中村湯利
日本の埼玉県のとある町に障碍者の作業所・美桜があった。美桜では精神障碍者が様々な仕事をする。裂いた竹で籠や入れ物を作ったり、機織りと縫製で鞄を製作したり、寄付された家具や衣類を販売したりしている。統合失調症や発達障害や適応障害や鬱病、様々な障害を持った利用者が働いている。労働時間は短いので工賃は少ないが、職員の面倒見がよいと評判だ。煩雑な事務作業の傍らで利用者達からの相談を親身に聴いている。
中村湯利は五年前から美桜で働いている。今年で三十五歳になる。大学を卒業した後、コンビニでアルバイトをしていたが、事件を起こしてしまって三年ほど医療観察入院していた。退院後、美桜で働いている。美桜が居心地良いのか大きな問題を起こさずに週に五日働いている。無口で社交性が薄いので他の利用者との交流は乏しいが挨拶や報連相はこなしている。美桜では日によって作業内容が変わるが湯利は竹籠を一心不乱に作っている。時折精神状態が不安定になって休むが、仕事に対する責任は有るので集中して間違いのないように黙々と作業をする。
湯利の両親は事件のことで心に傷を負ったが、絶縁せず、湯利を一か月に一度ほど実家に呼んでいる。事件のことを誰も話題にしないが、両親は湯利の精神状態を気遣っている。両親は事件に対する憎悪を未だに抱えているが、親としての責任や負い目を持っており、湯利を追い詰めることはしていない。美桜で問題を起こさずに仕事を続けていることに安堵している。
湯利は有料動画サイトで数学を学び直している。その動画サイトは小学生から高校生向けの予備校のサイトだが、面白くて分かりやすいと評判で体系的な知識を学び直したい社会人の間でも定評だ。湯利は元々数学が嫌いだったが、去年から理性的な世界に魅力を感じてサイトを視聴している。実際に予備校に通うよりも遥かに安い値段で動画が見放題なので重宝している。
英語も学び直そうとしたが、アルファベットが記号の羅列にしか見えないので挫折している。湯利は余裕がある時は数学以外にも物理や化学の動画も視聴している。高校の時には世界史以外に興味が持てなかったが、今では自然科学に面白さを感じている。
美桜では他の利用者は湯利が過去に事件を起こした事を知らない。職員は知っているが守秘義務を守っている。利用者達は湯利が根暗で勉強好きだとしか思っていない。




