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第32話 ひと夏の休日

久しぶりの着せ替え大会がようやく終わった……。


俺は疲労の色を隠せず肩を落とす。


「久しぶりに着せ替え遊びをさせられた……」


女性陣は満足げな表情を浮かべながらその場を後にしていった。


俺は大きく息を吐き、ふと鏡へ視線を向ける。


そこに映っていたのは水着姿の小柄な狼獣人だった。


白を基調としたフリル付きの可愛らしいデザインの水着。


耳や尻尾とも意外なほど調和している。


「……」


何となく鏡の前へと歩み寄る。


くるりと、軽く身体を回してみる。


さらに片手をそっと腰に添えポーズを取ってみた。


「結構可愛いかも」


思わず本音が口をついて出る。


「とっても可愛いですよ!」


「ひゃっ!?」


背後から突然声が響いた。


いつの間にかたるとが満面の笑みで覗き込んでいる。


「自分でも可愛いと思いましたね?」


「ち、違う!」


一気に顔が熱を帯びる。


俺は言葉にならない声を上げた。



一行が出発して間もなく、目の前にはどこまでも広がる青い海が姿を現した。


太陽の光を受けた水面はきらきらと輝き、穏やかな波が砂浜へと静かに打ち寄せている。


「海だぁぁ~!」


たるとは両手を大きく広げ一目散に浜辺へ駆け出した。


「待ってよ~」


セリアも楽しげにその後を追う。


ツキは尻尾を勢いよく振りながら跳ねるように駆けていく。


「すごーい!」


「こんなに広いんだ!」


ノエルは海を見つめ穏やかに微笑んだ。


「本当に綺麗ですね」


ヨミも静かに頷く。


「うん……心が落ち着く」


一方、男性陣は荷物を下ろしながら苦笑していた。


ガンテツは豪快に笑う。


「はっはっは!」


「たまにはこういう日もいいな!」


ゴウマも腕を組みうなずいた。


「皆よく働いたからな」


「今日は思う存分羽を伸ばそう!」


「賛成だ」


バレットはバッグを砂浜へ置きながら短く答える。


サイオンは水平線を見渡し感嘆したように声を漏らした。


「いやぁ、夏の海は最高ッス」


港とはまた異なる景色。


どこまでも続く青の世界に思わず見入ってしまう。


俺もゆっくりと潮風を吸い込んだ。


わずかに塩気を含んだ風が頬を静かに撫でていく。


街づくりに追われる日々。


気が付けば、こうして何も考えずに景色を眺める時間すら久しくなっていた。


「たまには悪くないね」


自然とそんな言葉が漏れる。


その時だった。


「ガ、ガウさん!」


背後から声を掛けられた。


振り返る。


「エルナ?」


そこにはエルナが立っていた。


いつもの装備姿ではない。


水着姿。


動きやすそうなデザインで、普段とはかなり印象が違って見える。


「……」


俺は思わず少しだけ見つめてしまった。


「ガウさん?」


「あ、ごめん」


「似合ってるね」


「えっ!?」


エルナの顔が一瞬で赤くなった。


「そ、そうですか!?」


「うん」


俺は素直に頷く。


「いつもの格好と雰囲気が違うから新鮮だけど」


改めて見る。


「可愛いと思うよ」


「かっ……!」


エルナの顔がさらに赤くなる。


「ありがとうございます……!」


俯いてしまった。


「……?」


どうしたんだろう。


暑いのかな。


今日はかなり日差しが強いし。


「エルナ?」


「だ、大丈夫です!」


「顔赤いけど」


「大丈夫です!」


ものすごい勢いで否定された。


「それより!」


エルナが意を決したように顔を上げる。


俺を見る。


「ガウさんも……」


「私も?」


「その……」


視線が泳ぐ。


俺の顔。


水着。


そしてまた顔。


「すごく……」


小さな声。


「可愛いです……」


「……」


可愛い。


やっぱりそっちなんだ。


「ありがとう」


もう慣れてきた。


「リンファが作ってくれたんだけど」


俺は自分の水着を見る。


「最初は嫌だったけど、着てみたら意外と悪くなかったよ」


「そ、そうなんですね……」


「うん」


「鏡で見たら結構可愛かったし」


「自分で言うんですか!?」


「……あ」


言ってしまった。


「今の忘れて」


「ふふっ」


エルナが笑う。


ようやくいつもの表情に戻った。


「でも」


もう一度、俺の水着姿を見る。


「本当に似合ってます」


「ありがとう」


俺は海を指差す。


「せっかくだし行こうか」


「はい!」


エルナが嬉しそうに笑う。


「ご一緒します!」


二人で海へ向かって歩き出した。



それからしばらくして――。


浜辺は思い思いに夏を満喫する仲間たちで賑わっていた。


「よーし!」


ハヤテが肩を回しながら海を見据える。


「せっかくだ!」


「誰が一番速く泳げるか勝負しよう!」


ガンテツが豪快に笑う。


「面白い!」


「受けて立とう!」


サイオンもやる気満々だ。


「負けないッスよ!」


ゴウマは腕を組みながら笑う。


「泳ぎも鍛錬の一つだからな」


バレットは小さく肩をすくめる。


「巻き込まれたな」


「細かいことは気にするな!」


ハヤテが笑いながら全員の背中を叩いた。


「沖のあの岩まで往復だ!」


「一番遅かった奴は昼飯の片付け!」


「おおー!」


男性陣は一列に並ぶ。


「よーい!」


「スタート!」


バシャーン!!


勢いよく水しぶきを上げ、一斉に海へ飛び込んだ。


ハヤテは魚のようなフォームでぐんぐん前へ進む。


ガンテツは豪快な泳ぎで大きな波を立てる。


サイオンは必死に食らいつき、ゴウマも力強く腕をかく。


「ハヤテ速っ!」


「負けるかぁ!」


砂浜には笑い声が響き渡る。


一方その頃。


女性陣は思い思いの時間を過ごしていた。


木陰ではノエルとリンファが敷物を広げ、冷たい飲み物を片手にゆったりとくつろいでいる。


「風が気持ちいいですね」


「こうしてのんびりするのも悪くないわね」


セリアとシズクは浅瀬で水を掛け合いながら楽しそうに笑っていた。


「あんまり遠くに行くと溺れますよ!」


「シズク~、大丈夫よ~」


ぱしゃっ!


「わっ!」


水しぶきが太陽の光を受けてきらきらと輝く。


そして少し離れた浅瀬では――。


ツキが何かを見つけてしゃがみ込んでいた。


「お姉ちゃん!」


「これ何?」


ヨミも隣へしゃがみ込み、海底を覗き込む。


そこには黒く細長い生き物がゆっくりとうごめいていた。


「……」


「……」


二人は数秒間固まる。


「な、な、な……」


「ナマコ……?」


その瞬間。


「きゃああああっ!」


「ひゃあああっ!」


二人は同時に飛び上がりばしゃばしゃと水しぶきを上げながら逃げ出した。


その様子を見ていたたるとはお腹を抱えて笑う。


「あははは!」


「ナマコですよ!」


「知ってる!」


「でも動いたぁ!」


浜辺には、今日も王虎の牙らしい賑やかな笑い声が響いていた。


浜辺から少し離れた木陰では、一人だけまったく異なる時間の流れの中に身を置いている人物がいた。


木陰に椅子を据えその上に静かに腰掛けているモルフォである。


手には分厚い研究書。


表紙には緻密な文字が隙間なく刻まれていた。


ページをめくる音だけが静寂の中に規則正しく響く。


「……暑いですね」


額の汗をそっと拭いながらモルフォは小さく呟く。


それでも視線を本から外すことはない。


周囲では、


「負けるかー!」


「きゃー!」


「あははは!」


と、思い思いに海を満喫する声が飛び交っている。


しかしその賑やかな喧騒もモルフォの耳にはほとんど届いていないようだった。


研究書へ視線を落としたまま静かに頷く。


「なるほど……」


「そういう理論でしたか」


完全に自身の思考世界へ没入している。


そこへ俺が苦笑を浮かべながら近付いてきた。


「せっかく海に来たのに本を読んでるの?」


モルフォは顔を上げ、穏やかに微笑む。


「もちろん泳ぐのも楽しみですよ」


「ですが気になる点は事前に整理しておきたい性分でして」


そう言うと再び本へと視線を戻す。


「それにこの木陰は涼しくて快適です」


俺は思わず苦笑した。


「相変わらずだね」


モルフォは小さく肩をすくめる。


「職業柄、ですね」


そう言って再び静かにページをめくる。


海へ遊びに来てなお研究書を手放さない。


それこそが王虎の牙の研究者モルフォらしい在り方であった。



――その頃。


第五階層中央都市アルカディア。


運営本部の大会議室には重苦しい緊張感が漂っていた。


長机を囲むように各ギルドの代表者たちが静かに着席している。


誰一人として言葉を発しない。


沈黙を破ったのは副運営責任者ビルズだった。


「緊急報告があります」


その一言で室内の空気が一変する。


ビルズは一枚の資料を机に置き、低い声で続けた。


「第三階層に存在していた貿易国家『マンティス』が壊滅しました」


瞬間、会議室がざわめいた。


「……何だと?」


レオンが思わず立ち上がる。


「誰の仕業だ!」


ビルズは静かに首を横に振った。


「現時点では特定できていません」


「しかし、生存者の証言は一致しています」


その視線がガルドへと向けられる。


ガルドは険しい表情のまま腕を組んでいた。


「指名手配ギルド第一位……『七つの大罪』の可能性が高い」


再び、会議室に沈黙が落ちる。


その名を知らぬ者はいない。


圧倒的な戦闘力を有し、各地で虐殺と略奪を繰り返す最悪の犯罪ギルド。


ビルズは続けた。


「生存者の報告によれば――」


「マンティスを壊滅させたのはわずか二名です」


その瞬間、室内の空気が凍りつく。


「二人……だと?」


レオンが信じ難いという表情を浮かべる。


マンティスは第三階層でも有数の大国であり、多数のプレイヤーとNPCを擁する高度に防衛された貿易国家だった。


それが、たった二人で壊滅したというのだ。


ビルズは淡々と資料をめくる。


「確認されているのは、『強欲』と『暴食』です」


その名が読み上げられた瞬間、誰もが言葉を失った。


ガルドは静かに目を閉じる。


「マンティスは……我々アルカディアとも友好関係にあった国家だ」


そして、抑えた怒りを滲ませながらレオンを見る。


「レオン」


「調査を任せられるか」


レオンは力強く頷いた。


「承知しました」


「《断罪の聖剣》が直ちに第三階層へ向かいます」


こうして、新たな脅威――


《七つの大罪》が、世界の表舞台へと姿を現し始めていた。

第32話を読んでいただきありがとうございます!


今回は王虎の牙のみんなで海へ遊びに行く、久しぶりの日常回でした!


ですが、世界ではその裏で新たな脅威が動き始めています。


指名手配ギルド第一位《七つの大罪》。


その「強欲」と「暴食」によって、一つの国家が滅ぼされました。


次回からは海での楽しい時間を描きつつ、この新たな敵にも少しずつ焦点が当たっていきます。


次回もお楽しみに!

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