闇の深さ
クマムシの新しい文章を読んでジョンは衝撃を受けた。憎悪よりも軽い恐怖を感じた。集団リンチ事件に対して被害者が卑劣な凶悪犯ならばクマムシは肯定するのだ。クマムシの途方もない鬱屈の深さを改めて思い知らされた。
ジョンはその事件について調べた。確かに大手無料動画サイトで事件を解説する動画は沢山見つかった。SNSを検索して遡れば多くの記事と反応が溢れた。事件に言及する長文のブログも見つかる。殆どは主犯格である女に対する強力な嫌悪を露にしている。ジョンは更に障碍者施設でテロを起こした元介護士の事件も調べた。殺害された障碍者への強い憐れみと加害者への軽蔑を表明している者が大半だった。しかし時折、重度障碍者の介護に限界を感じ、必要悪だと半ばテロリストを庇う様な者もいた。ジョンは沢山の日本人の反応を知って更に衝撃を受けた。
クマムシの言及している通り、リンチ事件の主犯格を事件の凶悪性以上に女が起こした暴力に驚き嫌悪するような者も確かに少なからずいた。障碍者施設でのテロ事件では家族を奪われた被害者遺族を純粋に憐れむ者だけではなく、過酷な介助や介護から解放されて清々しただろうと言い放つ者も見かける。
日本人の心の闇とクマムシの鬱屈の深さ。
イギリスでもテロ事件や凶悪犯罪は時折起きる。人々はそれに恐怖を感じて踊らされる。愚かな暴言を吐く者も珍しくはない。しかし壊してはならない建前は有る。
ジョンは三日ほど頭が混乱した。真面目に料理を作ったつもりが客から味が変わったと文句を言われる。ジョンは軽く謝りながらクマムシのブログを忘れようとした。クマムシのブログが怖くなったが、寝る前にどうしても読んでしまう。
クマムシは何事も無かったかのように化学と物理の勉強の話をしている。数学よりも暗記しなければならないことが多くて困っているようだ。しかし自然科学に触れれば触れるほど世界の心理に触れているようで楽しみもある。
暴力を肯定する残虐性と自然科学に親しむ探求心。クマムシはその両方を持っている。自然科学を悪用するマッドサイエンティストというよりは自然科学で人間性を辛うじて保っているようでもある。




