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第35話 世界の視線

第五階層。


中央都市アルカディア。


ゲームの世界でも最大規模を誇る都市。


高い城壁。


石造りの建物。


大通りを行き交う多くのプレイヤーとNPC。


今日も変わらず。


街には人々の声が溢れていた。


だがその中心部。


普段は滅多に使われることのない巨大な会議室には、張り詰めた空気が流れていた。


長い円卓。


その周囲には各大規模ギルドの代表者たちが集まっている。


誰も笑っていない。


雑談を交わす者すらいない。


議題はただ一つ。


世界指名手配第三位。


PKギルド。


《深淵の剣》。


「報告します!」


一人のプレイヤーが立ち上がった。


手元の資料へ視線を落とす。


「先ほど入った情報です」


一度。


息を整える。


「《深淵の剣》四天王」


その言葉だけで室内の空気が変わった。


「ヴァルガ」


「バルド」


「ミレイア」


「リリア」


一人ずつ。


名を読み上げていく。


いずれも《深淵の剣》の中でも特に危険視されていたプレイヤー。


その実力は大規模ギルドでも無視できるものではなかった。


そして。


「四名全員の死亡を確認しました」


「……!」


会議室がざわめいた。


「全員……?」


「四天王が全滅したのか?」


「あり得るのか……?」


「誰がやった?」


次々と声が上がる。


《深淵の剣》四天王。


それぞれが一人で多数のプレイヤーを相手にできる実力者。


その四人がほぼ同時期に全員死亡した。


偶然で片付けられる話ではない。


「静かにしろ」


低い声。


ざわめきが少しずつ収まっていく。


しかし報告はそれだけではなかった。


会議室の扉が開いた。


「失礼します!」


一人のプレイヤーが駆け込んでくる。


明らかに急いできた様子だった。


「追加報告です!」


「何だ?」


「先ほど拘束した《深淵の剣》の元構成員から、新たな証言が得られました」


「……」


室内が静まり返る。


プレイヤーは息を整える。


そして告げた。


「《深淵の剣》ギルドマスター」


一瞬。


言葉を止める。


「ゼノス」


「その死亡も確認されました」


「……!」


その瞬間、会議室が大きくどよめいた。


「ゼノスまで……!」


「本当なのか!?」


「間違いありません」


「複数の元構成員から同様の証言が得られています」


「所属ギルド内に表示された死亡通知を確認した者もいます」


「……」


再び。


静寂。


《深淵の剣》。


世界指名手配第三位。


多くのプレイヤーを襲い。


奪い。


時には街そのものを壊滅させてきたPKギルド。


その頂点に立っていた男。


ゼノス。


さらに彼を支えていた四天王。


その全員が死亡。


意味することは一つ。


「……壊滅か」


誰かが呟いた。


誰も否定しなかった。


長い間。


世界中のプレイヤーから危険視されてきた《深淵の剣》。


その巨大な犯罪ギルドがほぼ壊滅した。


「誰がやった?」


一人のギルドマスターが尋ねる。


「そこまでは判明していません!」


「あり得ないだろう」


別の男が身を乗り出す。


「四天王だけじゃない」


「ゼノスまで倒されているんだぞ」


「一つのギルドがやったのか?」


「それとも複数の大規模ギルドによる連合か?」


「少なくとも」


別の代表者が腕を組む。


「これだけの戦力を倒せる存在がいるということだ」


その言葉で再び空気が重くなる。


《深淵の剣》が消えた。


それ自体は喜ぶべきこと。


だがそれほどのギルドを倒した者たちがいる。


しかもその正体が分からない。


警戒する者が出るのも当然だった。


「調査すべきだ」


「同意する」


「放置するには危険すぎる」


「待て!」


一つの声。


騒がしかった会議室が静まった。


円卓の一角。


そこに座っていた男がゆっくりと立ち上がる。


白銀の鎧。


腰には聖剣。


背には大盾。


年齢は二十代後半ほど。


その姿を知らない者はこの場にはほとんどいない。


ギルドランキング八位。


《断罪の聖剣》。


そのギルドマスター。


レオン。


「憶測だけで動くべきじゃない」


「……」


レオンは集まった代表者たちを見渡す。


「《深淵の剣》を倒した」


「今分かっているのはそれだけだ」


「相手が何者なのか」


「何のために戦ったのか」


「それすら分かっていない」


一人の男が口を開く。


「しかし危険な存在である可能性はあるだろう」


「ああ」


レオンは否定しなかった。


「だから調べる」


「敵だと決めつけるためじゃない」


「何があったのかを知るためだ」


「……」


その言葉に何人かが静かに頷いた。


レオンは続ける。


「《深淵の剣》については俺たちも以前から追っていた」


「すでに元構成員を数名拘束している」


「彼らから詳しい話を聞く」


「それと同時に」


一度、言葉を止める。


「ゼノスたちが最後にいた場所も調べる」


「俺たち《断罪の聖剣》が引き受けよう」


「……分かった」


「任せる」


次々と同意の声が上がる。


レオンは静かに頷いた。


「ただし」


全員を見る。


「もう一度言っておく」


「俺たちは敵を探しに行くわけじゃない」


「事実を確かめに行く」


「それだけだ」


誰も反論しなかった。


《深淵の剣》壊滅。


その出来事はまだ世界のほんの一部にしか知られていない。


だが確実に世界は動き始めていた。


そしてその視線の先にはまだ誰も知らない小さな集落があった。



第一階層。


王虎の牙の集落。


「そこ!」


「もう少し右です!」


「こっちかー?」


「もうちょっとです!」


「了解!」


朝から集落には賑やかな声が響いていた。


ドンッ!


木材が置かれる。


カンッ!


カンッ!


石材を加工する音。


ギコギコと木を切る音。


荷車が走る音。


3日前までの激戦がまるで遠い昔のことのようだった。


「よいしょー!」


NPCの男たちが木材を運ぶ。


「こっちは任せろ!」


新しく集落へ残ることを決めたプレイヤーたちも一緒になって資材を運んでいる。


あちこちで家が作られていた。


一気に住民が増えた。


今までの家だけでは到底足りない。


だから朝から総出で建築作業。


「うーん……」


広場の端。


たるとは一枚の紙を両手で持ちながら集落を見渡していた。


その紙には簡単な集落の見取り図。


「ここに家を増やして……」


指を動かす。


「でも畑も広げないと……」


その横でゴウマが腕を組んで立っていた。


「人数が増えた分、作業は早いな」


「はい!」


たるとは嬉しそうに頷く。


「全然違います!」


目の前には数人のプレイヤーが協力して木材を運んでいる。


さらにその向こうでは元《深淵の剣》の構成員たちも石材を運んでいた。


その中にはここから逃げようとしていた男もいる。


「そっち持つぞ!」


「悪い!」


「せーの!」


重い石材が持ち上がる。


「……」


俺は少し離れた場所からその光景を見ていた。


「ガウー!」


「……?」


たるとに呼ばれる。


「こっち手伝ってくださーい!」


「はーい」


俺も歩き出す。


その時、ゴウマが唸った。


「しかし問題もある」


「?」


たるとが首を傾げる。


「食料だ」


「あっ」


「人が増えれば必要な食料も増える」


ゴウマが畑を見る。


「今の畑だけではいずれ足りなくなる」


「そうですね……」


たるとも真剣な表情になる。


「畑ももっと広げないと」


「狩りに行く人数も増やした方がいいかもしれません」


「うむ」


「それに住居もだ」


ゴウマが建築途中の家を見る。


「まずは雨風を凌げる場所を全員分確保する」


「細かいことはその後だな」


「はい!」


たるとは紙へ何かを書き込んでいく。


「家」


「畑」


「食料」


「それから……」


書く。


さらに書く。


「道も!」


「人が増えてきたのでちゃんと整備したいです!」


「それとお店!」


「宿屋も欲しいです!」


「温泉宿なんていいかも!」


「……」


ゴウマがたるとの紙を見る。


「増えたな」


「増えました!」


「全部一度には無理だぞ」


「分かってます!」


元気よく答える。


だがすぐに。


「……たぶん!」


「分かってないな」


ゴウマがため息をつく。


俺は小さく笑った。


これまで必要なものをその都度作ってきた。


家。


畑。


倉庫。


鍛冶場。


それだけでも十分だった。


小さな集落だったから。


でも今は違う。


人が増えた。


これからも増えるかもしれない。


ならこの場所そのものを変えていかなければならない。


そんなことを考えていた。


その時だった。


「戻ったッスよ~!」


集落の入口。


聞き覚えのある声が響いた。


「……?」


全員が振り返る。


そこにいたのは。


「アイスさん!」


たるとが笑顔になる。


アイス。


そしてその隣にサイオン。


さらに二人の後ろには。


大勢のプレイヤーたち。


《白銀戦線》。


その仲間たちだった。


「おかえりなさい!」


たるとが両手を振る。


「……」


アイスが一瞬、足を止めた。


「おかえりなさい」


その言葉を噛み締めるように。


小さく笑う。


「ただいま」


そして少し困ったように頭を掻いた。


「……と言っていいのか、少し迷うけどね」


「?」


たるとが首を傾げる。


「どうしたんですか?」


「いや」


アイスが振り返る。


白銀戦線の仲間たち。


皆。


荷物を持っていた。


武器。


防具。


鞄。


生活用品。


明らかに少し立ち寄っただけの荷物ではない。


「実は」


アイスが口を開く。


「一つ相談があるんだ」


「相談?」


「ああ」


少し言いづらそうに。


アイスは続けた。


「僕たちの拠点なんだけど」


一瞬。


視線がゴウマへ向く。


「……」


ゴウマの身体が僅かに固まった。


「今回の戦いで」


アイスは苦笑する。


「かなり損壊してしまってね」


「……」


ゴウマが静かに目を逸らした。


「いやぁ~」


サイオンが頭を掻く。


「かなりどころじゃないッスよ~」


「入口は崩れてるし~」


指を折る。


「建物は三軒崩れてるし~」


さらに一本。


「中もあちこち壊れてるし~」


もう一本。


「岩まで生えてるッス~」


「……」


ゴウマが完全に視線を逸らした。


「ゴウマ?」


俺が呼ぶ。


「……」


「どうしたの?」


「……すまん」


ゴウマが頭を下げた。


「一部は俺が壊した」


「……」


数秒。


静寂。


サイオンが吹き出した。


「ぶはっ!」


「いやいや!」


手を振る。


「気にしなくていいッスよ!」


「相手が相手だったッスからね~」


アイスも笑う。


「ああ」


「《深淵の剣》を相手にしていたんだ」


「拠点を守るための戦いでもあった」


「誰も責めないさ」


「……そうか」


ゴウマが少しだけ安心したように息を吐く。


「だが」


アイスの表情が少し真剣になる。


「問題はここからなんだ」


たるとが首を傾げる。


「?」


「拠点の修復にはかなり時間がかかる」


「住めないんですか?」


「住めないことはない」


アイスは苦笑した。


「ただ」


「安心して暮らせる状態とは言えないね」


後ろ。


白銀戦線のメンバーたちを見る。


「それで」


一度。


息を吐く。


「みんなとも話した」


「……」


たるとたちが静かに待つ。


「僕一人の話じゃない」


アイスが言った。


「《白銀戦線》」


「六十名」


その数字にたるとの目が丸くなる。


「ろ、六十人!?」


「うん」


「全員で話し合った」


アイスが集落を見る。


建築途中の家。


畑。


働くプレイヤー。


NPCの住民たち。


走り回る子供たち。


その全てを見渡して。


「もし許してもらえるなら」


アイスはたるとを見る。


「僕たちもこの場所で暮らさせてもらえないだろうか」


「……」


一瞬。


たるとが黙った。


アイスが少し困ったように笑う。


「もちろん」


「《白銀戦線》を解散するつもりはない」


「僕たちはこれからも《白銀戦線》だ」


「だけど」


集落へ視線を戻す。


「ここには」


少しだけ笑う。


「帰ってきたいと思える何かがある」


「……」


その言葉を聞いてたるとの表情が変わった。


嬉しそうに。


本当に嬉しそうに笑う。


「もちろんです!」


即答。


「……」


アイスが目を瞬く。


「いいのかい?」


「はい!」


「でも六十人だぞ?」


「大丈夫です!」


「家も必要になる」


「作ります!」


「食料も」


「畑を増やします!」


「……」


「あっ!家作り手伝ってもらえたら助かります!」


アイスが苦笑する。


「即答だね」


「はい!」


たるとは胸を張った。


そして白銀戦線の全員を見る。


「六十人でも!」


大きく両手を広げる。


「百人でも大歓迎です!」


「ここで暮らしたいと思ってくれるなら!」


満面の笑み。


「一緒に暮らしましょう!」


「……」


白銀戦線のメンバーたちから少しずつ笑顔が広がっていく。


「ありがとうございます!」


「助かります!」


「よろしくお願いします!」


次々と声が上がる。


サイオンも笑った。


「いやぁ~」


「賑やかになりそうッスね~」


「……もう十分賑やかだけどな」


アイスが苦笑する。


その時、一人の少女が白銀戦線の中から俺を見る。


「……」


長弓を背負った少女。


エルナ。


目が合った。


「……!」


なぜか慌てて姿勢を正した。


そして。


ぺこり。


こちらへ頭を下げる。


「……?」


俺も軽く頭を下げた。


するとエルナは少し嬉しそうに笑った。



その後、白銀戦線の荷物を運び込む作業が始まった。


「こっち空いてます!」


「荷物は一度倉庫へ!」


「寝る場所どうする!?」


「今日中に全員分は無理だぞ!」


「広場に仮設テントを張ろう!」


「毛布足りるか!?」


「倉庫にまだあったはずです!」


一気に騒がしくなる。


「……」


俺は広場の中央に立っていた。


人。


人。


人。


昨日までとは比べものにならない。


少し前までこの場所には俺たちと五十人のNPCしかいなかった。


それが今では。


《王虎の牙》。


新しく残った百二名。


償いの道を選んだ元《深淵の剣》二十三名。


《白銀戦線》六十名。


NPCの住民たち。


そしてヨミとツキ。


大勢の人が同じ場所で生活しようとしている。


「ガウ!」


「……?」


振り返る。


たるとが大きな紙を抱えていた。


「これ!」


勢いよく広げる。


「……」


何か描いてある。


家。


道。


壁。


畑。


広場。


いろいろ。


「何これ?」


「これから作る街の設計図です!」


「増えてない?」


「はい!」


たるとは集落を見渡した。


「ちゃんと道を作って!」


「住む場所を決めて!」


「畑も広げて!」


次々と指を動かす。


「お店も!」


「宿泊できる場所も!」


「訓練する場所も!」


「研究する場所も!」


「それから!」


「待って」


「はい?」


「多い」


「……」


たるとが設計図を見る。


「多いですか?」


「多い」


「でも全部欲しいです!」


「……」


後ろからゴウマが覗き込む。


「まあ」


腕を組む。


「いずれ必要になるだろうな」


「ですよね!」


たるとの目が輝く。


「だが、人数が増えたからといって全部一度には作れん」


「……はい」


一瞬でしょんぼりした。


俺は設計図を見る。


そこに描かれているのは。


まだ。


ただの線。


建物も。


道も。


何も完成していない。


だけど……。


「私たちならどうにかなるでしょ?」


たるとがこちらを見る。


「はい!」


笑う。


その言葉を聞きながら俺は周囲を見る。


笑っている人。


木材を運ぶ人。


新しい住居について相談している人。


畑を耕すNPC。


白銀戦線の荷物を運ぶ仲間たち。


俺たちは戦ってきた。


誰かを守るため。


誰かを救うため。


そして生き残るため。


でも今日からは違う。


人が増えた。


なら家を作る。


家が増えれば道が必要になる。


食料も必要になる。


守るための壁も必要になる。


店も。


宿も。


訓練する場所も。


研究する場所も。


そして誰かが安心して眠れる場所も。


もうここはただの小さな集落ではいられない。


「ガウ!」


たるとが俺を呼ぶ。


「一緒に作りましょう!」


「……」


設計図を持ったたると。


その向こうには大勢の仲間たち俺は小さく笑った。


「うん」


今度の戦いは誰かを倒すためじゃない。


誰かから奪うためでもない。


作るため。


守るため。


そして誰もが帰ってこられる場所にするため。


《王虎の牙》の新しい戦いがここから始まる。

第35話「世界の視線」を読んでいただきありがとうございます!


《深淵の剣》との戦いが終わりその影響はついに世界へ。


これまで世界の片隅で暮らしていた《王虎の牙》にも、少しずつ世界からの視線が向けられ始めます。


一方、集落では《白銀戦線》の六十名も新たに暮らすこととなりさらに賑やかになりました。


最初は本当に小さかったこの場所ももうただの集落ではいられません。


これからもみんなが安心して帰ってこられる場所を作っていきます!


これにて第二章「深淵の剣編」は終了です!


《深淵の剣》との戦いを最後まで読んでいただき本当にありがとうございました!


そして次回からは――


第三章「建国編」がスタートします!


今度の戦いは誰かを倒すための戦いではありません。


仲間たちと一緒に自分たちの居場所を作るための新しい物語です。


《王虎の牙》の集落がこれからどんな場所へ変わっていくのか。


引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです!


次回、第三章「建国編」。


よろしくお願いします!

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