第24話 刃と拳
《朧》が閃く。
《華鋼》が迫る。
――ガキィン!!
鋭い金属音が響き、火花が散った。
一撃。
二撃。
三撃。
攻防は途切れることなく続く。
刃と手甲。
斬撃と打撃。
速度と柔。
俺とリンファの戦いはさらに激しさを増していった。
「はっ!」
俺は《朧》を横薙ぎに振るう。
リンファは半歩だけ身体を引き、刃を紙一重で躱す。
すぐさま返す刀で斬り上げる。
――ガキィン!
《華鋼》が刀身に触れた。
だが、受け止めてはいない。
接触の瞬間。
手甲をわずかに傾け、衝撃を逃がす。
俺の斬撃が外側へ流された。
「《流転》」
「……!」
体勢が崩れる。
《朧》が制御を失い、外へ流される。
その瞬間、リンファが踏み込んだ。
「《崩歩》」
わずか一歩。
それだけで俺の懐へ侵入してくる。
さらに。
「っ!」
俺の重心が僅かに乱れた。
リンファの足が、俺の踏み込みに重なるように差し込まれている。
単なる接近ではない。
こちらの体勢そのものを崩しにきている。
まずい。
そう認識した時にはすでに遅かった。
リンファの拳が俺の胸元へ静かに添えられていた。
近い。
振りかぶる余地すらない距離。
「《寸勁》!」
――ドンッ!!
「ぐっ!」
衝撃が胸部を貫いた。
頭上の魔法石が淡く明滅する。
身体が後方へ押し出される。
だが倒れない。
右足を地面へ叩きつけ、強引に踏み止まる。
そのまま《朧》を下から返した。
「っ!」
斬り上げ。
リンファは身体を捻り、最小限の動きで回避する。
刃が衣服をわずかに掠める。
さらに。
俺が踏み込むよりも早く。
「まだよ!」
リンファが一気に距離を詰めた。
「《肘砕》!」
鋭い肘打ち。
狙いは肩。
俺は《朧》の柄を立てて受ける。
――ガッ!
衝撃が腕に走った。
同時に右脚を振り抜く。
蹴撃。
だが。
「《脚刈》」
「!」
足が絡め取られ、軌道を逸らされる。
重心が崩れる。
身体が傾く。
その瞬間、リンファの手が俺の腕を掴んだ。
「しまっ――」
視界が回転する。
「《風車投》!」
「っ!」
天地が反転した。
空。
地面。
空。
身体が宙へ放り出される。
このままでは叩きつけられる。
だが。
「まだ!」
空中で身体を捻り、左手を地面につく。
衝撃を受け流し、そのまま転がる。
一回転。
二回転。
即座に立ち上がった。
「……危な」
肩を確認する。
問題ない。
魔法石にも致命的な損傷は見られない。
「今のも抜けるの?」
リンファがわずかに呆れたように笑う。
「投げられ慣れてるからね」
「誰に?」
「ゴウマとか」
「……」
リンファが一瞬言葉を失った。
そして。
「ふふっ」
小さく笑う。
「それなら納得ね」
「納得するの!?」
周囲からも声が上がる。
「いやいや!」
バレットが笑う。
「ゴウマに投げられて普通に立つ方が異常だろ!」
「失礼な」
ゴウマは腕を組んだまま淡々と返す。
「手加減はしている」
「それであれかよ!」
ハヤテが即座に突っ込む。
「一回地面に埋まったぞ!?」
「受け身が未熟だ」
「俺のせい!?」
笑いが広がる。
だが。
俺とリンファは互いから視線を外さない。
《朧》を構え直す。
リンファも《華鋼》を正面へ構えた。
呼吸は互いにわずかに乱れている。
それでも決定打はまだない。
「互角……なのか?」
誰かが呟く。
「技量だけならな」
ゴウマが静かに答えた。
「互いに相手の戦い方を理解しすぎている」
確かにその通りだ。
俺はリンファを知っている。
リンファも俺を知っている。
動きの癖。
狙い。
間合いの取り方。
何度も共に戦い。
何度も手合わせを重ねてきた。
だからこそ簡単には崩れない。
「……このままじゃ終わらないね」
俺が言う。
リンファも呼吸を整えながら頷いた。
「ええ」
《華鋼》を軽く打ち合わせる。
「私もそう思っていたところよ」
「なら」
《朧》を握り直す。
「次で決める?」
「……」
リンファの目が細くなる。
そして静かに笑った。
「望むところよ」
空気が変わる。
周囲のざわめきが止んだ。
「……来るぞ」
ゴウマが呟く。
俺は息を吐き、重心を落とす。
リンファも同様に構えを深くした。
ここから先は一瞬の迷いが致命的になる。
決闘システムがあるとはいえ、痛みが消えるわけではない。
関節を外されれば動きは止まる。
衝撃も確実に残る。
それでも恐れていては勝てない。
リンファも同じだ。
互いにもう一段深く踏み込むしかない。
◇
リンファの構えが変わった。
先ほどまでとは違う。
静かな構え。
腰を深く落とし、《華鋼》を身体の中心に据える。
無駄がない。
あまりにも静かだ。
「……待ちか」
俺は小さく呟く。
こちらの動きを誘っている。
踏み込んだ瞬間に崩し。
懐へ入り。
一気に決める。
そういう構えだ。
「来ないの?」
リンファが静かに問いかける。
俺は答えない。
「なら」
わずかに笑う。
「私から行くわよ?」
その瞬間、俺は腰の忍具袋へ手を伸ばした。
クナイを二本。
投擲。
――ヒュッ!
一本目は顔面へ。
リンファは首を傾けて回避する。
二本目は胸元。
――キンッ!
《華鋼》が弾いた。
その瞬間、俺は地面を蹴る。
「!」
加速。
正面へ。
だが直進ではない。
直前で軌道をずらし、リンファの視界から外れる。
右。
さらに背後。
「……!」
死角へ回り込む。
《朧》を振るう。
狙いは背中。
だが。
「そこね」
リンファの声。
「!」
見えていないはずだ。
それでも。
半歩。
たったそれだけの移動で回避される。
刃は空を切った。
「なっ――」
その瞬間、腕を掴まれた。
「捕まえた」
「っ!」
右腕。
《朧》を握る腕が固定される。
肩と肘が同時に封じられた。
まずい。
抜けない。
「ガウ」
リンファが静かに言う。
「これで――」
身体が沈む。
「終わりよ」
捻りが加えられる。
――ゴキッ。
鈍い音。
激痛が肩を貫いた。
「ぐっ……!」
右肩が外れる。
《朧》を握る力が一瞬抜けた。
周囲がざわめく。
「ガウさん!」
聞き覚えのある少女の声が響いた。
人垣の中。
長弓を背負ったエルナが、胸の前で両手を握っていた。
右腕が完全に垂れ下がる。
痛い。
かなり痛い。
通常ならここで終わりだ。
だが。
「まだ」
左手を伸ばす。
地面に落ちかけた《朧》を掴んだ。
「終わってないよ」
リンファの目がわずかに見開かれる。
その瞬間、俺は地面に転がってたクナイを蹴る。
クナイがリンファの顔めがけて飛ぶ。
リンファは横に避ける。
だが、リンファの視線が一瞬だけ逸れた。
その隙へ。
さらに踏み込む。
「まだ!」
左腕で突きを放つ。
リンファは回避する。
だが完全には避けきれない。
――ズンッ。
《朧》が腹部を捉えた。
「っ!」
リンファの身体がわずかに浮く。
同時に両者の魔法石へ亀裂が走る。
――ピシッ。
限界は近い。
あと一撃。
それで終わる。
俺は距離を取った。
リンファも腹部を押さえながら下がる。
静寂。
「今の……」
アイスが呟く。
「肩を捨ててでも一撃を入れたのか」
「ああ」
ゴウマが答える。
「それが最適解だと判断したのだろう」
「無茶だな……」
バレットが苦笑する。
「どっちもな」
《朧》を左手で構える。
リンファも《華鋼》を正面に。
「……本当に無茶するわね」
「リンファには言われたくないかな」
「ふふっ」
わずかに笑う。
「それもそうね」
互いの魔法石は限界に近い。
次で決まる。
◇
俺は忍具袋へ手を伸ばす。
小さな球体。
「……」
リンファの目が細くなった。
「火薬玉?」
「正解」
「目眩まし?」
「さあね」
投げる。
――ドンッ!!
爆音。
白煙が広がった。
視界が完全に遮断される。
だが。
リンファは動じない。
気配を探る。
音。
風。
足音。
すべてを読む。
だからこそ。
俺はあえて足音を立てる。
右。
さらに右。
誘導する。
リンファが反応した。
その瞬間、踏み込む。
「そこ!」
リンファが拳を振るう。
だが。
俺は直前で後方へ跳んだ。
白煙から離れる。
狙い通り。
リンファが着地する。
その瞬間。
「っ!」
足元。
――ザクッ。
まきびし。
「……」
リンファが静かに見下ろす。
「やられたわね」
小さく笑った。
俺は煙の中から姿を現す。
「火薬玉は」
《朧》を構える。
「目眩ましだけじゃない」
「私を誘導したのね」
「そういうこと」
リンファも笑う。
「でも」
重心が沈む。
「これで終わりだと思った?」
踏み抜く。
痛みが走る。
それでも止まらない。
一歩。
二歩。
間合いへ。
「本当に無茶するね!」
「あなたに言われたくないわ!」
全身が連動する。
足。
腰。
背中。
肩。
腕。
すべての力が一点へ集約されていく。
まずい。
防げない。
回避も間に合わない。
「《発勁》!」
――ドンッ!!
掌打が胸を撃ち抜く。
「ぐっ……!!」
内側から破壊されるような衝撃。
息が止まる。
視界が揺れる。
身体が吹き飛んだ。
魔法石に亀裂が走る。
――ピシピシピシッ!!
限界。
だが。
まだ。
左手を動かす。
《朧》を握る。
このままでは届かない。
なら。
「届け……!」
手を離す。
《朧》が回転しながら放たれた。
リンファの目が見開かれる。
避けられない。
直後。
――パリンッ!!
俺の魔法石が砕ける。
同時に《朧》がリンファを捉えた。
――パリンッ!!
リンファの魔法石も砕け散る。
白い光が舞った。
静寂。
俺は地面へ倒れる。
「……いった」
胸が痛い。
右肩も痛い。
全身が痛い。
少し離れた場所。
リンファも膝をついていた。
その横に《朧》が地面へ突き刺さっている。
誰も言葉を発しない。
そして。
「両者の魔法石が同時に破壊された」
ゴウマの声。
一拍。
「……引き分けだ」
直後。
――歓声が爆発した。
「おおおおおお!!」
「同時破壊!?」
「最後どうなった!?」
「《朧》投げたぞ!?」
「どっちも無茶だろ!」
騒がしい声。
俺は地面に寝転んだまま空を見上げる。
青い。
「……疲れた」
「私もよ」
リンファの声。
見ると彼女もその場へ座り込んでいた。
決闘が終わり、お互いに傷が治っていく。
「最後まで諦めないのね」
「リンファもね」
「普通、まきびしを踏んで突っ込まないよ」
「肩を外されて続ける人に言われたくないわ」
「……」
「……」
どちらも沈黙する。
そして同時に笑った。
その時。
「二人ともー!!」
たるとが駆け寄ってくる。
「無茶しすぎです!!」
「決闘システムあるよ?」
「そういう問題じゃありません!」
「でも――」
「肩外れたじゃないですか!」
「決闘が終わると治るから大丈夫」
「大丈夫じゃありません!」
リンファがそっと視線を逸らした。
だが。
「リンファさんもです!」
「……はい」
「まきびし踏み抜く人がいますか!?」
「勝ちたかったから……」
「子供ですか!」
周囲が笑う。
「ガウさん!」
さらにエルナが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!?」
「うん」
俺は起き上がり、右肩を軽く回してみる。
先ほどまで外れていた肩。
胸を打ち抜いた《発勁》の痛み。
そのどちらもすでに消えている。
「もう大丈夫だよ」
「それは分かってます!」
エルナがすぐに返した。
「……?」
思わず首を傾げる。
エルナは胸の前で両手を握ったまま、少し困ったように俺を見つめていた。
「決闘が終われば怪我が治ることくらい、私も知っています」
「うん」
「でも……!」
一歩。
こちらへ近づく。
「肩が外れても戦うし!」
「吹き飛ばされても立ち上がるし!」
「最後には刀まで投げるし!」
「……」
「見ている方は心配するんです!」
頬を膨らませる。
「もう少し自分のことも大事にしてください!」
「ご、ごめん」
思わず謝ってしまった。
なんだろう。
たるととは違う種類の圧を感じる。
「ふふっ」
リンファが隣で笑った。
「ガウ」
「何?」
「心配してくれる子がいてよかったわね」
「そうだね」
「……!」
なぜかエルナの顔が一気に赤くなった。
「ち、違っ……!」
何が違うんだ?
「私はただ!」
両手をぶんぶん振る。
「ガウさんのことを尊敬しているので!」
「だから無茶してほしくないだけで!」
俺は頷く。
「ありがとう」
「……っ!」
さらに赤くなった。
大丈夫だろうか。
「エルナ?」
「だ、大丈夫です!」
「顔赤いよ?」
「暑いだけです!」
今日はそこまで暑くない気がするけど。
「……うふふ」
リンファが小さく笑う。
「うん?」
「なんでもないわ」
笑顔で返された。
「では私は作業に戻ります!」
エルナは慌てながら離れていった。
「ガウ!」
たるとが腰に手を当てる。
「はい」
「《朧》の調整はどうだったんですか?」
「ああ」
俺は立ち上がる。
地面へ突き刺さっていた《朧》を引き抜いた。
刀身を見る。
リンファの《華鋼》と何度も激突した。
投げまでした。
それでも刃こぼれ一つ見当たらない。
「……すごいな」
軽く振る。
手に伝わる感覚も問題ない。
「前よりずっと使いやすい」
少し離れた場所。
腕を組んで見ていたドランが満足そうに笑った。
「はっはっはっ!」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
「わしが手を掛けたんじゃ」
「その程度でへたるような刀にはしとらんわい」
「ありがとう、ドラン」
「礼なら大事に使ってくれれば十分じゃ」
ドランは《朧》を見ながら目を細める。
「武器ってのはな」
「使い手と一緒に戦ってこそ価値があるもんじゃ」
「折れたなら直しゃええ」
「傷んだなら鍛え直しゃええ」
そして俺を見る。
「そうやって何度でも一緒に戦えばええんじゃよ」
「……うん」
俺は《朧》を鞘へ収めた。
カチン。
懐かしい音。
ようやく本当に戻ってきた気がする。
深淵の剣との戦いで折れた俺の愛刀。
《朧》。
ただ元通りになっただけではない。
前より強く。
前より扱いやすく。
そして何より。
また俺の腰へ戻ってきた。
「おかえり」
小さく呟く。
もう一度。
柄へ触れる。
これから先。
何が待っているのかは分からない。
街づくりもまだまだ終わらない。
何かあればまたこいつと一緒に戦える。
それだけで十分心強く感じた。
第24話「刃と拳」を読んでいただき、ありがとうございました!
ガウとリンファの本気の手合わせは、まさかの引き分けとなりました。
そして無事に戻ってきた《朧》も、これから再びガウと共に戦っていきます!
次回もお楽しみに!




