする気はありません」
「そうか。けれども過激な言葉を発信し続けると犯罪組織やテロ組織に狙われるかもしれない。それでは各国諜報機関も俺たち警察も困る」
賢市が低い声で諭すと湯利は訝った。話が極端である。規模が大きい。賢市は、
「ところで君はタラに興味があるか。本当は会いたいんじゃないのか」
湯利は困った顔をした。賢市は、
「もし会いたければ俺も付き添うよ」




