第3話 名も知らぬ英雄
――第五階層。
中央都市アルカディア。
世界中から多くのプレイヤーが集う巨大都市。
数多くのギルドが拠点を構え。
武器。
防具。
アイテム。
攻略情報。
そして世界各地で起きた出来事。
ありとあらゆるものが集まる、この世界最大級の都市の一つだ。
その一角、大規模ギルドが集まる区域に一際大きな建物が存在していた。
掲げられている紋章。
一本の聖剣とその背後に描かれた盾。
《断罪の聖剣》。
ギルドランキング第八位。
攻略。
護衛。
PKギルドの討伐。
数々の戦場を経験してきた有力ギルドである。
その本部の会議室。
「……なるほど」
静かな声が響いた。
長机の奥。
一人の男が椅子へ腰掛けている。
レオン。
《断罪の聖剣》のギルドマスター。
傍らには彼の大盾が立て掛けられていた。
そして向かい側。
数人のプレイヤーが座っている。
かつて《深淵の剣》に所属していた者たちだ。
現在は武器を預け。
《断罪の聖剣》の保護下で事情を聴取されている。
誰もが緊張した表情を浮かべていた。
「もう一度確認する」
レオンが口を開く。
責めるような声ではない。
ただ事実を確かめるための静かな問い。
「《深淵の剣》四天王」
「ヴァルガ」
「バルド」
「ミレイア」
「リリア」
一人ずつ名前を挙げる。
「全員が死亡したというのは間違いないんだな?」
男が頷く。
「……はい」
「そしてゼノスも?」
「……死にました」
短い返答。
会議室に沈黙が落ちる。
《深淵の剣》。
世界中で多くのプレイヤーを襲い。
奪い。
殺してきたPKギルド。
世界指名手配第三位。
その幹部。
そしてギルドマスター。
全員が死亡した。
「誰がやった?」
レオンが尋ねる。
男は少しだけ俯いた。
「最初は……」
「《白銀戦線》です」
レオンの目が僅かに細くなる。
「《白銀戦線》?」
「はい」
「攻略組でも知名度があるギルドだったな」
レオンは記憶を辿る。
「最近、姿を見ないと思っていたが……」
男が頷いた。
「第一階層の北側に拠点を作っていたんです」
「第一階層?」
「はい」
「《深淵の剣》は多くのギルドから追われていました」
「だから人目につかない場所へ逃げました」
男の手が僅かに震える。
「その先で偶然、《白銀戦線》の拠点を見つけました」
「……」
「ゼノスはすぐに決めました」
男が拳を握る。
「あそこを奪うと」
レオンは何も言わない。
「奇襲でした」
「《白銀戦線》も抵抗しました」
「でも……」
男が唇を噛む。
「ゼノスと四天王を相手にしながら拠点の仲間まで守ることはできなかった」
「それで拠点を奪ったのか」
「はい」
「《白銀戦線》のプレイヤーたちは?」
「全員に逃げられました」
レオンの表情が僅かに険しくなる。
「そうか」
それ以上は言わなかった。
「それで?」
「その後、何が起きた?」
「《白銀戦線》が……戻ってきました」
「拠点を取り戻すために」
「なるほど」
レオンが腕を組む。
「なら四天王を倒したのも――」
「違います」
男が遮った。
「……?」
レオンが男を見る。
男は一度息を呑む。
「《白銀戦線》だけじゃありません」
「奴らを助けに来た連中がいました」
「連中?」
「はい」
男が顔を上げる。
「《王虎の牙》」
「……」
レオンの眉が僅かに動いた。
「《王虎の牙》?」
初めて聞く名前だった。
「どこのギルドだ?」
「分かりません」
「ランキングは?」
「知りません」
「攻略組か?」
「それも……」
男は首を横に振った。
「俺たちも最初は知らなかったんです」
レオンが黙る。
「突然現れました」
「《白銀戦線》と一緒に」
「そして」
男の声が僅かに震えた。
「俺たちの拠点へ攻め込んできた」
「……」
「強かった」
ぽつりと。
男が呟く。
「普通じゃなかった」
「四天王が……」
「次々に倒されていったんです」
世界指名手配第三位のギルド。
その中でも四天王と呼ばれていた実力者たち。
それが次々と。
「《王虎の牙》が全員を?」
「《白銀戦線》も戦っていました」
「それと《鉄球戦団》のガンテツとそのメンバーもいました」
レオンの目が鋭くなる。
「《鉄球戦団》!」
「仲間を失って引退したと聞いていたが……」
男が続ける。
「ですが、《王虎の牙》の連中がいなければ俺たちが負けることはなかったと思います」
「……」
「そして最後に」
一度。
男が言葉を止めた。
「ゼノスが倒されました」
「誰に?」
「《王虎の牙》の一人です」
レオンの視線が男へ向く。
「名前は?」
「……ガウ」
「ガウ?」
「はい」
男は自分の記憶を確かめるように頷いた。
「狼獣人の女です」
「忍者刀を使っていました」
「ただ……」
男の顔に恐怖が浮かぶ。
「最後は刀すら折られていた」
「……?」
「それでも」
拳を握る。
「黒い煙を操ってゼノスを倒したんです」
「黒い煙……」
レオンが小さく呟く。
アークスキル。
その可能性が頭をよぎる。
だがまだ情報が足りない。
「……」
レオンは椅子へ深く身体を預けた。
四天王を倒し。
ゼノスを倒し。
《深淵の剣》を壊滅へ追い込んだ《白銀戦線》と《鉄球戦団》。
そして《王虎の牙》。
聞いたことのない名前。
少なくともアルカディアで名を上げている大規模ギルドではない。
ギルドランキングにも存在しない。
それほどの戦力を持っているのなら。
これまでどこにいた?
なぜ名前が知られていない?
何のために《白銀戦線》を助けた?
《鉄球戦団》との繋がりは?
何故、三つのギルドが同盟を結び《深淵の剣》を壊滅させた?
「レオン」
部屋の隅にいた男がレオンに話かける。
《断罪の聖剣》副ギルドマスター。
クロード。
「どうする?」
レオンは少しだけ考える。
「……調べる」
元《深淵の剣》の男が僅かに身体を強張らせた。
「勘違いするな」
レオンは続ける。
「敵と決めつけるわけじゃない」
「……」
「深淵の剣を壊滅させた」
「その事実だけを見れば少なくとも多くのプレイヤーを救ったことになる」
レオンは窓の外を見る。
中央都市アルカディア。
多くのプレイヤー。
多くのギルド。
そしてまだ自分たちが知らない者たち。
「だが俺たちは何も知らない」
《王虎の牙》。
その名を。
レオンはもう一度頭の中で繰り返した。
「なら」
静かに立ち上がる。
「まず知るところからだ」
「危険かどうか」
「信頼できるかどうか」
「それを決めるのは」
一度言葉を切る。
「自分たちの目で見てからでいい」
窓の向こう。
遥か遠く。
第一階層。
まだ誰にも知られていない小さな集落へ。
世界の視線が少しずつ向かい始めていた。
◇
――第一階層。
マップ端。
王虎の牙の集落。
「そっち押さえてくれ!」
「はい!」
「木材追加!」
「こっちです!」
「釘が足りないぞ!」
「今持っていく!」
今日も騒がしい一日だ。
「……」
俺は木材を抱えながら周囲を見る。
昨日、皆で宴会をした広場。
そこにはすでに机も椅子もない。
代わりに大量の木材。
石材。
建築道具。
そして忙しく動き回る人たち。
「よし!」
ゴウマの大きな声が響いた。
「今日は住居を優先するぞ!」
「おお!」
あちこちから返事が返ってくる。
昨日まで外壁を中心に作っていた。
集落を守るための外壁。
だが外壁だけあっても生活はできない。
何より。
「……テント多いな」
改めて見る。
集落のあちこち。
簡易的なテント。
テント。
またテント。
昨日より増えている気がする。
「そりゃそうだろ」
ハヤテが横へ来る。
「一気に人数増えたんだから」
「そうなんだけど」
「《白銀戦線》は全員テントだぞ」
「……」
それは申し訳ない。
「まあ」
ハヤテが笑う。
「本人たちは楽しそうだったけどな」
「ならいいのかな……」
「良くはないだろ」
「だよね」
だから今日は住居。
一人でも多く安心して眠れる場所を作る。
「今日中に全部は無理だ!」
ゴウマが設計図を広げる。
「だが!」
「一軒でも多く完成させるぞ!」
「おおー!」
ガンテツの声が一番大きかった。
「任せろ!」
「今日は壊さないでよ」
「大丈夫だ!」
胸を張る。
「今日は加減する!」
「昨日も聞いた気がする」
「気のせいだ!」
「絶対違う!」
◇
「こっちッス!」
少し離れた場所。
サイオンが手を振っていた。
「この柱!」
「ここに立てるッスよ!」
「了解!」
数人が協力して太い柱を持ち上げる。
その中には白銀戦線のメンバーもいた。
「せーの!」
ズシン。
柱が地面へ立つ。
「もう少し右ッス!」
「そっちか?」
「行きすぎッス!」
「じゃあ左か」
「行きすぎッス!」
「細かいな!」
「家ッスからね!」
その横でアイスが木材を抱えて歩いている。
「こういう作業も」
少し笑う。
「悪くないな」
「そうッスね~」
サイオンが柱を支えながら答える。
「戦闘以外で皆と協力するの久しぶりな気がするッス」
「……確かに」
アイスの表情が少しだけ変わる。
以前は戦うことばかりだった。
攻略。
魔物。
そして《深淵の剣》。
守ろうとした拠点はもうない。
だけど。
「アイス!」
声。
グレイだ。
木材の反対側を持っている。
「ぼーっとするなら後にしろ」
「……すまない」
アイスが笑う。
「今行くよ」
「ミーナ!」
ロイドの声も聞こえる。
「釘どこだ?」
「さっき渡したでしょ!」
「使い切った!」
「早すぎない!?」
「必要なんだから仕方ないだろ!」
「はいはい!」
ミーナが箱を抱えて走っていく。
その横をエルナが長い木材を抱えて歩いていた。
「……」
かなり重そうだ。
「エルナ」
「……!」
ビクッ。
「ガ、ガウさん!」
「それ重いでしょ?」
「だ、大丈夫です!」
「半分持つよ」
「えっ!?」
俺は木材の反対側を持つ。
「……」
エルナが固まった。
「エルナ?」
「は、はい!」
「行くよ?」
「はい!」
歩き出す。
「どこまで?」
「む、向こうです!」
「分かった」
二人で木材を運ぶ。
「……」
「……」
なんだろう。
エルナがすごく静かだ。
「大丈夫?」
「はい!」
「疲れた?」
「大丈夫です!」
「顔赤いけど」
「大丈夫です!!」
声が大きくなった。
「そ、そう?」
「はい!」
元気ならいいけど。
「……」
少し離れたところでサイオンがこちらを見ている。
にやにや。
その横。
ミーナも。
にやにや。
ロイドも。
笑ってる。
グレイだけは無表情。
ただ僅かにこちらを見ている。
「……?」
まただ。
昨日からなんなんだろう。
「サイオン!」
「なんスか~?」
「何で笑ってるの?」
「何でもないッスよ~」
「絶対嘘」
「気のせいッス」
「……」
分からない。
「ガウ!」
今度は別の声。
「ん?」
振り返る。
バレットが大きな木材を肩へ担いで歩いていた。
「これどこに置けばいい?」
「あっちかな」
指を向ける。
「OK」
バレットが歩いていく。
そして。
ドンッ!
木材を置いた。
「……」
「よし!」
「大事に扱ってよ!」
「扱ってるだろ!」
「今の音聞いた?」
「置いただけだ!」
「絶対違う」
「これでもかなり気をつけてるぞ!」
「本当に?」
「本当だ!」
「……」
怪しい。
「おいバレット!」
今度はガンテツが叫ぶ。
「それこっちにも一本くれ!」
「自分で持ってけ!」
「俺は石材運んでる!」
両肩に巨大な石。
「……」
相変わらずだ。
「ガンテツ」
「なんだ!」
「それ加減してる?」
「してるぞ!」
「……」
昨日より増えてない?
気のせいかな。
◇
建設途中の住居。
木の柱。
壁。
屋根。
まだ完成には遠い。
その前に一人の女性が立っていた。
ノエル。
大盾を背負ったまま静かに家を見上げている。
「ノエル?」
声をかける。
「……」
少し遅れてノエルがこちらを見る。
「ガウさん」
「どうしたの?」
「いえ」
ノエルは小さく笑った。
「少し不思議に感じただけです」
「不思議?」
「はい」
再び建設途中の家を見る。
「以前の私は守るために戦うことばかり考えていました」
「……」
「仲間を守る」
「敵を止める」
「そのために」
ノエルの手が。
背負った大盾へ触れる。
「この盾を持っていました」
静かな声。
「でも今は」
家を見る。
「守る場所そのものを自分たちの手で作っている」
「……」
「誰かが眠る家」
「誰かが朝を迎える家」
「そして」
ほんの少し。
笑う。
「誰かが帰ってくる家」
風が吹く。
ノエルの髪が揺れた。
「こんなことをする日が来るなんて思っていませんでした」
俺も建設途中の家を見る。
まだ柱と壁が少しあるだけ。
それでもいつか誰かがここで暮らす。
「……嬉しい?」
尋ねる。
ノエルは少しだけ驚いた顔をした。
それから。
「はい」
小さく頷く。
「嬉しいです」
そして少しだけ寂しそうに笑った。
「……《不動の盾》のみんなにも」
建設途中の家を見つめる。
「見せてあげたかったですね」
「……」
俺はノエルを見る。
何も言わなかった。
いや、言えなかった。
だから。
「……そっか」
それだけ答えた。
ノエルも。
「はい」
それ以上は何も言わなかった。
少しだけ、静かな時間が流れた。
そして。
「ガウ!」
遠くから声。
ハヤテ。
「そっち手、空いてる!?」
「空いてる!」
「じゃあこっち頼む!」
「分かった!」
俺はノエルを見る。
「行ってくる」
「はい」
ノエルが笑う。
「私もすぐに戻ります」
「うん」
歩き出す。
その後ろ。
ノエルはもう一度だけ建設途中の家を見上げていた。
◇
昼を過ぎても作業は続いた。
「そこ!」
ゴウマが指示を飛ばす。
「柱を固定しろ!」
「了解!」
「屋根はまだ乗せるな!」
「先に壁だ!」
「分かった!」
人が動く。
木材が運ばれる。
釘が打ち込まれる。
家が少しずつ形になっていく。
「ガハハハハ!」
ガンテツの笑い声。
「今日も進むな!」
「張り切りすぎると~」
眠たげな声。
セリアだ。
「また壊すよ~」
「大丈夫だ!」
ガンテツが胸を張る。
「たぶん!」
「たぶんなんだ~」
「大丈夫だ!」
「今たぶんって言ったよね~?」
「気のせいだ!」
「ガンテツ」
ドランが近くから声を飛ばす。
「お前さんは建てとるのか壊しとるのかどっちなんじゃ」
「建ててる!」
「ならもう少し静かに置け!」
「分かった!」
ズシン!!
「……」
「……」
ドランが額を押さえた。
「何も分かっとらん……」
周囲から笑い声が起こる。
俺も少し笑った。
昨日は皆で食事をした。
今日は皆で家を作っている。
戦いはない。
敵もいない。
ただ暮らすために。
帰ってくるために。
一つずつ作っている。
◇
夕方。
「おお……」
誰かの声が漏れた。
一軒。
家が完成していた。
大きくはない。
豪華でもない。
木造。
簡素な造り。
それでもちゃんと屋根がある。
壁がある。
扉がある。
窓がある。
「できた……」
ミーナが嬉しそうに笑う。
「本当に家になった!」
「……当然だろ」
グレイが言う。
「そういう意味じゃないわよ!」
「……分かってる」
「なら言わないでよ」
ロイドが笑う。
「まあ」
完成した家を見る。
「悪くないんじゃないか?」
「悪くないどころか最高ッスよ~!」
サイオンが扉を開ける。
「屋根があるッス!」
「壁もあるッス!」
「床もあるッス!」
「家だからな」
アイスが苦笑した。
「昨日までテントだったから感動するッスよ!」
「それは分かるけど」
「今日ここで寝ていいッスか?」
「全員分ないから駄目だ」
「そんなぁ~」
笑い声。
完成したのは。
まだ一軒。
暮らしている人数を考えれば。
本当にほんの一歩だ。
それでも朝にはなかった家が今はそこにある。
「明日はもっと作るぞ!」
ゴウマが声を上げる。
「おお!」
返事。
「外壁も止めるわけにはいかん!」
「住居と並行して進める!」
「了解!」
皆が明日の話をしている。
俺はその光景を少し離れた場所から見ていた。
「……」
世界のどこかで俺たちの名前が話されているなんてこの時の俺たちは知る由もなかった。
《深淵の剣》を壊滅させたギルド。
四天王を倒した者たち。
ゼノスを倒した者。
そんな名前で。
俺たちが誰かに語られ始めていることを。
何も知らない。
「ガウ!」
ハヤテの声。
「ん?」
「ぼーっとしてないで手伝ってくれ!」
「何を?」
「片付け!」
見る。
大量の木材。
道具。
石材。
「……」
まだあるの?
「早く!」
「分かったよ!」
俺は走り出す。
俺たちは誰かに褒められるために戦ったわけじゃない。
有名になるためでもない。
ただ守りたかっただけ。
そして今はその守りたかった人たちと帰る場所を作っている。
それでいい。
世界はまだ知らない。
《王虎の牙》が何者なのか。
そして当の俺たちも知らない。
自分たちの名前が少しずつ世界へ広がり始めていることを。
「ガウー!」
「今行く!」
そんなことなど知らず。
今日も俺たちはみんなが帰ってこられる場所を少しずつ築いていた。
第3話「名も知らぬ英雄」を読んでいただきありがとうございます!
《深淵の剣》を壊滅させたことで少しずつ外の世界から注目され始めた《王虎の牙》。
しかし当の本人たちはそんなことも知らず今日もみんなで街づくりです!
そして《断罪の聖剣》も動き始めました。
まだ名も知られていない《王虎の牙》がこれから世界とどう関わっていくのか。
次回もお楽しみに!




