第34話 新たな仲間
朝。
王虎の牙の集落。
昨日までの激戦が嘘だったかのように、穏やかな朝日が集落を照らしていた。
広場には多くのプレイヤーたちが集まっている。
《王虎の牙》。
《白銀戦線》。
呪印から解放された百五十名のプレイヤーたち。
そして償いの道を選んだ、元《深淵の剣》の構成員二十三名。
昨日までなら決して同じ場所に並ぶことなどなかった者たち。
それが今同じ広場に立っている。
「それでは!」
広場の前方でたるとが元気よく声を上げた。
「これから皆さんの今後についてお話ししたいと思います!」
ざわついていた広場が静かになる。
全員の視線がたるとへ集まった。
「まず!」
たるとは百五十名のプレイヤーたちを見る。
「皆さんをここへ連れてきたからといって、この集落に残らなければいけないわけではありません!」
少し間を置く。
「仲間を探しに行くのも」
「別の場所で暮らすのも」
「もちろんここに残るのも!」
たるとは笑った。
「全部、皆さんの自由です!」
「……」
百五十名の間から小さなどよめきが起こった。
困惑。
驚き。
そして安堵。
それぞれ違う表情を浮かべている。
「私たちは皆さんの意思を尊重します!」
その言葉を聞いて一人の男が静かに手を上げた。
「……俺は」
全員の視線が集まる。
「中央都市アルカディアへ行こうと思う」
男は自分の手を見つめた。
「生きているか分からないけど……仲間を探したい」
たるとは笑顔で頷く。
「はい!」
それを皮切りに。
次々と声が上がった。
「私もアルカディアへ戻ります」
「昔の仲間を探したい」
「俺は少し旅をしてみる」
「俺は……」
一人の青年が集落を見渡した。
建ち並ぶ家。
畑。
その向こうではNPCの子供たちが走り回っている。
「ここに残ってもいいんですか?」
たるとの目が輝く。
「もちろんです!」
「俺も残る」
「私も」
「ここなら……もう一度やり直せる気がする」
次々と手が上がる。
誰かに決められた道ではない。
誰かに命令されたわけでもない。
自分で選ぶ。
これから自分が生きていく場所を。
◇
しばらくして全員の意思がまとまった。
人数を確認していたアイスが顔を上げる。
「集計できた」
ゴウマが腕を組んだまま尋ねた。
「どうだった?」
アイスは手元を確認する。
「中央都市アルカディアへ向かう者」
「以前の仲間を探しに行く者」
「旅に出る者」
それぞれを見渡す。
「そして」
一度言葉を切った。
「この集落に残る者は――」
広場が静まり返る。
「百二名だ」
「おお……!」
ざわめきが広がった。
百二名。
昨日までとは比べものにならない人数だ。
この小さな集落に新しく百人を超える住民が増える。
「百二人……」
たるとは目を丸くする。
そしてすぐに満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
深く頭を下げる。
「皆で!」
勢いよく顔を上げた。
「素敵な街を作りましょう!」
「おお!」
「よろしく!」
「頑張ろう!」
大きな拍手が広場へ響いた。
俺はその光景を少し離れた場所から眺めていた。
昨日までこの人たちは囚われていた。
自分の意思で何かを選ぶことすらできなかった。
それが今、自分でここに残ることを選んだ。
「……」
悪くない。
いや嬉しかった。
この場所を俺たちの集落を新しい居場所として選んでくれたことが。
◇
話し合いが終わる。
アルカディアへ向かう者たちは旅の準備を始め、残ることを選んだ者たちは住居や仕事について相談を始める。
一気に広場が騒がしくなった。
そんな中。
「……あの」
小さな声が聞こえた。
「ん?」
振り返る。
二人の狐獣人。
ヨミ。
そしてツキ。
ヨミは無表情のまま立っていた。
ツキは姉の袖を掴みながらその横に立っていた。
二人はたるとの前まで歩く。
そして深く頭を下げた。
「皆さん」
ツキが口を開く。
「助けていただいて本当にありがとうございました!」
その隣でヨミもゆっくりと頭を下げた。
「……ありがとうございました」
ツキが続ける。
「それに私まで助けてもらって……」
「本当にありがとうございます!」
たるとは慌てて手を振る。
「そんな!」
「頭を上げてください!」
「私たちは当然のことをしただけです!」
「……」
ツキが顔を上げる。
だがヨミはまだ俯いていた。
「ヨミ?」
俺が声をかける。
狐耳が僅かに動いた。
「……」
しばらく黙った後、ヨミが小さく口を開く。
「私は……」
言葉が止まる。
尻尾が僅かに下がった。
「皆さんに……」
「ひどいことをしました」
広場にいた仲間たちが静かになる。
ヨミの声は震えていた。
「全部ではありませんが……覚えています」
「自分が何をしたのか」
「誰に刃を向けたのか」
「……」
俺は何も言わない。
ヨミは操られていた。
ゼノスによって無理やり戦わされていた。
それでも本人にとっては関係ないのだろう。
自分の身体で。
自分の武器で。
仲間たちへ攻撃した。
その事実がずっと残っている。
「だから……」
ヨミが拳を握る。
「ここを出ようと思います」
「えっ?」
ツキが姉を見る。
「お姉ちゃん……?」
「ツキはここに残って」
「え……」
「ここなら安全だから」
ヨミは妹を見る。
ほんの僅かに笑った。
「皆さんも優しい」
「きっと……大丈夫」
「嫌!」
ツキがヨミの袖を強く掴んだ。
「私はお姉ちゃんと一緒がいい!」
「……ツキ」
「また離れるなんて嫌!」
ツキの目に涙が浮かぶ。
ヨミの表情が僅かに揺れた。
「でも……」
「私にはここにいる資格がない」
「それは違う」
低い声。
ゴウマだった。
一歩前へ出る。
「……」
ヨミが顔を上げた。
ゴウマは腕を組んだままヨミを見る。
「お前は操られていた」
「自分の意思で俺たちに刃を向けたわけではない」
「でも……」
「幸いにも」
ゴウマが俺を見る。
「ガウが止めてくれた」
そして再びヨミへ視線を戻す。
「誰も死んでいない」
「誰もお前を恨んではいない」
「……」
ヨミは何も言えなかった。
「そゆこと!」
明るい声。
ハヤテが笑いながら歩いてくる。
「俺は別に気にしないぜ」
ヨミの狐耳がぴくりと動く。
「……」
「操られてたんだろ?」
ハヤテは笑う。
「ならヨミが悪いわけじゃない」
「好きなだけここにいればいいよ」
「追い出す理由なんてないだろ?」
「……」
ヨミの尻尾がほんの少し左右へ揺れた。
それをツキは見逃さなかった。
「あっ!」
「……?」
「お姉ちゃん!」
ツキが嬉しそうに笑う。
「尻尾!」
「……!」
ピタッ。
尻尾が止まった。
「嬉しいんだね!」
「……違う」
「動いてたよ!」
「……動いてない」
「動いてた!」
「……気のせい」
顔は無表情。
だが狐耳まで僅かに赤くなっている。
「ふふっ」
たるとが笑った。
ヨミがたるとを見る。
「ヨミさん」
「……はい」
「だったら」
たるとは笑顔で手を差し出した。
「二人とも《王虎の牙》に入りませんか?」
「……」
ヨミの目が僅かに見開かれた。
「私たちが……?」
「はい!」
たるとは大きく頷く。
「一緒に暮らすなら」
「一緒にご飯を食べて」
「一緒に笑って」
「困った時には助け合って!」
そしていつもの明るい笑顔。
「家族になりましょう!」
「……」
ヨミは差し出された手を見る。
その手をじっと見つめる。
「お姉ちゃん!」
横からツキが覗き込む。
「私、入りたい!」
「……」
「ここ好き!」
ツキは満面の笑みを浮かべた。
「みんな優しいし!」
「ご飯も美味しいし!」
「それに!」
ヨミの腕へ抱きつく。
「お姉ちゃんと一緒にいられる!」
「……ツキ」
ヨミが妹を見る。
ツキは笑っている。
怖がっていない。
昨日まで地下牢に閉じ込められていた少女とは思えないほど。
楽しそうに笑っている。
「……」
ヨミは目を閉じた。
そしてゆっくりと開く。
「私で……いいんですか?」
たるとは即答した。
「もちろんです!」
「……」
ヨミの手が動く。
ゆっくりとたるとの手へ伸びる。
そして握った。
「……よろしくお願いします」
小さな声。
だけど確かに聞こえた。
たるとの顔が輝く。
「はい!」
「よろしくお願いします!」
「やったー!」
ツキが飛び跳ねた。
「今日から私も《王虎の牙》!」
「お姉ちゃんも一緒!」
「……うん」
ヨミが小さく頷く。
そしてその尻尾が。
ぶんぶん。
大きく左右へ揺れた。
「お姉ちゃん!」
「……」
「尻尾すごいよ!」
「見ないで……」
広場に笑い声が響く。
俺も思わず笑ってしまった。
こうしてヨミ。
そしてツキ。
二人の新しい仲間が《王虎の牙》へ加わった。
◇
深夜。
昼間の騒がしさが嘘のように。
集落は静まり返っていた。
家々から漏れる小さな灯り。
遠くから聞こえる波の音。
時折、見張りのプレイヤーが歩く足音だけが響く。
「……」
俺は集落の外れを歩いていた。
眠れなかった。
というより少し考えたいことがあった。
今日だけでこの集落には大勢の人が増えた。
百二名の新しい住民。
元《深淵の剣》の二十三名。
さらにヨミとツキ。
これまでとは違う。
もう小さな集落とは呼べなくなりつつある。
住居。
食料。
警備。
仕事。
考えることはいくらでもある。
「……ん?」
足を止める。
誰かいる。
集落の外へ続く道。
一人の男が歩いていた。
背中には荷物。
見覚えがある。
元《深淵の剣》の構成員。
昨日、償うために残ると決めた二十三人の一人だった。
「……」
声をかけようとした時。
「やっぱり来たか」
「……?」
横から声。
ハヤテだった。
「気付いてたの?」
「ああ」
ハヤテが頭の後ろで手を組む。
「昼間から様子がおかしかったからな」
「……そう」
二人で男を見る。
男はまだこちらに気付いていない。
集落を振り返る。
何度も。
そしてまた歩き出そうとした。
「どこへ行くの?」
「……!」
男の身体が跳ねた。
振り返る。
「ガ、ガウさん……!」
俺とハヤテを見る。
表情が強張った。
「それにハヤテさん……」
「よっ」
ハヤテが片手を上げる。
「こんな時間に散歩か?」
「……」
男は答えない。
俺は背負っている荷物を見る。
「散歩にしては荷物が多いね」
「……」
男が俯いた。
しばらく。
沈黙。
やがて。
「……無理なんです」
小さな声。
「何が?」
「ここにいることが」
男は拳を握った。
「俺たちは《深淵の剣》だった」
「……」
「ゼノスに従ってたくさんの人を傷つけた」
声が震える。
「操られていた奴もいる」
「逆らえなかった奴もいる」
「でも……」
拳を強く握る。
「俺は違う」
「……」
「怖かった」
「ゼノスに逆らうのが」
「だから命令に従った」
男が顔を歪める。
「それだけなんです」
「なのに……」
集落を見る。
「飯をくれて」
「寝る場所まで用意して」
「誰も俺たちを責めない」
「そんなの……」
俯く。
「耐えられない」
「だから逃げるの?」
俺が尋ねる。
「……」
男は答えない。
その沈黙が答えだった。
「別に」
俺は静かに言う。
「出ていくのは自由だよ」
「……!」
男が顔を上げる。
「私たちは誰かを無理やりここに縛るつもりはない」
「残るのも」
「出ていくのも」
「自分で決めればいい」
「なら……!」
「でも」
男の言葉を遮る。
「償うって言ったのは誰?」
「……」
男が黙る。
「ゴウマに言ったよね」
「逃げても罪は消えない」
「償わせてほしいって」
「……はい」
「だったら」
俺は集落を見る。
暗闇の中。
いくつもの家が並んでいる。
これからもっと増える。
「逃げるのは違うんじゃない?」
「……」
男は拳を握る。
「でも俺に何ができるんですか……」
「何でもいいだろ」
ハヤテが答えた。
男がハヤテを見る。
「壊したなら作ればいい」
「傷つけたなら今度は守ればいい」
「奪ったなら今度は誰かに与えればいい」
ハヤテは笑う。
「簡単じゃん」
「……」
「まあ」
頭を掻く。
「簡単に許されるとは言わないけどな」
男の表情が僅かに変わる。
「仲間になったからって」
ハヤテが続ける。
「昨日までのことが全部なくなるわけじゃない」
「……」
「大事なのはこれからだろ?」
「これから……」
男が呟く。
俺は頷く。
「ここにいる資格があるかどうかを決めるのは」
一歩。
男へ近づく。
「過去の君じゃない」
「……」
「これからの君だよ」
長い沈黙。
男は集落を見る。
灯り。
家。
人がいる。
昨日まで敵だった者たちがいる。
それでも自分たちを受け入れた場所。
「……俺」
男の声が震えた。
「ここにいても……いいんでしょうか……?」
俺は小さく笑う。
「それを決めるのは私じゃない」
「……?」
「自分で決めて」
男が目を見開く。
「残りたいなら残ればいい」
「出ていきたいなら止めない」
「でも」
集落へ視線を戻す。
「残るって決めたなら」
「一緒に作ろう」
「……」
男の目から。
一筋。
涙が落ちた。
「……はい」
荷物を下ろす。
「俺……」
両手で顔を拭った。
「残ります」
ハヤテが笑う。
「そっか」
男が深く頭を下げる。
「逃げません」
「今度こそ」
「自分で選びます」
「……うん」
俺は頷いた。
男は荷物を背負い直す。
そして今度は集落へ向かって歩き始めた。
「……」
その背中を見る。
昨日まで敵だった。
今日からすべてが許されるわけじゃない。
過去が消えるわけでもない。
それでも人は変われる。
やり直すことだってできる。
そのための場所が必要なら。
ここがそんな場所になればいい。
「帰るか」
ハヤテが言う。
「うん」
俺たちも歩き出す。
集落へ。
仲間たちが眠る場所へ。
昨日までとは少し違う。
新しい仲間が増えた。
新しい住民が増えた。
そして明日から俺たちはまたこの場所を作っていく。
誰もが帰ってこられる。
そんな場所を。
第34話「新たな仲間」を読んでいただきありがとうございます!
それぞれが自分の道を選び新たな仲間も増えました。
過去は消えなくてもこれからを変えることはできる。
次回もお楽しみに!




