第11話 王虎の牙の集落
「……それにしても」
レオンが再び外壁を見上げた。
俺たちの目の前には建設途中の巨大な外壁が広がっている。
場所によっては足場が組まれ、資材が積まれたままだ。
それでも、そこにあるのは小規模な集落を囲う柵などではなかった。
外敵の侵入を想定した十分な高さ。
人が巡回できるよう設計された上部構造。
周囲を見渡すための見張り台。
そして正面には建設途中の巨大な門。
「……随分と本格的だな」
レオンが呟く。
クロードも外壁を見上げたまま言う。
「完全に防衛拠点として設計されている」
「第一階層にこの規模の施設があるとは聞いたことがない」
「そりゃそうだ!」
ガンテツが豪快に笑う。
「まだ建設途中だからな!」
「まだ完成してないッスよ~」
サイオンも続ける。
「これからさらに拡張予定ッス」
「これ以上か?」
レオンがわずかに驚いたように問う。
「もちろんだ!」
なぜかガンテツが胸を張る。
ハヤテが横から笑った。
「だからお前の街じゃねぇだろ」
「俺も関わってるんだから似たようなもんだ!」
「そういう問題か?」
「細かいことは気にすんな!」
「ガハハハハ!」
いつもの笑い声が響く。
《断罪の聖剣》の面々はやや困惑した様子だ。
まあ、無理もない。
「とりあえず行こう」
俺は正門へ向かって歩き出す。
「中でたるとが待ってると思うから」
「たると?」
レオンが聞き返す。
「私たちのギルドマスター」
「……なるほど」
レオンは小さく頷いた。
その隣でクロードが静かに外壁を見上げている。
二人ともいったいどんな人物を想像しているんだろうな。
まあ、会えば分かるか。
◇
正門に近づくと、上部の見張りがこちらに気付いた。
「ガウさんたちが戻りました!」
声が響く。
すぐに門前で待機していた仲間たちもこちらへ視線を向ける。
ゴウマ。
リンファ。
バレット。
そして数名の戦闘班。
武器は構えていないが何かあればすぐに動ける態勢だ。
「戻ったか」
ゴウマがこちらを見る。
「ああ!」
ハヤテが片手を上げる。
「問題なし!」
「こちらは《断罪の聖剣》だ!」
ゴウマの視線が後方へ移る。
レオン。
クロード。
そして整然と並ぶ精鋭たち。
「《深淵の剣》の件で話を聞きに来たみたい」
俺が説明すると、ゴウマは一度頷いた。
「事情は分かった」
そしてレオンたちへ向き直る。
「《王虎の牙》のゴウマだ」
「話はギルドマスターにも通してある」
「ただし、集落に入る前にいくつか確認させてもらう」
レオンは軽く手を上げた。
「分かった」
クロードも一礼する。
「突然の訪問で悪いな」
「気にするな」
ゴウマは淡々と返す。
「敵でないなら歓迎する」
「話が早くて助かる」
ゴウマの目がわずかに鋭くなる。
「この中には非戦闘員もいる」
「集落内では武器を抜かないでくれ」
「それと、案内役から離れて勝手に歩き回るのも控えてもらいたい」
「もちろんだ」
レオンは即答した。
そして後方へ指示を出す。
「全員、聞いたな!」
「集落内では武器を抜くな!」
「案内役の指示にも従え!」
「了解!」
返答が揃う。
ゴウマはそれを確認すると、リンファとバレットへ視線を向けた。
「二人とも、案内を頼めるか?」
「任せてちょうだい」
リンファが頷く。
「ああ」
バレットも短く答えた。
どうやら、レオンたちの到着に備えて準備していたらしい。
ゴウマが再び口を開く。
「たるとからも事情を確認できれば案内して構わないと言われている」
「ギルドマスターまで案内しよう」
「よろしく頼む」
レオンが頷く。
こうして俺たちは、三十二名の来訪者を連れて集落へ入ることになった。
◇
建設途中の門をくぐる。
その瞬間。
「……」
レオンたちの足がわずかに遅くなった。
視線があちこちへと動く。
建設途中の住宅。
資材を運ぶプレイヤー。
石材を積み上げる者。
NPCと協働する者。
道路を整備する者。
少し離れた場所では畑作業を行う人々。
カンッ、カンッ、と鍛冶場の金属音。
「おーい!」
「そっち持ってくれ!」
「今行く!」
あらゆる方向から生活の音が響く。
さらに。
「待てー!」
「こっちだよー!」
子供たちが走り回っている。
NPCの子供たちに混じって、年若いプレイヤーの姿も見えた。
「……」
レオンは何も言わない。
クロードも同様に周囲を見渡している。
何か意外なものでも見たような顔だ。
……まあ、なんとなく分かる。
《深淵の剣》を壊滅させたギルド。
世界指名手配第三位のPKギルドを討伐した存在。
その中心にいる者たち。
きっと、もっと戦闘に特化した殺伐とした拠点を想像していたんだろう。
だけど、実際はこんな感じだ。
「お昼までにここ終わらせるぞ!」
「無理だって!」
「そこ曲がってますよ!」
「え!?」
「ガンテツさんの施工箇所です!」
「やっぱりか!」
「なんでだ!」
笑い声と生活の気配。
「……街を作っているのか?」
レオンが呟く。
「うん」
俺は頷いた。
「まだ途中だけどね」
周囲を見渡す。
「外壁も」
「家も」
「道路も」
「全部建設中」
「これで“まだ途中”か」
クロードが苦笑する。
「集落と聞いていたが随分と印象が違うな」
「最初は本当に小さかったぜ」
ハヤテが答える。
「人が増えて住む場所が足りなくなって、じゃあ作るかってなったんだよ」
「それで街に?」
レオンが問う。
「元々街を作る予定はなかったんだけどな。まあ、うちは建設をきっかけに作ったギルドだし、そうなっちまったな」
ハヤテは笑った。
「……」
レオンは再び周囲を見渡す。
プレイヤーだけではない。
NPCも共に働き、共に生活している。
「平和な場所だな」
ぽつりと呟く。
「……」
俺はわずかに笑った。
「たるとが聞いたら喜ぶよ」
「そうなのか?」
「ああ」
ハヤテも笑う。
「たぶん跳ねる」
「そこまでか?」
「間違いなく跳ねる」
「うん」
俺も頷く。
「確実に跳ねるね」
「……どんなギルドマスターなんだ?」
レオンが少し不安げに呟く。
それには答えない。
見れば分かる。
レオンたちの反応が楽しみだ。
「ガウ」
ハヤテがニヤニヤと覗き込んできた。
「……なに」
ハヤテが俺の肩を組み、小声で話しかけてくる。
「俺は分かるぜ。こいつらの驚く顔を見ようって魂胆だろ?」
「まあ、うん」
「楽しみだな」
そんな会話をしながら、俺たちは集落の案内を続けた。
◇
集落内を進む。
「すみません!」
前方から声。
「少し通ります!」
NPC住民たちが道を開ける。
その先頭に大盾を背負った女性が歩いてくる。
手には書類。
ノエルだ。
「この区画の住宅、少し拡張できそうです」
「本当ですか?」
「はい。ただ、隣家との間隔は確保したいので、ゴウマさんとドランさんにも確認します」
「ありがとうございます!」
どうやら住宅計画の調整中らしい。
ノエルはこちらに気付いた。
「あ」
足を止める。
「ガウ、おかえりなさい」
「ただいま」
視線が後方へ移る。
三十二人の武装集団。
さすがに驚いた様子だ。
「……お客様ですか?」
「うん」
俺は後方を示す。
「《断罪の聖剣》の人たち」
「《深淵の剣》の件で話を聞きに来たらしい」
「なるほど」
ノエルは納得し、軽く頭を下げた。
「初めまして」
「《王虎の牙》のノエルです」
「……!」
その瞬間、レオンの表情が変わった。
クロードも同様にノエルを見る。
正確には、その背中にある大盾を。
「……ノエル?」
レオンが小さく呟く。
「はい?」
ノエルが首を傾げる。
レオンはもう一度、その装備を確かめるように見つめた。
「まさか……《不動の盾》か?」
「……え?」
ノエルが固まる。
「ご存じなんですか?」
「ああ」
レオンは頷く。
「ダンジョンに潜るなら、名前くらいは聞く」
「どんな攻撃でも崩れない盾役がいるとな」
クロードも続く。
「俺も何度か聞いた」
「ダンジョンから仲間を連れて帰還し続ける重装騎士」
「《不動の盾》ノエル」
「……」
ノエルの頬がわずかに赤くなる。
「そ、そんなに有名ではありません!」
「いや」
レオンは笑う。
「少なくとも俺たちは知っている」
「……」
ノエルは明らかに動揺している。
ハヤテがニヤニヤする。
「へぇ、有名人だったのか」
「やめてください!」
「俺、知らなかったぞ」
「私だって、そんなに知られているとは思っていませんでした!」
「本人も知らなかったのかよ!」
「そんなこと気にしていませんから!」
「そういえば、シズクは《不動の盾》を知ってたね」
俺はノエルと出会った時のことを思い出す。
「ガウまで!」
そのやり取りにレオンが笑う。
クロードも小さく笑った。
「……」
俺も少しだけ笑う。
「では!」
ノエルは強引に話を切り上げる。
「私は仕事がありますので!」
「うん。また後で」
「はい!」
住民たちと共に去っていく。
その背中をレオンはしばらく見つめていた。
「どうした?」
ガンテツが笑う。
「驚いたか?」
「まあな」
レオンは苦笑する。
「お前がいる時点で驚いていたが、さらに増えた」
「ガハハハハ!」
ガンテツが胸を張る。
「まだまだいるぞ!」
「お前が自慢するなよ」
ハヤテが突っ込む。
レオンは小さく笑った。
「面白いギルドだな」
クロードも頷く。
「聞いていた印象と実際はまるで違う」
「まだ入口に近いところしか見てないよ?」
俺が言う。
「……これでか」
クロードは苦笑した。
◇
やがて、集落中央まで歩いてきた。
少し大きめの建物。
集会場だ。
食事、会議、雑談。
あらゆる用途に使われる場所だ。
「ここだ」
ゴウマが足を止める。
そしてレオンたちへ向き直った。
「ギルドマスターとの話には、レオンとクロードの二名のみで参加してもらいたい」
「他の皆には、案内役と一緒に集落を見て回ってもらおうと考えているんだが……どうだろうか?」
レオンは後方の仲間たちを見る。
そして頷いた。
「分かった」
レオンは後ろに並ぶ仲間たちへ向き直る。
「お前たち、俺とクロードはギルドマスターと話をしてくる」
「その間、こちらの案内役の指示に従ってくれ」
「何かあればすぐに報告するように!」
「了解!」
隊員たちの返事が揃う。
それを確認すると、ゴウマがリンファとバレットに声をかけた。
「二人とも、残りの三十名の案内を頼む」
「分かったわ」
「ああ」
二人が返事をする。
すると、リンファが笑顔で手を上げた。
「それじゃあ、私たちについてきてね!」
「集落を案内するわ」
バレットも周囲を確認しながら歩き始めた。
《断罪の聖剣》の面々が二人についていく。
レオンはそれを見届けると、リンファとバレットに向かって軽く頭を下げた。
「仲間たちをよろしく頼む」
「任せてちょうだい!」
リンファが笑顔で答える。
ゴウマは二人を見送ると、集会場の扉を開けた。
「さあ、入ってくれ」
俺たちもその後に続く。
中に入ると、中央に大きな机。
その奥に一人の少女が座っている。
虎獣人。
小柄な体格。
その隣にはシズクとセリア。
「あっ!」
俺たちに気付いたたるとが、ぱっと顔を上げた。
そして、すぐに立ち上がる。
「ようこそ!」
「《王虎の牙》へ!」
「まだ建設中ですけど、ゆっくりしていってください!」
「……」
レオンが足を止めた。
クロードも同様に止まる。
二人はたるとを見つめ、それから俺とハヤテを見る。
「……ギルドマスター?」
小さな声。
俺とハヤテは笑いを堪えている。
クロードも驚きを隠せない。
無理もない。
《深淵の剣》を壊滅させたギルド。
そのギルドマスターと聞けば、もっと物々しい人物を想像していたんだろう。
だが、目の前にいるのは二十歳の小柄な虎獣人の少女だ。
「どうかしました?」
たるとが首を傾げる。
「いや」
レオンは我に返り、笑った。
「想像と違っただけだ」
「?」
たるとはさらに首を傾げる。
「俺は《断罪の聖剣》のレオンだ」
一歩前へ出る。
「ギルドマスターをしている」
続いてクロードも前へ。
「副ギルドマスターのクロードだ」
「突然の訪問を許してくれ」
「いえ!」
たるとは笑う。
「大丈夫です!」
「私は《王虎の牙》ギルドマスター、たるとです!」
「よろしくお願いします!」
「……」
レオンは小さく笑った。
「よろしく頼む」
クロードも頷く。
「こちらこそ」
「どうぞ!」
たるとが席を示す。
レオンとクロードが席に着く。
俺とハヤテ、ガンテツ、ゴウマもそれぞれ席に着いた。
サイオンも椅子を引き寄せ、ちょこんと腰を下ろす。
シズクとセリアもその場に残った。
外では《断罪の聖剣》の他のメンバーが、リンファとバレットの案内で集落を見学している。
こうして、二つのギルドの会談が始まることになった。
「では」
レオンが口を開く。
表情がわずかに引き締まる。
「本題に入る」
「はい!」
たるとも頷く。
「《深淵の剣》についてだ」
空気が変わる。
「《白銀戦線》、《鉄球戦団》と協力し、壊滅させたと聞いた」
「その経緯を知りたい」
「なるほど……」
たるとの表情も引き締まる。
「そのために来たんですね」
「ああ」
レオンは頷く。
「俺たちも《深淵の剣》には長く手を焼いていた」
クロードが続ける。
「何度も追い詰めたが逃げられた」
「ゼノスも四天王も簡単な相手ではなかった」
レオンはたるとを見る。
「それを壊滅させたギルド」
「どんな連中なのか知りたかった」
たるとは静かに頷いた。
「でも」
視線を上げる。
「私たちだけではありません」
「《白銀戦線》の皆さんがいました」
「《鉄球戦団》の皆さんも」
「そして、ここにいる仲間全員です」
たるとは手を握る。
「誰か一人の力ではありません」
「みんなで戦ったから勝てました」
「……」
レオンは黙って聞いていた。
やがて。
「なるほどな」
小さく笑う。
「来てよかった」
周囲を見渡す。
「話だけでは分からないものが多すぎる」
「もっと聞かせてくれ」
「《深淵の剣》との戦いを」
「そして」
俺を見る。
「ゼノスをどう倒したのか」
「……」
また俺か。
たるとは元気に答える。
「はい!」
「少し長くなりますが!」
「最初から説明します!」
「構わない」
レオンは笑う。
「そのために来たんだ」
「最後まで聞く」
クロードも頷く。
「俺も興味がある」
「特に」
こちらを見る。
「噂と実物が違いすぎる」
「……それ褒めてる?」
「褒めてる」
「ならいいけど」
ハヤテが笑う。
「では!」
たるとが姿勢を正す。
「まずは――」
こうして、俺たち《王虎の牙》と《断罪の聖剣》の会談が始まろうとしていた。
第11話「王虎の牙の集落」を読んでいただきありがとうございます!
今回はレオンとクロードたちがついに《王虎の牙》の集落へやって来ました。
噂から想像していた姿とは少し違う《王虎の牙》。
そしていよいよ始まる二つのギルドの会談。
次回もお楽しみに!




