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過去の汚点

 八年前の忌まわしい記憶。作業所で職場仲間の世間話を聞いて湯利は思い出す。作業所には虐待やイジメや家庭内暴力の被害を受けた者が多い。心的外傷(トラウマ)を抱えながらも黙々と作業したり和気藹々と世間話をしたりしている。互いに深入りはしない。スポーツや芸能や漫画やゲームの話で普段は花を咲かせている。しかし時折淡々と過去の傷を開示する。口下手な湯利は会話に参加できなかった。流行を全く負えないので明るい話でも理解できなかった。報連相や挨拶で精一杯だった。


 一緒に竹籠を作っていた職場仲間は他の仲間と過去の話をしていた。イジメの経験の話を臨床心理士にしたら壮絶さに心理士が泣いた話を苦笑いしながら語っていた。話を聞いて相槌を打っていた仲間も過去にストーカー被害を経験している。


 湯利は黙って竹籠を編んでいたが居心地の悪さを感じた。仲間達への憐憫ではない。呉越同舟の気まずさ。仲間達への嫌悪ではなく、仲間達に過去を知られる軽い恐怖である。作業所で八年前の事件を知っているのは湯利本人の他に職員だけだ。


 支配欲の為に特に落ち度の無い者に暴力を振るい恐怖を植え付ける卑劣漢達。無敵の人と揶揄される者も通り魔も学校や路上に行って女子供を殺傷する。死刑目的だと騒ぎ社会を呪い悲劇を強調しながら過去を語る。実に醜い害悪な加害者達。被害者とは相容れない。自分よりも強い者に立ち向かったり自害する勇気もない。


 湯利はコンビニでアルバイトをしていた時に鬱状態になって解雇された。実家に戻ったが両親に呆れられて文句を言われ続ける毎日を送っていた。体の苦痛は無かったが、起き上がる力もなかった。仕事どころか家事もしない。半日以上は寝ていた。湯利を無視するようになった両親は黙って仕事に出かけるようになった。湯利は一日に一回、冷蔵庫を漁って食事とは言えない食事を摂る。そんな日々が続いた。何となく自殺したくなったが、いざ首吊りの為に縄を用意すると窒息の苦しみをまざまざと想像して断念した。包丁を首筋に当てても痛いばかりですぐに死ねないのではないかと手に力が入らない。外に出て踏切に入ろうとしたが勢いよく走る電車の音に怖気づく。それでも生きようとは思えない。


 そんなある日。湯利が自室で横になっていると居間から沖縄の在日米軍基地問題についてのドキュメンタリー番組の音声が流れていた。父が視聴しているのだろう。そうだ。米軍基地に行こう。湯利は思いついた。沖縄は遠いが横須賀や横田は少し近い。


 翌日、両親は出掛けた。湯利は包丁をタオルに包んでバッグの中に入れ、簡単に着替えて外に出た。大人しく電車に乗れば駅員や警察に職務質問をされることはなかった。最寄り駅に到着したのは昼過ぎだ。一度間違えて海上自衛隊基地に寄ってしまったが、興味はなかった。道路脇にある地図で確認しながら米軍基地に向かう。在日米軍基地はアメリカ領だ。不平等な日米地位協定。何度も起きる日本女性への性暴力事件。米兵は攻撃を仕掛けてくる日本人を射殺する事に何も躊躇いはないはずだ。わざわざ女子供を殺して不確実な死刑を待つよりも手っ取り早く即死できる。自殺する手間も省ける。


 基地の門の近くで湯利は包丁を出した。衛兵目掛けて包丁を振り回しながら駆け出した。しかし左右や後ろから複数の男達に取り押さえられて包丁を奪われた。見張っていた自衛官や警察官だと後で知る。


 湯利は何度も取り調べを受けた後、医療観察入院となった。


 恥ずべきl忌まわしい過去である。

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