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第9話 白銀戦線の足跡

「ギシャァァァ!!」


森の中にゴブリンの叫び声が響き渡った。


粗末な剣。


棍棒。


錆びた斧。


武器を手にした二十を超えるゴブリンたちが一斉に《断罪の聖剣》へ向かって走り出す。


「来るぞ!」


部下の声。


だがレオンは動じない。


大盾を前へ構える。


「前衛!」


低く。


よく通る声。


「横へ展開!」


「囲ませるな!」


「了解!」


盾を持つ者たちが前へ出る。


その間に剣士たちが左右へ広がる。


後方では魔法使いと支援役がすでに詠唱へ入っていた。


一切の迷いがない。


「クロード!」


「ああ!」


レオンの隣でクロードが聖槍《アルトリウス》を構える。


「中衛は俺に合わせろ!」


「前衛の隙間を埋める!」


「後衛には一匹も通すな!」


「はい!」


即座に隊列が整う。


レオンがクロードに短く告げる。


「いつも通りにいこう」


「分かった」


短いやり取りだけで二人の役割は決まった。


前。


レオンを中心とした重装前衛。


その少し後ろにクロード率いる槍兵。


さらに後方。


弓。


魔法。


支援。


それぞれが自分の場所を迷わず理解していた。


「……」


レオンが迫ってくるゴブリンたちを見る。


数は多い。


だが。


油断さえしなければ問題ない。


「一気に片付けるぞ」


左手。


大盾を地面へ。


ドンッ!!


そして聖剣を掲げる。


「アークスキル――」


聖なる魔力がレオンの身体から溢れ出した。


「《聖域展開(ホーリー・ドミニオン)》!」


キィィィィン――!!


光。


レオンを中心に巨大な光の円が地面へ広がっていく。


十メートル。


二十メートル。


さらに三十名の仲間たちを包み込む。


淡い光。


温かな魔力。


「……!」


部下たちの身体が僅かに輝く。


身体が軽い。


構える盾。


握る剣すべてが普段よりも力強く感じる。


《聖域展開(ホーリー・ドミニオン)》。


レオンを中心に聖なる領域を作り出すアークスキル。


領域内に存在する味方の身体能力。


防御力。


状態異常耐性。


それらを引き上げる。


自分だけを強くする力ではない。


共に戦う仲間。


その全員をより強く。


より倒れにくくする。


守るための力。


それがレオンのアークスキルだった。


レオンは地面についた大盾を持ち上げ、左腕に構え直す。


「行くぞ!」


「おお!!」


精鋭たちの声。


ゴブリンが飛び込んでくる。


先頭。


三匹。


「ギシャァ!」


「遅い!」


レオンが踏み込んだ。


聖剣を一閃。


ザシュッ!!


一匹目。


そのまま大盾を振るう。


ドガッ!!


二匹目が吹き飛ぶ。


三匹目。


棍棒がレオンの頭上へ。


だが届かない。


「クロード!」


ヒュンッ!


横から聖槍《アルトリウス》がゴブリンの身体を貫いた。


「おう!」


クロードが槍を引く。


次。


ゴブリンが四匹。


クロードへ向かう。


「来い」


槍を構える。


一匹。


突き。


ザシュッ!


すぐに引く。


二匹目。


薙ぐ。


ドガッ!!


三匹目。


間合いへ入ろうとする。


だが。


「甘い!」


クロードが踏み込む。


槍の柄を腹部へ叩き込む。


「ギャッ!」


後方へ吹き飛ぶ。


残った一匹。


そこへ。


「《聖閃斬》!」


レオンの斬撃。


光を纏った刃がゴブリンを斬り伏せた。


「前衛!」


クロードが叫ぶ。


「右から来るぞ!」


「了解!」


盾兵が構える。


ドンッ!!


五匹のゴブリンがぶつかる。


それでも盾兵は退かない。


《聖域展開》によって高められた防御力。


そして。


後方。


「今だ!」


魔法使いが杖を掲げる。


「《ファイアボール》!」


火球。


バァン!!


盾兵の横を抜け、ゴブリンの群れへ炸裂する。


「ギャァァ!」


「弓兵!」


「狙え!」


矢。


ヒュンッ!


ヒュンッ!


次々と敵を正確に射抜いていく。


それでも誰一人として前へ出すぎない。


隊列を崩さない。


「……」


レオンは戦いながら全体を見ている。


前衛。


問題なし。


左。


敵が少ない。


右。


少し多い。


「クロード!」


「分かってる!」


言われる前にクロードはすでに右へ動いていた。


「槍兵!」


「右を厚くするぞ!」


「はい!」


三人がクロードへ続く。


「……」


レオンが僅かに笑う。


長く共に戦ってきた。


言葉をすべて交わさなくても、互いに何を考えているのかある程度分かる。


クロードはレオンが全体を見ている時ほど、自分が前へ出るべきだと知っている。


レオンもまた、クロードが無理をしている時には必ず足運びが半歩だけ乱れることを知っていた。


「レオン!」


クロードの声。


左。


「っ!」


ゴブリン。


一匹。


茂みから飛び出した。


伏兵が後衛へ向かう。


「させるか!」


レオンが地面を蹴る。


大盾。


ドンッ!!


ゴブリンを横から弾き飛ばす。


「後衛!」


「周囲も見ろ!」


「すみません!」


「謝るのは後だ!」


レオンが聖剣を構える。


「今は生き残れ!」


「はい!」


その背後でクロードが一瞬だけ振り返る。


レオンが伏兵を止めたのを確認すると、すぐに前へ向き直った。


「レオン、左は俺が抑える!」


「任せた!」


「お前こそ、無茶をするな!」


「お前に言われたくない!」


「なら、互いに無茶はなしだ!」


敵が弱い。


そんなことは関係ない。


第一階層だから。


ゴブリンだから。


油断していい理由にはならない。


この世界で油断は死に直結する。


だから確実に一匹ずつ数を減らす。


「残り五!」


斥候役の声。


「押し切るぞ!」


クロードが《アルトリウス》を構える。


「前衛!」


「進め!」


「おお!!」


盾兵が一歩前へ。


ゴブリンが下がる。


その隙にクロードが突き。


レオンが斬り伏せ。


剣士。


槍兵。


弓兵。


全員が互いの動きを邪魔することなく最後の敵を追い詰めていく。


そして。


「ギッ――」


最後の一匹が地面へ倒れた。


「……」


静寂が訪れる。


だが、レオンはすぐに聖剣を下ろさない。


森の左右。


後方を確認する。


「周囲を調べろ!」


「追加の敵がいないか確認!」


「はい!」


斥候役が散開する。


クロードも《アルトリウス》を構えたまま森を見渡す。


しばらくして。


「周囲に敵影なし!」


「魔力反応もありません!」


「了解」


クロードがようやく槍を下ろす。


レオンも大盾を背中へ戻した。


「負傷者は?」


「いません!」


「全員無傷です!」


「よし」


《聖域展開》の光がゆっくりと消えていく。


レオンは仲間たちを見る。


「良くやった」


その一言で張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


「ただし」


全員を見る。


「ゴブリン相手に勝ったくらいで浮かれるな!」


「分かっています!」


クロードが笑う。


「相変わらず厳しいな」


「当たり前だ」


レオンも小さく笑う。


「全員生きて帰すのが俺の仕事だからな」


「俺の仕事でもある」


「知ってるよ」


「なら、もう少し頼れ」


クロードが軽く肩をすくめる。


「お前が全部背負うとこっちが動きにくいんだぞ」


「……善処する」


「昔から一度も守ったことがない返事だぞ」


「お前も同じだろ」


二人は小さく拳を合わせた。


「よし」


レオンが前を見る。


「先へ進むぞ」


◇


その日の夕方。


森を抜けた先。


開けた場所で《断罪の聖剣》は野営の準備を進めていた。


テント。


焚き火。


見張りの配置。


食事。


慣れたものだ。


攻略組として何度も野営を経験してきた。


「見張りは三交代」


クロードが地図を見ながら指示を出す。


「一班十人」


「異常があればすぐに全員を起こせ」


「了解!」


その横でレオンは簡素な食事を手に地図を見ていた。


「まだ見てるのか?」


クロードが近くへ座る。


「まあな」


「飯くらい落ち着いて食え」


「食ってる」


「全然減ってないぞ」


「……」


レオンが手元を見る。


確かにほとんど食べていない。


クロードがため息を吐く。


「ったく」


「だから何でも一人で抱えるなって言ってるだろ」


「考えてるだけだ」


「同じことだ」


「そうか?」


「そうだ」


クロードはレオンの手から地図を半ば強引に取り上げ、代わりに干し肉を押しつけた。


「食べ終わるまで返さない」


「子供扱いするな」


「昔から考え込むと飯を忘れるのは変わらないだろ」


「お前は昔から口うるさい」


「その口うるさい奴に何度助けられた?」


レオンは干し肉を見つめ、それから小さく息を吐いた。


「……数え切れないな」


「なら素直に食え」


レオンは観念したように干し肉を口へ運ぶ。


クロードは満足そうに頷いた。


「それでいい」


レオンは少し笑う。


そして地図を見る。


「このまま進めば」


指。


現在地から北。


「明日には《白銀戦線》の拠点だ」


「ああ」


クロードも覗き込む。


《白銀戦線》。


攻略組でも名を知られたギルド。


第五階層。


そして第六階層でも攻略に参加していた。


それが《深淵の剣》に敗れ、拠点を失った。


そしてその後。


《王虎の牙》と《鉄球戦団》と共に《深淵の剣》を壊滅させた。


「……」


レオンが夜の空を見る。


「《王虎の牙》」


小さく呟く。


「どんな連中なんだろうな」


クロードも焚き火へ視線を向ける。


「少なくとも《深淵の剣》を潰せる連中だ」


「戦力だけならかなりのものだろうな」


「ああ」


レオンが言う。


「見極めないとな」


クロードが僅かに笑う。


「お前らしいな」


「何が?」


「強そうな相手を見るとまず、危険かどうかを考えるところだ」


「当然だろう」


「俺は逆だな。強いなら一度は槍を交えてみたい」


「だからお前は無茶をするんだろ」


「だからお前が止める」


「止めきれない時もあったろ」


「その時は俺が引きずって帰る」


「……頼もしいのか、迷惑なのか分からないな」


「長年の付き合いだ。今さらだろ」


焚き火。


パチッ。


薪が弾ける。


「会えば分かる」


「ああ」


レオンも頷く。


「そのために来たんだ」


◇


翌日。


岩山。


その向こう。


「……見えました!」


先行していた斥候の声。


《断罪の聖剣》の一行が岩場を抜ける。


そして足を止めた。


「……」


クロードが僅かに眉を寄せる。


「これは……」


眼前。


そこには巨大な砦があった。


かつて《白銀戦線》が拠点としていた場所。


だがもう以前の姿ではない。


入口は大きく崩壊し、見張り台も半壊。


壁に大きな亀裂と無数の損傷。


地面には折れた武器。


砕けた盾や破損した装備。


戦闘の跡があまりにも多い。


「……酷いな」


レオンが呟く。


「報告では聞いていたが……」


クロードも砦全体を見上げる。


「想像以上だ」


レオンは崩れた入口へ近づく。


瓦礫。


足跡。


魔法による焦げ跡。


岩が砕けた跡。


そして、何か巨大なものが衝突したような破壊痕。


「……」


クロードがその一つへ触れる。


「ここ」


「ただ崩れたんじゃないな」


「ああ」


レオンもしゃがみ込む。


「明らかに戦闘で壊れてる」


「相当派手にやったみたいだな」


「《深淵の剣》と」


「《白銀戦線》」


「それに」


クロードが続ける。


「《鉄球戦団》」


「《王虎の牙》か」


レオンが立ち上がる。


「中を見るぞ」


「全員」


「二人一組」


「勝手に動くな」


「了解!」


クロードが部下たちへ指示を出しながら、レオンの横へ並ぶ。


「俺たちは中央を見よう」


「そうだな」


二人は並んで砦の内部へ進んだ。


◇


砦内部は静かだった。


広場。


訓練場。


倉庫。


居住区。


どこにも人の姿はない。


風。


崩れた窓。


ギィ……。


古い扉が僅かに揺れる音。


それだけ。


「誰もいないな」


クロードが呟く。


「生活している様子もない」


別の建物から部下たちが戻ってくる。


「ギルドマスター!」


「倉庫を確認しました!」


「食料」


「回復アイテム」


「予備装備」


「残っていません!」


「そうか」


レオンが答える。


「はい」


「荒らされた形跡というより整理して搬出したように見えます」


クロードが近くの箱を確認する。


空。


だが散乱していない。


「無秩序に逃げたわけじゃなさそうだな」


「そうだな」


レオンも頷く。


「戦いが終わった後、必要な物資を運び出したのかもしれない」


「つまり」


クロードが言う。


「《白銀戦線》の者たちがどこかへ移った可能性もあるな」


「ああ」


レオンは砦を見渡す。


「だが、ここに残っているものだけじゃ、誰が運び出したのかまでは分からない」


「問題は」


一度、息を吐く。


「《白銀戦線》の者たちが今どこにいるかだな」


◇


しばらく全員で拠点内部を調査する。


だが新しい手掛かりは少ない。


「ダメです」


一人の部下が戻る。


「新たな痕跡は見つかりません」


「こちらもです」


「移動先を特定できる情報はありませんでした」


「そう簡単にはいかないか」


クロードが腕を組む。


レオンは崩れた砦の中央で静かに周囲を見る。


《深淵の剣》。


《白銀戦線》。


《鉄球戦団》。


そして。


《王虎の牙》。


複数のギルドがここで戦った。


その結果、《深淵の剣》は壊滅。


《白銀戦線》はここから姿を消した。


「……」


レオンが目を閉じる。


何か見落としている。


証言。


これまで聞いた話。


元《深淵の剣》の構成員。


《白銀戦線》。


撤退。


「……」


一つ。


記憶が蘇る。


『《白銀戦線》は……一度撤退した』


怯えた男。


『草原を越えて……森の方へ』


『その先は知らない』


『本当だ……』


レオンが目を開く。


「クロード」


「ん?」


「思い出した」


「何を?」


「証言だ」


部下たちもレオンを見る。


「《深淵の剣》の構成員」


「そいつが言ってた」


「《白銀戦線》は」


ゆっくり砦の外へ視線を向ける。


「草原を越えた先の森へ向かったって」


クロードの目が細くなる。


「……確かか?」


「ああ」


「ただし、拠点を奪われた時の撤退先だ。今もそこにいるとは限らない」


レオンは正直に答える。


「だが、一度森へ撤退した《白銀戦線》はその後、《王虎の牙》と共にこの砦へ戻ってきた」


「なら、あの森に《王虎の牙》へ繋がる手掛かりが残っているかもしれない」


クロードが頷いた。


「……なるほどな」


「なら」


地図を広げる。


「見てみよう」


地図。


《白銀戦線》の元拠点。


そこから草原。


そして先に広大な森。


「位置関係は合うな」


クロードが指を動かす。


「問題は……」


森は広い。


「この広さか」


「そうだな」


部下も地図を覗き込む。


「この範囲を捜索するとなると」


「相応の時間が必要です」


「構わない」


レオンが即答する。


クロードが顔を上げる。


「行くか?」


「ああ」


レオンは崩れた拠点を見る。


「ここまで来て、何も分からない状態で帰るつもりはない」


「そう言うと思った」


クロードが笑う。


「付き合うぞ」


「最初からそのつもりだろ?」


「まあな」


レオンも僅かに笑い、そして全員を見る。


「これから草原へ出る!」


「その先の森を探すぞ!」


「《白銀戦線》がいるか」


「《王虎の牙》がいるか」


「まだ分からない!」


一度言葉を止める。


「だからこそ自分たちの目で確かめる!」


「了解!」


三十名の精鋭たちが再び隊列を作る。


クロードが地図を閉じる。


「斥候は前へ」


「痕跡を見逃すな」


「はい!」


「レオン」


「ああ」


二人が並んで歩き出す。


《断罪の聖剣》。


調査はまだ続く。


◇


《白銀戦線》の元拠点を後にする。


岩山を抜け、少しずつ景色が変わっていく。


視線の先。


どこまでも続く草原。


そして、さらにその遥か先にある深い森。


「あの森か」


クロードが呟く。


「恐らくな」


レオンが答える。


風が吹く。


草原が大きく波打った。


まだ何も見えない。


《白銀戦線》。


《王虎の牙》。


その姿はどこにもない。


それでも、わずかな手掛かりを頼りに《断罪の聖剣》は森を目指していた。


「行くぞ」


レオンが歩き出す。


クロードもその隣を歩く。


「気を抜くなよ」


「それはこっちの台詞だ」


「はいはい」


「……クロード」


「何だ?」


「先に見つけても、勝手に突っ込むなよ」


「お前もな」


「俺は突っ込まない」


「その台詞を何度聞いたと思う?」


「……覚えていない」


「俺は覚えてる」


クロードは笑いながら、レオンの歩調に合わせた。


二人の後ろに三十名の精鋭たちが続く。


彼らはまだ知らない。


自分たちが探し続けている《王虎の牙》がその森の奥に確かに存在していることを。

第9話「白銀戦線の足跡」を読んでいただきありがとうございます!


今回はレオンとクロード率いる《断罪の聖剣》の戦闘、そして《白銀戦線》の元拠点を調査する様子を描きました。


手掛かりを追い、少しずつ《王虎の牙》へ近づいていく彼ら。


果たして《断罪の聖剣》と《王虎の牙》はどんな出会いをするのか。


次回もお楽しみに!

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