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第18話 アルカディアの国王

中央都市アルカディア。


巨大な城門を抜けた俺たちはしばらく大通りを進んだところで足を止めた。


ここで《断罪の聖剣》とは一度別れることになった。


「我々は一度拠点へ戻る」


レオンがそう言って一枚の地図を取り出した。


「遠征の報告も必要だからな」


「クロード」


「ああ」


クロードが地図を受け取り、たるとへ差し出す。


「《断罪の聖剣》の拠点までの道だ」


「アルカディアは広大だ」


「初めてでは迷う可能性もある。念のため持っておいてくれ」


「ありがとうございます!」


たるとは両手で受け取り、さっそく地図を広げる。


「えっと……」


上下を入れ替える。


もう一度入れ替える。


「……」


クロードが無言で見ている。


俺も見る。


ハヤテも見る。


「たると」


「はい?」


「地図、読めるのか?」


「読めます!」


即答だった。


「今どこだ?」


「……ここです!」


指差した。


「そこはアルカディアの反対側だ」


クロードが淡々と告げる。


「えっ!?」


地図をひっくり返す。


「こっちでした!」


「大丈夫か?」


レオンが笑う。


「大丈夫です!」


不安しかない。


クロードが小さく息を吐いた。


「迷ったら大通りへ戻れ」


「そこからなら人に聞けば分かる」


「はい!」


レオンは俺たちを見渡した。


「せっかく来たんだ」


「今日は自由に街を見てくるといい」


「ただし夕方には戻ってこい」


「宿も必要だろう?」


たるとが目を瞬かせる。


「いいんですか?」


「ああ」


レオンは軽く笑った。


「そのために地図を渡したんだ」


「ありがとうございます!」


「では、また後で」


クロードも軽く手を上げる。


「迷うなよ」


「迷いません!」


たるとだけが力強く答えた。


余計に不安が増した。


《断罪の聖剣》三十名は、レオンとクロードを先頭に大通りの先へ歩いていく。


俺たちはその背中を見送った。


「さて!」


ハヤテが両手を伸ばす。


「せっかくアルカディアまで来たんだ!」


周囲を見渡し、楽しげに笑う。


「見て回ろうぜ!」


「賛成です!」


たるとが勢いよく手を挙げる。


「たくさん見ましょう!」


「たくさん学びましょう!」


そして大通りの屋台を見た。


「たくさん食べましょう!」


「最後が本音じゃないか?」


「ち、違います!」


怪しい。


こうして。


《王虎の牙》と《白銀戦線》の八人。


俺。


たると。


ハヤテ。


ゴウマ。


シズク。


バレット。


アイス。


モルフォ。


俺たちはアルカディアの街を見て回ることになった。



歩き始めて、改めて思う。


人が多い。


とにかく多い。


大通りを進めば、前から、後ろから、横から、次々とプレイヤーが行き交う。


剣を腰に下げた者。


大盾を背負う者。


魔法杖を携えた者。


巨大な荷物を背負う者。


高価な装備に身を包む者もいれば、簡素な服装の者もいる。


それだけではない。


「いらっしゃいませ!」


店先から声が響く。


「焼きたてですよー!」


肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。


「……!」


たるとの虎耳がぴくりと動いた。


「たると」


「まだ何も言ってません!」


「顔に出ている」


「見ているだけです!」


本当だろうか。


その向かいでは。


「布はこちらです!」


色とりどりの布地、完成した衣服、装飾品。


さらに少し先からは金属を打つ音。


「武器の修理なら任せてくれ!」


鍛冶職。


「素材買い取ります!」


「第五階層産は高価買取中!」


商人。


料理人、裁縫職、鍛冶職、素材を扱う者。


俺たちがこれまで見てきた戦闘職だけではない。


数え切れないほどの生き方が、この街には存在していた。


「……すごいですね」


シズクが周囲を見渡しながら呟く。


「戦闘を主としないプレイヤーがこれほどいるとは思いませんでした」


「どうしても戦闘職ばかり目に入るからな」


アイスが答える。


「でも実際はこういう人たちがいるから街は成り立っている」


「そうですね」


たるとが大きく頷く。


「料理を作る人」


「武器を直す人」


「服を作る人」


「荷物を運ぶ人」


「店を開く人」


指折り数えていく。


「戦えなくてもできることはたくさんあるんですね」


「むしろ」


ゴウマが腕を組む。


「街が大きくなるほどそういう者たちの方が重要になる」


「その為に住民全員を確認したんだ」


俺たちの集落も同じだ。


ドランが武器を整え、ユナたちが素材を集め、エリックたちが物資を管理する。


セリアやシズク、モルフォたちは研究を進める。


戦う者だけでは街は成り立たない。


むしろ、戦わない時間の方が長い。


「私たちの街にも」


たるとが嬉しそうに周囲を見渡す。


「もっといろんな人が来てくれたらいいですね!」


「そうだね」


俺も頷く。


「そのためにも」


アルカディアの大通りを見る。


「まずは安心して暮らせる場所を作らないと」


「はい!」


たるとは力強く頷いた。


「帰ったら、またたくさん作りましょう!」


「たるとは建築より料理していそうだが」


「失礼です!」


「違うのか?」


「……料理も大事です!」


否定しなかった。



さらに街を進む。


「お?」


ハヤテが足を止めた。


「なんだ、あれ?」


前方に大きな建物がある。


入口には多くの冒険者が出入りしていた。


アイスが看板を見上げる。


「冒険者向けの宿泊施設だね」


「宿か!」


ハヤテの目が輝く。


「俺たちの街にも欲しいな!」


「必要だろうな」


ゴウマも建物を見る。


「今は人が来ても泊める場所がない」


「《断罪の聖剣》も野営だったからね」


俺が言う。


「そうなんです!」


たるとが大きく頷く。


「宿!」


「必要ですね!」


何か思いついたように手を叩く。


「帰ったら設計図に追加しましょう!」


「もう入っているだろ」


ゴウマが即答する。


「……そうでした!」


忘れていたらしい。


建物の周囲には、依頼を終えた者、これから出発する者、食事を取りながら話す者、装備を点検する者が集まっていた。


「アルカディアって」


バレットが人の流れを見る。


「本当にずっと動いてるな」


「ああ」


アイスが頷く。


「攻略の拠点でもあるからな」


「朝に出て夜に戻る者もいれば、夜から動く者もいる」


「街が眠らないわけか」


「そういうことだ」


モルフォも興味深そうに周囲を観察している。


「人が多いということは」


嫌な予感がした。


「それだけ研究対象も――」


「モルフォ」


「はい?」


「今日は普通に街を見よう」


「私は常に普通に見ています」


「今、研究対象って言ったよね?」


「聞き間違いでは?」


「言ってた」


「残念です」


「何が?」


「いえ」


眼鏡を押し上げる。


「こちらの話です」


……この人はすぐ研究の話になるから怖い。



その後も俺たちはアルカディアを歩き続けた。


武器屋、防具屋、食堂、露店、素材市場、訓練施設、住宅区。


目に入るものすべてが新しい。


「これは帰ったら忙しくなるな」


ゴウマが呟く。


「たくさん見ましたからね!」


たるとが嬉しそうに答える。


「覚えているか?」


「もちろんです!」


「何があった?」


「美味しそうなお店!」


「そこじゃない」


「宿!」


「他は?」


「……」


「たると?」


「ゴウマさんが覚えています!」


「俺に投げるな」


笑い声が上がる。


やがて空は茜色に染まり始めた。


「……あっ!」


たるとが空を見る。


「夕方です!」


「そろそろ戻るか」


バレットが言う。


「そうですね!」


たるとは地図を取り出す。


広げる。


「……」


止まった。


「たると」


「はい?」


「分かるか?」


「もちろんです!」


「ではどっちだ?」


「……」


ゆっくりと俺へ地図を差し出す。


「仕方がありませんのでガウに任命します!」


「やっぱり分かってないじゃないか!」


一同からツッコミが入ったのだった。



地図を頼りに大通りを進む。


やがて。


「見えてきた」


前方に大規模ギルドの拠点が見えた。


高い塀、広い敷地、入口の紋章。


「ここですね」


シズクが見上げる。


「ああ」


アイスも頷く。


その時。


「お」


入口付近から声がした。


「ちゃんと戻ってきたな」


レオンだった。


隣にはクロードもいる。


「だから言っただろ」


クロードが腕を組む。


「地図を渡して正解だった」


「途中からガウに渡しました!」


たるとが元気よく報告する。


「やはり読めなかったのか?」


レオンが笑う。


「読めます!」


「ならなぜ渡した?」


「……念のためです!」


「そういうことにしておこう」


「むぅ……」


たるとが頬を膨らませる。


「それで」


レオンが俺たちを見る。


「アルカディアはどうだった?」


「すごかったです!」


たるとは即答した。


「街が大きくて!」


「人が多くて!」


「戦わない人たちもそれぞれの役割で暮らしていて!」


「宿もありました!」


「あと美味しそうな店も――」


「最後はいらないだろ」


ハヤテが笑う。


「大事です!」


レオンも笑った。


「楽しめたようだな」


「はい!」


「なら良かった」


クロードが空を見る。


「そろそろ暗くなる」


「ああ」


レオンも頷く。


「うちに客室がある」


レオンが拠点を指す。


「大した部屋じゃないがな」


「野営よりはマシだ」


クロードも頷く。


「遠征帰り用にいくつか部屋がある」


「空いているから使ってくれ」


「本当にいいんですか!?」


「ああ」


レオンが笑う。


「集落では世話になっただろう?」


「今度はこっちの番だ」


「ありがとうございます!」


たるとは深く頭を下げた。


レオンが慌てて手を振る。


「そんな大げさにするな」


「それと」


「あっ」


たるとが顔を上げる。


「明日は冒険者ギルドへ行くんだろ?」


「はい!」


「国の話を聞くために!」


「なら俺も行く」


「え?」


「話が通りやすい」


クロードも続く。


「俺も同行する」


「ガルドとは顔見知りだ」


「ガルド?」


たるとが首を傾げる。


「会えば分かる」


レオンが意味ありげに笑う。


「堅苦しい相手ではない」


「……?」


余計に分からない。


こうして俺たちは《断罪の聖剣》の拠点で一夜を過ごすことになった。



翌朝。


朝食を終えた俺たちは、レオンとクロードと共に冒険者ギルドへ向かっていた。


アルカディアの朝は早い。


大通りにはすでに多くの人が行き交っている。


「朝からすごい人だな」


ハヤテが辺りを見渡す。


「ああ」


レオンが答える。


「朝一で出発する連中も多い」


「依頼、素材採取、魔物討伐」


クロードが続ける。


「街はそれに合わせて動く」


「人が動けば街も動く」


「なるほど……」


シズクが周囲を見る。


「一日の流れが街全体で繋がっているのですね」


ゴウマも頷く。


「生活人口が増えれば役割分担も必要になるか」


また何か考えている。


帰った後が少し怖い。


「私たちの街も」


たるとが笑う。


「いつかこうなったらいいですね!」


「そうだね」


俺も頷く。


「だがまずは」


自分たちの集落を思い浮かべる。


「帰る場所を形にすることからだ」


「はい!」


たるとは力強く頷いた。


やがて。


「着いたぞ」


レオンが足を止める。


巨大な建物。


絶えず出入りする冒険者。


「ここが……」


たるとが見上げる。


レオンが笑う。


「アルカディア冒険者ギルドだ」



扉を開く。


瞬間、喧騒が押し寄せた。


広い空間。


巨大な掲示板。


無数の依頼書。


《魔物討伐》《採取》《護衛》《調査》


冒険者たちの声。


受付のやり取り。


すべてが流れるように動いている。


「すごいですね……」


たるとが呟く。


「こんなに人がいるんですね」


「ここは特に多い」


アイスが答える。


俺も掲示板を見る。


依頼は街の生活と直結している。


ここは単なるギルドではない。


街そのものを支える仕組みだ。


「興味深いですね」


モルフォが呟く。


「分類すれば――」


「モルフォ」


「はい?」


「普通に見よう」


「普通に見ています」


「目が研究者だ」


「私は常に研究者です」


「そうだった」


勝てない。


「ははっ」


レオンが笑う。


「相変わらずだな」


「よく言われるよ」


俺が答える。


「こっちだ」


レオンが受付へ向かう。


やがて奥へ通される。


扉の前でレオンが止まった。


「ここだ」


たるとが見上げる。


「この中に……」


「ああ」


「アルカディアのギルド長がいる」


クロードが付け加える。


「一応、国王でもある」


「……国王!?」


たるとの耳が跳ね上がる。


「聞いてません!」


「今言った」


「もっと早く言ってください!」


「言えば余計に緊張するだろ」


「します!」


「ほらな」


クロードが小さく笑う。


レオンが扉を叩く。


「入れ!」


中から大声が聞こえた。


扉が開く。


広い会議室。


中央の机。


そして奥に一人の男。


大柄な体格。


鍛えられた肉体。


短髪。


年齢は四十前後。


その男は立ち上がった。


「おう!」


豪快な笑み。


「レオン!」


「クロード!」


「久しぶりじゃねぇか!」


レオンが笑う。


「相変わらずだな」


クロードも手を上げる。


「お前もな」


ガルドは豪快に笑った。


アルカディアのギルド長。


そして国王。


だがその印象は、王というよりも豪放な冒険者に近い。


しかし。


俺は目を細めた。


ただの豪快な男ではない。


立っているだけだった。


武器すら手にしていない。


それにもかかわらず圧倒的な存在感がある。


感じる。


強い。


鍛え上げられた肉体だけではない。


立ち姿。


重心。


視線。


わずかな動作の一つひとつに隙がない。


長年戦場に身を置いてきた者特有の気配。


「……」


ガルドの視線がこちらへ向いた。


一瞬目が合う。


「ほう」


ガルドの口元がわずかに上がった。


「……?」


何かを見定めるような眼差し。


しかし、それもすぐに消えた。


「で!」


ガルドが豪快に声を上げる。


「そいつらが例の連中か?」


「ああ」


レオンが頷く。


「昨日話した《王虎の牙》だ」


「おお!」


ガルドの眉が上がる。


「お前らが!」


興味深そうに俺たちを見渡す。


ハヤテ。


ゴウマ。


シズク。


バレット。


アイス。


モルフォ。


俺。


そして。


最後にたるとへ視線が止まった。


「……」


「お前さんがギルドマスターか?」


「は、はい!」


たるとの背筋が一気に伸びる。


虎耳までぴんと立った。


「私は!」


一歩前へ出る。


「第一階層で活動しているギルド!」


「《王虎の牙》のギルドマスター!」


勢いよく頭を下げる。


「たるとです!」


「よろしくお願いします!」


「……」


一瞬。


静寂が落ちた。


そして。


「はっはっはっは!!」


ガルドの豪快な笑い声が会議室に響き渡った。


「いいじゃねぇか!」


「元気なギルドマスターだな!」


「ありがとうございます!」


たるとも嬉しそうに笑う。


つい先ほどまで国王と聞いて緊張していたとは思えない。


「緊張してたのが馬鹿らしくなったな」


ハヤテが小声で呟く。


「聞こえてるぞ!」


「げっ」


ガルドが笑う。


「はっはっは!」


本当に国王なのだろうか。


「まあ座れ!」


ガルドが椅子を指す。


「立ったまま話すことでもねぇ!」


「ありがとうございます!」


俺たちはそれぞれ席につく。


レオンとクロードも慣れた様子で腰を下ろした。


ガルドも椅子へ座る。


「で?」


腕を組む。


「今日は国の話だったな?」


「はい」


たるとの表情が少しだけ真剣になる。


「先日」


レオンを見る。


「レオンさんから私たちに国を作ってみないかというお話をいただきまして」


「おう」


「その話は聞いてる」


ガルドが頷く。


「ですが」


たるとは続ける。


「私たちは国についてほとんど知りません」


「どうすれば国として認められるのか」


「何が必要なのか」


「国を作ることで何が変わるのか」


一度言葉を切る。


「それに」


「私たちが本当に国を作るべきなのか」


「それもまだ分かっていません」


「なるほどな」


ガルドが顎に手を当てる。


先ほどまでの豪快な笑みがわずかに薄れる。


「だから」


たるとは真っ直ぐガルドを見る。


「ちゃんと知ってから決めたいんです」


「私たちだけではなく」


「今、集落で暮らしている皆に関わることですから」


「……」


ガルドは何も言わない。


数秒。


たるとを見つめ。


やがて。


「いいじゃねぇか」


笑った。


「え?」


「その考え方でいい」


ガルドは大きく頷く。


「国なんてもんはな、作りたいから作る!」


「それだけじゃ済まねぇ」


「そこに暮らす奴らがいる」


「守らなきゃならねぇ生活がある」


「だから」


一度たるとを見る。


「知らねぇなら知る」


「分からねぇなら聞く」


「それから決める」


「それで十分だ」


「……はい!」


たるとは嬉しそうに頷いた。


俺も少し意外だった。


見た目も。


話し方も。


豪快そのもの。


だが言葉は軽くない。


やはりただの戦闘好きな男ではないらしい。


「それにな」


ガルドが背もたれへ身体を預ける。


「俺だって最初から国を作るつもりだったわけじゃねぇ」


「そうなんですか?」


たるとが目を丸くする。


「ああ」


ガルドは窓の外へ視線を向けた。


その先に広がる。


中央都市アルカディア。


「ログアウトが出来なくなった後、第五階層に人が集まり始めた」


「攻略を続ける奴」


「戦えなくなった奴」


「生産を始めた奴」


「帰る場所を失った奴」


「いろんな奴がいた」


ガルドの声が少し落ち着く。


「だったらそいつらが安心して休める場所が必要だろ?」


「最初はそれだけだった」


「……」


たるとは静かに聞いている。


「小さな拠点を作った」


「人が増えた」


「家が必要になった」


「店も必要になった」


「人が増えりゃ治安も必要になる」


「外から魔物が来るなら壁も必要だ」


一つずつ。


必要なものが増えていった。


「作って」


「増えて」


「また足りなくなって」


「また作って」


ガルドが笑う。


「気付いた時には!」


両腕を広げた。


「こんなデカい街になってやがった!」


「すごい……」


たるとが小さく呟く。


俺も窓の外へ目を向ける。


少しだけ似ている。


俺たちもそうだ。


最初から街を作ろうとしていたわけじゃない。


まして国なんて考えてもいなかった。


仲間が増えた。


住む者が増えた。


必要だから家を作った。


守るために外壁を作っている。


少しずつ。


少しずつ。


俺たちの集落も形を変えている。


「……」


もしかするとアルカディアも俺たちと同じようなところから始まったのかもしれない。


「ただよぉ」


ガルドが頭を掻く。


「未だに国王って呼ばれるのは慣れねぇんだよな!」


「俺はそういう柄じゃねぇ!」


「……」


レオンが微妙な表情を浮かべる。


クロードも同じだった。


「ガルド」


レオンが口を開く。


「それを言うなら」


一度溜める。


「少しは国王らしく仕事しろ」


「してるぞ!」


「何を?」


「魔物討伐!」


即答。


「それは冒険者の仕事だ」


クロードが淡々と返した。


「俺たちが言っているのは都市運営の話だ」


「そっちはビルズに任せてる!」


また即答。


「……」


レオンが額を押さえる。


クロードは深く息を吐いた。


「やっぱりな」


「適材適所だ!」


ガルドが胸を張る。


「俺は外!」


「ビルズは中!」


「完璧だろ!」


「そのビルズに仕事を押し付けすぎなんだ」


「細けぇことは気にすんな!」


「細かくない」


レオンとクロードの声が重なった。


「息ぴったりだな」


ハヤテが笑う。


「笑い事じゃないぞ」


レオンが疲れたように返す。


「ビルズ?」


たるとが首を傾げる。


「ああ」


ガルドが頷く。


「俺の副ギルドマスターだ」


「アルカディアの運営はだいたいあいつが――」


そこまで言って。


止まった。


「……」


ガルドの表情がわずかに固まる。


視線は扉。


俺もそちらを見る。


その直後。


「――ガルドさん」


低い声。


扉の向こうから聞こえた。


「……」


ガルドが黙る。


レオンが口元を押さえた。


クロードも小さく笑っている。


「来たな」


「何がだ?」


ガルドが小声で返す。


「お前の仕事だ」


「おいクロード!」


ガチャ。


扉が開いた。



そこに立っていたのは一人の男だった。


落ち着いた服装。


整えられた髪。


眼鏡。


両腕には大量の書類。


そして何より疲労の色が濃い。


明らかに疲れている。


「……」


男は部屋を見渡した。


レオン。


クロード。


俺たち。


そして。


ガルド。


「ガルドさん」


「お、おう!」


先ほどまでの豪快さはどこへ行ったのか。


「昨日お渡しした書類ですが」


「……」


「ご確認いただけましたか?」


「……」


ガルドが視線を逸らす。


「ガルドさん?」


「ビルズ」


「はい」


「今日は客が来てるんだ」


「見れば分かります」


「だったら!」


ガルドが勢いよく立ち上がった。


「今日は客を優先しようぜ!」


「書類を確認していないこととは何の関係もありません」


「ぐっ……!」


国王が負けた。


レオンは俯いて肩を震わせている。


クロードは隠す気もなく笑っていた。


「相変わらずだな」


「笑ってねぇで助けろ!」


「断る」


即答。


「クロード!」


「自業自得だ」


強い。


色々な意味で。


「……はぁ」


ビルズは深くため息をついた。


そして俺たちへ向き直る。


「失礼しました」


深く一礼。


「初めまして」


「ビルズと申します」


落ち着いた声。


「アルカディアを運営するギルドの副ギルドマスター」


一度。


ガルドを見る。


「そして現在」


わずかに眼鏡を押し上げた。


「都市運営に関する実務の大半を担当しております」


「言い方!」


ガルドが抗議する。


「事実です」


「ぐぬぬ……」


また負けている。


「よ、よろしくお願いします!」


たるとも慌てて立ち上がった。


「《王虎の牙》ギルドマスターのたるとです!」


「よろしくお願いいたします」


ビルズは静かに頷く。


その視線が俺たちを順に捉えていく。


穏やかだが鋭い。


ただ見ているわけではない。


誰がどのような人物なのか。


静かに観察している。


ガルドとはまったく違うタイプだ。


「レオンさんから概要は伺っています」


ビルズが口を開く。


「《王虎の牙》」


「第一階層で集落を運営し」


「現在は二百人を超えるプレイヤーとNPCが共に生活している」


たるとの表情が少し変わった。


「そこまでご存じなんですか?」


「必要な情報は事前に確認します」


当然のように答える。


「さらに《白銀戦線》」


アイスを見る。


「旧《鉄球戦団》」


今ここにはいないガンテツたち。


「旧《不動の盾》」


ノエル。


「そして元《深淵の剣》の構成員まで受け入れている」


「もちろん」


ビルズは続ける。


「詳しい事情まですべて把握しているわけではありません」


「ですが」


たるとを見る。


「国を作る可能性を検討している以上、現在の規模を知ることは必要です」


「……はい」


たるとも真剣に頷く。


ビルズは抱えていた書類を机へ置いた。


ドサッ。


かなりの量だ。


ガルドがその音に反応してわずかに椅子を引いた。


「逃げないでください」


「逃げてねぇ!」


まだ何もしていないのに見抜かれている。


「……」


俺は思った。


この人、相当苦労しているな。


「さて」


ビルズが空いている席へ腰を下ろした。


「国について知りたい」


「そう伺っています」


「はい!」


たるとが答える。


「ですが」


ビルズの表情が変わる。


先ほどまでの疲労した副ギルドマスターの顔ではない。


アルカディアという巨大都市を実際に支える者の顔。


「先に一つ」


静かな声。


「確認しておきたいことがあります」


「何でしょうか?」


「たるとさん」


ビルズは真っ直ぐ彼女を見る。


「あなたは」


一拍。


「なぜ国を作りたいのですか?」


「……」


たるとの動きが止まった。


「え?」


「国を作る理由です」


ビルズは淡々と続ける。


「名声が欲しい」


「領土が欲しい」


「権力が欲しい」


「多くの人を従えたい」


「そういった目的で国家を作ろうとする者もいます」


「……」


「あるいはゲーム上の一つの到達点として国家を目指す者もいる」


「ですが」


眼鏡の奥。


静かな視線。


「《王虎の牙》は違うように見えます」


「……」


たるとは黙ったままだった。


俺たちも口を挟まない。


「だから聞きたいのです」


ビルズはもう一度問う。


「あなたは何のために国を作ろうとしているのですか?」


静寂。


たるとは膝の上で手を握った。


しばらく考える。


そして。


「……分かりません」


正直に答えた。


「まだ」


「国を作りたいと思っているのかも」


「私自身、よく分かっていません」


ビルズは何も言わない。


「最初は」


たるとが続ける。


「小さな集落でした」


「そこに仲間が集まって」


「暮らす人が増えて」


「家が足りなくなって」


「食べ物が必要になって」


「守るために外壁を作り始めました」


少しずつ言葉が出てくる。


「私は有名な街を作りたいわけではありません」


「偉くなりたいわけでもないです」


「国王になりたいわけでもありません!」


「……」


ガルドがわずかに反応した。


だが黙っている。


「ただ」


たるとは顔を上げる。


「今いる皆が安心して暮らせる場所を作りたいです」


「ここにいていいんだって思える場所」


「出掛けた人が帰ってきた時に」


小さく笑う。


「ただいまって言える場所にしたいです」


「……」


胸の奥が少しだけ温かくなる。


何度も聞いてきた。


たるとの言葉。


それでも聞くたびに思う。


俺もそこへ帰りたい。


「だから」


たるとは続ける。


「国にすることで」


「もっと安心して暮らせる場所になるなら考えたいです」


「でも」


少しだけ俯く。


「国にすることで」


「今の場所が変わってしまうなら」


顔を上げる。


「無理に国にしなくてもいいと思っています」


「……」


ビルズはたるとを見つめていた。


長い沈黙。


やがて。


「なるほど」


小さく頷く。


「それなら」


机の上の書類へ手を伸ばした。


「話す価値はありそうですね」


「え?」


「国を作ることは」


一枚。


書類を取り出す。


「街を大きくすることではありません」


もう一枚。


「名前を付けることでも」


もう一枚。


「王を決めることでもない」


ビルズは俺たちを見渡した。


「そこに暮らす人々の生活を一つの組織として背負うことです」


「……」


ゴウマの表情がわずかに引き締まる。


たるとは息を呑む。


俺たちも自然と姿勢を正した。


どうやらここからが本題らしい。

第18話「アルカディアの国王」を読んでいただき、ありがとうござます。


アルカディアの国王、ガルド登場!


そして本当の意味で街を支えている(?)ビルズも登場しました。


次回はいよいよ建国についてのお話です!


建国編はここからさらに大きく動き始めます。


次回もお楽しみに!

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