第12話 攻略者と開拓者
集会場。
《断罪の聖剣》のレオンとクロードたちは静かに話を聞いていた。
《深淵の剣》との戦い。
《白銀戦線》との出会い。
奪われた拠点。
囚われていた仲間たち。
四天王との戦い。
そしてゼノスとの決着。
たるとだけではない。
俺。
ハヤテ。
ゴウマ。
それぞれが必要な部分を補いながら話していく。
長い話だった。
それでもレオンたちは一度も口を挟まず、最後まで耳を傾けていた。
「――これが」
たるとが静かに言う。
「私たちが《深淵の剣》と戦った理由です」
話が終わる。
集会場に静寂が落ちた。
「……」
レオンは腕を組んだまま思案している。
クロードも同様だった。
やがて。
「……なるほどな」
レオンが小さく息を吐く。
「聞いていた話とは随分違った」
たるとが首を傾げる。
「違いましたか?」
「ああ」
レオンは頷く。
「《深淵の剣》を壊滅させた正体不明のギルド」
「俺たちが最初に持っていた情報はそれだけだった」
クロードも続ける。
「しかも四天王だけじゃない」
「ゼノスまで倒している」
「だから俺たちは」
わずかに苦笑する。
「相当な戦闘集団を想像していた」
「……」
俺はハヤテを見る。
ハヤテも俺を見る。
まあ。
そうなるよな。
「実際」
レオンが俺たちを見る。
「戦力だけを見れば間違ってはいなかったがな」
ガンテツ。
ノエル。
アイス。
サイオン。
そして。
ここにいる俺たち。
戦える人材は多い。
「だが」
レオンは窓の外へ視線を向ける。
建設途中の住宅。
行き交う人々。
NPCと共に作業するプレイヤー。
遠くから聞こえる子供たちの声。
「《王虎の牙》は」
一度言葉を切る。
「強くなるために戦ったわけじゃないんだな」
「……」
たるとは小さく笑った。
「はい」
そして窓の外を見る。
「ここは」
「私たちにとって大切な場所ですから」
「大切な場所……か」
レオンが呟く。
「守りたかったんです」
たるとは続ける。
「ここにいる仲間を」
「ここで暮らしている人たちを」
「だから戦いました」
「……」
レオンは何も言わない。
しかしその表情は初めてこの集落を訪れた時よりも柔らかかった。
《王虎の牙》。
名前すら知らなかったギルド。
当初はその実力を測るために来ただけだった。
だが今は。
その力ではなく。
なぜ戦うのか。
その理由を見ている。
そんな気がした。
◇
その時。
コンコン。
集会場の扉が叩かれた。
「どうぞ!」
たるとが応じる。
扉が開く。
「失礼する」
入ってきたのは。
アイスだった。
「話し合いは終わったのか?」
「アイス!」
レオンが驚いたように立ち上がる。
クロードも目を見開く。
「やはりここにいたか」
「久しぶりだな」
アイスが小さく笑う。
「レオン」
「クロードも」
「ああ」
クロードも笑う。
「久しぶりだな」
レオンはアイスを一瞥する。
「無事だったんだな」
「……まあ」
アイスは苦笑する。
「深傷は負ったがなんとか……な」
「そうか」
レオンは小さく息を吐く。
「よかった」
「《白銀戦線》の拠点を見た」
アイスの表情がわずかに強張る。
「……あそこに行ったのか」
「ああ」
レオンが頷く。
「酷い有様だった」
「《白銀戦線》がどうなったのか心配していた」
「そうか」
アイスはわずかに目を伏せる。
それでもすぐに顔を上げ、周囲を見渡す。
この集会場。
その外に広がる集落。
「拠点は失ったが」
小さく笑う。
「今はここが拠点だ」
「……」
レオンはアイスを見る。
クロードも。
「なるほど」
クロードが呟く。
「《白銀戦線》もここを気に入っているわけか」
「そうなるな」
アイスは即答した。
「そうか」
その時。
「でも!」
たるとの声が響く。
全員が振り向く。
たるとは頬を膨らませていた。
「アイスさんたちは無茶しすぎです!」
「え?」
「深傷どころじゃなかったじゃないですか!」
「皆さんボロボロで帰ってきて!」
「本当に心配したんですから!」
「いや」
アイスがわずかに後ずさる。
「それは……」
「ちゃんと全員に説教しました!」
「……」
レオンが固まる。
クロードも。
そして。
「ふっ」
レオンが吹き出した。
「ははは!」
「笑わないでくださいよ」
アイスが困ったように言う。
「いや、悪い」
レオンは笑いながら答える。
「お前が説教されている姿を想像したらな」
「レオン」
「悪かったって」
クロードも口元を押さえている。
「クロードまで……」
「すまない」
まったく反省していない声音だった。
俺も思わず笑う。
たるとはまだ頬を膨らませている。
それでもレオンはその光景を見ながらどこか穏やかな表情を浮かべていた。
《白銀戦線》のアイス。
攻略組でも名の知れた男。
その彼がこの場所を自らの居場所のように語り。
小さな虎獣人の少女に叱られている。
力で従わせているわけでもない。
立場で縛っているわけでもない。
ただ心配し合い。
支え合い。
同じ場所で生きている。
それだけ。
だが。
それこそが。
このギルドを象徴しているように思えた。
◇
「たるとさん」
しばらくしてレオンが改めて口を開く。
「一つ聞いてもいいか?」
「はい!」
「《王虎の牙》は」
少し考える。
「上の階層へ行くつもりはないのか?」
「上の階層?」
「ああ」
レオンは頷く。
「俺たちは今、第七階層を中心に攻略を続けている」
「その先にはまだ解放されていない階層もある」
攻略。
この世界から脱出するために必要な行為。
「今日」
レオンは俺たちを見る。
「《王虎の牙》の話を聞いた」
「それだけじゃない」
「《鉄球戦団》」
「《白銀戦線》」
「《不動の盾》」
一人ずつ。
この場所で見た者たちを思い返すように。
「これだけの戦力があるなら」
「第七階層でも十分通用する」
クロードも頷く。
「同意見だ」
「連携次第では攻略の主力にもなれる」
「……」
たるとは静かに聞いている。
レオンは真っ直ぐたるとを見る。
「もしよければ」
一度言葉を切る。
「俺たち《断罪の聖剣》と共に攻略を進めないか?」
静寂。
誰も口を挟まない。
攻略組として最前線を走るギルド。
その勧誘は本来なら大きな意味を持つ話だろう。
だが。
「ありがとうございます」
たるとは笑った。
そして迷いなく続ける。
「でも」
窓の外を見る。
「私たちは」
わずかに目を細める。
「ここが好きです」
「……」
レオンは黙っている。
「最初は本当に何もありませんでした」
「小さな家と」
「畑と」
「少しの住民だけ」
「でも」
たるとは笑う。
「少しずつ仲間が増えて」
「帰ってきてくれる人も増えて」
「ここで暮らしたいと言ってくれる人も増えました」
外から笑い声が聞こえる。
木材が落ちる音。
「おい!」
「大丈夫か!?」
「大丈夫です!」
「足には当たってません!」
「ならよし!」
そんなやり取りまで聞こえる。
「私は」
たるとはその声を聞きながら言った。
「この場所をもっと良くしたいです」
「みんなが安心して暮らせる場所に」
「帰ってきた時にただいまって言える場所に」
そしてレオンを見る。
「ごめんなさい」
頭を下げる。
「そのお誘いはお断りします」
「……」
レオンはしばらく沈黙した。
クロードも。
アイスも。
俺たちも。
やがて。
「そうか」
レオンが静かに言う。
怒りはない。
失望もない。
むしろ納得したような声音だった。
「分かった」
たるとが顔を上げる。
「無理に誘って悪かった」
「い、いえ!」
たるとは慌てる。
「こちらこそせっかく誘っていただいたのに!」
「謝る必要はない」
レオンは笑う。
「それがお前たちの選んだ道だろう?」
「……はい!」
「なら」
レオンは頷いた。
「それでいい」
攻略を放棄したわけではない。
帰還を諦めたわけでもない。
ただ。
それぞれが。
今やるべきことを選んだだけだ。
攻略者。
そして。
開拓者。
進む方向は違う。
だが目指すものが違うわけではない。
誰かを守りたい。
誰かを生かしたい。
その想いは同じだった。
◇
話が一段落した頃。
「……あ」
たるとが窓の外を見る。
太陽はすでに高く昇っていた。
「もうこんな時間です!」
「ん?」
レオンも外を見る。
「本当だな」
「話し込んだな」
クロードも苦笑する。
するとたるとの表情がぱっと明るくなる。
「そうだ!」
嫌な予感が走る。
「皆さん!」
レオンたちを見る。
「お昼ご飯、一緒に食べませんか?」
「……え?」
レオンが固まる。
クロードも瞬きをする。
「昼食?」
「はい!」
「せっかく来てくださったんですから!」
「みんなで食べましょう!」
「いや」
レオンが困惑する。
「俺たちは話を聞きに来ただけだ」
「そこまで世話になるわけには……」
「遠慮しなくて大丈夫です!」
即答だった。
「でも三十人いるぞ?」
「大丈夫です!」
「本当に?」
「大丈夫です!」
妙に自信がある。
たるとはこういう時だけ異様に強い。
「シズク!」
「はい」
「セリア!」
「了解だよ~」
「お昼の準備お願いします!」
「分かりました」
「人数増えるから手伝い呼んでくるね~」
二人が動き出す。
「……」
レオンがその背中を見る。
クロードを見る。
「どうする?」
「もう断れないだろ」
「だな」
二人は苦笑した。
アイスも笑う。
「諦めた方がいい」
「経験者か?」
「あぁ」
「なるほどな」
レオンは小さく息を吐く。
「……本当に不思議なギルドだ」
◇
昼食の準備には少し時間がかかった。
その間、《断罪の聖剣》の面々は集落を見て回ることになった。
もちろん単独行動ではない。
俺たちも数名同行する。
「……」
レオンは歩きながら何度も周囲を見ている。
住宅。
畑。
建設中の道路。
外壁。
資材置き場。
そして働く人々。
「本当に」
レオンが呟く。
「街を作っているんだな」
「さっきからそればかりだな」
クロードが笑う。
「仕方ないだろ」
「俺たちはずっと上を目指してきた」
「拠点は作っても」
「攻略のためだ」
「補給」
「休息」
「防衛」
「次へ進むための場所」
クロードも頷く。
「ここは違うな」
「ああ」
レオンは子供たちが走り回る姿を見る。
「ここは暮らすための場所だ」
その時。
「すみませーん!」
声が響く。
全員が振り向く。
NPCの男性が大量の木材を抱えていた。
「そこの方!」
《断罪の聖剣》の一人を指す。
「少し手伝っていただけませんか?」
「……俺か?」
「はい!」
「これを向こうまで運びたいんです!」
「……」
部下がレオンを見る。
レオンは木材を見た。
そして。
「いいぞ」
自ら持ち上げた。
「え?」
部下が驚く。
「昼飯を振る舞ってもらうんだ」
「何もしないのも落ち着かない」
「レオン」
クロードが苦笑する。
「なら俺もやる」
聖槍を背負い直し、木材を持つ。
「おお!」
NPCの男性が笑う。
「助かります!」
「どこまでだ?」
「こちらです!」
「分かった」
それを見て《断罪の聖剣》の面々も次々と動き出す。
「俺たちも手伝います」
「何を運べばいい?」
「本当ですか!?」
一気に人手が増えた。
声が飛び交う。
「こっちの木材を!」
「石材はそちらです!」
「足元注意してください!」
「……」
俺は少し離れた場所からその光景を見ていた。
最前線で戦っていた者たちが今は木材を運んでいる。
「似合わねぇな」
ハヤテが笑う。
「聞こえてるぞ」
レオンが木材を抱えたまま返す。
「おっと」
「だが」
レオンも笑う。
「悪くないな」
「そうだろ?」
ガンテツが現れる。
「街づくりは楽しいぞ!」
「お前は壊す側だろ」
「なんだと!?」
クロードの一言。
「誰が言った!」
「さっき聞いた」
「誰だ!」
「全員だ」
「ガハハハハ!」
怒っているのか笑っているのか分からない。
周囲も笑いに包まれる。
◇
木材。
石材。
建築資材。
次々と運ばれていく。
攻略組として幾度も死線を越えてきた者たちが。
今は誰かの生活のために汗を流している。
「こういうの」
《断罪の聖剣》の一人が呟く。
「いつ以来だろうな」
「攻略始めてからはほとんどないな」
「だよな」
「この光景……懐かしいよな……」
「そうだな……」
「ログアウトが出来なくなってもう二年経つからな」
「あぁ」
建設途中の家を見る。
「悪くない」
「……ああ」
レオンは周囲を見渡す。
剣戟の音はない。
魔物の咆哮もない。
代わりにあるのは金槌の音。
鋸の音。
笑い声。
呼び声。
子供の声。
「……俺たちは」
レオンが呟く。
「ずっと先へ進むことばかり考えてきた」
クロードが隣を見る。
「それが役目だからな」
「ああ」
「今もそう思っている」
レオンは頷く。
「誰かが進まなければこの世界からは出られない」
「だから進む」
それは変わらない。
だがレオンは建設途中の家を見る。
「こういう場所も必要なんだろうな」
「……」
クロードが小さく笑う。
「進む者と」
「帰る場所を作る者か」
「ああ」
レオンも笑った。
「そういうことだろうな」
その時。
「皆さーん!」
聞き慣れた元気な声が集落に響き渡った。
「お昼ご飯のご用意ができました!」
たるとだ。
その声に作業していた者たちが一斉に顔を上げる。
「おっ!」
「昼飯だ!」
「腹減ったな!」
「行こう!」
あちこちから声が上がる。
さっきまで木材を運んでいた《断罪の聖剣》の面々も顔を見合わせた。
「……俺たちも行っていいんだよな?」
一人が少し戸惑いながら呟く。
「今さら何を言っている」
レオンが笑う。
「せっかく用意してくれたんだ」
「ありがたくいただこう」
「そうだな」
クロードも木材を置く。
「まともな飯は久しぶりだな」
「クロード」
「なんだ?」
「お前、結構楽しんでるだろ」
「否定はしない」
その返事にレオンが小さく笑った。
「行こう」
「ああ」
《断罪の聖剣》の面々が昼食の準備された場所へ向かって歩き出す。
その途中、レオンは一度だけ足を止めた。
振り返る。
建設途中の住宅。
まだ壁は完成していない。
屋根も途中。
道路も整備されていない。
外壁も完成には程遠い。
街と呼ぶには、まだ足りないものばかりだ。
それでもそこで働く人々は笑っていた。
少しずつ自分たちが暮らす場所を築いている。
「……」
レオンは静かにその光景を見つめた。
自分たちは先へ進む。
未攻略の階層へ挑み。
この世界から脱出するための道を切り拓く。
それが《断罪の聖剣》の役目だ。
そして《王虎の牙》は進み続ける者たちがいつか立ち止まった時、安心して帰れる場所を築いている。
攻略者。
開拓者。
歩む道は違う。
「レオン?」
少し先からクロードが振り返る。
「何をしている」
「いや」
レオンは小さく笑った。
「なんでもない」
そして仲間たちの後を追う。
その先から料理の匂い。
笑い声。
そして。
「早く来ないと冷めちゃいますよー!」
たるとの声。
「今行く!」
レオンが答える。
攻略の最前線では味わうことのなかった。
穏やかな昼。
《断罪の聖剣》はこの日。
ほんの少しだけ。
《王虎の牙》が作ろうとしているものを理解したのだった。
第12話「攻略者と開拓者」を読んでいただきありがとうございます!
今回は最前線を進み続ける《断罪の聖剣》と、帰る場所を築いていく《王虎の牙》。
それぞれの道や役割が見えてくる回でした。
進む方向は違ってもこの世界で生きる仲間たちのためにという想いは同じです。
そして最後には《断罪の聖剣》も少しだけ街づくりを体験しました。
次回もお楽しみに!




