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第29話 畑の拡張

朝。


街は今日も活気に満ちていた。


朝食を終えた人たちが次々と自分の持ち場へ向かっていく。


住宅区では早くも槌を打つ音が響き。


道路整備班は道具を抱えて作業場所へ向かう。


NPCの住民たちは畑や港へ。


警備隊は城門や街の各所へ散っていった。


昨日と同じ。


だけど少しずつ形を変えていく朝。


そんな中。


俺たちは集会場へ集まっていた。


「皆さん!」


正面に立ったたるとの元気な声が響く。


「おはようございます!」


「おはようございます!」


大勢の声が返った。


たるとの虎耳が嬉しそうに揺れる。


「今日も元気ですね!」


「それでは!」


手元の資料へ視線を落とした。


「まず住宅建設についてです!」


その隣。


ドランが髭を撫でる。


「うむ」


「今のところ順調じゃ」


「外壁を担当しておった者たちも加わったおかげでのぉ」


「予定していたよりもかなり速い」


「この調子なら」


少し笑う。


「思っておったより早く住宅不足も解消できそうじゃ」


「おお……!」


周囲から安堵の声が上がった。


「やった!」


「やっとテントから出られる!」


「共同部屋も悪くないけど自分の部屋欲しかったんだよな!」


あちこちから声が飛ぶ。


「まだ完成してないぞ」


ゴウマが腕を組んだまま言った。


「気を抜くな」


「はい!」


返事だけはいい。


たるとも苦笑する。


「でも!」


「順調なのは良いことです!」


大きく頷く。


「このまま住宅建設を進めましょう!」


「それと」


別の資料へ手を伸ばそうとした。


その時だった。


「たると様」


穏やかな声。


「少々よろしいでしょうか」


「?」


たるとが顔を上げる。


集会場の端。


一人の老人がゆっくりと立ち上がっていた。


白い毛並み。


年季の入った杖。


狸獣人の老人。


ロウガ。


この集落がまだ小さな村だった頃。


村長を務めていたNPCだ。


今では役職こそたるとへ譲っているものの。


長くこの土地で暮らしてきた経験から住民たちの相談役として皆を支えている。


「ロウガさん!」


たるとが笑顔を向ける。


「どうしました?」


「うむ」


ロウガは杖へ両手を添え。


ゆっくり周囲を見渡した。


「住宅建設が順調に進んでおることは誠に喜ばしい限りですじゃ」


「ですが」


少しだけ表情が引き締まる。


「一つ」


「今のうちに考えておくべきことがございます」


集会場が静かになった。


「現在」


ロウガは続ける。


「この街で暮らす者は二百六十五名」


「以前とは比べものにならぬほど多くなりました」


「はい」


たるとも頷く。


「そして」


ロウガは静かに告げた。


「人が増えれば」


「当然」


「必要となる食料も増えます」


「……」


俺は昨日聞いた数字を思い出す。


二百六十五人。


一人一人が。


毎日。


食べる。


当然だ。


でも。


その当然を維持するには。


それだけの食料が必要になる。


「今のところ」


ロウガが続ける。


「畑からの収穫」


「狩猟」


「採取」


「そして港での漁業」


「それぞれを組み合わせることで不足はしておりませぬ」


「しかし」


杖を握る。


「これ以上人が増えれば」


「今の耕作地だけでは」


「いずれ安定した供給が難しくなるでしょう」


ゴウマが頷いた。


「もっともだ」


「街を大きくするなら住宅と同時に食料の確保も必要になる」


ノエルも静かに続ける。


「住居があっても食べるものがなければ生活はできません」


「安定した食料供給は最優先事項の一つです」


「ですね!」


たるとはすぐにロウガを見る。


「ロウガさん」


「どのように進めるのが良いと思いますか?」


「そうですな」


ロウガは少しだけ笑った。


「まずは畑の拡張でしょう」


「幸い」


「この街の周囲にはまだ開拓できる土地が残っております」


「今のうちから少しずつ耕作地を増やし」


「余裕のある生産量を確保しておくのが良いかと」


「余裕……」


俺が呟く。


ロウガは頷いた。


「食料は足りているだけでは不十分ですじゃ」


「不作となることもある」


「魔物による被害が出ることもある」


「保存できる食料も必要になる」


「何かが起きた時のため」


穏やかな目でたるとを見る。


「余分に備えておくことも」


「街を守ることの一つですじゃ」


「……」


たるとの表情が真剣になる。


そして。


「分かりました!」


力強く頷いた。


「それなら!」


「今日から畑の拡張も進めましょう!」


「住宅建設はそのまま継続!」


「畑の方にも手伝える人を回します!」


「おお!」


声が上がる。


「街づくりって」


ハヤテが頭を掻いた。


「本当にやること尽きないな」


「人が暮らしているからな」


ゴウマが答える。


「終わりはない」


「うわ」


「急に重いこと言うなよ」


「事実だ」


「でも」


たるとが笑う。


「一つずつやればいいんですよ!」


「ですよね、ロウガさん!」


「ほっほっほ」


ロウガが嬉しそうに笑った。


「その通りですじゃ」


俺も小さく笑う。


家を作る。


道を作る。


壁を作る。


そして。


食べるものを作る。


全部。


誰かがここで暮らし続けるために必要なものだ。



集会を終え。


俺たちは畑へ向かった。


街の端。


住宅区とは反対側に広がる耕作地。


以前と比べれば。


随分広くなっている。


野菜。


穀物。


根菜。


この世界で食べられる様々な作物。


緑色の葉が朝の風に揺れていた。


すでにNPCたちは作業を始めている。


「おーい!」


小さな声。


畑の中。


狐耳がぴょこんと見えた。


「ガウお姉ちゃーん!」


「ツキ」


鍬を持ったツキが手を振っている。


「今日も手伝ってるの?」


「うん!」


胸を張る。


「ツキは畑のお仕事得意だから!」


「そうなんだ」


「いっぱい植えたんだよ!」


「あとで見て!」


「分かった」


嬉しそうだ。


少し離れた場所ではヨミがその様子を見ていた。


「……ツキ」


「走ると転ぶよ」


「大丈夫ー!」


「昨日も転んでたよ」


「……今日は転ばない!」


昨日は転んだらしい。


「さて」


ゴウマが畑の隣へ視線を向けた。


まだ手つかずの土地。


草。


石。


細い木。


地面にはいくつもの根が張っている。


「ここを広げるのか?」


「はいですじゃ」


ロウガが頷く。


「まずはこちら側を」


杖で示す。


「畑にできれば」


「現在よりかなり収穫量を増やせるでしょう」


「分かった」


ゴウマは皆へ振り返った。


「聞いた通りだ!」


「まず石と木を除去する!」


「根を掘り起こした後!」


「地面を耕す!」


「農業班の指示を聞け!」


「おお!」


一斉に動き始める。


「ゴウマ」


ハヤテが横から声を掛ける。


「こういう時こそ《大地掌握ガイア・グリップ》で一気に――」


「使わん」


「やっぱ駄目か」


「昨日言っただろう」


ゴウマが呆れたように返す。


「俺のアークスキルは」


「畑を作るための能力ではない」


「地面ごと全部ひっくり返していいなら使えるが」


「……やめよう」


「そういうことだ」


俺も頷く。


せっかく畑を広げるのに土地そのものが崩壊したら意味がない。


結局。


今回も地道にやるしかないらしい。



石を拾う。


木を切る。


根を掘る。


「硬っ……」


俺は地面から伸びている大きな根を見る。


かなり深い。


「ガウ」


「ん?」


ゴウマが横へ来る。


「替わる」


「?」


筋肉質な腕で根を掴んだ。


「ふんっ!!」


――ブチブチブチッ!!


「……」


丸ごと抜けた。


土まで飛んだ。


「取れたぞ」


「……ありがとう」


相変わらずの怪力だ。


ガンテツにも負けないのではないだろうか。


向こうではハヤテが細い木を切っている。


――スパッ。


「倒れるぞー!」


NPCたちが周囲を空ける。


木が倒れる。


それを別の者たちが運ぶ。


「この木」


ドランが目を細めた。


「建材にも使えそうじゃな」


「捨てるなよ!」


「分かりました!」


畑の拡張。


なのに。


建築資材まで増えている。


無駄がない。


「こっちに石があります!」


「運んでくれ!」


「根っこまだ残ってるぞ!」


「鍬持ってこい!」


声が飛び交う。


俺も。


バレットも。


ハヤテも。


ガンテツも。


手の空いている者が手伝う。


もちろん。


住宅建設を止めたわけじゃない。


向こうでは今も槌の音が響いている。


街の中。


いくつもの場所が。


同時に動いている。


「……」


改めて考えるとすごいことなのかもしれない。


昔は一つ何かをやろうとすれば全員でそこへ集まっていた。


でも今は家を作る人。


道を作る人。


畑を作る人。


港で働く人。


警備する人。


皆が別々の場所で働いている。


街になってきた。


そんな実感が少しだけ湧いた。


「ガウ!」


「?」


たるとの声。


「手止まってますよ!」


「考え事してただけ」


「働いてください!」


「はいはい」


俺は根を掴んだ。



作業を始めてしばらくした頃。


「皆さーん!」


遠くから大きな声が聞こえた。


「?」


俺たちが振り返る。


一人の大柄な男が走ってきていた。


熊獣人。


だがガンテツではない。


「おお」


ロウガが目を細める。


「ガロン」


漁業班をまとめるNPC。


ガロンだった。


額には汗。


だけど顔は笑っている。


「ロウガ様!」


「たると様!」


「ちょうど良いところに!」


「どうしたんですか?」


たるとが尋ねる。


ガロンは大きく息を吐いた。


「今日は大漁です!」


「……!」


たるとの虎耳が立った。


「大漁!?」


反応が早い。


「はい!」


ガロンも笑う。


「今朝仕掛けた網に」


「かなりの数が掛かりまして!」


「漁業班だけでは運ぶのに時間が掛かりそうなのです」


「手の空いている方に」


「少し手伝っていただけないかと思いまして」


「魚……」


たるとが小さく呟く。


目が輝いている。


「今日は魚料理ですね!」


「まだ運んですらいないよ?」


「大漁ですよ!?」


「食べる気満々だな」


バレットが笑う。


「だって!」


「新鮮な魚ですよ!」


「まあ気持ちは分かるが」


「よし!」


たるとが手を上げる。


「誰かお願いします!」


「私が行くよ」


俺は前へ出た。


港までならそう遠くない。


「じゃあ俺も行く」


バレットが弓《流星》を背負い直す。


「魚運びなら大した時間も掛からないだろ」


「ありがとうございます!」


ガロンが頭を下げる。


「助かります!」


俺とバレット。


そしてガロン。


三人で港へ向かうことになった。


「魚いっぱいお願いします!」


後ろからたるとの声。


「食べる分もちゃんと残しておいてくださいね!」


「何しに行くと思ってるの?」


俺は思わず振り返った。


「食料調達です!」


「違わないけど」


横でバレットが笑っていた。



港へ向かう途中。


住宅区を横切る。


昨日から本格的に始まった住宅建設。


今日も何軒もの家が同時に作られていた。


「そっち持て!」


「柱上げるぞ!」


「木材追加!」


声が響いている。


その中。


ひときわ大きな影。


「おらぁ!」


巨大な木材を肩に。


ガンテツだ。


「あ」


ガロンが手を振った。


「ガンテツ殿ー!」


「ん?」


ガンテツがこちらを見る。


木材を一度地面へ置き。


近づいてきた。


「どうした?」


「実は」


ガロンが嬉しそうに笑った。


「今日は大漁なのです!」


「漁業班だけでは運びきれないほどでして」


「ほう!」


ガンテツの目が輝く。


「力仕事か!」


「はい!」


「なら!」


胸を叩く。


「俺の出番だな!」


「住宅は?」


俺が尋ねる。


「少しくらい抜けても平気だ!」


その直後。


「ガンテツ!」


遠くからドランの声。


「行くなら早う戻ってこい!」


「おう!」


許可出た。


「はっはっは!」


ガンテツが笑う。


「よし!」


「港へ行くぞ!」


「お前が仕切るのかよ」


バレットが苦笑した。


こうして。


俺。


バレット。


ガンテツ。


ガロン。


四人で港へ向かった。



港。


そこへ到着した瞬間。


「おお……」


思わず声が出た。


大勢のNPCたちが。


浜辺で一本の太い綱を掴んでいる。


その先。


海の中。


巨大な網。


「せーの!」


「よいしょ!」


「もう少しだ!」


掛け声。


しかし。


なかなか上がらない。


「重そうだな」


バレットが言う。


「あれ全部魚なのか?」


「はい!」


ガロンが笑う。


「かなり掛かっています!」


「なるほど」


ガンテツが腕を捲る。


「なら」


太い綱へ手を伸ばす。


「ここからは俺もやるぞ!」


「助かります!」


俺とバレットも加わった。


綱を握る。


「せーの!」


全員。


一斉に引く。


「おらぁ!!」


ガンテツの声。


――ズズズズズ。


網が。


動いた。


「おお!」


「来たぞ!」


さらに引く。


少しずつ。


少しずつ。


海の中から網が姿を現す。


そして。


「……!」


魚。


大量の魚。


銀色の鱗が朝日に反射し。


網の中で何十。


いや。


何百と跳ねている。


「おおおおおっ!!」


港に歓声が響いた。


「大漁だ!」


「すげぇ!」


「こんなの久しぶりだぞ!」


ガロンも満面の笑み。


「やりました!」


「これだけあれば」


網を見る。


「数日はかなり余裕ができます!」


「保存用にも回せますね!」


別のNPCが嬉しそうに言う。


「塩漬けにしよう!」


「干物も作れるぞ!」


「一部は今日の食事へ!」


「それはたるとが喜ぶね」


俺が言う。


「間違いない」


バレットも笑う。


ついさっきまで畑を広げていた。


ここでは海から食料を得ている。


一つに頼るんじゃない。


畑。


狩り。


採取。


漁業。


色んな方法でこの街に暮らす人たちの食事を支えている。


アルカディアで聞いた。


食料は街を維持する基盤。


その意味が少しずつ形として見えるようになってきた。


「よし!」


ガンテツが網を見る。


「運ぶぞ!」


「この量全部?」


俺が尋ねる。


「俺を誰だと思ってる!」


「ガンテツ」


「そういう意味じゃねぇ!」


笑いが起こった。


その時だった。


――ドォォォォン!!


「っ!?」


突然。


海が爆発した。


巨大な水柱。


何十メートルも上がる。


歓声が一瞬で消えた。


「……何だ?」


バレットの表情が変わる。


海面。


激しく揺れている。


波。


今までとは明らかに違う。


「ガロンさん」


俺は海を見る。


「何かいる?」


「……」


返事がない。


見る。


ガロンの顔から笑顔が消えていた。


「分かりません……」


「この近海で」


「これほどの気配は……」


その瞬間、海面が大きく盛り上がった。


「……!」


黒い影。


巨大。


次の瞬間。


――バシャァァァン!!


水を切り裂き。


一本の巨大な触腕が現れた。


「なっ……!」


NPCたちが後退する。


一本。


二本。


三本。


さらに次々と触腕が海上へ上がる。


「なんだよ……」


バレットが低く呟く。


海の中。


巨大な頭部。


ぬらりとした表皮。


巨大な眼。


それがゆっくりと姿を現した。


「……」


俺は思わず口を開いた。


「でっかい蛸」


「そこかよ!」


ガンテツが突っ込む。


いや。


だって。


でかい。


本当にでかい。


小型船なら簡単にひっくり返せそうだ。


その時。


隣から。


ギリッ。


音がした。


「……?」


見る。


バレット。


弓を握る手に力が入っている。


いつもの軽い表情は消えていた。


巨大な蛸。


その姿を睨みつけている。


「バレット?」


俺が呼ぶ。


バレットは低い声で答えた。


「……あいつだ」


「え?」


「あの蛸」


弓を構える。


「俺がここに流れ着く前に乗ってた船を壊した奴だ」


「……!」


思い出す。


バレット。


この集落へ。


海から流れ着いた男。


彼が乗っていた船は魔物に襲われ沈んだ。


「あいつ……」


バレットの目が鋭くなる。


「見間違えるわけねぇ」


巨大な触腕。


海を叩く。


――ドォン!!


波が押し寄せる。


「まさか」


小さく笑う。


でもその笑いにはいつもの軽さがなかった。


「向こうから来てくれるとはな」


矢を番える。


「ちょうどいい」


一度。


弦を引く。


「ここでリベンジさせてもらう」


「……」


バレットの声。


静かだった。


だけど強い。


「ガロンさん!」


俺は即座に振り返った。


「皆を避難させて!」


「魚は後でいい!」


「とにかく港から離れて!」


「は、はい!」


ガロンもすぐに表情を切り替えた。


「皆さん!」


大声を上げる。


「街へ戻ってください!」


「急いで!」


「網も魚もそのままで構いません!」


「避難を!」


NPCたちが走り出す。


「急げ!」


「子供を先に!」


「早く!」


俺はその様子を確認しながら。


《朧》へ手を掛ける。


「バレット」


「分かってる」


弓。


構えたまま視線は蛸から離れない。


「港には近づけさせねぇ」


「うん」


俺も《朧》を抜く。


すると。


――ズンッ。


隣から重い音。


ガンテツが。


《震天》を地面へ降ろしていた。


「おいおい」


豪快に笑う。


「俺を忘れてねぇだろうな?」


「もちろん」


俺も笑う。


「手伝って」


「はっはっは!」


《震天》を肩へ担ぐ。


「任せろ!」


「デカい相手は嫌いじゃねぇ!」


海。


巨大な蛸。


触腕がゆっくり持ち上がる。


その先。


俺たちの港。


そして。


その向こうには。


皆が暮らす街がある。


畑。


住宅。


食卓。


今まで少しずつ作ってきたもの。


壊させるわけにはいかない。


俺は《朧》を構えた。


バレットが弓を引く。


ガンテツが《震天》を握る。


「来るぞ」


バレットが呟く。


巨大な触腕が。


勢いよく振り下ろされた。


――戦いが始まる。

今回は街の生活基盤となる「食料」に焦点を当てたお話でした。


NPC住民の元村長ロウガや、漁業担当のガロンも初登場です。


住宅だけでなく、畑や漁業など街で暮らしていくために必要なものを少しずつ整えていく話になりました。


……と思ったら、最後に巨大な蛸の魔獣が登場!


次回はガウ、バレット、ガンテツの三人で港を守る戦いをお届けします!


次回もぜひお楽しみに!

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