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第20話 建国への第一歩

「では、次に」


ビルズは机の上の資料を一枚めくった。


「国を建設することによるメリットとデメリットについて説明します」


その言葉に俺たちの表情がわずかに引き締まる。


これまではアルカディアがどのようにして生まれ、どのように発展してきたのかという話だった。


しかし、ここからは違う。


俺たちが本当に国を作るのか。


それを判断するための話だ。


「まずはメリットからです」


ビルズが指を一本立てる。


「都市が正常に機能し、国家として広く認知されるようになれば多くの資源が集まるようになります」


「資金」


「食料」


「物資」


「情報」


「そして人材」


一つずつ挙げていく。


「人が集まれば雇用が生まれます」


「雇用が生まれれば経済が動く」


「経済が動けば、さらに人や物資が集まる」


「この循環が成立することで都市は継続的に発展していきます」


「なるほど……」


たるとが真剣な表情で頷いた。


「都市が大きくなればそれだけできることも増えるんですね!」


「その通りです」


ビルズが頷く。


「特に大きな利点は人材が集まりやすくなる点でしょう」


「人材ですか?」


「はい」


ビルズは再び指を立てる。


「建築に長けた者」


「商業に長けた者」


「研究に長けた者」


「調理に長けた者」


「鍛冶や裁縫などの生産職」


「そして戦闘に長けた者」


「都市の名が広まれば、そうした人々が『ここで暮らしたい』と自発的に集まってくる可能性があります」


「それは……!」


たるとの虎耳がぴんと立った。


「私たちにとっても大きな利点です!」


俺たちの集落にはすでに様々な者がいる。


戦う者。


物を作る者。


研究する者。


住民の生活を支える者。


だが都市がさらに拡大するのであればより多くの力が必要になる。


「もちろん」


ビルズが続ける。


「人を集めるだけでは不十分です」


「集まった人々が安心して生活できる環境を整備すること」


「雇用の創出」


「食料の安定供給」


「治安維持」


「これらが揃って初めて定住が成立します」


「来てもらうだけでは駄目なのですね」


「その通りです」


ビルズは静かに頷いた。


「重要なのは呼び込むことではありません」


「定着させることです」


「……」


たるとが小さく頷く。


その言葉は俺たちにとっても他人事ではない。


今いる仲間たちが。


明日も。


明後日も。


その先も。


あの場所で暮らしたいと思えるようにする。


そのための都市づくりなのだから。


「さらに」


ビルズは続ける。


「他国家やギルドとの交易も円滑になります」


「交易……」


アイスが反応した。


「自国で不足する資源を外部から調達する」


「逆に余剰資源を輸出する」


「食料」


「素材」


「装備」


「薬品」


「地域ごとに得意分野は異なりますから」


「なるほど」


ゴウマが腕を組む。


「すべてを自前で賄う必要はないということか」


「その通りです」


「むしろ、単独で完結させようとする方が非効率です」


ビルズが地図を指差した。


「アルカディアも他都市・他国家と交易を行っています」


「通貨はどうしているのですか?」


たるとが尋ねる。


「ゲーム内通貨をそのまま使用しています」


ビルズは即答した。


「独自通貨を導入する必要がないためです」


「全階層で同一通貨が使用可能です」


「そのため国家やギルドが異なっても取引は成立します」


「確かに!」


たるとが頷く。


「通貨が別々だったら大変です!」


「私も同意見です」


ビルズが真顔で返した。


「管理対象はこれ以上増やしたくありません」


「……」


ガルドがそっと視線を逸らした。


「ガルドさん?」


「何も言っていないぞ!?」


「そうですか」


何も言っていないのに怒られかけている。


普段どれだけ業務を増やしているのかが知れる。


「それから」


ビルズは話を戻した。


「冒険者ギルドとの連携も重要です」


「国家や都市から正式依頼を発行し」


「魔物討伐」


「素材採取」


「薬草収集」


「護衛任務」


「街道の安全確保」


「これらを外部の冒険者へ委託できます」


「すべて自分たちでやらなくてもいいのですね!」


「はい」


たるとの言葉にビルズが頷く。


「都市が拡大すれば内部人員だけでは対応しきれなくなります」


「外部戦力の活用も運営の一部です」


たるとは何度も頷いていた。


頭の中で自分たちの街に当てはめているのだろう。


俺も同じだった。


これまで俺たちは自分たちでできることは自分たちでやってきた。


だが人が増えれば。


都市が拡大すれば。


それだけではいずれ限界が来る。


誰かに頼る。


誰かと協力する。


それも必要になっていく。


「ですが――」


ビルズの声がわずかに低くなる。


空気が変わった。


たるとの表情も引き締まる。


「当然ながら良い点ばかりではありません」


「まず大きな課題となるのは治安です」


「治安……」


「人口が増加すればそれだけ監視は行き届かなくなります」


ビルズは淡々と続ける。


「不特定多数のプレイヤーが出入りする以上、全員を把握することは不可能です」


「そのためアルカディアでは、城門で必ずプレイヤーカードの確認を行っています」


俺は昨日の入国を思い出す。


門番による確認。


あれにも明確な理由があったわけだ。


「PK」


「窃盗」


「詐欺」


「その他犯罪行為を行う者」


「そうした危険人物が流入する可能性は常に存在します」


「だから入口で確認しているのですね」


シズクが静かに言う。


「はい」


「完全な防止は不可能です」


「しかし、対策を講じることに意味があります」


ゴウマが腕を組む。


「俺たちの街にもいずれ必要になるな」


「そうですね」


シズクも頷く。


「外壁だけでは不十分です」


「誰を受け入れるかそこまで設計する必要があります」


二人とも完全に実務者の顔になっている。


帰ったら確実に仕事が増える流れだ。


「そして」


ビルズは続けた。


「国家として認知されるということは」


一拍。


「敵対勢力からも認識されるということです」


「……」


たるとの表情が曇る。


「やっぱり……」


「はい」


「人が集まり」


「物資が集まり」


「富が集まる」


「それは善意だけでなく、悪意にとっても魅力的な標的となります」


「国家として有名になるほど攻撃対象となる可能性は高まります」


誰も言葉を挟まなかった。


「実際に」


ビルズの声がわずかに重くなる。


「それによって滅びた国家も存在します」


「……国家が?」


たるとが聞き返す。


「はい」


ビルズは静かに頷いた。


「第二階層」


その言葉に俺の中で何かが引っ掛かった。


「《モートス》」


「……!」


聞き覚えのある名前。


第二階層に存在していた都市。


ヨミとツキが住んでいたと話していた。


そして。


《深淵の剣》によって滅ぼされた場所。


「正確には、国家を名乗っていた都市の一つです」


「そして」


一拍置く。


「アルカディアの同盟国でもありました」


「……」


室内が静まり返った。


俺はガルドを見る。


先ほどまで豪快に笑っていた男の表情から笑みが消えていた。


「……そうだったのか」


ハヤテも小さく呟く。


「ああ」


ガルドが答えた。


いつもの豪快な声ではない。


静かな声だった。


「モートスとは何度も物資を融通し合った」


「共に魔物討伐も行った」


「困った時は助け合う」


「そういう約束をしていた」


拳がわずかに握られる。


「だが」


ガルドが目を伏せた。


「間に合わなかった」


「……」


誰も何も言えなかった。


「《深淵の剣》がモートスを襲撃した」


「情報が届いた時にはすでに手遅れだった」


静かな声。


だからこそ、重い。


「救援部隊は派遣しました」


ビルズが続ける。


「しかし到着時には都市機能は完全に崩壊していました」


「生存者はいましたが」


「モートスという国家は――」


一度言葉を切る。


「そこで終焉を迎えました」


「……」


たるとは膝の上で拳を握っていた。


俺たちは《深淵の剣》を知っている。


あいつらが何をしてきたのかも。


ヨミ。


元奴隷たち。


そしてモートス。


彼らが残した爪痕を俺たちは確かに見てきた。


「国家を作るということは」


ビルズが俺たちを見る。


「守る対象が増えるということです」


「統治者だけではありません」


「そこに暮らす全ての人間」


「その生活に対する責任が発生します」


「……はい」


たるとは小さく頷いた。


「さらに」


ビルズは続ける。


「他国家・他ギルドとの関係構築も不可欠です」


「他の国家……」


「はい」


たるとが首を傾げる。


「そういえばアルカディアやモートス以外にも国家は存在するのですか?」


「存在します」


ビルズは即答した。


「現在も複数の勢力が国家を名乗っています」


「そうなんですか!?」


たるとの耳が跳ねる。


「ただし」


ビルズが眼鏡を押し上げた。


「ここで一つ重要な前提があります」


「?」


「そもそも――」


ビルズは全員を見渡した。


「このゲームに《国家》というシステムは存在しません」


「……え?」


たるとが固まる。


ハヤテも目を丸くする。


「ないのか?」


「ありません」


「国家登録機能もありません」


「建国システムも存在しません」


「国王という公式職位も存在しません」


「……」


たるとの視線がゆっくりとガルドへ向いた。


「じゃあ……」


「ガルドさんの国王って……」


「おう!」


ガルドが胸を張る。


「みんなが勝手に決めた!」


「勝手に!?」


「表現に語弊があります」


ビルズが即座に訂正する。


「住民間の合意形成の結果です」


「俺は最後まで冒険者でいいって言ったんだがな!」


「最終的に承諾しています」


「まあな!」


「では問題ありません」


「ひどい!」


いつものガルドに戻った。


少しだけ空気が軽くなる。


「では」


シズクが尋ねる。


「アルカディアが国家となった理由は?」


「単純です」


ビルズが答える。


「我々が国家を名乗ったからです」


「……それだけですか?」


「それだけです」


「ええっ!?」


たるとが驚く。


「そんな簡単に国家になるのですか!?」


「名乗るだけなら可能です」


「今日からでもできます」


「今日から!?」


「はい」


ビルズは真顔だ。


「例えば第一階層へ戻り」


「本日より我々は国家である」


「そう宣言すること自体は自由です」


「……」


たるとが考え込む。


そして。


「それで国家になるのですか?」


「なりません」


「どちらですか!?」


たるとの声が響く。


レオンが吹き出し、クロードも肩を震わせる。


ビルズは表情を変えない。


「名乗ることと、外部から国家として認識されることは別です」


「……あ」


「アルカディアも当初から国家として認識されていたわけではありません」


ビルズが窓の外を見る。


「人が集まり」


「都市が拡大し」


「独自の統治体系を構築し」


「住民を保護する仕組みを整え」


「他都市と交流を持つようになり」


「その結果として、一つの共同体として成立しました」


「そこで我々は」


「この都市を国家として運用することを決定しました」


「それが」


ガルドが笑う。


「この世界で最初の国家!」


両腕を広げる。


「アルカディアだ!」


「世界で最初……」


たるとが窓の外を見る。


中央都市アルカディア。


無数の人々が暮らす巨大都市。


ゲームが用意した国家ではない。


プレイヤーたち自身が築き上げた国家。


「アルカディアが国家を名乗って以降」


ビルズが続ける。


「それを模倣する勢力が現れました」


「各階層の有力ギルドが都市を形成し」


「国家を自称するようになった」


「モートスもその一つです」


「現在も複数の国家が存在します」


「その中には」


一拍。


「アルカディアと同盟関係にある国家も存在します」


「同盟!」


たるとが反応する。


「それもシステムなのですか?」


「いいえ」


ビルズは首を横に振る。


「全てギルド間の合意です」


「正式な国家同盟システムは存在しません」


ビルズは続ける。


「相互交渉」


「交易」


「情報共有」


「物資支援」


「そして」


少しだけ表情を曇らせる。


「危機時の相互支援」


モートス。


その名が再び重く響く。


「システム的強制力はありません」


「だからこそ」


ビルズは静かに言った。


「最終的に重要となるのは信頼関係です」


「信頼……」


たるとが呟く。


「はい」


「国家であれ」


「ギルドであれ」


「最終的にそれを支えるのは人間関係です」


「……」


たるとはその言葉を噛み締めるように頷いた。


「それから」


ビルズが続ける。


「国家規模になると内部課題も増加します」


「法整備」


「土地管理」


「住民把握」


「治安維持」


「資源管理」


「経済構造」


「外交政策」


「対応すべき事項は無数に存在します」


「……」


たるとの顔が少しずつ固まっていく。


「多いですね……」


「多いです」


即答だった。


「……」


たるとの耳が少し下がる。


「まあまあ!」


ガルドが笑う。


「最初から全部やる必要はねぇ!」


「ガルドさん?」


ビルズの目が細くなる。


「いや!」


「そういう意味じゃねぇ!」


「本当ですか?」


「本当だ!」


信用がない。


「言いたいのはな!」


ガルドがたるとを見る。


「完璧な国家なんて最初から作れねぇってことだ!」


ガルドがたるとを見る。


「アルカディアだってそうだった」


「失敗して」


「直して」


「また失敗して」


「また直して」


「それを何度も繰り返して今の形になった」


ガルドは窓の外へ親指を向けた。


「最初から全部できる奴なんていねぇ!」


「だったら少しずつやればいい!」


「できることからな!」


「……」


たるとの下がっていた虎耳が少しだけ持ち上がる。


「できることから……」


「ああ!」


ガルドが大きく頷く。


「家が足りねぇなら家を作る!」


「食い物が足りねぇなら畑を増やす!」


「守りが足りねぇなら壁を作る!」


「必要になったもんを一つずつ揃えていけばいいんだ!」


「……はい!」


たるとの表情に笑顔が戻った。


「そうですね!」


「私たちも今までそうしてきました!」


俺も小さく頷く。


最初から街を作ろうとしていたわけじゃない。


人が増えたから住居を作った。


食料が必要だから畑を広げた。


守るものが増えたから外壁を築き始めた。


研究する場所が必要になったから研究所を作った。


必要なものを。


必要になった時に。


みんなで一つずつ作ってきた。


なら。


これからも同じなのかもしれない。


「ただし」


ビルズが静かに口を挟んだ。


「ガルドさんの言っていることは間違っていませんが」


「無計画に進めてよいという意味ではありません」


「おい!」


ガルドが振り返る。


「俺だってそこまでは言ってねぇぞ!」


「念のためです」


「信用ねぇな!」


「日頃の行いです」


「ぐっ……!」


また負けた。


レオンが小さく笑う。


「そこは反論できないな」


「レオンまで!」


クロードも腕を組んだまま頷く。


「諦めろ」


「お前ら誰の味方だ!?」


「仕事をする方の味方だ」


「ビルズじゃねぇか!」


会議室に小さな笑いが起こる。


張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。


「ですが」


ビルズが俺たちへ視線を戻す。


「一つずつ積み上げるという考え方自体は重要です」


「皆さんはまだ国家を作ると決めたわけではない」


「であれば」


たるとを見る。


「今は国家という形に拘る必要はありません」


「……」


「まず」


一拍。


「自分たちが暮らす都市を完成させることです」


「都市を……」


たるとが呟く。


「はい」


ビルズは頷いた。


「住居」


「食料」


「道路」


「防衛」


「仕事」


「物資」


「住民同士のルール」


「それらを一つずつ整える」


「そうして人々が安心して暮らせる場所が完成した時」


少しだけ表情を和らげる。


「その先に国家という選択肢があるのではないでしょうか」


「……はい」


たるとはゆっくりと頷いた。


その顔から先ほどまでの不安が少しだけ消えている。


国。


その言葉だけを見ればあまりにも大きい。


だけど今やっていることの延長にあると考えれば。


少しだけ見え方も変わる。


その時。


「……話は変わるがよ」


ガルドがぽつりと呟いた。


「?」


たるとが顔を上げる。


ガルドの表情が変わっていた。


先ほどまでの豪快な笑みはない。


静かな声。


そして俺たちを見る。


「お前らには」


一度言葉を切る。


「改めて礼を言わねぇとな」


「え?」


たるとが目を瞬かせた。


ガルドが椅子から立ち上がる。


「《深淵の剣》」


その名前が出た瞬間、室内の空気が変わった。


「アルカディアは長い間あいつらを追ってた」


ビルズが静かに頷く。


「モートスだけではありません」


「各地で襲撃、略奪、殺人」


「多数の被害が確認されていました」


「アルカディアとしても放置できない存在でした」


レオンも表情を引き締める。


「そのため俺たち《断罪の聖剣》が追跡と討伐を請け負った」


クロードが続けた。


「だが奴らは拠点を転々としていた」


「情報を掴んでも移動された後」


「尻尾を掴みきれない状況が長く続いていた」


「それを」


ガルドが俺たちを見る。


「《王虎の牙》が終わらせた」


「……」


たるとの虎耳が僅かに揺れる。


「だから」


ガルドが頭を下げた。


「ありがとう」


「……!」


たるとが勢いよく立ち上がった。


「ええっ!?」


続いてレオンも立ち上がる。


クロードもその隣へ並んだ。


「俺からも礼を言わせてくれ」


レオンが頭を下げる。


「本当にありがとう」


クロードも静かに続く。


「感謝する」


「ま、待ってください!」


たるとが慌てて両手を振る。


「顔を上げてください!」


「私たちはそんな……!」


「嬢ちゃん」


ガルドが顔を上げた。


そこにいつもの豪快な笑みはない。


「モートスは俺たちの仲間だった」


「……」


「救えなかった」


その言葉だけで。


ガルドが何を抱えているのか。


少しだけ伝わってくる気がした。


「お前らが《深淵の剣》を倒したからって」


「モートスが戻るわけじゃねぇ」


「死んだ奴らが帰ってくるわけでもねぇ」


拳を握る。


「それでも」


俺たちを見る。


「これ以上、あいつらに同じ目に遭わされる奴はいなくなった」


「それだけで十分だ」


「だから」


ほんの少しだけ笑った。


「礼くらい言わせてくれ」


「……」


たるとは何も言わなかった。


しばらくガルドを見つめ。


そして小さく頷いた。


「……はい」


俺も黙っていた。


俺たちは誰かに感謝されたくて戦ったわけじゃない。


英雄になりたかったわけでもない。


ただ守りたかった。


ヨミを。


仲間たちを。


俺たちが帰る場所を。


それだけだった。


でもあの戦いによって。


これ以上傷つかずに済んだ誰かがいるのなら。


それはきっと悪いことじゃない。


たるとが顔を上げた。


そして笑う。


「こちらこそありがとうございます!」


「……ん?」


ガルドが目を丸くする。


「なんで嬢ちゃんがお礼言うんだ?」


「だって!」


たるとはいつもの調子に戻っていた。


「私たちがこうしてアルカディアに来られたのも!」


「皆さんが受け入れてくれたからです!」


「国のこともたくさん教えていただきました!」


胸を張る。


「だからお互い様です!」


「……」


ガルドが呆気に取られる。


数秒。


そして。


「はっはっはっは!!」


豪快な笑い声が戻ってきた。


「お互い様か!」


「はい!」


「そりゃいい!」


ガルドが嬉しそうに笑う。


レオンも。


クロードも。


ビルズも。


その様子を見て僅かに笑っていた。



「よし!」


突然。


ガルドが声を上げた。


「決めた!」


「?」


たるとの耳が動く。


「何か礼をする!」


「お礼ですか?」


「ああ!」


ガルドが豪快に頷いた。


「《深淵の剣》をぶっ飛ばしてくれたんだ!」


「装備!」


「素材!」


「金!」


「欲しいもんがあるなら言ってくれ!」


「ちょっと待ってください」


ビルズが即座に止めた。


「国庫から勝手に出さないでください」


「まだ何も出してねぇだろ!」


「事前に止めただけです」


「信用なさすぎねぇか!?」


「これまでの実績です」


「ぐぬぬ……!」


ガルドが唸る。


たるとは慌てて両手を振った。


「い、いえ!」


「大丈夫です!」


「こうして色々教えていただいただけでも十分ですから!」


「そういうわけにはいきません」


ビルズが静かに答える。


「依頼として受注していなかったとはいえ」


「皆さんはアルカディアが長期間追跡していた犯罪者ギルドを壊滅させた」


「何も返さないというわけにはいきません」


「でも……」


たるとが困ったように俺たちを見る。


装備。


素材。


金。


どれもあれば助かる。


ただ今の俺たちに必要なものはもっと別にある気がした。


「たると」


ゴウマが口を開く。


「物でなくてもいいのではないか?」


「え?」


「俺たちは今、街を作っている」


ゴウマがビルズを見る。


「そして目の前には」


「一からアルカディアを作り上げた者たちがいる」


「……あ」


たるとの表情が変わった。


アイスも頷く。


「確かに」


「今の王虎の牙にとっては装備や金より価値があるかもしれない」


「何だ?」


ガルドが首を傾げる。


たるとは少し考える。


そして勢いよく顔を上げた。


「それなら!」


ビルズを見る。


「アルカディアが今の形になるまでの資料をいただけませんか!?」


「資料?」


「はい!」


たるとは大きく頷く。


「最初の小さな拠点から」


「どうやって住居を増やしたのか」


「道路をどう作ったのか」


「食料をどう確保したのか」


「どうやって街を守ったのか」


「住民が増えた時に何が必要になったのか」


次々と挙げていく。


そして少しだけ考え。


「それと!」


「失敗したことも!」


「……」


ビルズが僅かに目を見開く。


「失敗した記録も、ですか?」


「はい!」


たるとは力強く頷いた。


「上手くいったことだけじゃなくて」


「何が上手くいかなかったのかも知りたいです」


「そうすれば」


少しだけ笑う。


「私たちは同じ失敗をしなくて済むかもしれませんから!」


「……」


ビルズはしばらくたるとを見ていた。


そしてゆっくりと頷く。


「良いでしょう」


「本当ですか!?」


「はい」


ビルズが机の上にある資料へ目を落とす。


「アルカディア建設初期から現在までの記録は保管されています」


「都市区画の変遷」


「住宅整備」


「道路建設」


「城壁と防衛設備」


「食料生産」


「物資流通」


「住民管理」


「治安維持」


「冒険者ギルドとの連携」


「交易」


「外交」


「同盟関係の構築」


一つずつ。


たるとの目が輝いていく。


「そして」


ビルズが少しだけ遠い目をした。


「失敗した計画の記録も大量にあります」


「大量に?」


「大量にです」


強調した。


何か思い出しているらしい。


「全部持ってけ!」


ガルドが笑う。


「倉庫に山ほどある!」


「ガルドさん」


「ん?」


「それを整理して保存したのは私です」


「……」


ガルドが止まった。


「いつもありがとうな!」


「今さらですか?」


「感謝は大事だろ!」


「でしたら仕事もしてください」


「はい……」


国王が小さくなった。


「資料はお渡しします」


ビルズが改めて俺たちを見る。


「ですが一つだけ覚えておいてください」


「?」


たるとが首を傾げる。


「アルカディアをそのまま真似する必要はありません」


「……」


「アルカディアと皆さんの街では」


「土地が違います」


「人口も違います」


「住んでいる人間も違う」


「必要となるものも違うでしょう」


ビルズは静かに続ける。


「我々の記録はあくまで参考です」


「何を採用し」


「何を変え」


「何を捨てるのか」


「それは皆さん自身で決めてください」


そしてほんの僅かに微笑む。


「皆さんには」


「皆さんの街があるのですから」


「……!」


たるとの虎耳が立った。


「はい!」


大きく頷く。


「ありがとうございます!」


俺もその言葉に納得していた。


アルカディアにはアルカディアの形がある。


俺たちには俺たちの形がある。


必要なのは完成品を真似ることじゃない。


その完成に辿り着くまで。


何を考え。


何を失敗し。


どう直してきたのか。


その経験だ。



「では」


ビルズが資料を閉じた。


「最後にまとめましょう」


俺たちも改めて姿勢を正す。


「先ほど説明した通り」


「この世界には国家システムは存在しません」


「したがって建国するための公式条件も存在しません」


「ですが」


指を一本立てる。


「国家として成立するために必要なものはあります」


「領土」


「住民」


「代表者」


「規則」


「生活基盤」


「防衛体制」


「運営組織」


さらに。


「交易」


「外交」


「他勢力との信頼関係」


「これらを少しずつ作っていく必要があります」


「……やっぱりいっぱいありますね」


たるとが苦笑した。


「いっぱいあります」


ビルズも頷く。


「ですが」


たるとを見る。


「全てを今すぐ決める必要はありません」


「まずは」


一拍。


「皆さんの街を完成させてください」


「住居」


「道路」


「食料」


「仕事」


「防衛」


「そして」


ビルズは静かに言った。


「住民が安心して暮らせる環境」


「それらを一つずつ整える」


「そうして」


「そこにいる人々が」


「ここで明日も暮らしたい」


「ここへ帰ってきたい」


「そう思える場所になった時」


たるとを見る。


「その先に国家という選択肢があるのではないでしょうか」


「……」


たるとは黙っていた。


やがてゆっくりと笑う。


「じゃあ……」


「今まで私たちがやってきたことは無駄じゃなかったんですね!」


「もちろんです」


ビルズは即答した。


「むしろ」


一拍。


「皆さんはすでに」


「建国への第一歩を踏み出しているのでしょう」


「……!」


たるとの目が輝く。


「だったら!」


勢いよく立ち上がった。


「もっと頑張らないとですね!」


「外壁も!」


「住居も!」


「道路も!」


「畑も!」


「宿も!」


指を折っていく。


「まだまだ作るものがいっぱいあります!」


「おう!」


ガルドが笑う。


「頑張れよ!」


そして。


「未来の国王!」


「はい!」


たるとが元気よく返事をして。


止まった。


「……」


虎耳が固まる。


「え?」


ゆっくりとガルドを見る。


「今」


「何て言いました?」


「未来の国王」


「なんで私なんですか!?」


「嬢ちゃんがギルドマスターだからだろ!」


「ギルドマスターと国王は違います!」


「似たようなもんだ!」


「全然違います!」


「余計なことを言わないでください」


ビルズが額を押さえる。


「悪かったって!」


「そもそも!」


たるとが俺を見る。


「ガウだっているじゃないですか!」


「私はやらないよ」


即答した。


「早いです!」


「向いてない」


「向いてそうなのに!」


「やらない」


「むぅ……!」


次。


ハヤテ。


「俺も無理!」


「まだ聞いてません!」


「国王とか絶対面倒くさい!」


「お前はもう少し考えてから言え」


ゴウマが呆れる。


たるとの視線がそのままゴウマへ移る。


「俺もやらん」


「まだ聞いてません!」


「防衛や指揮ならできる」


「だが国を運営する柄ではない」


「シズクさん!」


「結界、防衛設備の管理でしたらお任せください」


シズクが静かに答える。


「国王は?」


「辞退します」


「アイスさん!」


「僕も遠慮しておこう」


「モルフォさん!」


「研究国家でよろしければ」


「却下!」


全員の声が重なった。


「なぜです?」


「怖いからだよ!」


俺は即答した。


モルフォが少し不満そうに眼鏡を押し上げる。


「では……」


たるとがゆっくり周囲を見る。


俺。


ハヤテ。


ゴウマ。


シズク。


バレット。


アイス。


モルフォ。


そして。


全員の視線が。


自然と。


同じ場所へ集まった。


「……」


たると。


「……」


虎耳がぴくりと動く。


一歩。


後ろへ下がる。


「……なんで」


もう一歩。


「なんで皆さん私を見るんですか!?」


「はっはっはっは!!」


ガルドが腹を抱えて笑う。


「やっぱ嬢ちゃんじゃねぇか!」


「違います!」


「満場一致だな!」


「違います!!」


会議室に笑い声が広がる。


その中でビルズだけが静かにたるとを見ていた。


「まあ」


眼鏡を押し上げる。


「今決める必要はありません」


「……本当ですか?」


たるとが警戒する。


「はい」


「国王という公式役職も存在しません」


「誰を代表者とするのか」


「どのような統治形態にするのか」


「それも皆さん自身で決めることです」


「……よかった」


たるとの肩から力が抜ける。


「ですが」


「?」


ビルズがほんの少しだけ笑う。


「これだけの人数が」


「何の相談もなく」


「自然と同じ人物を見たという事実は」


一拍。


「覚えておいてもよいかもしれませんね」


「……」


たるとの虎耳が固まった。


「ビルズさんまで!?」


また笑い声が起こる。


俺も思わず笑ってしまった。


国王。


国家。


外交。


同盟。


まだ俺たちには大きすぎる言葉ばかりだ。


だけど。


外壁を作っている。


家を作っている。


道を作っている。


畑を広げている。


人が増えた。


仲間が増えた。


帰ってくる人が増えた。


俺たちは最初から国を作ろうとしていたわけじゃない。


ただ仲間が安心して暮らせる場所が欲しかった。


出掛けた誰かが。


帰ってきた時に。


ただいま。


そう言える場所を作りたかった。


それだけだ。


アルカディアだって。


きっと最初はそうだった。


「……まずは」


俺は小さく呟く。


「街を完成させよう」


「はい!」


たるとが笑った。


いつもの元気いっぱいの笑顔で。


「帰ったら、またみんなで作りましょう!」


アルカディアから受け取るものは。


完成した国の形じゃない。


彼らがそこへ辿り着くまでに積み重ねてきた経験だ。


成功も。


失敗も。


全部持ち帰る。


そして。


俺たちは俺たちのやり方で。


俺たちの帰る場所を作っていく。


その先に何があるのかはまだ分からない。


国になるのかもしれない。


ならないのかもしれない。


それでも俺たちはもうその最初の一歩を踏み出していた。

第20話を読んでいただきありがとうございます!


アルカディアで国について学び、《王虎の牙》も自分たちが進む道を少しずつ見つけ始めました。


まだ国を作ると決めたわけではありませんが、まずはみんなが安心して帰ってこられる街を完成させることから。


アルカディアから持ち帰る資料がこれからの街づくりにどう活かされるのか。


次回もお楽しみに!

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