第10話 新たな来訪者
――朝。
《王虎の牙》の集落。
今日も早朝から作業が始まっていた。
コンッ、コンッ。
木材を打つ音。
石材を運ぶ声。
荷車の車輪が地面を転がる音。
あちこちで新しい一日が動き出している。
外壁。
住宅。
いずれも完成には程遠いが、それでもこの場所は着実に形を変えつつあった。
そんな中。
「……足りねぇな」
積み上げられた資材の前でガンテツが腕を組んで低く唸った。
隣ではドランが木材の束を確認している。
「やはり木材かの?」
「ああ」
ガンテツは頷く。
「家の増設に使う」
「外壁にも必要だ」
「足場にもなる」
「家具にも回るしな」
一本の木材を持ち上げ、重さを確かめるように見た。
「この調子じゃ今日一日もたんぞ」
「そうか」
ガンテツは豪快に笑った。
「なら話は早ぇ!」
拳を握る。
「取ってくればいいだけだ!」
「……お前さんは本当に単純じゃな」
「ガハハハハ!」
褒めてはいない。
だが本人は気にしていない。
「今日は木材を集めるぞ!」
ガンテツの声が響く。
「伐採に行ける者は手を貸してくれ!」
「おー!」
「行きます!」
数人のプレイヤーが集まってくる。
その中から。
「おいらも行くッスよ~」
聞き慣れた声が上がった。
サイオンだ。
「おお!」
ガンテツが笑う。
「助かるぞ!」
「上から周辺を見られる奴がいると楽だからな!」
「伐採するのは皆さんッスけどね~」
「おいらは周囲警戒ッス」
「それで十分だ!」
斧、縄、荷車。
必要な道具が次々と準備されていく。
「じゃあ行ってくるぞ!」
「無茶はするなよ!」
ドランが声を飛ばす。
「木を取りに行くだけだ!」
「お前さんだから言っとるんじゃ!」
「ガハハハハ!」
朝から賑やかだ。
そうしてガンテツたちは森へ向かった。
◇
集落から少し離れた森。
鬱蒼とした木々の中で。
コンッ、コンッ。
乾いた伐採音が響く。
「そっちの木、頼む!」
「了解!」
「倒れるぞ! 離れろ!」
ミシッ。
ミシミシッ。
巨木がゆっくりと傾き――
ズズゥゥン!!
大地を揺らして倒れた。
「よし!」
ガンテツが満足げに笑う。
「次だ!」
「ガンテツさん」
一人のプレイヤーが苦笑する。
「少し休憩しません?」
「まだ始めたばかりだぞ!」
「もうかなり切ってますよ!」
「そうか?」
周囲を見渡すと、すでに伐採済みの木がかなりの数並んでいた。
枝を払われた丸太も荷車のそばに積み上げられている。
「……」
ガンテツは首を傾げる。
「まだいけるな!」
「そういう問題じゃないです!」
笑いが起きる。
少し離れた上空。
サイオンはその様子を見下ろしながら肩をすくめた。
「元気ッスね~」
そして、ふわりと高度を上げる。
「おいらは周辺を見てくるッス」
「頼んだ!」
森の上空。
草原まで見渡せる高度。
サイオンは周囲に視線を巡らせた。
今のところ、魔物の姿は見当たらない。
異常もない。
「……」
視線を巡らせた、その時。
「むむ?」
サイオンの目が止まった。
木々の隙間。
何かが動いている。
一つ、二つ――いや、それ以上。
「……プレイヤー?」
目を凝らす。
武器、鎧、盾、槍。
完全武装の集団。
しかも。
「多いッスね……」
隊列を組み、周囲を警戒しながら進んでいる。
明らかに統率された動き。
ただの旅人ではない。
「一、二、三……」
数える。
「三十人くらいッスか」
その先頭には聖剣と大盾を持つ男。
その隣には聖槍を携えた男。
「……」
サイオンの表情が変わる。
「まさか」
見覚えがある。
攻略組にいた頃、何度か目にした顔。
「《断罪の聖剣》……?」
サイオンはすぐに高度を下げた。
「ガンテツさん!」
「ん?」
ガンテツが振り返る。
「どうした?」
サイオンが着地する。
「武装したプレイヤー集団ッス」
「数は三十くらい」
「この森に入ってきてるッス」
空気が変わった。
作業の手が止まる。
「三十?」
ガンテツの表情から笑みが消える。
「そうッス」
サイオンは頷く。
「しかも」
一拍置く。
「たぶん《断罪の聖剣》ッス」
「……何?」
ガンテツが目を細める。
攻略組として知られるギルドが三十名もの武装したプレイヤーを連れてこの森へ来ている。
偶然とは思えない。
「集落に報告だ!」
ガンテツは即断した。
「お前たち!」
「はい!」
「伐採は中止!」
「道具はそのままでいい!」
「集落に戻って知らせてくれ!」
「武装集団が接近中だ!」
「了解!」
プレイヤーたちが荷車を置き、集落へ向かって駆け出す。
サイオンが空を見上げる。
「おいらは上から監視を続けるッス」
「ああ」
ガンテツは手にしていた斧を置き、荷車のそばに立てかけていた武器へ手を伸ばす。
《震天》。
その巨大なモーニングスターを肩に担いだ。
「ガンテツさん」
サイオンが静かに問う。
「戦うッスか?」
「馬鹿言え」
ガンテツは鼻を鳴らす。
「敵かどうかも分からん相手にいきなり殴りかかるか」
「……少し安心したッス」
「どういう意味だ!」
「そのままッスよ~」
「ガハハハハ!」
笑い声。
だが、目は真剣だった。
「行くぞ」
「了解ッス」
サイオンも再び飛び立つ。
「敵か味方か」
ガンテツは森の奥を見据える。
「この目で確かめる」
◇
同時刻。
森の中。
《断罪の聖剣》が整然とした隊列で進んでいた。
先頭はレオン。
その隣にクロード。
聖槍を携え、周囲を警戒している。
「静かだな」
クロードが呟く。
「ああ」
レオンも周囲を見渡す。
「魔物の気配も薄い」
「誰かが定期的に狩っている可能性があるな」
「同感だ」
クロードは木々に残された傷跡を見る。
採取痕。
伐採跡。
人が活動している痕跡。
「人の気配が近い」
「ああ」
レオンが頷く。
「当たりかもしれないな」
《白銀戦線》。
そして《王虎の牙》。
その名がこの先にある可能性は高い。
「斥候!」
「はい!」
「前方を確認しろ」
「深入りするな。誰かと接触する前に必ず戻れ」
「了解!」
斥候が隊列の前へ出ようとした、その時。
クロードが足を止めた。
「レオン」
「ああ」
頭上から微かに風を切る音が聞こえた。
「気付いているな」
「ああ」
二人は同時に空を見上げる。
「――そこまでッス」
声。
フワッ。
木々の間から一人の男が降下してきた。
サイオンだ。
地面から少し浮いた位置でその動きが止まる。
「全員!」
クロードが即座に指示を出す。
「構えろ!」
ガシャッ!!
三十名が一斉に武器を構える。
だが。
「待て!」
レオンが手を上げた。
サイオンの顔を見つめる。
「……」
クロードが目を細める。
「《白銀戦線》のサイオンか」
「覚えてたッスか~」
「攻略組で何度も見た」
クロードは淡々と答える。
「忘れようがない」
「光栄ッスね~」
その時。
ガサッ。
茂みが揺れる。
「おっ!」
熊獣人が姿を現す。
《震天》を担いだガンテツ。
「……」
レオンが目を見開く。
クロードも驚く。
数秒の沈黙。
レオンの眉が上がる。
「《鉄球戦団》のガンテツか」
「お前!」
ガンテツが笑う。
「本当にレオンじゃねぇか!」
「久しぶりだな」
「クロードもいるじゃねぇか!」
クロードが聖槍を下ろす。
「ああ」
「随分久しぶりだ」
「ガンテツ」
「ガハハハハ!」
一気に空気が緩む。
レオンも大盾を下ろし、後ろの仲間たちへ指示を出した。
「全員、武器を下ろせ!」
「了解!」
隊員たちが次々と武器を下ろしていく。
だが、ガンテツは《震天》を肩に担いだままだ。
「で?」
視線は鋭いまま。
「《断罪の聖剣》が何の用だ?」
レオンは真っ直ぐ答える。
「調査だ」
「調査?」
「ああ」
一歩前へ。
「《深淵の剣》が壊滅した」
ガンテツとサイオンの表情は変わらない。
「その件を追っている」
クロードが続ける。
「《白銀戦線》の拠点にも行った」
サイオンの目が細くなる。
「あそこに?」
「ああ」
「酷い有様だった」
その言葉にサイオンの笑みが消える。
「……そうッスか」
短い返答。
レオンがサイオンを見る。
「半年前に第七階層から消えたと思えば……」
「まさか第一階層とはな」
「色々あったッスよ」
サイオンは肩をすくめる。
「今はここで一緒に暮らしてるッス」
「ここで?」
「ああ」
ガンテツが続く。
「俺もだ」
レオンが目を細める。
「《鉄球戦団》は?」
「もうない」
ガンテツは笑う。
「攻略組は引退した」
「今は」
胸を張る。
「《王虎の牙》だ」
「……!」
レオンとクロードの表情が変わる。
探していた名。
ようやく目の前に現れた。
「《王虎の牙》……!」
レオンが呟く。
「そうだ!」
「俺たちは今そこにいる」
サイオンも続ける。
「《白銀戦線》も一緒に暮らしてるッス」
情報が繋がる。
《鉄球戦団》。
《白銀戦線》。
そして《王虎の牙》。
「なるほどな」
レオンが息を吐く。
「ようやく辿り着いた」
ガンテツが問う。
「目的は《王虎の牙》か?」
「ああ」
レオンは隠さない。
「《深淵の剣》を倒したギルド」
「その実態を知りたい」
「自分の目で確かめるために来た」
ガンテツはレオンを見る。
顔見知りとはいえ、相手は三十名もの武装したプレイヤーを連れている。
旧知の仲だからといって、無条件に信用するわけにはいかない。
だが、少なくとも今すぐ仕掛けてくる様子はない。
上空から隊列全体を見渡しているサイオンも、今のところ不審な動きは見つけていなかった。
ガンテツが口を開く。
「事情は分かった」
「だが、集落に入れるかどうかは俺だけじゃ決められねぇ」
「ギルマスに確認してからだ」
「ああ。それで構わない」
レオンが頷く。
「こちらも争いに来たわけじゃない」
その時。
森の奥から誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
◇
集落で作業を手伝っていた俺とハヤテのもとに、ガンテツたちと一緒に伐採へ向かったプレイヤーが駆け込んできた。
なんでも、三十人ほどの武装集団が森に入ってきたらしい。
しかも、サイオンによると攻略組のギルドである《断罪の聖剣》の可能性が高いという。
たるととゴウマに報告し、俺とハヤテは先に様子を見に来たわけだ。
森の中を進んでいくと、木々の向こうから話し声が聞こえてきた。
あれは……ガンテツの声だな。
どうやら、すでに相手と接触しているらしい。
「ガンテツー!」
俺は声を上げた。
「大丈夫かー!」
「おお!」
聞き慣れた声が返ってくる。
「来たか!」
木々の間から俺とハヤテが姿を現す。
目の前には武装したプレイヤーたちがずらりと並んでいた。
「随分と多いな」
ハヤテが周囲を見る。
「問題ねぇ!」
ガンテツが笑う。
「《断罪の聖剣》のみんなだ!」
「いきなり暴れたりするような奴らじゃないぞ!」
「……《断罪の聖剣》?」
俺が首を傾げる。
そんな俺たちを見て、先頭に立っていた男が一歩前へ出た。
「俺はレオン」
「《断罪の聖剣》のギルドマスターだ」
隣にいた男も続く。
「クロード」
「副ギルドマスターだ」
ハヤテが軽く手を上げる。
「《王虎の牙》のハヤテだ」
俺も頷く。
「同じく《王虎の牙》のガウ」
その瞬間、レオンの視線が俺に向いた。
クロードも同様に。
「……?」
なんだ?
俺の顔に何かついてる?
「ガウ」
レオンが確認するように言う。
「そうだけど」
「なるほど」
クロードが小さく息を吐く。
「《深淵の剣》の討伐者」
「ゼノスを倒した狼獣人」
「……」
俺は片手を上げる。
「いや、そんな大層なもんじゃないけど」
「証言ではそうなっている」
「やめてほしいんだけど」
ハヤテが笑う。
「事実だろ」
「ハヤテ?」
「何でもない」
即答。
ガンテツは大笑い。
サイオンも空で笑っている。
「間違ってないッスね」
俺はため息をつく。
なんなんだよ、もう。
レオンは小さく笑った。
「まさか女性プレイヤーだとは思わなかった」
ん?
いや、中身は男なんですけど!?
とはいえ、そんなことを初対面の相手に説明する必要はないか……。
俺が返答に困っていると、レオンが真剣な顔になった。
「詳しく話を聞きたい」
「《深淵の剣》との戦いについても」
「それに、君たちがどういうギルドなのか」
なるほど。
どうやら俺たちのことを調べに来たらしい。
それにしても、三十人も連れてくるとは……。
俺がハヤテを見ると、向こうも同じことを考えていたのか軽く肩をすくめた。
「話を聞くのは構わないけどよ」
ハヤテが口を開く。
「三十人全員をいきなり集落に入れるわけにもいかないだろ」
「まずはギルマスに確認させてくれ」
「ああ」
レオンが頷く。
「分かった」
「そちらの決まりには従おう」
ハヤテが頷く。
「じゃあ、とりあえず集落の入口まで案内するぜ」
「ついて来な」
一行は歩き出す。
ガンテツが笑う。
「まさかお前らが来るとはな!」
「こっちも驚いている」
レオンが答える。
「《鉄球戦団》がいるとは思わなかった」
「もう違う!」
「今は《王虎の牙》だ!」
「気に入っているようだな」
「当然だ!」
ガンテツは胸を張る。
「いい場所だからな!」
レオンは森の先を見る。
クロードも同じ方向を見る。
「楽しみだな」
「期待していいぞ!」
ハヤテが笑う。
「ガンテツがギルマスみたいに言うなよ」
「細けぇことはいいんだよ!」
「ガハハハハ!」
笑い声が響く。
まったく。
ガンテツは相変わらずだな。
俺は苦笑しながら後ろを振り返った。
《断罪の聖剣》の面々は少し戸惑った様子で俺たちについてきている。
そりゃそうか。
それに、彼らは《深淵の剣》を倒したギルドについて調べに来たらしい。
いったいどんな連中を想像していたんだろう。
やがて森を抜ける。
その先に見えてきたのは俺たちが暮らす集落だ。
まだ完成していない外壁。
建築途中の住宅。
資材を積んだ荷車。
今日もあちこちで作業が進められている。
ガンテツが声を上げる。
「見えてきたぞ!」
「ここが俺たちの集落だ!」
その声にレオンたちが足を止めた。
森の先に広がる光景をじっと見つめている。
「……ここが」
レオンが呟く。
「ああ」
俺は頷いた。
「《王虎の牙》の集落だよ」
レオンは何も言わず、建築途中の家々へ視線を向けた。
その隣でクロードも周囲を見渡している。
そんな二人を見ながら、俺はふと思った。
この人たちは俺たちがどんなギルドなのかを知りたくて来た。
だったら見てもらえばいい。
まだまだ未完成だけど、俺たちにとって大切な場所だ。
「さて」
俺は二人に声をかけた。
「まずは、うちのギルマスに会ってもらおうかな」
戦うためだけの拠点じゃない。
仲間が安心して帰ってこられる場所。
俺たちが作っているのはそういう場所なんだから。
第10話「新たな来訪者」を読んでいただきありがとうございます!
今回はついに《断罪の聖剣》と《王虎の牙》が初めて顔を合わせました。
レオンとクロードたちはこれから《王虎の牙》で何を見るのか。
次回もお楽しみに!




