第15話 三十八人の旅路
――出発から数時間。
第一階層。
俺たちは《階層転移陣》を目指し、森の中を進んでいた。
《王虎の牙》と《白銀戦線》から八名。
《断罪の聖剣》三十名。
総勢三十八名。
これだけの人数で一緒に旅をするのは初めてだった。
「……」
歩きながら後方へ視線を向ける。
《断罪の聖剣》の面々は、森の中でも整然とした隊列を維持している。
先頭にはレオン。
その近くにはクロード。
後方にも数名が配置され、周囲を警戒しながら進んでいた。
明確な指示がなくともそれぞれが自分の役割を理解している。
さすが攻略組と呼ばれるだけのことはある。
こういうところは俺たちとは随分違う。
「ガウ!」
前方から声が飛ぶ。
「置いていくぞ!」
ハヤテだ。
「今行く!」
少しだけ歩調を上げる。
「何を見ていた?」
「《断罪の聖剣》」
「ん?」
「いや」
後方を親指で示す。
「統率が取れていると思って」
「ああ」
ハヤテも振り返る。
「確かにそうだな」
そして視線をこちらへ向ける。
たるとはアイスと何やら話している。
モルフォは歩きながら森の昆虫を観察。
バレットは少し離れた位置で周囲を警戒。
ゴウマとシズクは今回の行程で確認すべき事項について意見を交わしていた。
「……」
ハヤテが小さく笑う。
「俺たち自由だな」
「今気付いたの?」
「いや、むしろ良いだろ」
「否定はしない」
むしろ。
それこそが《王虎の牙》らしさなのだろう。
◇
「アイスさん!」
たるとが明るい声を上げる。
「はい」
「転移陣まではどのくらいかかりますか?」
「そうだな……」
アイスは周囲の地形を確認する。
「二日は見ておいた方がいい」
「二日ですか!」
「ああ」
「第一階層は広大だからな」
「僕たちだけであれば多少の強行も可能だが、今回は三十八名だ」
後方へ視線を向ける。
「全体の体力を考慮しながら進むべきだろう」
「なるほど……」
たるとは真剣に頷いた。
「急がず、安全第一ですね!」
「その通りだ」
その会話を聞いていたレオンが口を開く。
「今回の目的は攻略ではない」
「急ぐ必要もないからな」
「はい!」
「ただし」
レオンの表情が僅かに引き締まる。
「第一階層とはいえ、油断は禁物だ」
「弱い魔物であっても数が集まれば脅威となる」
「そうですね」
たるとも表情を正す。
隣を歩くクロードも周囲へ視線を巡らせた。
「これだけの人数で行動すれば目立つ」
「魔物を引き寄せる可能性も考慮すべきだ」
「分かりました!」
たるとは元気よく返事をする。
直後。
「でも!」
「?」
「今のところ何もいませんね!」
「……まあな」
クロードが僅かに苦笑する。
緊張感が長く続かないのも、たるとらしさと言えるだろう。
森を抜けると視界が一気に開けた。
「わぁ……!」
たるとが声を漏らす。
目の前に広がっていたのは果てしなく続く草原だった。
柔らかな風が吹き抜け、草は波のように揺れている。
その先には青空がどこまでも広がっていた。
「広いですね!」
たるとの耳が嬉しそうに動く。
「第一階層ってこんなに広いんですね!」
「たると」
思わず口を挟む。
「私たちは第一階層に住んでるんだよ?」
「それとこれは別です!」
「そうなの?」
「そうなんです!」
何が違うのかは分からない。
「ははは!」
ハヤテが笑う。
「いいじゃねぇか!」
「こういう景色、俺も好きだぜ」
両手を頭の後ろに回し、草原を見渡す。
「旅って感じがするよな!」
「分かります!」
たるとも大きく頷く。
二人とも実に楽しそうだ。
「……遠足ではないのですが」
シズクが小さく呟く。
「え?」
たるとが振り返る。
「何か?」
「いえ」
シズクは静かに首を振った。
「何でもありません」
聞こえていたがあえて触れないでおく。
草原を進む。
森と違い視界が開けており、周囲の警戒もしやすい。
自然と空気も緩む。
《王虎の牙》と《断罪の聖剣》。
昨日出会ったばかりの二つの集団。
当初は互いに距離があったが――
「その弓、かなり使い込まれていますね」
《断罪の聖剣》の一人がバレットに声をかける。
「ああ」
バレットは背負った《流星》に視線を落とす。
「長い付き合いだ」
「弓使いですか?」
「ああ」
「私もです」
「そうか」
そこから弓に関する会話が始まる。
別の場所では。
「モルフォさん」
「はい?」
「先ほどから何を見ているのですか?」
《断罪の聖剣》の一人が尋ねる。
モルフォは草むらを指差した。
「昆虫です」
「……昆虫?」
「はい」
「第一階層でも地域によって生息種が異なりますので」
「そ、そうですか……」
明らかに返答に困っている。
「ご興味は?」
「いえ」
「では詳しくご説明を」
「なぜですか!?」
相手は慌てて距離を取った。
「……残念です」
モルフォが静かに呟く。
見なかったことにした。
さらに前方では。
「国を作ったら何をしたいですか?」
ハヤテが問いかけられていた。
「まだ作ると決まったわけじゃないぞ」
「もしもの話ですよ」
「そうだな」
少し考える。
「大きな訓練場が欲しい」
「そこですか?」
「それと飯の美味い店だな」
「国である必要はないのでは?」
「確かに!」
笑い声が広がる。
昨日までほとんど接点のなかった者たち。
それでも同じ道を歩くうちに自然と会話は増えていく。
◇
やがて草原の先に巨大な岩山が見えてきた。
その麓。
崩れた要塞が姿を現す。
「……」
足が僅かに緩む。
《白銀戦線》の旧拠点。
かつて《深淵の剣》の襲撃を受けた場所だ。
崩れた城門。
焼け焦げた建物。
折れた柵。
戦闘の痕跡が今も残っている。
「……懐かしいな」
ハヤテが呟く。
「そこまで昔の話でもないでしょ」
「気分の問題だ」
「そういうものなのかな?」
前方を見る。
アイスが足を止めていた。
何も言わず、ただ崩れた拠点を見つめている。
レオンとクロードも同様に足を止めた。
《断罪の聖剣》はこの場所の情報を把握している。
つまり。
何が起きたかも理解しているはずだ。
「アイス」
レオンが静かに声をかける。
「……ああ」
短く応じる。
かつてここには多くのプレイヤーがいた。
笑い。
食事をし、戦いから帰還する者たちの拠点だった。
それが《深淵の剣》によって奪われた。
「……」
たるとも何も言わない。
ただアイスの背中を見つめている。
やがてアイスは小さく息を吐いた。
「行こう」
自ら歩き出す。
「いいのか?」
レオンが問う。
「ああ」
アイスは振り返らない。
「ここにはもう誰もいない」
一歩。
また一歩。
「今の僕たちには」
僅かに笑う。
「帰る場所がある」
「……!」
たるとの耳がぴんと立つ。
表情が一気に明るくなる。
「はい!」
大きな声。
アイスが振り返る。
「たると」
「なんですか?」
「もう少し静かに返事をしてくれ」
「嬉しかったので!」
「そうか」
アイスも小さく笑った。
失われた場所は戻らない。
だからこそ新たな帰る場所を築く。
その場所を今度こそ守るために。
◇
岩山へ入る。
草原とは一転し、巨大な岩壁に挟まれた細い道が続く。
「足元に注意!」
レオンの声が響く。
「落石にも警戒を!」
「了解!」
《断罪の聖剣》が即座に隊列を整える。
クロードが後方を確認する。
「第三班、間隔が開いている!」
「詰めろ!」
「了解!」
「……」
その様子を見ているとやはり熟練の動きだと分かる。
「攻略組って感じだな」
ハヤテが小声で言う。
「そうだね」
「俺たちもやるか?」
「何を?」
「隊列」
「すぐ崩れるでしょ」
「だよな」
否定しないのか。
「聞こえているぞ」
前方からゴウマの声。
「げっ」
「最低限の隊列は維持しろ」
「はーい」
適当な返事。
「返事だけは一丁前だな」
思わず笑う。
やっぱり俺たちは俺たちだ。
◇
岩山を抜け、さらに森へ入る。
気付けば太陽は西へ傾き、空は赤く染まり始めていた。
「そろそろだな」
レオンが周囲を見渡す。
クロードも地図を確認する。
「この先に開けた場所がある」
「そこで野営としよう」
「ああ」
やがて木々の間に平地が現れた。
十分な広さがある。
三十八名の野営には問題ない。
レオンが振り返る。
「本日はここで野営とする!」
声が響く。
「クロード!」
「了解」
即座に指示が飛ぶ。
「第一班、警戒」
「第二班、設営」
「第三班、薪と水の確保」
「了解!」
一斉に動き出す。
「俺たちも動くぞ!」
ゴウマの声。
「おう!」
ハヤテが荷を下ろす。
「テントを手伝います」
シズクが続く。
「周囲を見てくる」
バレットが弓を手に取る。
「僕も行こう」
アイスも続く。
「では私は」
モルフォが周囲を見渡す。
「昆虫の調査を……」
「薪を頼む」
ゴウマが即答する。
「……分かりました」
残念そうに引き下がる。
「ガウ!」
たるとが手招きする。
「何だ?」
「テントお願いします!」
「たるとは?」
「皆のお菓子を用意します!」
「たるともテントを手伝って!」
「分かりました……」
三十八名が一斉に動く。
《王虎の牙》。
《白銀戦線》。
《断罪の聖剣》。
最初こそそれぞれの仲間同士で動いていた。
だが。
「そっち持ってくれ!」
「はい!」
「杭はこっちだ!」
「分かった!」
「薪、追加で持ってきたぞ!」
「助かる!」
気付けば誰がどのギルドなのかなど関係なくなっていた。
同じ場所で同じ夜を過ごすために自然と連携が生まれていく。
◇
夕暮れ。
焚き火が灯る。
パチパチと薪が爆ぜる音。
周囲では食事が進んでいる。
「できました!」
たるとが満足げにテントを見上げる。
「……」
見る。
僅かに傾いている。
「傾いてない?」
「気のせいです!」
「いや」
ハヤテも見る。
「傾いてるな」
「気のせいです!」
「右が低いです」
シズクが淡々と指摘する。
「気のせいです!」
「三対一だな」
「むぅ……」
結局、建て直しとなった。
◇
夜更け。
焚き火を囲む。
それぞれが思い思いの場所で休み、静かな時間が流れていた。
「なんだか」
たるとが周囲を見渡す。
「遠足みたいですね!」
「遠足?」
レオンが聞き返す。
「はい!」
「みんなで歩いて!」
「みんなで食べて!」
「みんなで寝る!」
「遠足です!」
「……」
レオンが沈黙する。
クロードもたるとへ視線を向ける。
「レオン」
「なんだ」
「どうやら我々は遠足に来ているらしい」
「そうらしいな」
「三十八名の武装遠足か」
「物騒だな」
レオンが笑う。
たるとも笑う。
「楽しいので問題ありません!」
「否定はしない」
レオンは焚き火を見つめる。
「悪くない旅だ」
昨日までほとんど接点がなかった者同士が今は同じ火を囲んでいる。
不思議な光景だった。
「明日も歩きます!」
たるとが言う。
「今日は早めに休みましょう!」
「先生みたいだな」
ハヤテが笑う。
「誰がですか!」
「たるとだ」
「むぅ!」
笑いが広がる。
三十八名の旅。
その最初の夜は穏やかに更けていった。
◇
――深夜。
パチッ。
火の粉が舞う。
静寂。
大半の者は眠っている。
聞こえるのは風。
木々の揺れる音。
虫の声。
そして焚き火。
俺は野営地の外周に立っていた。
隣にはバレット。
さらに《断罪の聖剣》から数名の見張りが配置されている。
一定間隔で交代し、常に複数人で警戒する体制。
《断罪の聖剣》の標準的な野営方式らしい。
「さすが攻略組だな」
小さく呟く。
「慣れているな」
バレットが答える。
森を見る。
暗い。
昼間とはまるで別世界だ。
耳を澄ます。
虫。
風。
草。
そして――
――パキッ。
「……」
小枝を踏み折る音。
俺とバレットは同時に視線を向けた。
「聞こえたか?」
「ああ」
バレットが弓を構える。
《流星》。
矢を一本抜き、弦へ番える。
俺も刀に手をかけた。
《朧》はない。
先の戦いで折れ、今はドランに修理を任せている。
代わりに予備の忍者刀を抜く。
再び耳を澄ます。
――ザッ。
右。
――ガサッ。
左。
――パキッ。
後方。
「一体じゃないね」
「だな」
空気が変わる。
《断罪の聖剣》の見張りも異変に気付き、こちらを見る。
「どうしました?」
「敵だ」
バレットが即答する。
「どこに?」
耳を澄ませる。
足音。
一つじゃない。
二つでもない。
あちこちから聞こえる。
鼻をひくつかせる。
土。
草。
湿った森の匂い。
その中に混じる。
獣とは違う。
鼻につく独特の臭気。
この臭いは――
「ゴブリン」
「……!」
バレットの目が細くなる。
「数は?」
「分からない」
暗闇を睨む。
「でも――」
刀を構える。
「囲まれてる」
――ガサッ!
至近。
暗闇の中に赤い光が灯った。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
さらに。
その奥にも。
一つ。
また一つ。
次々と赤い眼光が浮かび上がっていく。
「……多いな」
バレットが呟く。
矢を番えた弦が軋む。
《断罪の聖剣》の見張りたちも武器を抜いた。
眠る仲間たち。
静かな野営地。
その周囲を無数の影が取り囲んでいた。
「起こして」
視線を逸らさない。
忍者刀を握る手に力を込める。
「全員!」
次の瞬間。
――ギャアアアアアアッ!!
夜の森を無数の咆哮が引き裂いた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回は《王虎の牙》と《断罪の聖剣》、総勢三十八名での旅が始まりました!
少しずつ距離が縮まっていく中、最後にはまさかのゴブリンたちに包囲されることに……。
果たして三十八人の武装遠足はどうなるのか!
次回もよろしくお願いします!




