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第4話 役割

――朝。


王虎の牙の集落。


今日も朝早くから。


木材を運ぶ音。


石材を削る音。


人々が行き交う声。


いつものように街づくりが始まろうとしていた。


だが今日は少しだけ様子が違う。


建設現場へ向かう者たちとは別に。


集落の一角。


昨日まで資材置き場として使われていた仮設建物へ、何人もの仲間たちが集まっていた。


俺も。


その中の一人だった。


「……狭いな」


ハヤテが周囲を見る。


「仕方ないだろう」


ゴウマが腕を組む。


「これだけ集まることを想定して作った建物ではない」


「もう少し大きく作ればよかったね~」


セリアが眠たそうに言う。


「今度は会議室も作るか?」


ガンテツが笑う。


「お前さんが作ると必要以上に大きくなりそうじゃ」


ドランが呆れた声を漏らす。


「なんだと!」


「事実じゃろうが」


「……」


朝から元気だ。


仮設建物の中。


集まっているのは。


たると。


俺。


ハヤテ。


ゴウマ。


リンファ。


シズク。


セリア。


バレット。


ガンテツ。


ドラン。


ノエル。


モルフォ。


そして。


《白銀戦線》の代表としてアイスとサイオン。


少し前ならこれだけの人数で何かを話し合う必要なんてなかった。


《王虎の牙》は本当に小さなギルドだったから。


でも今は違う。


「さて」


ゴウマが机の上へ一枚の紙を置いた。


「これだけの人数が揃った以上」


全員を見る。


「一度、役割を整理する必要がある」


「役割?」


たるとが首を傾げる。


「ああ」


今度は。


アイスが手元の資料へ視線を落とした。


「現在」


紙を捲る。


「この集落には二百人を超えるプレイヤーが暮らしている」


さらに。


「それだけじゃない」


窓の外。


NPCの住民たちへ視線を向ける。


「NPCの住民もいる」


たるとも窓の外を見る。


そこには建築作業へ向かうプレイヤー。


畑を整えているNPC。


子供を連れて歩く住民。


朝食を片付けている者たち。


もう一つのギルドだけで管理できる規模ではなくなりつつあった。


「今までは」


ゴウマが続ける。


「必要な時にその場にいる人ができることをやってきた」


「うん」


俺も頷く。


それで困ることはほとんどなかった。


誰が強いか。


誰が何を得意としているか。


だいたい全員が知っていたから。


「だが」


ゴウマの表情が引き締まる。


「これからは違う」


「人が増えた」


「集落も大きくなる」


「外壁」


「住宅」


「道路」


「店」


「研究施設」


「訓練場」


設計図に描かれていたものを一つずつ挙げていく。


「これだけのものを作り」


「維持して守る」


「そのためには」


机を指で叩く。


「誰が何をできるのか」


「そして誰に何を任せるのか」


「それを把握する必要がある」


「なるほどね」


リンファが頷く。


「全員が好き勝手に動いていたら」


「人数が増えた分、逆にまとまらなくなるものね」


「そういうことだ」


たるとも少し真剣な表情になった。


「街を守るため……ですね」


窓の外を見る。


家を建てる人。


畑を耕す人。


子供たち。


新しくここへ来た者たち。


この場所にはもう守るべき暮らしがある。


「はい!」


たるとが頷いた。


「必要だと思います!」


「皆が安心して暮らせる場所にするなら」


「得意なことを活かせるようにした方がいいです!」


「決まりだな」


ゴウマが立ち上がる。


「今日は午前の街づくりを一度止める」


「全員を広場に集めよう」


「そして一人一人が何をできるのか確認する」


ハヤテが笑った。


「能力測定会ってところか?」


「強さ比べではないぞ」


ゴウマがすぐに釘を刺す。


「分かってるって」


「戦える奴だけを見るわけでもない」


ゴウマは続ける。


「この街に必要なのは」


指を一本立てる。


「戦う者」


もう一本。


「作る者」


さらに。


「支える者」


「育てる者」


「治す者」


「調べる者」


そして。


「守る者」


拳を握る。


「その全部だ」


「……」


俺は静かに皆を見る。


少し前まで俺たちはただ生き残るために戦っていた。


でも今は違う。


戦う力も。


作る力も。


知識も。


技術も。


全部この場所で誰かと一緒に暮らすために使おうとしている。


「よし!」


たるとが元気よく立ち上がる。


「それじゃあ!」


「みんなを集めましょう!」


「おお!」



中央広場。


普段なら朝から木材を運ぶ音。


石を積む音。


建築作業の掛け声が響いている場所。


でも今日は違う。


広場の一角には簡易的な訓練場。


的。


木製の模擬武器。


魔法の威力を確認するための標的。


さらに少し離れた場所には生産職や支援職の確認に使う机や道具まで並べられていた。


「……」


俺は広場を見る。


多い。


改めて。


すごい人数だ。


《王虎の牙》。


《白銀戦線》。


元《深淵の剣》。


解放されたプレイヤーたち。


元《鉄球戦団》。


そしてNPCの住民たち。


もちろん。


NPC全員が戦闘に参加するわけじゃない。


でも。


農業。


料理。


裁縫。


建築。


木工。


この世界で暮らすために。


必要な技術を持つ人は多い。


「これだけ集まると~」


セリアが周囲を見回す。


「すごいね~」


「そうね」


リンファが笑う。


「最初は本当に少人数だったもの」


「……」


俺も少しだけ昔を思い出す。


たると。


ハヤテ。


ゴウマ。


リンファ。


シズク。


セリア。


少しずつ人が増えて。


今目の前には広場を埋めるほどの人がいる。


「始めるぞ!」


ゴウマが前へ出た。


ざわめきが少しずつ静まる。


「最初に言っておく!」


よく通る声。


「今日は誰が一番強いかを決めるために集めたんじゃない!」


「……」


全員が耳を傾ける。


「この場所を」


「これから作る街を」


「皆で守り」


「皆で暮らすためだ!」


ゴウマは集まった者たちを見回した。


「戦える者は戦う力を!」


「作れる者は作る力を!」


「人を支えられる者は支える力を!」


「自分が何をできるのかそれを見せてくれ!」


一拍。


そして。


「おお!」


多くの声が返ってきた。



最初は戦闘を得意とする者たち。


「近接戦闘ができる者から!」


ゴウマが呼ぶ。


一人の男が。


広場の中央へ出る。


剣士。


向かい側にも。


別の剣士。


木製の模擬剣を構える。


「始め!」


ガキンッ!


剣と剣。


一歩。


踏み込む。


受ける。


払う。


再び斬る。


勝敗を決めるためではない。


どう動くのか。


どれほど周囲を見られるのか。


誰と組ませるのがいいのか。


それを確認するため。


「前衛向きですね」


ノエルが呟く。


「ただ」


アイスが続ける。


「少し前へ出すぎる癖がある」


「盾役と組ませた方が安定しそうですね」


シズクも頷いた。


「なるほど」


ゴウマが紙へ書き込んでいく。


次。


槍。


盾。


格闘。


それぞれが自分の戦い方を見せていく。


俺もただ眺めているわけじゃない。


足運び。


反応。


視線。


間合い。


集団戦に向いているか。


一対一に向いているか。


何かあった時。


誰をどこへ配置するべきか。


そういう目で見る。


「……」


戦うためじゃない。


守るために人の力を見る。


不思議な感じだった。



「次!」


ゴウマが資料を見る。


「弓を使える者!」


何人かが前へ出る。


その中の一人の青年。


カイル。


元奴隷プレイヤー。


少し緊張した様子で弓を握っている。


「……」


その横にバレットが立っていた。


「緊張してるか?」


「少しだけ」


カイルが苦笑する。


「でも」


弓を見る。


「やります」


「なら問題ない」


バレットは短く答えた。


「師匠」


「……」


バレットの眉が動く。


「その呼び方はまだ早い」


「でも教えてくれてますよね?」


「それはそうだが」


「じゃあ師匠です」


「……」


バレットが少し嫌そうな顔をする。


「好きにしろ」


カイルが笑った。


そのやり取りを見て俺も少し笑う。


以前のバレットなら誰かに何かを教えるなんて想像しにくかった。


一人でどこかへ流れ着いて。


一人で戦っていた男。


それが今は弟子みたいな存在までいる。


「始め!」


ゴウマの声。


カイルが弓を構える。


的。


距離。


風。


一瞬で確認。


ギリッ。


弦を引く。


ヒュッ!


矢。


一直線。


ドスッ!


的の中央。


「おお……!」


周囲がざわつく。


「かなり正確だ」


「若いのにやるな」


カイルが小さく息を吐いた。


バレットを見る。


「どうです?」


「悪くない」


「……」


カイルの顔が少し嬉しそうになる。


だが。


「もう一度」


「え?」


バレットが別の的を指差す。


今度は紐に吊るされ左右へ揺れる的。


「今のは動かない的だ」


「実戦で敵が止まってくれることはほとんどない」


「はい」


「次は」


バレットの目が鋭くなる。


「動きを読め」


カイルが頷く。


「はい!」


再び。


弓を構えた。


「……」


本当に師匠みたいになってる。



確認は戦闘職だけではない。


「次!」


たるとが今度は声を上げる。


「生産や生活系の技能を持っている方はこちらです!」


別の場所。


机。


木材。


布。


食材。


簡単な道具。


「料理できます!」


「裁縫なら」


「木工経験があります!」


「農業系スキル持ってます!」


次々と人が集まってくる。


「……多いな」


ハヤテが目を丸くする。


「当然じゃろ」


ドランが腕を組む。


「二百人もおれば戦うしかできん奴ばかりなわけがない」


「それもそうか」


リンファも。


布を手に取る。


「裁縫をできる人が増えるのは助かるわ」


「服だけじゃなく」


「テントや寝具の補修も必要だもの」


「それなら俺は木工を見ます!」


一人のNPCが手を上げる。


「家の家具も作れます!」


「本当ですか!?」


たるとの目が輝く。


「お願いします!」


別の場所。


「畑の経験がある人は?」


「はい!」


「俺も!」


「私は薬草なら育てられます!」


声。


声。


声。


戦えなくても。


役割はある。


いや。


むしろ。


暮らしていくためならこっちの方が必要になる場面も多い。


「……」


俺は少しだけ納得した。


街を作るって。


本当に戦うだけじゃできない。



しばらくして広場の空気が僅かに変わる。


「次」


ゴウマが資料を見る。


一度。


言葉を止めた。


「元《深淵の剣》の構成員」


「……」


ざわめき。


ほんの僅か。


元奴隷だった者。


《白銀戦線》の者。


《深淵の剣》に直接傷つけられた経験のある者たち。


何人かの表情が固くなる。


仕方ない。


名前を聞くだけで嫌な記憶が戻る人だっている。


その中、一人の男が前へ出る。


アレン。


腰には。


一本の剣。


「……」


俺はアレンを見る。


この男を俺は知っている。


数日前。


深夜、荷物を背負ってこの集落から出ていこうとしていた。


償うと決めて。


残ったはずなのに。


それでも自分がここにいることに耐えられなくなって逃げようとしていた。


あの夜、俺とハヤテで話した。


ここに残るかどうかを決めるのは過去じゃない。


これからの自分だと。


そして。


アレンは残ることを選んだ。


「……」


アレンが周囲を見る。


向けられる視線。


警戒。


疑い。


少しの嫌悪。


全部。


受け止めるように。


「俺は……」


静かな声。


「《深淵の剣》にいた」


ざわめきが消える。


「命令に従って人を傷つけた」


「奪った」


「……」


アレンの拳が。


僅かに震える。


「怖かったから」


「ゼノスに逆らえなかったから」


「そんな理由で」


顔を上げる。


「自分がやったことは消えない」


「……」


「正直」


少しだけ苦笑する。


「ここにいるのが怖くなって逃げようとしたこともあります」


何人かが驚いた顔をする。


ハヤテが少しだけ俺を見る。


俺は何も言わない。


アレンが続ける。


「でも」


腰の剣へ手を置く。


「逃げても何も変わらない」


「だから!」


剣を抜く。


音。


「今度はこの剣を」


一度息を吸う。


「誰かを傷つけるためじゃなくここを守るために使いたい!」


静寂。


そこへ。


一人。


ゴウマが前へ出た。


「俺が相手をする」


「……!」


アレンが目を見開く。


「ゴウマさんが?」


「ああ」


ゴウマは。


両手のメリケンサック《岩砕》を構える。


「今のお前が何のために剣を振るうのか」


目を細める。


「見せてもらう」


「……」


アレンが剣を構える。


「お願いします」


二人。


向かい合う。


「始め!」


合図。


アレンが動いた。


速い。


一歩。


一気に距離を詰める。


斬撃。


ガキィン!!


ゴウマが《岩砕》で受ける。


「……!」


アレンはそのまま力押ししない。


すぐに引く。


横。


回り込む。


再び斬る。


ゴウマが払う。


「ほう」


一撃。


二撃。


三撃。


でも。


俺は少し違和感を覚えた。


アレンはゴウマだけを見ていない。


周囲。


距離。


背後。


広場にいる人たち。


全部、視界に入れている。


以前、敵として見た時とは少し違う。


「変わったな」


ゴウマが攻撃を受けながら呟いた。


「……え?」


「以前のお前なら」


拳。


アレンが避ける。


「もっと自分の力を証明しようとしていた」


踏み込む。


アレンが剣で受ける。


ガキンッ!!


「だが」


ゴウマがさらに押す。


「今は違う」


「……」


「周りを見ている」


「誰がいるか」


「どこへ攻撃を逸らすべきか」


「何を守るべきか」


アレンの目が少し揺れる。


「……俺は」


一度距離を取る。


「もう」


剣を握る。


「同じことを繰り返したくないんです!」


「……」


「失ったものは戻らない」


「俺がやったことも消えない」


それでも。


「これから」


アレンは。


周囲を見る。


この集落。


住民。


仲間。


「守れるものはある!」


ゴウマはしばらく黙っていた。


やがて構えを解く。


「十分だ」


「……!」


アレンも剣を下ろす。


ゴウマが一歩近づく。


「なら」


アレンの肩へ手を置く。


「その剣を使え」


「この場所を守るために」


「……」


アレンが目を見開く。


「はい!」


頭を深く下げた。


周囲。


まだ全員が笑っているわけじゃない。


拍手もしない。


それでいい。


信頼なんて一日でできるものじゃない。


でもあの夜、逃げようとしていたアレンは大勢の前でここを守りたいと言った。


「……」


俺は少しだけ笑った。


一歩。


進んだんだと思う。



「次は元《鉄球戦団》!」


ゴウマの声。


「おお!」


ガンテツが誰よりも元気よく前へ出た。


「俺たちもやるぞ!」


ドランが後ろから頭を抱える。


「お前さんはもう何ができるか全員知っとるじゃろ」


「確認だ!」


「何をじゃ」


「力だ!」


「見れば分かる!」


笑い声。


元《鉄球戦団》の仲間たちも次々と前へ出る。


彼らの強みは個人の力だけじゃない。


長く。


同じ場所で戦ってきた。


連携。


声を掛けるタイミング。


互いの癖。


誰が前へ出るか。


誰が支えるか。


言葉にしなくても自然と動ける。


「やっぱり」


ノエルが呟く。


「集団戦ならかなり頼りになりますね」


アイスも頷く。


「経験が違う」


「前線を任せられる」


ゴウマがまた資料へ書き込む。


「よし」


そして広場を見る。


「まだまだいるぞ!」


その言葉に広場のあちこちから声が上がる。


「次は俺だ!」


「私もお願いします!」


「魔法なら任せて!」


次々と前へ出る人たち。


剣。


槍。


弓。


魔法。


そして。


戦う力だけではない。


作る力。


育てる力。


支える力。


この場所には。


俺たちが知らなかった力がまだたくさんある。


「……」


俺は広場を見渡した。


誰に何ができるのか。


誰が何を得意としているのか。


それでも一人ずつ知っていけばいい。


この場所でみんなが自分にできることを見つけていく。


それがいつかこの小さな集落を支える力になる。


「次!」


ゴウマの声が再び響いた。


「準備できた奴から前へ出ろ!」


まだ確認は始まったばかりだった。

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