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第9話 豪熊の見立て

「はっはっはっ!!」


豪快な笑い声を響かせながらガンテツたちは《王虎の牙》の集落を後にした。


夕日に照らされた森の小道。


木々の間から差し込む赤い光が五人の影を長く伸ばしている。


しばらくの間。


誰も口を開かなかった。


先ほどの手合わせをそれぞれが思い返しているのだろう。


やがて槍使いの男がおそるおそる口を開いた。


「ガンテツさん……」


「ん?」


「負けましたね」


「負けたな!」


ガンテツはあっさりと認めた。


その潔さに仲間たちは思わず苦笑する。


「随分と楽しそうですね」


斧を持った青年が呆れたように言う。


「そりゃそうだろ!」


ガンテツは背中の《震天》を軽く叩いた。


「久しぶりに全力で戦えたんだ!」


「負けたのにですか?」


「負けたからだ!」


「意味が分かりません」


青年が小さくため息をつく。


その隣で棍棒使いが首を傾げた。


「でも意外でした」


「何がだ?」


「ガンテツさんが負けるなんて」


「俺も久しぶりだったわ!」


ガンテツは頭をかきながら笑う。


「ありゃ強ぇ」


「ですが……」


今度は斧使いの男が腕を組んだ。


「あと少しでした」


「《落天撃》が決まっていればガンテツさんが勝っていました」


「違ぇな」


ガンテツは足を止めた。


仲間たちも立ち止まる。


「勝ってねぇ」


「え?」


四人が顔を見合わせた。


「どういうことです?」


ガンテツは振り返る。


その顔には悔しさではなく楽しげな笑みが浮かんでいた。


「あの兄ちゃん」


「最後まで二本目を抜かなかった」


その一言で仲間たちの表情が変わった。


「……あ」


槍使いの男が小さく声を漏らす。


「そういえば」


「白い刀しか使っていませんでしたね」


「ああ」


ガンテツは頷く。


「腰にもう一本あっただろ? 黒い鞘の刀だ。あれを最後まで抜かなかった」


棍棒使いが眉を寄せる。


「本気ではなかったということですか?」


「いや」


ガンテツは即座に否定した。


「本気だったさ」


「なら、どうして?」


「使う必要がなかったからだ」


森の中に沈黙が落ちる。


ガンテツは再び歩き始めた。


仲間たちもその背中を追う。


「俺の動きを見て」


「刀一本で勝てると判断して実際に勝った」


「純粋な技術だけで俺は負けたんだ」


誰も反論しなかった。


できなかった。


あの最後の一撃。


《落天撃》の直後に生まれたほんのわずかな空白。


ハヤテはそれを見逃さなかった。


「最初は俺が押してた」


ガンテツは思い返すように言う。


「だがあの兄ちゃんは慌てなかった」


「鉄球の軌道」


「鎖の長さ」


「戻ってくる速度」


「俺の踏み込み」


「全部見た上で攻めに転じた」


最後の一撃を思い出し、ガンテツは歯を見せて笑う。


「負けるべくして負けたんだ」


「嬉しそうですね」


棍棒使いが呆れたように言う。


「嬉しいとも!」


「強ぇ奴に会えたんだからな!」


「やっぱり意味が分かりません」


斧使いの青年が再びため息をついた。


しばらく歩いたあと。


その青年がふと振り返る。


木々の向こうにもう集落は見えない。


「ですがあのハヤテという人だけが特別だったのでは?」


「違う」


ガンテツは即座に否定した。


「あの集落で一番怖かったのは」


「むしろ戦わなかった連中だ」


「え?」


仲間たちが驚いたように顔を上げる。


「まずは狼獣人のガウ」


茶色の髪。


赤い瞳。


小柄な狼獣人の少女。


四人はその姿を思い浮かべた。


「あいつは俺たちが集会所に入ってから」


「一度も死角を作らなかった」


「死角?」


槍使いの男が聞き返す。


「ああ」


「俺と話している間も」


「武器を持つ手」


「仲間たちの位置」


「出口までの距離」


「全部見てやがった」


ガンテツは自分の右手を見る。


「俺が少しでも怪しい動きをしたら……」


「真っ先に飛び込んできただろうな」


「そんな様子には見えませんでしたけど」


棍棒使いが言う。


「あいつは笑ってましたよ」


「だから怖ぇんだ」


ガンテツは笑う。


「敵意を見せずに」


「いつでも相手を斬れる位置へ立ってる」


「ありゃ、狩る側だな」


四人は小さく息を呑んだ。


「俺も少し気になりました」


槍使いが静かに言う。


「あの人」


「ずっと俺たち全員が視界に入る位置にいました」


「ほらな」


ガンテツは満足そうに頷く。


「次にゴウマ」


「あの大男ですか」


斧使いの男が尋ねる。


「ああ」


「俺たちが来ても一度も慌てなかった」


「誰がどこにいるのか」


「誰に何を任せるのか」


「全部頭に入ってる顔だった」


ガンテツは前を見たまま続ける。


「俺が暴れたら」


「真っ先に周りへ指示を出すのはあの男だろう」


「ありゃ指揮官だろうな」


「確かに」


槍使いの男が頷く。


「集落へ入った時」


「ずっと住民たちの位置を気にしていました」


「戦うためじゃねぇ」


「守るために全体を見てる」


ガンテツは口元を上げた。


「いい指揮官だ」


「リンファという女性は?」


棍棒使いが尋ねる。


「あのお姉さんも油断ならねぇな」


「一番喋ってなかった」


「だが」


「一番、人を見ていた」


リンファの穏やかな笑顔。


優しげな声。


だがその視線は常に集会所全体へ向けられていた。


「俺たちが何を見るか」


「誰に近づくか」


「何を話すか」


「全部見てた」


「俺はあの人が一番怖かったです」


斧使いがぽつりと呟く。


「笑っているのに」


「目だけはずっと冷静でした」


「分かるか!」


ガンテツが嬉しそうに笑う。


「それから」


ガンテツは指を二本立てた。


「真面目そうな嬢ちゃんと眠そうな嬢ちゃん」


「あの二人はずっとギルドマスターの左右から離れなかった」


「普段からあの位置に立ってるんだろう」


「護衛……でしょうか?」


「そうだろうな」


ガンテツは首を縦に振る。


「あの眠そうな人」


「本当に強いんですか?」


斧使いの男が首を傾げる。


「強ぇだろうな」


ガンテツは迷わず答えた。


「本当に眠いだけの奴が見知らぬ武装集団の前であそこまで無防備に見せられるか!」


誰も答えなかった。


「それに一度も嬢ちゃんから離れちゃいねぇ」


「油断してるように見せて一番警戒してたのかもしれねぇな」


「確かに……」


仲間たちはそれぞれ集落での光景を思い返す。


誰も命令されて動いていたわけではない。


自然と立つべき場所へ立っていた。


互いの役割を理解し。


誰かの指示を待たずに動いていた。


そして――。


「一番面白ぇのは」


ガンテツが歯を見せて笑う。


「ギルドマスターの嬢ちゃんだ」


仲間たちもたるとの姿を思い浮かべる。


小柄な虎獣人。


明るい笑顔。


どこか抜けていて、ガンテツを前にしてもほとんど警戒した様子を見せなかった少女。


「あの子ですか?」


斧使いの男が首を傾げる。


「一番弱そうでしたけど」


「馬鹿!」


ガンテツは笑った。


「だから強ぇんだよ」


「え?」


「考えてみろ」


ガンテツは夕焼け空を見上げる。


「あんな化け物みてぇな連中が」


「あの嬢ちゃんの一言で動く」


「命令されてるわけじゃねぇ」


「金で雇われてるわけでもねぇ」


「自分の意思で命を懸けて守ろうとしてる」


夕日に染まった雲がゆっくりと空を流れていく。


「それだけで十分強ぇだろ!」


誰も言葉を返せなかった。


「あんな連中はな」


ガンテツは再び歩き始める。


「最前線でもそうそうお目にかかれねぇ!!」


そして豪快に笑った。


「しばらくあいつらを見てみるか!」


「観察ですか?」


槍使いの男が尋ねる。


「ああ」


ガンテツは力強く頷いた。


「あいつらはもっと大きくなる」


まだ小さな集落。


まだ無名のギルド。


立派な城壁もない。


豪華な施設もない。


だがあの場所には人を惹きつける何かがあった。


「あいつらがどこまで大きくなるのか」


ガンテツは背中の《震天》を揺らしながら笑う。


「最後まで見届けてやる!」


「勝手に決めていいんですか?」


棍棒使いが苦笑する。


「いいんだ!」


「どうせ近所になるんだからな!」


「まだ拠点の場所も決めていませんよ」


「細けぇことはいい!」


「どうせドランが勝手にやるだろ!」


豪快な笑い声が森へ響いていく。


四人は呆れながらその背中を追っていた。



その頃。


《王虎の牙》の集落では。


ガンテツたちが自分たちのことを話しているなど。


知る由もなく。


「うーん……」


集会場の厨房でたるとは鍋を前に悩んでいた。


「今日はシチューにしましょうか」


「たると」


ハヤテが呆れたように声をかける。


「昨日もシチューだったぞ」


「えっ!?」


たるとの虎耳がぴんと立つ。


「そうでしたっけ?」


「そうだった」


ゴウマが腕を組んで頷く。


「では……」


たるとは真剣な表情で考え込む。


そして。


勢いよく顔を上げた。


「今日はカレーにします!」


「極端だな」


ハヤテが吹き出す。


「いいじゃないですか!」


「どっちでもいいから早くしてくれ……」


バレットが空腹を訴えるように腹を押さえた。


「手伝うわ」


リンファが微笑みながら袖をまくる。


「ありがとうございます!」


たるとは元気よく答えた。


食堂に笑い声が広がる。


そんな彼らの何気ない日常をガンテツはまだ、ほんの一部しか知らない。

ここまで読んでいただきありがとうございました!


今回はガンテツから見た《王虎の牙》を描きました。


まだ無名だった彼らが、戦士の目にどう映ったのかを楽しんでいただけたら嬉しいです。


感想や評価、ブックマークなども励みになります!


それでは、また次回お会いしましょう!

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