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第23話 帰ってきた《朧》

朝。


俺たちの集落では今日も早くから街づくりが始まっていた。


外壁ではシズクたちが防御結界の調整を行い。


住居区画では大工組が木材を運んでいる。


道路整備組はサイオンを中心に少しずつ道を延ばし。


畑ではNPCの住民たちとツキが朝から元気に働いていた。


一ヶ月前と比べれば、この光景もすっかり日常になった。


槌を打つ音。


木材を運ぶ声。


誰かを呼ぶ声。


笑い声。


今日もいつも通りの一日が始まる。


そんな中。


「ガウ!」


聞き慣れた声に呼び止められた。


「?」


振り返る。


そこに立っていたのはドランだった。


「どうしたの?」


俺が尋ねる。


すると。


ドランは何故か得意げに笑った。


「待たせたな」


「?」


「ようやく完成したぞ」


「完成?」


何のことだ?


そう思った直後。


俺はドランが手にしているものに気付いた。


黒い鞘。


見慣れた柄。


何度も握ってきた。


俺にとって最も馴染み深い武器。


「……まさか」


ドランがニヤリと笑う。


「ああ」


俺へ向けて差し出した。


「お前さんの相棒じゃ」


「《朧》……!」


思わず声が漏れた。


忍者刀《朧》。


深淵の剣との戦い。


ゼノスとの死闘で真っ二つに折れてしまった俺の愛刀。


あれからずっと修理のため、ドランへ預けていた。


その《朧》が。


今。


目の前にある。


「ほら」


ドランが差し出す。


「受け取れ」


「……うん」


俺はゆっくりと《朧》を受け取った。


手にした瞬間。


ずしりとした重さが腕へ伝わる。


「……」


懐かしい。


この重さ。


この感触。


柄を握った時の手への馴染み方。


何度も振ってきたからこそ分かる。


俺の刀だ。


「久しぶり」


思わずそんな言葉が出た。


物に話しかけてどうする。


だけど、それくらい長く感じた。


深淵の剣との戦いが終わってから。


俺は予備の忍者刀を使っていた。


もちろん。


武器として使えないわけじゃない。


普通に戦える。


だけど、やっぱり違った。


何度も一緒に戦ってきた《朧》とは。


握った時の感覚も。


振った時の重心も。


刃の長さも。


全部が僅かに違う。


その小さな違いが、戦っている時には大きな違和感になる。


俺は黒い鞘を指先でなぞった。


「……」


細かい傷も綺麗に直されている。


それでも新品になったわけじゃない。


長く使ってきた痕跡は残っている。


そこが少し嬉しかった。


「抜いてみろ」


ドランが言う。


「うん」


俺は柄へ手を掛ける。


そして。


ゆっくりと鞘から引き抜いた。


――シャキン。


澄んだ音。


朝日を受けた刀身が静かに輝く。


「……綺麗」


以前より僅かに輝きが違う気がする。


刃へ視線を走らせる。


折れた痕跡は見当たらない。


それどころか。


「前より……」


「気付いたか?」


ドランが嬉しそうに笑う。


「今回はな」


《朧》を指差す。


「ただ繋ぎ直しただけじゃないぞ」


「え?」


「深淵の剣との戦いで真っ二つになったじゃろ?」


「うん」


「あれだけの負荷が掛かった以上、折れた場所だけ直しても意味がないからの」


ドランは腕を組む。


「刀身全体を一から見直しておる」


「素材の配分」


「魔力の通り」


「刃の厚み」


「重心」


「全部じゃ」


「全部?」


「ああ」


随分大掛かりな修理だったらしい。


「それでな」


ドランが得意げに胸を張る。


「以前より硬度を上げてある」


「硬度?」


「ああ」


「同じ程度の衝撃なら、前より耐えられるはずじゃ」


俺は《朧》を見る。


「それだけじゃないぞ」


ドランはさらに続ける。


「刃も研ぎ直した」


「切れ味も以前より上がっておるぞ」


「重心も少し調整してあるから、前より振りやすくなってるはずじゃ」


「……」


修理。


というより。


強化されてない?


「かなり手を入れたんだね」


「当然じゃ」


ドランが笑う。


「真っ二つになった武器をそのまま元に戻して終わりじゃ、鍛冶師として面白くないからの」


「面白さの問題なの?」


「大事じゃぞ?」


「そうなんだ」


鍛冶師の感覚はよく分からない。


でも。


《朧》を見る。


確かに以前とは違う。


見た目はほとんど変わっていない。


それでも握っただけで何となく分かる。


前よりしっかりしている。


それでいて不思議と重く感じない。


「……ありがとう」


自然と言葉が出た。


「ここまでしてくれて」


「……」


ドランが一瞬だけ黙った。


そして。


「お、おう」


何故か視線を逸らす。


「まあ……」


咳払いを一つ。


「鍛冶師として当然の仕事じゃ」


「そう?」


「そうじゃ!」


少し声が大きい。


照れてるのか?


「その顔はやめんか」


「何もしてないよ」


「しとるわ!」


俺は小さく笑った。


そして。


もう一度《朧》を見る。


「少し振ってきてもいい?」


「いいぞ!」


ドランが嬉しそうに頷く。


「むしろ振ってこい!」


「使い手が振らんことには最終確認にならんからの!」


「分かった」


俺は《朧》を鞘へ収めた。


腰へ差す。



街づくりの邪魔にならないよう、集落から少し離れた空き地へ移動した。


ドランも一緒だ。


周囲には誰もいない。


十分な広さもある。


「ここならいいかな」


俺は《朧》へ手を掛けた。


一度。


深く息を吐く。


そして。


抜刀。


――ヒュンッ!


一閃。


空気を切り裂く音が響いた。


「……」


そのまま止める。


軽い。


いや。


違う。


重量そのものは以前とほとんど変わっていない。


だけど振り抜いた時の抵抗が少ない。


「もう一回」


構える。


横薙ぎ。


――ヒュッ!


返す。


斬り上げ。


一歩踏み込み。


振り下ろす。


そこから手首を返し。


連続で斬撃を繋ぐ。


右。


左。


下。


上。


身体を回転させ。


最後に一閃。


――ヒュンッ!


刀を止める。


「……」


手を見る。


次に《朧》を見る。


「どうじゃ?」


ドランが期待するように尋ねてきた。


「……すごいね」


「お?」


「前より振りやすい」


俺は軽く《朧》を動かす。


「重さはほとんど変わってないのに」


「振った時に刀が遅れてこない」


「手についてくる感じがする」


「じゃろ?」


ドランが満足そうに頷く。


「重心を少しだけ手元側へ調整した」


「お前さんは力任せに叩き斬るタイプじゃない」


「速度と手数」


「それに細かい軌道変更を多用するから」


顎髭を撫でる。


「そっちの方が合うと思ったからの」


「……」


そこまで考えてくれたのか。


ただ武器を直しただけじゃない。


俺の戦い方まで考えて調整してくれている。


長く鍛冶師を続けているドランだからこそできる仕事なのだろう。


「さすがだね」


「もっと褒めてもいいぞ!」


「調子に乗るからやめとく」


「何でじゃ!」


俺は笑いながら《朧》を見る。


久しぶりなのに不思議と久しぶりな気がしない。


手に馴染む。


やっぱり。


これだ。


俺の武器は。


「おーい!」


遠くから大きな声。


「?」


振り返る。


ガンテツがこちらへ歩いてきていた。


その隣にはバレットもいる。


「何やってんだ?」


ガンテツが近づいてくる。


そして俺の手にある刀を見た瞬間。


「おお!」


目を輝かせた。


「《朧》じゃねぇか!」


「うん」


「直してもらった」


「ついに戻ってきたか!」


ガンテツが豪快に笑う。


「良かったじゃねぇか!」


「ありがとう」


バレットも《朧》を見る。


「前より綺麗になってないか?」


「お」


ドランがすぐに反応した。


「分かるか?」


「まあな」


「何となくだけど」


「何となくか!」


「鍛冶師じゃねぇんだから分かるか!」


ドランが少し不満そうに眉を寄せる。


「見た目だけじゃないぞ」


胸を張る。


「硬度」


「切れ味」


「重心」


「全部調整してある」


そして《朧》を指差した。


「前より強くなって戻ってきたってことじゃ」


「マジか」


バレットが《朧》を見る。


「良かったな、ガウ」


「うん」


俺も自然と笑った。


「やっぱりこれが一番しっくりくる」


「そりゃずっと使ってた刀だからな」


その時だった。


「それなら」


背後から女性の声が聞こえた。


「久しぶりに手合わせしてみる?」


「?」


振り返る。


そこにいたのは。


「リンファ?」


リンファだった。


いつからいたのか。


穏やかな笑みを浮かべながら、こちらへ歩いてくる。


「《朧》」


俺の手元を見る。


「直ったのね」


「うん」


「ちょうどさっき」


「良かったじゃない」


リンファが微笑む。


そして。


「せっかくだし」


軽く肩を回した。


「調整も兼ねて私と手合わせしない?」


「手合わせ?」


「ええ」


リンファが腰へ手を当てる。


「新しくなった《朧》がどれくらい変わったのか」


「実戦形式で試した方が分かりやすいでしょう?」


なるほど。


確かに。


素振りだけでは分からないこともある。


「……」


俺は《朧》を見る。


久しぶりの愛刀。


その性能を確認するなら。


悪くない。


それにリンファと手合わせするのも久しぶりだ。


「いいよ」


俺は頷く。


「やろうか」


「決まりね」


リンファが笑った。


「おお!」


ガンテツが嬉しそうに声を上げる。


「二人の手合わせが見られるのか!」


「お前」


バレットが呆れたように見る。


「さっきまで仕事してなかったか?」


「休憩だ!」


「都合のいい休憩だな」


「細けぇことは気にするな!」


「ガンテツ」


ドランが横から口を挟む。


「お前さんはさっき休憩したばかりじゃろ」


「……」


ガンテツが固まる。


「そうだったか?」


「気のせいじゃねぇか?」


「わしが年配のアバターだからって記憶力を疑う気か?」


「いや誰もそこまで言ってねぇぞ!?」


バレットが吹き出した。


嫌な予感がする。


これ人が増えるやつだ。



数分後。


「何でこんなにいるの?」


俺は周囲を見渡した。


さっきまでほとんど誰もいなかったはずの空き地。


そこにいつの間にか仲間たちが集まっていた。


たると。


ゴウマ。


ハヤテ。


シズク。


セリア。


サイオン。


ガンテツ。


バレット。


ドラン。


他にも。


近くで作業していた何人かが手を止めて見に来ている。


「だって!」


たるとが目を輝かせる。


「ガウとリンファの手合わせですよ!」


「見たいじゃないですか!」


「街づくりは?」


「休憩です!」


「ガンテツと同じこと言ってる」


「おう!」


「褒めてないよ」


「ガウ~」


セリアが眠たげに手を振る。


「頑張ってね~」


「ありがとう」


「リンファも頑張って~」


「どっちを応援してるの?」


「両方~」


平和だな。


そんな周囲をよそにリンファは準備を進めていた。


両腕へ装着されている手甲。


《華鋼》。


リンファが長く使い続けている専用装備だ。


細身の腕を覆うその手甲は、見た目こそ華奢に見える。


だが実際は違う。


敵の打撃を受け止め。


敵の攻撃を弾き。


時には刃すら受け流す。


近接戦闘に特化したリンファの技術を支える武器。


俺の《朧》と同じ。


長く共に戦ってきた相棒だ。


リンファが《華鋼》の具合を確認する。


「準備はいい?」


「いつでも」


「では」


リンファが片手を上げた。


「決闘システムを使用しましょう」


「うん」


この世界にはプレイヤー同士が安全に戦うための決闘システムが存在する。


互いに決闘を申請し、相手が承認する。


それだけで通常の戦闘とは異なる特殊な戦闘状態へ移行する。


「決闘申請」


リンファが手をかざす。


直後。


俺の視界へ半透明のウィンドウが現れた。


――リンファから決闘申請が届いています。


迷う必要はない。


承認。


その瞬間、淡い光が俺たちの周囲へ集まり始めた。


光は徐々に収束し、小さな魔法石へと形を変えていく。


一つ。


また一つ。


俺とリンファ。


それぞれの頭上へ一つずつ浮かび上がった。


淡い光を放ちながら。


ゆっくりと回転している。


「これで準備完了ね」


リンファが軽く拳を握る。


決闘中。


この魔法石が俺たちの受けるダメージを肩代わりする。


本来なら致命傷になる攻撃であっても魔法石がその負荷を引き受ける。


そして致死に相当するダメージを受けた瞬間。


魔法石が砕ける。


それが決着。


だからこそ俺たちは実戦に近い状態で戦える。


「一応確認」


俺は《朧》を抜く。


「いつも通り、アークスキルは禁止でいい?」


「ええ」


リンファが即答した。


自分の《華鋼》を見る。


「純粋な技術だけでやりましょう」


「了解」


黒煙は使わない。


鋼糸もない。


剣術。


忍術。


格闘。


互いが積み上げてきた技術だけで戦う。


俺は《朧》を構えた。


リンファも《華鋼》を前へ出す。


腰を僅かに落とし。


片足を半歩後ろへ。


無駄のない構え。


いつでも前へ出られる。


いつでも後ろへ引ける。


攻撃にも。


防御にも。


投げにも繋げられる。


「……」


やっぱり綺麗だ。


構えに隙がない。


「おお……」


周囲から声。


「始まるぞ」


「どっちが勝つと思う?」


「ガウじゃねぇか?」


「いや、純粋な体術だけならリンファも相当強いぞ」


「俺はリンファさん!」


「理由は?」


「美しいから!」


「見た目かよ!」


「じゃあ俺はガウ!」


「理由は?」


「ゼノス倒したから!」


「それアークスキル有りの話だろ!」


好き勝手言ってるな。


「おい!」


ハヤテが何故か声を張り上げる。


「どうせなら賭けようぜ!」


「ハヤテさん!」


たるとが即座に反応した。


「賭けは禁止です!」


「何で!?」


「何でもです!」


「ちょっとくらいいいだろ!」


「ダメです!」


「たると」


ゴウマが腕を組む。


「そもそも賭け以前に作業中だ」


「……」


周囲が静かになった。


「終わったら全員戻れ」


「はーい……」


何人かの声が揃う。


俺は思わず苦笑した。


「賑やかね」


リンファも笑っている。


「いつものことだよ」


「それもそうね」


でも。


次の瞬間、リンファの表情から笑みが消えた。


「……」


空気が変わる。


俺も《朧》を握り直す。


視線が交わる。


もう周囲の声は気にならない。


「ガウ」


「何?」


「手加減無しね」


俺は小さく笑う。


「私もそのつもり」


「そう」


リンファも僅かに口元を上げた。


「それなら安心したわ」


俺たちは距離を取る。


約十メートル。


風が吹く。


草が揺れる。


お互いの頭上に二つの魔法石が淡く輝いている。


「それでは!」


何故か審判役になったたるとが大きく手を上げる。


「二人とも!」


俺とリンファを見る。


「無茶は禁止ですよ!」


「決闘システムあるよ?」


「それでもです!」


「はいはい」


「返事は一回!」


「はい」


「よろしいです!」


何なんだ。


たるとが一度深呼吸する。


そして。


上げていた手を勢いよく振り下ろした。


「――始め!」


その瞬間、地面を蹴った。


一気に加速する。


十メートル。


一瞬で距離を詰める。


《朧》を低く構える。


リンファは動かない。


九メートル。


七メートル。


五メートル。


まだ動かない。


残り三歩。


そこで俺は踏み込みを変えた。


さらに加速。


「っ!」


リンファの目が細くなる。


《朧》を振る。


横薙ぎ。


狙いは胴。


だが。


――ガキィン!


甲高い音。


刃が止まった。


「……!」


《華鋼》。


リンファの左腕が《朧》を受け止めていた。


いや。


違う。


真正面から止めたわけじゃない。


刃が当たる瞬間。


手甲を僅かに傾け。


力を外へ流している。


《朧》の軌道が逸れる。


その瞬間、リンファが俺の懐へ入った。


速い。


「はっ!」


右拳。


顔面。


俺は首を傾ける。


――ブンッ!


拳が頬の横を通過した。


風圧。


直後。


左。


二発目。


近い。


《朧》を戻す時間はない。


柄を立てる。


――ガッ!


拳と柄がぶつかる。


鈍い衝撃が腕へ伝わった。


「重っ……!」


「まだよ」


「!」


リンファの手が俺の手首へ伸びる。


掴まれる。


まずい。


関節。


即座に腕を捻る。


掴まれた方向へ逆らわず。


身体ごと沈み込む。


拘束が僅かに緩む。


その瞬間。腕を抜く。


同時に足払い。


だが。


「甘いわ」


リンファが軽く跳んだ。


俺の足が空を切る。


そのままリンファが空中で身体を捻る。


着地。


すぐに構え直す。


「……」


俺も《朧》を戻した。


一瞬の攻防。


それだけで分かる。


「やるね」


「そっちこそ」


リンファが笑う。


「今ので腕を取れなかったのは少し悔しいわ」


「取られてたら危なかったよ」


「次は逃がさないわ」


怖いこと言うな。


俺は《朧》を構え直す。


そして再び踏み込んだ。


縦。


横。


斜め。


連続で刃を振るう。


――ガキン!


――キィン!


リンファは《華鋼》で受け流す。


真正面から受けない。


刃の腹。


角度。


俺の腕の動き。


全部を見ながら最小限の動きで軌道をずらしていく。


「……!」


強い。


昔から分かっている。


リンファは近距離戦がとにかく上手い。


拳が強い。


蹴りが強い。


それだけじゃない。


相手の力を利用する。


体勢を崩す。


関節を取る。


投げる。


攻撃を受け流す。


近づけば近づくほど。


リンファの選択肢が増えていく。


だったらーー


一度離れる。


俺は後ろへ跳んだ。


距離。


約五メートル。


同時に腰へ手を伸ばす。


クナイ。


三本を指の間へ挟む。


「いくよ」


「ええ」


投擲。


一本目。


真っ直ぐ顔へ。


リンファが身体を傾ける。


回避。


二本目。


胸元。


――キンッ!


《華鋼》で弾く。


そして。


三本目。


「……?」


狙いはリンファじゃない。


足元。


――ザクッ!


地面へ刺さった。


リンファの視線が一瞬だけ下へ落ちる。


その瞬間、踏み込む。


「!」


一気に距離を潰す。


《朧》を上段から振り下ろした。


――ガキィン!


リンファが両腕を交差。


《華鋼》で受け止める。


「くっ……!」


僅かに身体が沈んだ。


でも。


ここで力比べをするつもりはない。


俺は《朧》から力を抜いた。


「!」


刃を《華鋼》の表面へ滑らせる。


その勢いを利用して身体を回転。


柄頭をリンファの側頭部へ叩き込む。


だが。


「見えてるわ」


リンファが首を傾けた。


柄頭が髪を掠める。


空振り。


直後。


「っ!」


リンファの拳。


腹部。


俺は肘を落とす。


――ガッ!


受ける。


衝撃。


身体が僅かに浮く。


「重いって!」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


「褒めてないよ!」


俺は後ろへ下がる。


リンファが追う。


速い。


右拳。


避ける。


左。


《朧》で流す。


蹴り。


身体を引く。


そのままリンファが一回転。


「!」


回転の勢いを乗せた裏拳。


《華鋼》が迫る。


俺は頭を下げた。


――ブンッ!


頭上を通過。


そのまま低い姿勢から《朧》を振るう。


足。


リンファが跳ぶ。


「そこ!」


俺も跳ぶ。


空中のリンファへ。


斬り上げ。


「っ!」


リンファが《華鋼》を合わせた。


――ガキィン!


火花。


互いに弾かれる。


着地。


距離を取る。


「……」


「……」


一瞬。


静かになる。


その直後。


「おおおおおっ!」


周囲から大歓声。


「すげぇ!」


「速すぎるだろ!」


「何やってるか分かんねぇ!」


「アークスキル使ってないんだよな!?」


「使っていない」


ゴウマが腕を組んだまま答える。


「二人とも純粋な身体能力と技術だけだ」


「いやいやいや」


サイオンが首を振る。


「十分おかしいッス」


「何であれだけ動いて普通に立ってるんスか?」


「化け物ッス」


「聞こえてるよ」


俺はサイオンを見る。


「えっ」


サイオンが固まった。


「この距離で!?」


「聞こえてる」


「地獄耳ッス!」


「誰が地獄耳!」


「ご、ごめんなさいッス!」


周囲から笑い声。


「余所見してていいの?」


「!」


リンファの声。


視線を戻す。


目の前。


「近っ!」


いつの間に!?


拳。


咄嗟に《朧》で受ける。


――ガンッ!


「っ!」


重い。


そのままリンファが身体を滑り込ませてくる。


《華鋼》が刀身を押し上げる。


懐。


まずい。


「はっ!」


肘。


俺は身体を捻る。


胸元を掠める。


だが。


「まだよ!」


肩を掴まれた。


「……!」


腰へ手が回る。


重心が浮く。


投げ。


俺は即座に身体を捻った。


次の瞬間、視界が回転する。


空。


地面。


空。


「っ!」


叩きつけられる。


直前。


左手を地面につく。


衝撃を逃がす。


そのまま身体を丸め。


転がる。


すぐに立ち上がった。


「危な……」


あと少し遅ければまともに投げられていた。


リンファはすでに構えている。


「今のも逃げるの?」


少し不満そうだ。


「逃げるよ」


「わざわざ投げられる必要ないでしょ」


「それもそうね」


リンファが笑う。


楽しそうだな。


「でも」


《華鋼》を構え直す。


「次はどうかしら」


来る。


リンファが地面を蹴った。


「!」


速い。


一瞬で間合いへ。


右。


左。


肘。


掌底。


蹴り。


連続攻撃。


俺は《朧》で受け流す。


――ガキン!


――ガッ!


――キィン!


刃と《華鋼》が何度もぶつかる。


リンファは《朧》そのものを恐れていない。


刃の軌道を見ている。


俺の肩。


肘。


手首。


視線。


僅かな予備動作から。


次の斬撃を読んでいる。


《華鋼》で逸らし。


身体を滑らせ。


斬撃の内側へ潜り込んでくる。


「くっ……!」


一歩下がる。


その瞬間。


拳。


俺は身体を反らした。


《華鋼》が胸元を掠める。


さらに一歩。


後方へ跳ぶ。


距離を取った。


「……ふぅ」


息を吐く。


リンファも追ってこない。


互いに一度距離を置く。


「やっぱり強いね」


俺が言う。


「それはこっちの台詞よ」


リンファも僅かに息を弾ませている。


「でも」


俺の《朧》を見る。


「確かに前と少し違うわね」


「分かる?」


「ええ」


「斬撃の切り返しが前より速い」


「それに」


リンファが自分の《華鋼》を見る。


「受けた時の感触も違う」


「刃が強くなってる」


「さすがだね」


「何度あなたの刀を受けてきたと思ってるの?」


「それもそうだね」


長い付き合いだ。


俺が《朧》に慣れているように。


リンファも俺の戦い方を知っている。


そして俺もリンファの戦い方を知っている。


だから簡単には決まらない。


「……」


俺は《朧》を握り直した。


久しぶりに戻ってきた愛刀。


最初に握った時に感じた違和感は。


もうほとんど消えていた。


いや違う。


違和感じゃない。


変化だ。


以前より速く。


以前より鋭く。


それでいて俺の動きについてくる。


「……いいね」


小さく呟く。


「気に入ったか?」


遠くでドランが叫ぶ。


「うん!」


俺は《朧》を見ながら答えた。


「最高!」


「よっしゃ!」


ドランが拳を上げる。


「それを聞けりゃ十分じゃ!」


満足そうに笑う。


「鍛冶師冥利に尽きるわ!」


「ドラン」


ゴウマが言う。


「お前も作業中だったはずだが?」


「……」


ドランの拳が止まった。


「休憩じゃ!」


「お前もか!」


「年寄りには休憩も必要なんじゃ!」


「自分で年寄りと言うのか」


「こういう時だけじゃ!」


また笑いが起こる。


でも。


俺はもう周囲から意識を外した。


《朧》を構える。


リンファを見る。


リンファも《華鋼》を構え直していた。


互いの魔法石。


まだ砕けていない。


当然だ。


まだ。


決着には遠い。


「ガウ」


「何?」


リンファが笑う。


さっきまでより少しだけ楽しそうに。


「そろそろ」


腰を落とす。


「本気でいきましょうか」


「……」


俺も笑った。


「奇遇だね」


《朧》を下段へ。


身体の力を抜く。


「私もそう思ってた」


空気が変わった。


周囲の声が遠くなる。


リンファの足。


肩。


視線。


呼吸。


全部を見る。


リンファも同じだ。


俺の動きを見ている。


風が吹く。


草が揺れた。


次の瞬間、互いに地面を蹴る。


《朧》が閃く。


《華鋼》が迫る。


――ガキィン!!


激しい金属音。


火花が弾けた。


一撃。


二撃。


三撃。


止まらない。


刃と手甲。


斬撃と打撃。


速度と柔。


互いに一歩も譲らない。


むしろここからだった。


俺とリンファの攻防はさらに激しさを増していった。

第23話を読んでいただき、ありがとうございます!


ガウの愛刀《朧》が帰ってきました!

そしてリンファとの手合わせへ。


アークスキルなしの純粋な技術勝負。

果たして勝つのはどちらなのか――。


次回もお楽しみに!

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