第11話 草原の遭遇
朝。
《王虎の牙》の集落は今日も穏やかな空気に包まれていた。
畑ではNPCたちが収穫の準備を進めている。
水路では洗濯をする人々の笑い声が響き、子供たちは広場を元気いっぱいに駆け回っていた。
そんな様子をたるとが穏やかな笑顔で見守っている。
集会所ではゴウマが食料庫を見つめながら腕を組んでいた。
「肉の在庫が減ってきたな」
棚を確認しながら小さく息を吐く。
「このままでは数日で底をつく」
「今日の狩りは少し遠出してもらいたい」
「山を越えた先の草原なら大型モンスターも多いはずだ」
「分かった」
俺は頷いた。
その横でバレットが静かに手を挙げる。
「俺も行こう」
「二人の方が効率がいい」
ゴウマもすぐに頷いた。
「大型相手なら二人の方が安心だ」
「気を付けて行ってこい」
「いってらっしゃい!」
たるとが元気よく手を振る。
「晩ご飯、楽しみにしてます!」
「はいはい」
俺が笑って答えるとたるとも嬉しそうに笑った。
◇
集落を出て二時間ほど。
山道を歩きながら俺とバレットは他愛のない会話を交わしていた。
「集落には慣れた?」
俺が尋ねる。
「まあな」
バレットは肩をすくめる。
「最初は落ち着かなかったが」
「今はそれなりに居心地がいい」
少し照れくさそうに笑う。
その表情はこの集落に来た当初よりもずっと柔らかくなっていた。
「それは良かった」
「……ありがとな」
「ん?」
「拾ってくれて」
思わず笑みがこぼれる。
「別に拾った訳じゃないんだけどね」
「受け入れてくれたのはたるとだよ」
「ああ」
バレットも苦笑した。
「あの人は本当に変わっている」
「普通、見ず知らずの男を受け入れたりはしない」
「そうだね」
俺も小さく笑う。
やがて山道を抜ける。
視界が一気に開けた。
広大な草原。
風に揺れる草花。
遠くでは大型の鹿型モンスターや牛型モンスターの群れが見える。
「当たりだな」
バレットが小さく笑う。
「今日はかなりの収穫が期待できる」
「しばらく肉には困らなさそうだ」
俺も頷き、一歩、草原へと足を踏み入れた。
その瞬間だった。
風を切る音が頭上から聞こえた。
「――そこまでッス」
突然の声に、俺とバレットは同時に空を見上げる。
そこには、一人の青年が浮かんでいた。
銀色の髪。
軍服姿。
足場など何もない空中に立ちこちらを静かに見下ろしている。
「これ以上進まないでもらえると助かるッス」
青年は軽く笑みを浮かべながら言った。
「この先は我々の領域ッスから」
その瞬間。
隣に立つバレットの雰囲気が変わる。
「ガウ」
「ああ」
言われるまでもなかった。
……囲まれている。
左右の草むら。
背後の林。
そして正面。
複数の気配がこちらを見ていた。
いずれも気配を殺すことに長けている。
ただの冒険者ではない。
「出てこい!」
俺が静かに言う。
わずかな沈黙の後、草をかき分ける音が響き、五人のプレイヤーが姿を現した。
先頭に立つのは、一人の青年。
青い髪。
軍服姿。
落ち着いた雰囲気を纏い、小さな杖を手にしている。
その後ろには、大剣使い。
槍使い。
そして魔法職と思しき女性と弓使いの女性。
誰一人として無駄な動きを見せない。
自然と連携が取れている。
バレットは静かに弓へ手を伸ばす。
「ガウ」
「先に動くか?」
「待って」
俺はそう言いながら、《朧》の柄へ手を添えた。
いつでも抜ける距離。
だが、まだ抜かない。
その様子を見た空中の青年が小さく眉をひそめる。
「アイス」
「武器に手を掛けたッス」
その言葉に、青髪の青年――アイスも静かに杖を構えた。
後方の仲間たちも一斉に武器を構える。
張り詰めた空気が草原を包み込む。
風だけが静かに吹き抜けていく。
「やっぱり戦う気ッスか」
空中の青年――サイオンが肩をすくめる。
「違う」
俺は即座に否定した。
「私たちは警戒しただけ」
アイスは静かな口調で答える。
「こちらも同じだ」
「武装したプレイヤー二人が我々に近付いて来た」
「警戒するのは当然だろう」
互いに一歩も譲らない。
緊張が張り詰める。
だが。
その言葉を聞いた瞬間、俺は理解した。
……そういうことか。
「どうやら……」
「互いに誤解していたみたいだな」
アイスが静かに杖を下ろした。
それに合わせ、後ろの仲間たちも武器を下げる。
俺も《朧》から手を離した。
バレットは小さく息を吐き、弓から手を離す。
張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
「だが」
アイスは俺たちを真っすぐ見つめる。
「まだ互いのことを何も知らない」
「このまま別れるには少し不安が残る」
その言葉に俺は頷いた。
「そこで提案だ」
アイスは穏やかな表情で言う。
「決闘をしないか」
「決闘?」
思わず聞き返す。
「攻略組でもよく行っている方法だ」
「互いの実力を知れば無用な争いは避けられる」
「それに……僕は君たちに興味がある」
俺は少しだけ考えた。
隣を見る。
「どうする?」
「俺は構わない」
迷いのない返事だった。
「人数は?」
俺が尋ねる。
「二対二」
アイスは迷わず答えた。
「こちらは僕とサイオン」
「よろしくッス」
サイオンが軽く手を振る。
俺は静かに頷いた。
「分かった」
「その決闘、受けよう」
アイスが決闘を申請する。
俺はメニューを操作して承認する。
その瞬間だった。
四人の中央へ淡い光が集まり始める。
見覚えのある光だった。
以前、ハヤテとガンテツが手合わせをした時と同じ――決闘システム。
光の中から二組分の魔法石がゆっくりと姿を現す。
誤解から始まった出会い。
その決着は命を懸けた戦いではない。
互いの実力をぶつけ合う、一度きりの決闘。
草原を吹き抜ける風が静かに四人の間を通り過ぎた。
次回、決闘!




