第17話 階層転移陣
――朝。
東の空がゆっくりと白み始め、夜の帳が薄れていく。
草原の彼方から朝日が静かに姿を現し、昨夜まで暗闇に包まれていた森や野営地を淡い光が照らし始めていた。
昨夜、俺たちは百体近いゴブリンの群れによる襲撃を受けた。
幸いにも被害は軽微で、負傷者もたるとの治療によってすでに回復している。
戦闘の痕跡こそ周囲に残っているものの、野営地には少しずついつもの朝の空気が戻りつつあった。
それからしばらくして。
「おはようございます!」
たるとの明るい声が響いた。
「朝ですよー!」
「もう朝か……」
「昨日ずっと歩いてたから、さすがに眠いな」
次々とテントから人が出てくる。
《断罪の聖剣》の面々も起床し、静かだった野営地はあっという間に活気を帯び始めた。
「昨日の夜は大変だったな」
《断罪の聖剣》の一人が、こちらへ歩いてきながら声をかける。
「まさか百体近いゴブリンに襲われるとは思わなかったよ……」
「そうだね」
俺は頷いた。
「でも、全員無事で何よりだね」
「それは間違いないな」
男が苦笑する。
その周囲では、昨夜の戦闘について語り合う者たちの姿もあった。
ゴブリンの数。
誰がどこで戦っていたのか。
誰の魔法が派手だったのか。
どうやら夜襲の話題はしばらく続きそうだ。
そんな会話を交わしながら、それぞれが朝食の準備を進めていく。
パン。
干し肉。
簡素なスープ。
豪華とは言えないが、長距離移動を控えた朝食としては十分だった。
「美味しいです!」
たるとがパンを頬張りながら言う。
「食べながら喋るな」
ゴウマが呆れたように返した。
「むぐっ」
「ほら、ちゃんと飲み込め」
「……ごくん!」
たるとが慌てて飲み込む。
そして。
「美味しいです!」
「そこは変わらないのか」
ハヤテが笑った。
朝からいつも通りの光景だ。
俺もわずかに笑みを浮かべながら、残っていたスープを飲み干した。
◇
朝食を終えると、すぐに出発の準備へ移る。
テントを畳み、焚き火の後始末を行い、周囲に忘れ物がないかを確認する。
昨夜の襲撃で散らばった道具もすでに回収されており、野営地は徐々に元の姿へ戻っていった。
「忘れ物はありませんか?」
たるとが周囲を見回す。
「問題ありません」
シズクが答える。
「こちらも問題ありません」
モルフォも荷物を確認しながら頷いた。
バレットは《流星》。
ハヤテは《白夜》と《黒曜》。
俺は予備の忍者刀。
それぞれが武器や装備の状態を確認していく。
やがて全員の準備が整ったところで、レオンが前へ出た。
「準備はいいな?」
「ああ。問題ない」
隣に立つクロードも頷く。
レオンは一度四十名を見渡し、それから進行方向へ視線を向けた。
「それでは出発する!」
「おう!」
「了解!」
俺たちは再び歩き出した。
目的地は第一階層中央に存在する《階層転移陣》。
そして、その先にある第五階層――中央都市アルカディアだ。
◇
森を抜け、草原を進む。
昨夜の襲撃が嘘だったかのように、道中は穏やかなものだった。
時折、小型の魔物が遠巻きにこちらを窺っている姿は見える。
だが、四十名という大規模な集団を前にして、わざわざ襲いかかってくるような個体はいなかった。
「平和ですね!」
たるとが嬉しそうに歩く。
「昨日の夜もこれくらい静かなら良かったんだけどな」
ハヤテが苦笑した。
「本当です!」
たるとの虎耳がぴんと立つ。
「次からゴブリンさんには昼間に来てもらいましょう!」
「だから予約制じゃない」
アイスが呆れたように返した。
昨夜とほとんど同じやり取りをしている気がする。
そんな他愛のない会話を続けながら歩いていると、やがて。
「……あれは?」
たるとが足を止めた。
前方を指差す。
草原の中央。
そこに、巨大な建造物がそびえていた。
石造りの祠。
祠と呼ぶにはかなり大きく、遠目からでも存在感がある。
周囲に高い建物も森もないため、その姿は広大な草原の中で一層異質に映っていた。
「祠……でしょうか?」
シズクが目を細める。
「ああ」
レオンが頷いた。
そして建造物を指し示す。
「目的地だ」
「あそこに《階層転移陣》がある」
「おお!」
たるとの目が輝いた。
「ついにですか!」
俺も祠を見上げる。
《階層転移陣》。
名前だけなら知っている。
この世界に存在する複数の階層を移動するための施設。
プレイヤーならその程度の知識は持っている。
だが。
実物を見るのは初めてだった。
「思っていたより大きいな」
ハヤテも祠を見上げる。
「もっとこう……」
両手で小さな円を作った。
「地面に魔法陣だけ置いてあるものかと思ってた」
「雨ざらしにする気か?」
ゴウマが呆れる。
「いや、ゲームの世界ならありそうだろ?」
「……否定はできないな」
俺は小さく同意した。
「だろ?」
レオンが苦笑する。
「中へ入れば分かる」
「詳しい説明もそこでしよう」
俺たちはレオンに続き、祠の内部へと足を踏み入れた。
◇
「……おお」
思わず声が漏れた。
広い。
外から見た以上に内部は広大だった。
天井は高く、石造りの壁面には見慣れない文字や紋様が刻まれている。
薄暗い空間ではあるものの、完全な闇ではない。
壁面に刻まれた紋様の一部が淡く発光し、内部全体を静かな光で照らしていた。
そして中央。
床一面に巨大な魔法陣が描かれている。
幾重にも重なる円。
複雑に交差する無数の線。
意味の分からない文字列。
その中心付近には、階層を示していると思われる数字まで刻まれていた。
「すごい……」
たるとが小さく呟く。
先ほどまでの明るい声とは違う。
純粋に圧倒されているらしく、虎耳までぴんと立っていた。
「神秘的ですね……」
シズクも《白晶》を手に、魔法陣を見つめている。
その隣ではモルフォが眼鏡を押し上げ、床の紋様をじっと観察していた。
「いつ見ても綺麗な魔法陣ですね」
「モルフォさんは初めてじゃないんですか?」
たるとが尋ねる。
「はい。何度か見たことがあります」
モルフォは首を横に振った。
「この転移陣について調査したこともありますが……」
そのまましゃがみ込み、床の紋様へ視線を落とす。
「残念ながら、その構造は未だに解明できていません」
「モルフォさんでも分からないんですか?」
「分かりません」
あっさり認めた。
「この世界には未解明の事象が数多く存在します」
眼鏡の奥の瞳が僅かに細くなる。
「だからこそ、研究する価値があるのです」
明らかに楽しんでいる。
分からないことがある方が嬉しいらしい。
研究者というのも大変だ。
いや。
本人は楽しそうだから、そうでもないのかもしれない。
「さて」
レオンが魔法陣の中央付近へ進む。
「これが《階層転移陣》だ」
皆の視線が集まった。
「知っていると思うが、この世界には複数の階層が存在する。第一階層から始まり、現在は第七階層まで解放されている」
たるとが頷く。
「そこまでは知っています!」
「ですが……」
魔法陣へ視線を落とす。
「実際にどうやって移動するのかまでは知りませんでした」
「それを担うのが、この転移陣だ」
レオンが説明を続ける。
「階層を指定して転移を行うことで、別の階層へ移動できる」
「なるほど……」
たるとの耳がわずかに動く。
「では、これを使えば第一階層から第五階層へ行けるんですね!」
「ああ」
レオンは頷く。
「ただし、一つ注意がある」
「注意?」
たるとが首を傾げた。
「自由に任意の地点へ転移できるわけではない」
「どういうことですか?」
「基本的に、転移先は指定した階層内のどこかになる」
「どこか?」
「ああ」
レオンが淡々と告げる。
「ランダムだ」
「えっ!?」
たるとの耳が跳ね上がった。
「ランダムなんですか!?」
「ああ」
レオンは苦笑する。
「例えば第二階層を指定しても、第二階層のどこへ出るかまでは選べない。第三階層でも同じだ」
「そんな仕組みなんですね……」
シズクが魔法陣を見つめる。
「目的地によっては、転移後にかなりの距離を移動する必要がありますね」
「その通りだ」
レオンが頷いた。
「だから攻略組にとっては、各階層の地形を把握しておくことが重要になる」
「特に深層へ行くほど、安全な経路を知っているかどうかが生死を分ける」
「……」
俺は足元の魔法陣を見下ろした。
階層。
その概念自体は知っている。
だが、こうして実物を前にして説明を聞いていると、今まで自分が知っていた世界がどれほど狭かったのかを思い知らされる。
「この世界って」
思わず言葉が漏れた。
「まだまだ知らないことが多いんだね」
レオンがこちらを見る。
「ああ」
そして小さく笑った。
「だからこそ攻略する価値がある」
「攻略する価値……」
俺はもう一度魔法陣を見る。
正直なところ、攻略そのものに夢中になる気持ちは、まだよく分からない。
でも。
知らない場所を見てみたい。
自分の知らない世界を、少しだけ知ってみたい。
そういう気持ちなら少しだけ分かる気がした。
◇
レオンが魔法陣の中央へ進む。
指先を床の紋様へ触れさせた瞬間。
――フォン。
淡い光が灯った。
「おお!」
たるとが身を乗り出す。
床に刻まれた紋様が外側から順に発光し始める。
レオンの操作に合わせるように、光の流れが少しずつ変化していった。
「魔力の流れが変化しています」
シズクが呟く。
「転移先を設定しているのでしょうか」
「その通りだ」
レオンが答える。
「今、第五階層を指定している」
やがて魔法陣の中央に、光で作られた数字が浮かび上がった。
――Ⅴ。
第五階層。
「中央都市アルカディアは第五階層に存在する」
レオンが説明する。
「そのため、今回は第五階層を指定する」
「なるほど……」
たるとが頷いた。
しかし。
すぐに首を傾げる。
「でも、さっき転移先はランダムだと言っていましたよね?」
「ああ」
「では……」
さらに首を傾げる。
「第五階層へ行っても、アルカディアの近くに出るとは限らないんですか?」
「通常なら、その通りだ」
「通常?」
レオンがわずかに笑った。
「第五階層だけは例外なんだ」
「例外?」
今度はハヤテが反応した。
「ああ」
レオンは中央に浮かぶⅤの文字を見つめる。
「第五階層に限り、転移先は固定されている」
「固定?」
「つまり……」
シズクが言葉を継ぐ。
「どの階層から第五階層へ転移しても、同じ地点へ到着するということですか?」
「その通りだ」
「へぇ!」
ハヤテが感嘆の声を上げる。
たるとも目を輝かせた。
「それなら迷わずに済みますね!」
「ああ」
レオンが頷く。
「そして、それこそがアルカディアが発展した大きな理由でもある」
「……?」
たるとが再び首を傾げる。
「考えてみるといい」
レオンが指を一本立てる。
「第五階層へ到達する者は必ず同じ地点へ転移する」
「つまり、人が集まる」
もう一本。
「物資が集まる」
さらに一本。
「そして情報が集まる」
「……あ」
たるとの表情が変わった。
「もしかして!」
「ああ」
レオンが頷く。
「その転移地点を中心に発展した都市」
一拍置く。
「それが中央都市アルカディアだ」
「なるほど……!」
たるとが大きく頷いた。
「最初から大きな都市だったわけではないんですね!」
「当然だ」
レオンは魔法陣を見ながら答える。
「最初は小規模な拠点だったと聞いている」
人が集まり。
物が集まり。
情報が集まる。
そこに住む者が現れ、商売が生まれ、必要な施設が作られていく。
その積み重ねによって。
現在のアルカディアが形作られた。
「人が集まる場所には」
シズクが静かに呟く。
「それだけで価値が生まれるのですね」
「そういうことだ」
レオンが頷いた。
俺は、その話を聞きながら自分たちの集落を思い浮かべていた。
最初は小さな集まりだった。
それが今では人が増え、建物が増え、暮らしが生まれ始めている。
もちろん。
アルカディアとは規模も歴史も比較にならない。
それでも。
少しだけ似ているのかもしれない。
人が集まり。
そこで暮らし。
やがて、その場所が帰る場所になっていく。
「……」
もしも。
俺たちの集落も、いつか――。
「ガウ?」
たるとの声に我に返った。
「どうしました?」
「いや」
俺は小さく笑った。
「アルカディアにちょっと興味が湧いただけ」
「私もです!」
たるとが笑う。
「たくさん勉強しましょう!」
「そうだね」
「美味しいものも食べましょう!」
「それが本命じゃないよね?」
「違います!」
本当だろうか。
「では」
レオンが全員を見渡す。
「そろそろ行こう」
クロードも《断罪の聖剣》へ視線を向けた。
「全員、魔法陣の中へ」
「転移範囲から外れるな」
「了解!」
四十名が魔法陣の内側へ移動する。
俺も中央付近へ立った。
「準備は?」
レオンが尋ねる。
「問題ありません!」
たるとが元気よく答えた。
「では」
レオンが手をかざす。
「第五階層へ」
――フォン。
足元が発光する。
光は次第に強さを増し、視界を白く染め上げていく。
「わっ!」
たるとの声。
次の瞬間。
浮遊感。
上下の感覚が消える。
自分が立っているのか。
落ちているのか。
それすら一瞬分からなくなった。
そして。
――トン。
足元に感覚が戻る。
「……」
俺はゆっくりと目を開いた。
目の前にあるのは、先ほどとよく似た石造りの祠。
だが。
空気が違う。
温度。
匂い。
何より、外から聞こえてくる人の気配が明らかに多い。
「到着したな」
レオンの声。
たるとが周囲を見渡す。
「ここが……」
一拍置く。
「第五階層!」
その声が祠の内部へ響いた。
「声が大きい」
ゴウマが言う。
「すみません!」
今度はその声が反響し、さらに大きく聞こえた。
「……」
ゴウマが眉間を押さえる。
ハヤテが笑った。
「外から凄い人の気配がするな」
「ああ」
レオンが頷く。
「外へ出れば分かる」
第五階層の《階層転移陣》は、アルカディアの城門から少し離れた場所に設置されているらしい。
俺たちは祠の出口へ向かった。
正面から外光が差し込む。
そして。
一歩外へ踏み出した瞬間。
「……!」
全員の足が止まった。
視界を覆うほどの巨大な城壁。
左右を見ても果てが分からないほど長く続く防壁。
中央には、巨大な城門。
門の前には警備兵が整然と並び、城壁上にも複数の人影が見える。
一目で分かる。
ただ大きいだけではない。
都市を守ることを前提として作られた、完成された防衛設備だ。
「すげぇな……」
ハヤテが呟く。
「これが全部、街を囲ってるのか?」
「その通りだ」
レオンが答える。
「アルカディアには世界中から人が集まるからな」
「人が増えれば」
クロードが続ける。
「守るべきものも増える」
城壁を見上げる。
「それだけの防備が必要になるということだ」
「……」
ゴウマは何も言わず、城壁を見上げていた。
シズクも同じだ。
おそらく、考えていることは俺と近い。
俺たちの集落で建設している外壁は、まだ完成には程遠い。
高さも。
厚さも。
規模も。
目の前にあるアルカディアの城壁とは比較にならない。
けれど。
目的は同じだ。
中で暮らす人を守ること。
そのための壁。
「……参考になるな」
ゴウマが小さく呟いた。
「やはりそう思うか?」
バレットが尋ねる。
「ああ」
ゴウマは城壁から目を離さない。
「高さだけではない」
視線を移す。
「見張りの配置」
「城門の位置」
「城壁上の通路」
「防衛設備」
次々と確認していく。
完全に街づくりをする側の目だ。
「帰ったら確認することが増えたな」
「私もです」
シズクが頷く。
《白晶》を手にしたまま、城壁を見上げる。
「あれほど大規模な城壁をどのように維持しているのかも気になります」
「そこか」
ハヤテが笑う。
「シズクらしいな」
「重要です」
即答だった。
「物理的な防壁が強固でも、魔法攻撃への対策がなければ十分とは言えません」
「なるほど」
ハヤテが頷く。
「理解しているの?」
俺が尋ねる。
「なんとなく!」
やはり理解は浅い。
その横で。
「……」
たるとは何も言わず、ただ巨大な城壁を見上げていた。
「たると?」
「え?」
ようやくこちらを見る。
「どうしたの?」
「いえ……」
たるとは再び城壁へ視線を戻した。
「すごいなと思って」
そして、小さく笑う。
「私たちの街もいつかこれくらい大きくなるのでしょうか?」
「さあ」
俺も城壁を見上げた。
今の集落からは、想像もつかない規模だ。
でも。
「分からないけど」
たるとを見る。
「規模だけが街の価値じゃないと思う」
「……」
「私たちは、私たちの街を作ればいいんじゃない?」
たるとの虎耳がわずかに動く。
そして。
「はい!」
笑顔を見せた。
「そうですね!」
たるとは大きく頷く。
「アルカディアにはアルカディアの良さがあります!」
「私たちは!」
胸を張る。
「《王虎の牙》らしい街を作りましょう!」
「まだ国を作ると決まったわけではないよ」
アイスが苦笑する。
「街です!」
「それなら問題ないね」
そのやり取りを聞きながら、レオンが小さく笑った。
「行こう」
巨大な城門を指す。
「中はさらに驚くぞ」
「本当ですか!?」
たるとの目が輝く。
「楽しみです!」
先ほどまで城壁を見て考え込んでいたのが嘘のようだ。
まあ。
それがたるとらしい。
俺たちは巨大な城門へ向かって歩き出した。
◇
城門前。
近づくほどに、その規模がはっきりと分かる。
門だけでも、俺たちの集落にある建物数棟分に匹敵する高さがある。
左右には警備兵。
その背後には詰所らしき建物。
城壁上には弓を持った者の姿も見えた。
「止まれ!」
警備兵の声が響く。
四十名が足を止めた。
「所属と入場目的を」
レオンが一歩前へ出る。
「《断罪の聖剣》」
「遠征任務からの帰還だ」
警備兵の表情がわずかに変わった。
「レオン殿でしたか」
「ああ」
「ご苦労様です」
レオンは軽く手を上げると、右手を前へ出した。
淡い光が集まる。
「?」
たるとが首を傾げる。
光は一枚のカードへと形を変えた。
「それは?」
「プレイヤーカードだ」
レオンが答える。
「アルカディアへ入る際は、基本的に身分確認が必要になる」
「そのために使うものだ」
「身分証明ですか?」
「ああ」
レオンがカードへ触れる。
すると、目の前に半透明のウィンドウが展開された。
名前:レオン
種族:人間
所属:断罪の聖剣
職業:騎士
「おお……!」
たるとが身を乗り出す。
「こうやって表示されるんですね!」
「近い近い」
レオンが苦笑した。
「あっ!」
たるとが慌てて一歩下がる。
「すみません!」
「プレイヤーカードには」
レオンが説明を続ける。
「名前、種族、所属ギルド、職業といった基本情報が登録されている」
「自分で確認するだけでなく、こうして他人へ提示することも可能だ」
「なるほど……」
たるとが真剣に聞いている。
「偽造はできないのですか?」
シズクが尋ねた。
「少なくとも」
クロードが答える。
「俺は聞いたことがない」
「システムが直接表示している情報だからな」
「そうなのですね」
警備兵がレオンの情報を確認する。
「確認しました」
「通行を許可します」
「ありがとう」
レオンがカードを収める。
続いてクロード。
さらに、《断罪の聖剣》の面々が順番にプレイヤーカードを提示していった。
「俺たちも必要なのか?」
ハヤテが尋ねる。
「当然だ」
クロードが即答した。
「例外を認めれば、身分確認の意味がなくなる」
「そりゃそうか」
「では!」
たるとが元気よく手を挙げた。
「私からいきます!」
「何を張り切っている」
ゴウマが呆れる。
「初めてなので!」
「理由になっていない」
たるとは気にせず右手を掲げた。
「出てください!」
淡い光。
一枚のカードが出現する。
「掛け声は不要だ」
アイスが小さく呟いた。
半透明の表示が現れる。
名前:たると
種族:虎獣人
所属:王虎の牙
職業:祈祷師
「じゃーん!」
たるとが胸を張る。
「祈祷師です!」
「知っている」
ハヤテが即答した。
「もう少し反応してください!」
「では……」
ハヤテが少し考える。
「すごいな!」
「雑です!」
警備兵が少し困惑した表情をしている。
「次はガウです!」
「私?」
「はい!」
なぜ仕切っているのかは分からない。
俺もカードを表示する。
名前:ガウ
種族:狼獣人
所属:王虎の牙
職業:忍者
「忍者!」
たるとが嬉しそうに言った。
「知っているでしょ?」
「知っています!」
「じゃあ、なんで驚くの?」
「雰囲気です!」
意味が分からない。
「次は俺だ!」
ハヤテが前へ出る。
名前:ハヤテ
種族:人間
所属:王虎の牙
職業:剣士
「見ろ!」
「だから知ってるって」
「ガウまで!?」
その横でゴウマが無言のままカードを提示した。
名前:ゴウマ
種族:人間
所属:王虎の牙
職業:格闘家
「そのままだな」
ハヤテが言う。
「お前にだけは言われたくない」
「なんでだ?」
「剣士以外に見えるか?」
「……侍とか?」
「ゲームのシステムに侍などない」
続いてシズク。
名前:シズク
種族:人間
所属:王虎の牙
職業:結界術師
たるとが満足そうに頷く。
「シズクらしいですね!」
「ありがとうございます」
「褒めているのか?」
ハヤテが尋ねる。
「褒めています!」
「ならいい」
次はバレット。
名前:バレット
種族:人間
所属:王虎の牙
職業:弓兵
「まあ」
バレットが《流星》へ手を置く。
「そのままだな」
「弓を持っていますからね!」
「それだけで決まるわけじゃないが」
「でも弓兵ですよね?」
「そうだが……」
バレットは少し困ったように答えた。
続いてアイス。
淡い光が表示される。
名前:アイス
種族:人間
所属:白銀戦線
職業:魔術師
「魔術師……」
俺はアイスを見る。
「何だ?」
「いや」
カードへ視線を戻す。
「氷以外の魔法を使ってるところ、見たことないなと思って」
「ああ」
アイスが自分の杖を見る。
「アークスキル《氷界支配》の制約だよ」
「制約?」
「取得してから、僕は氷属性以外の魔法を使えなくなった」
「そうだったんだ」
「ああ。アークスキルを得る前は他の属性も使っていたよ」
「全然想像できない」
「どういう意味だ?」
「アイスといえば氷って感じだから」
「名前のせいじゃないだろうね?」
「……たぶん」
「その間は何だ?」
思わず笑ってしまう。
そして最後。
「では、私ですね」
モルフォが眼鏡を押し上げる。
淡い光。
名前:モルフォ
種族:人間
所属:王虎の牙
職業:博士
「……」
沈黙。
ハヤテがカードとモルフォを交互に見る。
「博士?」
「はい」
「職業?」
「はい」
「……博士?」
「三度目です」
「いや!」
ハヤテが困惑したように声を上げる。
「そんな職業あるのか!?」
「あります」
モルフォは当然のように答えた。
「非常に優れた職業です」
「戦闘職じゃないだろ?」
「研究職です」
「戦闘職じゃないのに、昨日あんな戦い方してたのか?」
「私のアークスキルのおかげですね」
「ますますよく分からなくなってきた」
「理解しようとする姿勢は評価します」
「上からだな!?」
思わず笑いが漏れる。
忍者。
剣士。
格闘家。
結界術師。
弓兵。
魔術師。
祈祷師。
博士。
こうして並べてみると、まるで統一性がない。
武器も。
戦い方も。
得意なことも。
何もかも違う。
でも。
違うからこそ、できることも増える。
互いに足りないところを補い合える。
俺たちは、そういう集団なんだろう。
「確認しました」
警備兵が告げる。
「全員、通行を許可します」
「ありがとうございます!」
たるとが元気よく頭を下げる。
警備兵がわずかに笑った。
「賑やかなギルドですね」
「よく言われます!」
「言われたことあったか?」
ハヤテが小声で尋ねる。
「今が初めてです!」
「じゃあ、よく言われてないだろ!」
城門前に笑いが広がった。
そして。
巨大な城門がゆっくりと開かれていく。
俺たちはついに、中央都市アルカディアへと足を踏み入れた。
◇
言葉を失った。
最初に目に入ったのは。
人。
とにかく人だった。
視界のあちこちを多くの人々が行き交っている。
人間。
獣人。
エルフ。
ドワーフ。
様々な種族のプレイヤーたち。
その両側には無数の建物が並んでいた。
宿屋。
武器屋。
防具屋。
食堂。
露店。
素材店。
見たこともない商品が並ぶ店もあれば、何階建てなのか分からないほど大きな建物まで存在する。
「いらっしゃい!」
「新装備あります!」
「第五階層産素材!」
「パーティー募集!」
「第六階層攻略、前衛募集中!」
あちこちから声が飛び交っている。
「うわぁ……!」
たるとの虎耳がぴんと立つ。
右。
左。
正面。
視線が忙しなく動く。
「すごいです!」
「人が多いです!」
「建物も多いです!」
「お店も多いです!」
そして。
鼻をひくつかせる。
「美味しそうな匂いもします!」
「そう言うと思った」
俺は苦笑した。
「あっ!」
たるとが近くの屋台を指差す。
「何か焼いています!」
「目的を忘れるな」
ゴウマが即座に制止した。
「忘れていません!」
そう答えるものの、視線は完全に屋台へ向いている。
説得力がない。
「帰りに寄ればいい」
アイスが笑う。
「本当ですか!?」
「僕に許可を求められても困るけどね」
「やったー!」
「話を聞いているのか?」
その横で、シズクは街そのものを観察していた。
「道路が広いですね」
ゴウマも頷く。
「馬車がすれ違えるだけの幅を最初から取っている」
視線を大通りの先へ向ける。
「中央の通りを広くして、そこから小さな道を枝分かれさせているな」
「人の流れが滞りにくい構造ですね」
「そういうことだろう」
完全に街づくりをする者の視点になっている。
「見張り台もあります」
シズクが遠方へ目を向ける。
「城壁だけではありません。都市内部にも複数配置されています」
「緊急時の情報伝達用だろうな」
ゴウマが続ける。
「参考になりますね」
「ああ」
二人とも真剣だ。
たるととは別の意味で目が輝いている。
「モルフォは?」
俺は周囲を見渡した。
「……」
いない。
「モルフォ?」
少し後方で立ち止まっていた。
露店を凝視している。
「何を見てるの?」
「珍しい素材です」
「虫?」
「虫です」
やはりか。
「第五階層産《晶甲虫》の甲殻です。非常に希少ですね」
「買うの?」
「価格次第です」
「目的を忘れないようにね」
「研究も重要です」
「今回は視察だよ」
「研究施設は国家に必要です」
論理で返された。
「……」
強い。
「諦めろ」
バレットが小さく笑う。
「そうする」
その時。
「どうだ?」
前方を歩いていたレオンが振り返った。
隣にはクロード。
「アルカディアは」
「……すごい」
俺は率直に答えた。
「こんな都市、初めて見たよ」
「だろうな」
レオンが笑う。
「現存する都市の中でも最大級だ」
ハヤテが周囲を見渡す。
「これを作った連中は相当だな」
「そうだな」
クロードが答えた。
「一朝一夕でできるものではない」
「長い時間をかけて、少しずつ形成された都市だ」
「……」
俺は大通りを見渡した。
人。
店。
建物。
そして生活。
完成された巨大都市。
でも。
ここも最初は小さな拠点だったらしい。
「……」
俺たちの集落はまだまだ遠い。
外壁すら完成していない。
道も。
建物も。
店も。
足りないものばかりだ。
それでも。
「たると」
「はい?」
「やっぱり」
俺はアルカディアの街並みを見渡した。
「これからが楽しみだね」
「……」
たるとが一瞬だけ目を見開く。
そして。
すぐに笑った。
「はい!」
力強く頷く。
「私もです!」
拳を握った。
「たくさん見て!」
「たくさん学んで!」
「全部持ち帰りましょう!」
「全部は無理でしょ」
「気持ちです!」
「ならいいか」
俺は改めて、今回の目的を思い出す。
国家とは何か。
国家として成立するためには何が必要なのか。
そして。
《王虎の牙》は本当に国を目指すべきなのか。
その答えを考えるために。
俺たちは再び歩き出した。
中央都市アルカディア。
完成された巨大都市の中を見渡しながら、俺はこれから始まる視察へ胸を躍らせていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ついに中央都市アルカディアへ到着!
自分たちの街とは違う完成された巨大都市。
ここで何を見て何を学ぶのか。
次回もよろしくお願いします!




