第21話 皆の街
冒険者ギルドを後にした俺たちは、レオンとクロードと共にアルカディアの大通りを歩いていた。
ゴウマが背負っている大きな鞄には、ビルズから受け取った大量の資料が収められている。
アルカディアがまだ小さな拠点だった頃から。
現在の巨大都市になるまで。
成功したこと。
失敗したこと。
そのすべてが記録された資料だ。
「……すごい話でしたね」
たるとがぽつりと呟いた。
「そうだね」
俺も頷く。
大通りを行き交うプレイヤーたち。
立ち並ぶ店。
巨大な建物。
整備された道路。
昨日初めて訪れた時とは少しだけ見え方が違っていた。
最初からここにあったわけじゃない。
何もない場所から。
少しずつ作られてきた。
そう思うと。
目の前に広がる景色の一つ一つが、アルカディアに暮らす人たちが積み重ねてきたものに見える。
「帰ったらやることがいっぱいですね!」
たるとが拳を握った。
その表情には疲れよりも、強い意欲が満ちている。
「まずは街づくりの続きだな」
ゴウマが言う。
「外壁はまだ完成していない」
「住居も足りない」
「道路も整備途中だ」
「畑の拡張も必要になる」
背負った資料を軽く叩く。
「それに、これも全員で確認しなければならん」
「はい!」
たるとが元気よく頷く。
ハヤテは苦笑した。
「帰った瞬間から仕事かよ」
「仕方ないだろう」
ゴウマが呆れたように返す。
「俺たちは観光に来たわけじゃないからな」
「それはそうだけどさ」
「でも楽しかったですよ!」
たるとが笑う。
「アルカディアを見られたのも!」
「レオンさんたちと一緒に過ごせたのも!」
「僕たちにとっても良い経験になった」
アイスも穏やかに頷いた。
「アルカディアの仕組みを実際に聞けたのは大きい」
「資料だけでは分からないことも多いですからね」
モルフォが眼鏡を押し上げる。
「特に研究施設については非常に興味深いものが――」
「モルフォ」
「はい?」
「帰ってから普通の家をちゃんと作ろうね」
「……研究所ではなく?」
「家」
「……」
モルフォが少し残念そうな顔をした。
その様子に小さな笑いが起こる。
すると。
「まあ」
バレットが後頭部で腕を組んだ。
「国だの国家だの」
「俺にはまだ難しい話ばっかだったけどな」
「バレットさん……」
たるとが苦笑する。
「でも」
バレットは前を向いたまま笑った。
「帰りたいって思える場所なら、俺はもう見つけてる」
「だから」
俺たちを見る。
「今度はそいつを、もっといい場所にしていけばいいんじゃねぇか?」
「……」
俺たちと出会うまで一人で生きてきた男。
そのバレットが俺たちの集落を「帰る場所」だと言った。
「はい!」
たるとの虎耳が勢いよく立つ。
「バレットさん!」
「ん?」
「やっぱりすっごくいいこと言いますね!」
「やっぱりってなんだよ」
「もう一回言ってください!」
「言わねぇよ!」
「なんでですか!」
「恥ずかしいだろ!」
「照れてる!」
ハヤテが笑う。
「うるせぇ!」
俺も思わず笑った。
国になるのか。
ならないのか。
まだ分からない。
だけど俺たちが作りたい場所がどんな場所なのか。
それだけは少しずつ見えてきた気がした。
◇
しばらく大通りを歩いていた時だった。
「……」
俺はふと足を止めた。
「ガウ?」
たるとが振り返る。
「どうしました?」
「ちょっと待ってて」
「?」
俺は通りの端へ視線を向けた。
そこには小さな店がある。
店先には色とりどりの菓子が並んでいた。
焼き菓子。
飴。
果物を使った菓子。
昨日、この通りを歩いた時に見つけていた店だ。
アルカディアへ出発する前にツキと約束していた。
危ない。
街づくりのことばかり考えていて忘れるところだった。
「少し買い物してくる」
「買い物?」
たるとの視線が店へ向く。
そして。
「あっ!」
何かに気付いたらしい。
にこにこと俺を見る。
「……何?」
「いえ~?」
「何その顔」
「ツキちゃんへのお土産ですよね?」
「……まあね」
「やっぱり!」
嬉しそうだな。
「約束したから」
俺は店へ向かう。
「少し待ってて」
「はい!」
店の中へ入る。
思っていた以上に種類が多い。
小さな焼き菓子。
果物を使った飴。
動物を模した菓子まである。
「……どれがいいんだ?」
ツキが好きそうなもの。
少し考える。
一つに絞れない。
だったら何種類か入っている詰め合わせでいいか。
それなら気に入るものもあるだろう。
代金を支払い、包みを受け取る。
この世界で使われているゲーム内通貨。
アルカディアほど巨大な都市でも俺たちが普段使っているものと変わらない。
店を出るとたるとはにこにこしていた。
「買えました?」
「うん」
包みを見せる。
「何種類か入ってるやつにした」
「絶対喜びますよ!」
「だといいけど」
俺は包みをアイテムボックスへしまう。
今頃。
ツキは何をしているだろう。
ヨミと一緒にいるのか。
誰かの仕事を手伝っているのか。
いつものように集落の中を走り回っているのか。
そう考えると少しだけ早く帰りたくなった。
◇
俺たちはアルカディア南部。
《階層転移陣》が存在する祠へ到着した。
昨日。
俺たちが第五階層へ降り立った場所。
床には巨大な魔法陣が刻まれている。
ここから第一階層へ戻る。
レオンが魔法陣の前で立ち止まった。
「それでは」
俺たちへ振り返る。
「ここでお別れだな」
「はい!」
たるとが元気よく返事をする。
そして深く頭を下げた。
「レオンさん!」
「クロードさん!」
「本当にありがとうございました!」
「アルカディアのこともたくさん教えていただいて!」
「色々お世話になりました!」
レオンは少し驚いたように目を瞬かせる。
そして穏やかに笑った。
「こちらこそ」
クロードも小さく笑った。
「良い経験になったのなら何よりだ」
「はい!」
「またアルカディアへ遊びに来てくれ」
レオンが言う。
「次に来る時には」
「君たちの街も、もっと大きくなっているかもな」
「……!」
たるとの目が輝く。
「はい!」
「絶対大きくします!」
「絶対なのか?」
ハヤテが笑う。
「絶対です!」
たるとは胸を張った。
レオンも笑う。
「それなら」
「次に会った時は、君たちの街の話を聞かせてくれ」
「もちろんです!」
「楽しみにしておく」
クロードも頷いた。
「無理だけはするな」
「街づくりも重要だが」
「守る者が倒れては意味がない」
「はい!」
たるとがもう一度頭を下げる。
「それでは!」
「またいつか!」
「ああ」
レオンが手を上げた。
「また会おう」
俺たちは魔法陣の上へ移動する。
たると。
俺。
ハヤテ。
ゴウマ。
シズク。
バレット。
アイス。
モルフォ。
八人。
魔法陣の中央へ立つ。
青白い光が足元から溢れ始めた。
「ガウ」
レオンが俺を見る。
「?」
「またな」
俺は小さく笑った。
「ああ」
光が強くなる。
たるとが最後に振り返った。
「レオンさん!」
「クロードさん!」
「ありがとうございました!」
「こちらこそ!」
視界が白く染まっていく。
そして――
俺たちの姿はアルカディアから消えた。
◇
身体がふわりと浮き上がる。
上下も。
左右も。
一瞬だけ分からなくなる。
そして足元へ確かな感触が戻った。
「……転移は成功したようだな」
ゴウマの声。
俺はゆっくりと目を開く。
広がっていたのは見慣れた草原だった。
遠くに見える森。
頬を撫でる風。
第五階層とは違う。
第一階層の景色。
「戻ってきましたね!」
たるとが嬉しそうに周囲を見渡した。
「……やっぱり落ち着くな」
俺が呟く。
「分かる!」
ハヤテも大きく頷く。
「アルカディアは凄かったけどこっちの方が俺たちらしい感じするよな」
「はい!」
たるとが笑う。
「帰ってきたって感じがします!」
帰ってきた。
その言葉が妙にしっくりきた。
アルカディアは凄かった。
巨大な街。
大勢の人。
便利な施設。
俺たちの集落とは比べものにならない。
それでも俺たちが帰る場所はあそこじゃない。
「まずは現在地を確認するぞ」
ゴウマが地図を取り出す。
全員で周囲の地形を確認する。
「この辺りだな」
シズクが地図を覗き込む。
「集落からそれほど離れていませんね」
「どのくらい?」
バレットが尋ねる。
ゴウマが地図と周囲を見比べる。
「順調に進めば半日ほどだ」
「おお!」
ハヤテが声を上げる。
「結構近いじゃん!」
「運が良かったですね!」
たるとも嬉しそうに頷いた。
だが。
「気を抜くな」
ゴウマが地図を畳む。
「第一階層とはいえ安全が保証されているわけではない」
「帰るまでが遠征だ」
アイスも頷く。
「魔物との遭遇も想定すべきでしょう」
モルフォが周囲へ視線を向ける。
「それじゃあ」
俺はみんなをみて話す。
「帰ろう」
全員が頷いた。
◇
俺とハヤテが前方を進む。
少し後ろにゴウマとアイス。
中央にはたるととシズク。
最後尾をバレットとモルフォが固める。
自然といつもの形になる。
俺は周囲へ意識を向けた。
草原を渡る風。
遠くの鳥の鳴き声。
森から届く僅かな気配。
今のところ敵意はない。
「問題なさそうだ」
「そうだな」
ハヤテが短く返した。
その後ろではたるとがずっと喋っている。
「帰ったらまず資料をみんなで確認しましょう!」
「それから外壁の進み具合も見て!」
「住居も!」
「道路も!」
「畑も!」
「たると」
ゴウマが口を挟む。
「一日で全部やるつもりか?」
「……」
たるとが止まった。
「無理ですか?」
「無理だ」
「即答!?」
「一つずつだ」
ゴウマが呆れたように言う。
「ガルドたちから何を学んできた」
「……できることから」
「そうだ」
たるとの虎耳が少し下がる。
「はい……」
「ははっ」
バレットが後ろから笑う。
「帰る前から飛ばしすぎだろ」
「だって!」
たるとが振り返る。
「やりたいことがいっぱい増えたんですよ!」
「分かったから前向いて歩け」
「はい!」
いつもの声。
いつものやり取り。
アルカディアへ向かった時と同じ道のはずなのに。
帰り道だからなのか。
少しだけ足取りが軽かった。
◇
昼を過ぎた頃。
俺たちは森へ入った。
何度か魔物の気配を感じたが大きな戦闘にはならなかった。
バレットが遠方の気配を捉え。
俺とハヤテが前方を確認する。
ゴウマが進路を判断し。
必要なら回避する。
避けられない魔物だけを素早く倒した。
アルカディアで散々頭を使った後だ。
正直。
今は大きな戦闘なんてしたくない。
そして太陽が西へ傾き始めた頃。
森を抜ける。
「……!」
前方。
木々の隙間から。
見覚えのあるものが見えた。
「見えた!」
ハヤテが声を上げる。
未完成の外壁。
その向こうに並ぶ家々。
整備途中の道路。
広げられた畑。
アルカディアとは比べものにならない。
小さな街。
いや。
まだ街とも呼べないかもしれない。
だけど。
「帰ってきた……!」
たるとの表情が一気に明るくなる。
俺も足を止めた。
胸の奥に何とも言えない安心感が広がる。
すると外壁の上にいた誰かがこちらに気付いた。
「――たるとさんたちだ!」
声が響く。
「帰ってきたぞ!」
その声を皮切りに集落の中が一気に騒がしくなった。
建築の手を止める者。
畑から顔を上げる者。
家の中から出てくる者。
次々と人が集まってくる。
「おかえり!」
「お疲れ様!」
「アルカディアどうだった!?」
「何か面白いものあったか!?」
たるとが大きく手を振る。
「ただいま戻りましたー!」
その時。
人混みの向こうから小さな影が飛び出した。
「ガウお姉ちゃん!」
「おっと」
勢いよく飛び込んできたツキを受け止める。
「ガウお姉ちゃん!」
「おかえり!」
狐耳をぴんと立て。
尻尾を嬉しそうに揺らしている。
「ただいま」
少し遅れて。
ヨミが追いかけてきた。
「ツキ!」
「……急に飛び出したら危ない」
「だってガウお姉ちゃん帰ってきた!」
「もう……」
ヨミは困ったように笑う。
「おかえりなさい、ガウさん」
「うん」
俺も笑う。
「ただいま」
すると。
「……」
ツキが俺を見る。
右側。
左側。
背後。
そしてもう一度俺を見る。
「……」
「……」
「何か忘れてない?」
俺はアイテムボックスを開く。
アルカディアで買ってきた包みを取り出した。
「はい」
ツキへ差し出す。
「約束のお土産」
「わぁっ!」
両手で受け取る。
「お菓子!?」
「うん」
「何種類か入ってるみたい」
「やったぁ!」
ツキが包みを胸いっぱいに抱き締める。
「ありがとう!」
「ガウお姉ちゃん大好き!」
「はいはい」
頭を軽く撫でる。
その笑顔を見れば忘れずに買ってきてよかったと思う。
「ツキ」
ヨミが隣から包みを覗き込む。
「ちゃんとみんなで分けるんだよ?」
「……」
ツキが包みを見る。
ヨミを見る。
俺を見る。
もう一度包みを見る。
「……ツキのだよ?」
「みんなで、ね?」
「……」
「ツキ?」
「……ちょっとだけならいいよ」
「ふふっ」
ヨミが笑う。
「ありがとう」
すると。
「俺にもくれ!」
いつの間にかハヤテが横から顔を出した。
ツキが即座に包みを胸元へ隠す。
「ハヤテお兄ちゃんにはあげない!」
「なんで!?」
「ツキのおみやげだから!」
「今みんなで分けるって言ったじゃん!」
「ハヤテお兄ちゃんはみんなじゃない!」
「ひどくない!?」
周囲から笑い声が上がる。
「お前は子供のお菓子を取るな」
ゴウマが呆れる。
「取らねぇよ!」
「ちょっと一個欲しいだけだ!」
「それを取ると言うんだ」
「違うだろ!」
「同じです」
シズクまで淡々と加わる。
「シズクまで!?」
「自業自得だな」
バレットが肩を揺らして笑った。
「お前ら全員冷たくない!?」
騒がしい。
でもこれがいつもの光景だ。
アルカディアでは数え切れないほどのものを見た。
巨大な城壁。
整備された道路。
多くの店。
冒険者ギルド。
街を動かす仕組み。
国としての在り方。
どれも俺たちにはないものばかりだった。
だけどこうして帰ってきて。
いつもの顔を見て。
いつもの声を聞いて。
くだらないことで笑っていると。
やっぱり思う。
「……ここが一番落ち着く」
「ガウ?」
たるとが振り返る。
「どうしました?」
「いや」
俺は集落へ視線を向けた。
未完成の外壁。
建築途中の家。
土が剥き出しの道。
広げられている途中の畑。
まだ何もかも足りない。
それでも。
「帰ってきたなと思って」
「……はい!」
たるとが笑う。
「帰ってきました!」
俺たちの帰る場所へ。
◇
それから。
アルカディアへ行っていた俺たちは、それぞれ留守を守ってくれていた仲間たちへ声を掛けて回った。
「おかえり!」
レナが笑顔で迎えてくれる。
「ただいま」
「アルカディアはどうだった?」
「凄かったよ」
「その一言で終わらせるの?」
「説明すると長いから」
「あとでちゃんと聞かせてね」
「うん」
少し離れた場所では。
「おお!」
ガンテツが豪快に笑っていた。
「無事に戻ったか!」
「当たり前だろ!」
ハヤテが笑う。
「俺たちだぞ!」
「その自信はどこから来るんだ」
ゴウマが呆れる。
ドランも作業場から顔を出した。
「お前らがいない間も作業は進めておいたぞ」
「助かる」
ゴウマがすぐに外壁を見る。
「進捗は?」
「帰ってきて早々それか!」
ガンテツが笑う。
「いいから教えろ」
「相変わらずだな!」
留守の間も街づくりは止まっていなかった。
新しい木材が積まれ。
外壁の一部がさらに伸び。
道路には新たに石材が敷かれている。
少し離れた場所ではNPCたちが畑の整備を続けていた。
俺たちがいなくてもここに暮らす人たちは自分たちの生活を作り続けている。
「……」
アルカディアで聞いた話を思い出す。
街は。
誰か一人が作るものじゃない。
そこに暮らす人たちが。
それぞれにできることをやって。
少しずつ形になっていく。
その意味が帰ってきた今ならよく分かる気がした。
◇
夕食を終えた頃。
集落の中央広場には普段よりも多くの人々が集まっていた。
《王虎の牙》。
《白銀戦線》。
元《深淵の剣》のプレイヤーたち。
元奴隷だった人たち。
そしてこの場所で暮らすNPCたち。
今回集まってもらったのはこの場所で暮らすすべての人だ。
二百人を超えるプレイヤー。
そしてNPCの住民たち五十名。
「……多いですね」
たるとが広場を見渡す。
「今さら何言ってるんだ」
ハヤテが笑う。
「分かってましたけど!」
たるとの虎耳が少し動く。
「こうして集まると改めて多いなと思ったんです!」
「昔は十数人だったからな」
ゴウマが腕を組む。
「随分増えたものだ」
本当に。
最初の頃から考えればここまで増えるなんて想像もしていなかった。
中央には簡易的な机が用意されている。
その上に置かれているのはアルカディアから持ち帰った資料。
ゴウマが鞄から取り出したものだ。
「皆さん!」
たるとが一歩前へ出る。
ざわついていた広場が。
少しずつ静かになる。
「今日は集まっていただきありがとうございます!」
元気な声。
広場中に響く。
「今回!」
たるとは机の上の資料へ手を置いた。
「私たちは第五階層!」
「中央都市アルカディアへ行ってきました!」
すぐに。
あちこちから声が上がる。
「どうだった!?」
「本当にあんな巨大な街なのか?」
「はい!」
たるとが大きく頷く。
「すっごく大きかったです!」
「私たちの集落とは比べものにならないくらい!」
「人もたくさんいました!」
「お店も!」
「宿も!」
「冒険者ギルドも!」
「美味しそうな料理も!」
「最後はいらないだろ」
ハヤテが即座に突っ込む。
「大事です!」
笑いが起こる。
「たると」
ゴウマが横から口を挟んだ。
「もう少し順番に説明しろ」
「あっ」
「すみません……」
たるとが少しだけ肩を縮める。
だがすぐに顔を上げた。
「でも!」
「アルカディアが最初からあんなに大きな街だったわけではないそうです!」
「……?」
空気が少し変わる。
ゴウマが机の上の資料を手に取った。
「これを見てほしい」
何冊にもまとめられた資料。
「アルカディアがまだ小さな拠点だった頃から」
「現在の巨大都市になるまでの記録だ」
ざわめきが起こる。
「そんなものまで?」
「アルカディアから貰ったのか?」
「ああ」
ゴウマが頷く。
「成功した計画」
「失敗した計画」
「人口増加によって起きた問題」
「食料」
「住居」
「道路」
「治安」
「それらをどのように改善してきたのか」
資料を机へ戻す。
「かなり細かく記録されている」
「すげぇ……」
誰かが呟いた。
たるとも嬉しそうに頷く。
「ガルドさんとビルズさんから!」
「私たちの街づくりに役立ててほしいっていただきました!」
アルカディアから受け取った。
深淵の剣を倒したことへの礼。
そして。
これから街を作ろうとしている俺たちへの。
先に歩いた者からの資料。
「それで」
たるとの表情が真剣になる。
「今日は皆さんに」
「アルカディアで見たこと!」
「聞いたこと!」
「それから!」
広場にいる一人一人を見る。
「これから私たちが何を作っていくのか!」
「一緒に考えてほしいです!」
◇
まず。
俺たちはアルカディアで聞いたことを全員へ伝えた。
街は建物だけでは成り立たないこと。
家。
食料。
仕事。
物資。
道路。
治安。
防衛。
治療。
物流。
人が増えれば。
必要なものも増えていく。
そしてアルカディアが最初から国家だったわけではないこと。
「この世界には」
ゴウマが静かに説明する。
「国家を作るためのシステムは存在しない」
ざわめきが広がった。
「え?」
「じゃあアルカディアは?」
「どうやって国になった?」
当然の疑問。
ゴウマは続ける。
「プレイヤーたちが自分たちで決めたんだ」
「最初に国家を名乗ったのがアルカディア」
「そこから他の階層でもアルカディアを参考にし、国家を名乗るギルドや都市が現れた」
「……」
その言葉に少しだけ空気が変わった。
第二階層。
モートス。
アルカディアと同盟関係にあった国。
そして《深淵の剣》によって滅ぼされた場所。
俺たちはその事実も知っている。
元《深淵の剣》の者たちの中には僅かに俯く者もいた。
アレンも何も言わない。
だけどたるとは彼らを責めるようなことはしなかった。
「もちろん!」
明るい声。
皆の視線がたるとへ向く。
「私たちが今すぐ国を作るっていう話ではありません!」
「私たちはまだ」
周囲を見渡す。
「街を作っている途中ですから!」
そして笑う。
「だから今日は!」
「これからここをどんな街にしたいのか!」
「皆さんの意見を聞きたいです!」
一瞬。
静かになる。
そして。
「住宅!」
一人のプレイヤーが勢いよく手を挙げた。
「まず家を増やしてほしい!」
「まだテントで寝てる奴もいるんだ!」
「俺も賛成!」
「雨の日きついんだよ!」
「店舗も必要だ!」
別の場所から声。
「物を売買する場所が少なすぎる!」
「鍛冶場!」
「畑!」
「倉庫もだ!」
「道を何とかしてくれ!」
次々と声が上がる。
「ま、待ってください!」
たるとが慌てる。
「順番に!」
「一人ずつお願いします!」
無理だな。
完全に収拾がついていない。
「たると」
ゴウマが小声で呼ぶ。
「はい?」
「全部自分で聞こうとするな」
「え?」
「役割分担だ」
「……あ」
アルカディアで散々聞いた話だった。
「はい!」
すぐに頷く。
「ゴウマさんお願いします!」
「俺に全部投げるな!」
「役割分担です!」
「便利な言葉にするな」
また笑いが起こった。
◇
「研究施設の拡張も必要です」
その中でモルフォが静かに手を挙げた。
「現在の設備では十分な研究ができません」
「魔物素材の解析設備を充実させれば」
指を立てる。
「魔法」
「薬品」
「装備」
「結界」
「様々な分野への応用が可能です」
シズクがモルフォを見る。
「それは」
少し間を置く。
「単にモルフォさんが大きな研究所を欲しいだけでは?」
「もちろんそれも含まれます」
「含まれるのですね」
周囲から笑いが漏れた。
「ですが」
モルフォは真剣な顔になる。
「必要であることも事実です」
「研究成果を街全体へ還元できれば」
「長期的には生活と防衛の両面で大きな利益となります」
「それなら」
シズクが頷く。
「私も賛成です」
手にした《白晶》を見る。
「結界術の研究にも利用できます」
「外壁へ組み込む結界」
「街全体の防衛」
「将来的に必要になるものは多いですから」
「ありがとうございます」
モルフォが頷く。
「では研究所を――」
「まだ決まってないよ?」
俺が言う。
「……そうでした」
少し残念そうだ。
本当に作りたそうだな。
「訓練場も必要だろ」
今度はバレットが手を挙げた。
「これだけ人数が増えたんだ」
周囲を見渡す。
「全員が最初から戦えるわけじゃねぇ」
「戦うつもりがない奴もいるだろうしな」
その言葉に何人かが頷く。
「でも」
バレットは続ける。
「この世界じゃ何が起きるか分からねぇ」
「最低限」
「自分の身を守る方法くらいは覚えておいた方がいい」
「それには賛成だ!」
ガンテツが大きく手を挙げる。
「新人育成にも使える!」
「警備を担当する方々の訓練にも必要ですね」
ノエルも頷いた。
「そうだな」
バレットは続ける。
「それと」
少しだけ表情を引き締める。
「街が大きくなれば」
「外から来る人間も増える」
「全員が善人とは限らねぇ」
空気が僅かに変わった。
俺たちはそれを嫌というほど知っている。
「外壁を作ったから安心」
「それだけじゃ足りないと思う」
バレットは指を折る。
「見張り」
「巡回」
「何か起きた時にすぐ動ける人間」
「そういう仕組みも必要になる」
「警備体制か」
ゴウマが頷く。
「アルカディアでも話に出ていたな」
「うん」
俺も頷く。
国になるかどうかは関係ない。
これだけの人数が暮らしている以上。
いつか必要になるものだ。
「食料はどうする?」
別の場所から声が飛ぶ。
「畑だけじゃ足りなくなるんじゃないか?」
「狩猟担当を増やした方がいい!」
「採取班も必要だろ!」
「倉庫!」
「食料の備蓄場所も!」
「宿も作ろうぜ!」
「外から人が来ても泊める場所がないぞ!」
次々と意見が出る。
アルカディアで聞いたもの。
自分たちが今困っていること。
これから必要になりそうなもの。
全部が入り混じっている。
でもそれでいいのかもしれない。
最初から正解なんて分からない。
アルカディアだって。
何度も失敗して。
修正して今の形になった。
「……」
俺は広場を見渡した。
外壁。
住居。
道路。
農地。
鍛冶場。
店舗。
訓練場。
研究所。
宿。
警備。
倉庫。
必要なものはどんどん増えていく。
だけど。
それ以上にここで暮らす人たちが自分たちの街のことを考えている。
その光景が少し嬉しかった。
◇
しばらくして。
意見が少し落ち着いた頃。
俺はアルカディアを思い出していた。
巨大な都市。
無数の人。
整備された道路。
巨大な商業区。
冒険者ギルド。
高い城壁。
あれは一つの完成形なのだろう。
でも。
「……」
何かが違う。
「ガウ?」
たるとが俺を見る。
「どうしました?」
「いや」
少し考える。
そして口を開いた。
「アルカディアを見て思ったんだけど」
皆の視線が集まる。
「私たちの街は」
一度周囲を見る。
「アルカディアをそのまま目指す必要はないと思う」
「……」
広場が静かになった。
「もちろん」
「参考になるところはたくさんある」
机の上の資料を見る。
「資料もすごく役に立つと思う」
「でも」
俺は続ける。
「アルカディアと私たちの街は違う」
「住んでる人も」
「場所も」
「必要なものも」
「きっと違う」
ビルズが言っていた。
――皆さんには皆さんの街がある。
今なら少しだけ意味が分かる。
「戦う人がいて」
「物を作る人がいて」
「研究する人がいて」
「料理をする人がいて」
「畑を耕す人がいて」
「子供がいて」
俺は集まった人たちを見る。
「いろんな人がここで暮らしてる」
だから。
「ここにいるみんなでどんな街にするのか決めればいいと思う」
「……」
たるとの目が少しだけ見開かれる。
「アルカディアを目標にするのはいい」
「でもアルカディアになる必要はない」
ここにいる全員を見る。
「みんなが安心して暮らせて」
「外へ出掛けても」
「またここに帰ってきたいって思える」
俺は小さく笑う。
「そんな街にすればいいんじゃないかな」
静寂。
ほんの一瞬。
そして。
「……はい!」
たるとの虎耳が勢いよく立った。
「それ!」
笑顔になる。
「それがいいです!」
一歩前へ出る。
「私も!」
「みんなが安心できる街がいいです!」
「ここで暮らしたいって思える街!」
そして胸の前で拳を握る。
「外へ出ても!」
「またここに帰ってきたいって思える街!」
その言葉を合図に。
「賛成!」
声が上がった。
「俺も!」
「それがいい!」
「俺たちの街だもんな!」
「みんなで作ろう!」
次々と声が重なる。
《王虎の牙》。
《白銀戦線》。
元《深淵の剣》。
元奴隷だった人たち。
NPCの住民たち。
ここへ来た理由は全員違う。
歩いてきた道も違う。
それでも今見ている場所は同じだった。
ゴウマが腕を組む。
そして静かに笑った。
「なら決まりだな」
一歩前へ出る。
「まずは」
広場にいる全員を見る。
「ここに暮らす者たちが安心できる環境を整える」
「外壁」
「住居」
「道路」
「食料」
「警備」
「必要なものを一つずつだ」
「はい!」
たるとが力強く頷く。
そして皆へ向き直る。
「今日から!」
大きく息を吸う。
「またみんなで作りましょう!」
「私たちの街を!」
――おおおおおおっ!!
大きな歓声が。
広場いっぱいに響いた。
俺はその光景を見つめる。
国になるかどうかはまだ分からない。
アルカディアのような巨大都市になるのかも。
分からない。
だけど。
ここにいるみんなが明日もここで暮らしたい。
外へ出掛けたらまたここへ帰ってきたい。
そう思える場所を作る。
その目標だけは。
今日。
この場所にいる全員が共有した。
アルカディアの真似じゃない。
誰かに決められた街でもない。
ここにいる全員で作る。
俺たちの街。
皆の街。
その形が少しだけ見えた気がした。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
アルカディアから帰還し、改めて自分たちの街について考えることになった王虎の牙。
まだまだ小さな場所ですが、少しずつ「皆が帰ってきたいと思える街」を作っていきます!
そしてツキとのお土産の約束も無事に果たせました!
次回もよろしくお願いします!




