劣等感
MI6の諜報員であるアリスがクマムシを危険だと断言した。その上でクマムシに対する見解を言えと命じられてもどの様に答えるべきかジョンは迷った。ジョンは黙っている。茶と料理が運ばれてきた。アリスは嬉しそうに店員に礼を言う。店員は微笑みながら大人しく引き下がる。アリスはゆっくりと食事を始める。ジョンもつられて食べ始める。確かに美味い。しかし居心地の悪さを感じて楽しめない。アリスの食べ方は奇麗だ。余計な音を出さずに優雅に食べる。ジョンは感心しながらもぎこちなく食べていく。
三割ほど食べた後、アリスは徐に箸と匙を下ろし、
「クマムシをどこまで知りたい?クマムシに貴方の事を報せてもかまわない?」
ジョンの目が泳ぐ。ジョンも箸を下ろし、
「名前も住所も興味はありません。けれども何故あそこまで暴力にこだわるのか知りたいですね」
アリスはジョンを真っ直ぐ見据えて、
「クマムシの暴力性を貴方はどう思っているの?」
ジョンは一瞬、アリスから目をそらすと見返し、
「共感すべきではないとは分かっているんです。けれども俺は心のどこかで共感してしまいます。クマムシは社会や弱者に冷酷ではあるのですが、同時にそれらとの折り合いを模索しているようでもあります」
アリスは冷静な声で、
「クマムシを救いたい?」
「俺自身、よく分かりません」
ジョンは俯きながら答えた。アリスは静かに鞄から小さなノートパソコンを取り出す。画面をジョンに見せるとクマムシのブログを英訳した文章であった。アリスはアラビア語を勉強しているので訳したのは同僚か上司の誰かだろう。アリスは、
「日本人としてクマムシは相当劣等感を抱いている。白人も欧米人も皆、日本人を見下していると思い込んでいる」
それは前々からジョンも強く感じていた。クマムシには日本を礼賛し日本人を一流だとする思い上がりはない。国力低下と経済低迷と民度の低さを嘲笑されて反発心を抱いている。しかし実際は日本を特別に蔑視する白人よりも中立的な白人が大半だ。フォレストフィッシュに来る客もジョンの知人もアジア文化に興味を持つことはあっても特にアジア人を排除するつもりはない。日本人と韓国人を混同して怒られて謝罪するぐらいだ。
「もしクマムシを救いたいと少しでも思うならば、私はこれからクマムシについて話す。その後でもクマムシを切り捨てることができなければクマムシと会ってほしい」
アリスが真顔で言うとジョンは不思議そうに、
「クマムシは危険なのでしょう」
「貴方が会うと決めたのならば私達と日本の公安警察が陰から見張っている」
ジョンは考えた。




