第7話 守るための準備
王虎の牙の集落。
今日も朝早くから街づくりが続いていた。
「そこ、もう少し右へ寄せてください!」
「了解!」
「石材はこっちだ!」
「木材、追加で持ってきました!」
仲間たちの声があちこちから響き、集落の中を多くの人が行き交っている。
かつてこの場所にあったのは、広い森とその中にひっそりと存在する小さな集落だけだった。
王虎の牙の仲間たちとここで暮らすNPCたち。
それだけだった場所に、今では多くの家が建ち、人が暮らし、毎日のように何かが新しく作られている。
少しずつ。
それでも確実に。
この場所は街へと姿を変え始めていた。
◇
「外壁もだいぶ形になってきましたね」
たるとが建設途中の壁を見上げる。
巨大な石造りの外壁。
まだ街全体を囲うには程遠く、場所によっては基礎部分しかできていないところもある。
それでも、最初に作り始めた頃と比べれば、すでにいくつもの区画で立派な壁が形になっていた。
本格的な街づくりを始めた時、最初に着手した大規模な建設だった。
外からの脅威から仲間を守るため。
ここで暮らす人たちが安心して眠れる場所を作るため。
多くの仲間たちが力を合わせ、少しずつここまで築き上げてきた。
「ここまで来るとはな」
ガンテツが腕を組みながら、出来上がりつつある壁を見上げる。
「最初は本当に小さな場所だったのに、今じゃこんな壁まで作ってやがる」
隣にいたゴウマも頷いた。
「まだ先は長い」
「街全体を囲うには、かなりの石材も人手も必要になる」
それから、出来上がった部分の外壁を見る。
「だが、大きな前進なのは間違いない」
俺も近くに組まれた足場から街の中を見渡した。
その先には少しずつ増えてきた家々が並び、今日も大勢の人が作業に励んでいる。
木材を運ぶ人。
石を積み上げる人。
畑を耕す人。
誰かを呼ぶ声。
遠くから聞こえる笑い声。
前までなら想像もしなかった光景だ。
少しずつ。
本当に少しずつだけど。
ここはただ生き延びるための場所ではなく、誰かが暮らす場所へと変わり始めている。
◇
「家の方も順調ね」
リンファが周囲を見渡す。
少し前までは、多くの仲間が簡易的なテントや寝床で生活していた。
《白銀戦線》の仲間たちがやって来た時なんて、集落のあちこちがテントだらけだった。
けれど今では。
木造の家が一軒。
また一軒と増えている。
まだ全員が住めるだけの数には届いていない。
それでも昨日までテントで眠っていた誰かが、今日は屋根のある家で眠れる。
そうやって一つずつ。
帰る場所は確実に増えていた。
「大工組も頑張ってるからね~」
セリアが眠たそうに欠伸をする。
「住む場所があるって大事だよね~」
「そうね」
リンファが小さく笑った。
「帰ってきても寝る場所がないんじゃ困るもの」
「確かに」
俺も頷く。
安心して眠れる場所がある。
それだけのことが今はすごく大切なことに思えた。
◇
そして。
外壁や住宅と並行し、新しく始まった作業がある。
道路整備だ。
俺が視線を向けた先では、何人もの仲間たちが地面を均し、石や木材を使って道を作っていた。
これまでは森の中をそのまま歩いていた。
集落が小さかった頃はそれでも困らなかった。
誰の家がどこにあるのか。
畑はどっちか。
倉庫はどこにあるのか。
住んでいる人数も少なく、全員がなんとなく把握できていたからだ。
けれど、人が増えた。
建物も増えた。
これから店や施設が増えていけば、もう好き勝手に道を作るわけにはいかない。
「ここを中央通りにする予定です」
たるとが設計図を広げながら説明する。
「広場から住宅地へ行きやすくして、そこから畑や施設にも繋げたいんです」
「なるほど」
俺は設計図と目の前の道を見比べる。
まだ途中だ。
けれど完成すれば、街の中央を一本の大きな道が通ることになる。
「それに……」
たるとが街を見渡した。
少しだけ柔らかい表情になる。
「誰かが迷わず帰れる場所にしたいです」
「……」
その言葉に、周囲にいた仲間たちも静かに頷いた。
家があっても。
街があっても。
帰り道が分からなければ意味がない。
どこにいても。
どこへ出かけても。
道を辿れば帰ってこられる。
たるとはそんな街にしたいんだと思う。
◇
外壁。
住居。
道路。
どれもまだ途中だ。
それでも必要なものが一つずつ形になり始めている。
まだ完成した街ではない。
足りないものも多い。
店も。
宿も。
研究施設の拡張も。
訓練場も。
まだまだこれからだ。
外壁だって、街全体を囲うにはもっと時間がかかる。
それでも。
ここはもう以前と同じ小さな集落ではない。
街になろうとしている。
だからこそ。
街が大きくなるほど、守るために必要なものも増えていく。
そしてそのための準備も。
地上からは見えない場所で静かに始まっていた。
◇
王虎の牙の集落。
地下。
地上の住民たちにはまだほとんど知られていない場所。
薄暗い石造りの空間では今日も作業が進められていた。
「ここまで掘れば十分だろう」
ゴウマが壁へ手を当て、強度を確認する。
広い空間。
厚い石壁。
地上の住宅とはまるで違う。
人が暮らすための場所ではない。
万一に備えて作られている場所。
地下牢。
「本当に造るんですね」
たるとが周囲を見渡した。
その表情には少しだけ複雑なものが浮かんでいる。
「できれば……使うことがないといいのですが」
その言葉にアイスが静かに答えた。
「僕もそう思う」
「でも、この世界に絶対はない」
たるとがアイスを見る。
「どれだけ平和を願っても、脅威そのものが消えるとは限らない」
「……はい」
《深淵の剣》との戦い。
俺たちはあの時。
敵と戦って。
捕らえて。
降伏した者たちまで出た。
けれど。
安全に拘束しておける場所なんてなかった。
実際、最後にはゴウマが大きな岩を使い、元《深淵の剣》の構成員たちを一時的に閉じ込めていた。
あれはあの時だからできた、その場しのぎの方法だ。
次も同じようにできるとは限らない。
もしまた。
街を襲う者が現れ、生かしたまま捕らえることになったら……。
その相手を住民たちの近くへ置いておくわけにはいかない。
脱走されれば。
また誰かが傷つくかもしれない。
「前みたいに」
ゴウマが低い声で言う。
「捕らえた相手を岩で囲って終わり、というわけにはいかん」
「街が大きくなればなおさらだ」
「敵を倒すだけでは済まない状況も出てくる」
ゴウマが地下牢の奥を見る。
「だから必要になる」
「捕らえた者を」
「安全に拘束しておける場所が」
静かな声だった。
誰も反論しない。
必要なのは分かっている。
だけど。
だからといって、喜んで作るような場所でもない。
「これは誰かを傷つけるための場所ではありません」
ノエルが言った。
大盾を背負い。
石壁を静かに見つめている。
「危険な相手を閉じ込めることで」
「外で暮らす人たちを守る」
「そして」
少しだけ視線を落とす。
「捕らえた相手をその場で殺さずに済むための場所でもあります」
「……」
その言葉にたるとが小さく頷いた。
「そうですね」
「守るための場所……なんですね」
「はい」
ノエルが答える。
「私はそう思います」
◇
この地下牢の存在を知っている者はまだ限られている。
たると。
俺。
ハヤテ。
ゴウマ。
リンファ。
シズク。
セリア。
アイス。
サイオン。
ガンテツ。
バレット。
ノエル。
モルフォ。
街を守るうえで必要になる可能性のある者たちだけだ。
一般の住民にはまだ伝えていない。
必要以上に不安を与えたくないという理由もある。
けれど、それだけではない。
もし本当に危険な者を拘束することになった時。
地下牢の場所を街中の誰もが知っている状態では外部へ情報が漏れる可能性もある。
仲間を助けに来る者が現れるかもしれない。
脱走を手助けする者が現れないとも限らない。
だから。
存在そのものを隠すつもりはなくても、場所を知る者は必要最低限にしておく。
今はそれでいい。
「たると」
俺は少し離れた場所に立つたるとへ声をかけた。
「本当に大丈夫?」
「……」
たるとはすぐには答えなかった。
完成途中の地下牢を見回す。
厚い壁。
鉄格子を取り付ける予定の場所。
地上の明るい街とはまるで違う空間。
少しだけ考えたあと。
たるとは小さく笑った。
「大丈夫です」
「皆が安心して暮らせる場所を作るなら」
「必要なことだと思います」
「……そっか」
「はい」
でも。
たるとの視線が少しだけ下がる。
「ただ……」
「うん」
「できれば」
小さな声。
「この場所がずっと使われないままだと嬉しいです」
「……」
誰もその言葉に反論しなかった。
俺も同じだ。
こんな場所。
一度も使わないで済むなら。
それが一番いい。
でも。
必要になるかもしれない。
その時になってから慌てるより、今できる準備はしておいた方がいい。
それもきっと。
誰かと一緒に暮らしていくということなんだと思う。
◇
「次は結界ですね」
シズクが地下牢の壁を確認しながら言った。
「結界?」
ハヤテが尋ねる。
「はい」
シズクは小さな魔石を取り出した。
建設中の外壁へ使っている物と似ている。
「外壁ほど大規模なものではありませんが」
「ここにも防御結界を組み込みたいと思っています」
「外から壊されないため?」
「それもあります」
シズクが頷く。
「ですが、一番は内側からです」
「拘束した相手が強力なスキルや魔法を持っている可能性もあります」
「通常の石壁だけでは十分とは限りません」
「なるほど」
アイスも壁へ視線を向けた。
「ゼノスのような相手を考えれば」
「普通の牢では意味がないかもしれないね」
「はい」
シズクは魔石を見る。
「完全にすべての能力を封じることは難しいです」
「ですが」
「破壊を感知する結界」
「一定以上の魔力反応を感知する結界」
「外からの侵入を検知する結界」
「そういったものを組み合わせれば……」
少し考える。
「少なくとも、何かが起きた時にすぐ分かるようにはできます」
「十分だ」
ゴウマが頷いた。
「まずはそれでいい」
「はい」
シズクも頷く。
その隣でモルフォが興味深そうに壁を見ていた。
「地下という環境を利用して――」
「モルフォ」
俺が言う。
「はい?」
「虫を飼わないでね」
「まだ何も言っていませんが?」
「顔で分かる」
「心外ですね」
「本当に?」
「……」
少し間。
「検討していただけませんか?」
「ダメ」
「即答ですか」
ハヤテが吹き出した。
「モルフォ、諦めろ」
「なぜ皆さんは虫に対してそこまで厳しいのでしょう」
「普通だと思う」
「普通の定義について一度議論する必要がありますね」
「長くなりそうだからやめて」
「……分かりました」
意外と素直だ。
少しだけ笑いが起こる。
地下牢という重い場所なのに。
こんな会話ができることに少しだけ安心した。
◇
街は大きくなっている。
仲間も増えている。
帰ってこられる家が増え。
道が作られ。
そして外壁も少しずつその範囲を広げている。
まだ街全体を守れる状態ではない。
完成までは遠い。
だからこそ。
今のうちから必要な備えを進めておかなければならない。
守る責任は街が大きくなるほど増していく。
強い敵と戦うためだけじゃない。
毎日の食事。
眠る場所。
誰かの笑い声。
仲間たちの日常。
そういうものを失わないために。
必要になる備えがある。
「そろそろ地上へ戻るぞ」
ゴウマが言った。
「まだ作業は残っている」
「はい!」
たるとが返事をする。
皆も地上へ続く階段へ向かって歩き始めた。
俺もその後を追う。
階段を上がるにつれて、少しずつ地上の声が聞こえてきた。
「そっち木材足りてるかー!」
「もう少し欲しい!」
「昼までに道路ここまで進めるぞ!」
「了解!」
地上では何も知らない仲間たちが今日も街を作っている。
誰かが笑い。
誰かが働き。
子供たちが走っている。
そして街の外側ではまだ完成していない外壁を作るために、大勢の仲間が石材を積み上げ続けている。
俺は階段を上がりながらその声を聞いていた。
この日常を守るために。
帰る場所を失わないために。
俺たちは戦う力だけじゃなく。
備えることも覚えていかなければならない。
地下牢。
できればずっと使われないままでいてほしい。
それでも必要になった時。
誰かを守れるように俺たちは少しずつ未来への準備を進めていた。
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