第10話 少しずつ縮まる距離
手合わせから1週間後のお話。
ガンテツ達との手合わせから、一週間が過ぎた。
集落の近くに広がる森では、今日も木を切る音が響いている。
「おらっ!」
ドォンッ!!
一本の大木がゆっくりと倒れ、地面を揺らした。
「よし!」
「運ぶぞ!」
「了解です!」
掛け声を上げながら木材を運ぶガンテツ達。
王虎の牙の集落から歩いて十分ほど離れた場所に、彼らは新しい拠点を築いていた。
最初は簡単な野営地だった場所も、一週間もすれば立派な拠点へと姿を変え始めている。
木造の家。
資材置き場。
焚き火を囲む広場。
まだ完成には程遠いが、人が暮らすには十分な場所だった。
「はっはっはっ!」
「やっぱり帰る場所があるってのはいいもんだ!」
ガンテツが豪快に笑う。
その声につられて部下達も笑顔になる。
拠点が近くなったことで、王虎の牙との交流も自然と増えていった。
畑で採れた野菜を分けたり。
狩った肉を交換したり。
暇があれば互いの拠点へ遊びに行く。
まだ出会って一週間。
それでも、昔から近所に住んでいたような不思議な距離感が生まれ始めていた。
◇
午後。
集落から少し離れた草原。
ヒュンッ!!
一本の矢が風を裂く。
ドスッ!
矢は一直線に飛び、木製の的の中心へ深々と突き刺さった。
続けて二本。
三本。
四本。
放たれる矢は一切ぶれることなく、すべて中心を射抜いていく。
そして最後の一本。
ヒュンッ!!
鋭い音を響かせた矢は、先に刺さっていた矢を真っ二つに割り、そのままど真ん中へ突き刺さった。
「……よし。」
バレットが静かに息を吐く。
「相変わらずすごいね。」
俺は思わず声を漏らした。
「あんな距離から全部ど真ん中か。」
「普通だ。」
バレットは何でもないように答える。
「普通じゃないわよ。」
リンファが苦笑する。
「あそこまで正確に当てられる人なんて滅多にいないもの。」
「弓だけは昔から得意だからな。」
バレットは肩をすくめる。
「狙った獲物は外さねぇ。」
その言葉には自慢も誇張もない。
ただ事実を口にしているだけだった。
ソロプレイヤーとして二年間。
誰にも頼らず生き抜いてきた男。
その積み重ねが、この技術なのだろう。
「終わり?」
俺が尋ねる。
「いや。」
バレットは口元を少しだけ緩めた。
「ここからだ。」
カチリ。
小さな金属音が響く。
握っていた弓がゆっくりと変形していく。
上下の弓身が折り畳まれ。
弦が内部へ収納され。
数秒後。
そこにあったのは一本の黒い棒だった。
「何回見ても面白い。」
俺は思わず笑う。
「便利そうね。」
リンファも興味深そうに眺める。
「変形武器って珍しいもの。」
「まぁな。」
バレットは棒を軽く回す。
ブンッ。
空気を切る音が響いた。
少し離れた木には、太い丸太が縄で吊るされている。
「それも練習用?」
「ああ。」
「昨日作った。」
バレットは丸太を軽く押す。
ゆっくりと揺れ始める。
「止まってる相手を殴っても意味がねぇ。」
次の瞬間だった。
バシィン!!
鋭い音と共に棒が丸太を打つ。
勢いよく揺れた丸太が戻ってくる。
そこへ――
バシッ!
反対側から一撃。
さらに。
バシィッ!!
突き。
薙ぎ払い。
打ち下ろし。
回転しながら繰り出される連撃。
丸太がどんな軌道で揺れても、バレットの棒は寸分違わず捉えていく。
「……すご。」
思わず見入ってしまう。
「弓だけじゃなかったんだね。」
「近接も相当ね。」
リンファも感心したように呟く。
バレットは最後に大きく踏み込み、
ドォンッ!!
重い一撃を叩き込む。
丸太が大きく揺れ、縄が軋む音を立てた。
「ふぅ。」
棒を肩へ担ぎ、軽く息を吐く。
「十分すごいよ。」
俺が笑うと、バレットは照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「遠距離だけじゃ生き残れねぇからな。」
棒をくるりと回す。
「弓使いは近寄られたら弱いと思われるからな。」
ニヤリと笑った。
「だから、その思い込みを利用する。」
「近付いてきた奴を、そのままぶん殴る。」
「確かに。」
俺は苦笑する。
弓使いは接近戦が苦手。
そんな常識を逆手に取った戦い方。
近付けば勝てる。
そう思った相手ほど、不意を突かれる。
「ソロで生きるなら、弱点は潰しておかないとな。」
バレットは静かに言った。
その一言には、二年間を生き抜いてきた重みがあった。
「本当に努力家ね。」
リンファが優しく微笑む。
「努力なんて大層なもんじゃねぇ。生きるために必要だっただけだ。」
そう言って笑うバレットは、一週間前よりずっと表情が柔らかくなっていた。
「そういえば。」
俺は思い出したように口を開く。
「最初に会った時より、だいぶ笑うようになったよね。」
「……そうか?」
「そうよ。」
リンファが頷く。
「あの頃は『飯はいらねぇ』『部屋はいらねぇ』『世話にもならねぇ』って感じだったもの。」
「そんなだったか?」
「そんなだった。」
俺とリンファの声が揃う。
バレットは少しだけ困ったように笑った。
「……まぁ。」
「飯は美味いし。」
「部屋はよく眠れる。」
少し間を空けて、
「居心地も悪くねぇ。」
そう呟いた。
その言葉が少しだけ嬉しかった。
この集落を好きになってくれている。
それだけで十分だった。
その時。
「おーーーーい!!」
森の向こうから聞き慣れた大声が響く。
「ガウーー!!」
「バレットーー!!」
「リンファーー!!」
俺達が振り向くと、大きく手を振りながら熊獣人が走ってくる。
「また来た。」
俺は思わず笑う。
「今日は何の用だろ?」
「どうせ遊びに来ただけだろ。」
バレットが肩をすくめる。
ガンテツは俺達の前まで来ると、満面の笑みで胸を張った。
「嬢ちゃんがな!」
「今日はカレーを作るらしいぞ!!」
「それを聞いて飛んできた!!」
一瞬、静寂が流れる。
「……。」
「……。」
「……。」
三人で顔を見合わせた。
そして。
「結局、ご飯目当てじゃないか。」
俺が呆れたように言う。
「おっさん。」
バレットも苦笑する。
「それ、遊びに来たんじゃなくて飯食いに来ただけだろ。」
「違いねぇ!!」
ガンテツは一切否定せず、豪快に笑った。
「美味い飯があるなら行くだろ!」
「普通!」
「いや、普通じゃないと思うけど。」
リンファがくすりと笑う。
「細かいことは気にすんな!」
「ほら!」
「早く行くぞ!冷めちまう!」
そう言うと、ガンテツはさっさと集落へ歩き始める。
「勝手だなぁ。」
俺が笑う。
「でも。」
バレットも笑みを浮かべた。
「嫌いじゃねぇよ、ああいうの。」
その一言に、俺もリンファも自然と笑顔になった。
気付けば。
他ギルドだったはずの彼らは、もう"近所の友達"のような存在になっていた。
王虎の牙は今日もまた。
新しい仲間との縁を少しずつ育みながら、穏やかな日々を積み重ねていくのだった。
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