第32話 決着
白銀戦線の拠点外。
黒煙が戦場を覆っていた。
「攻め方を変えるだけ」
俺の言葉にゼノスの口元が歪む。
「面白ぇ!」
剣を持ち上げる。
その刀身には今も黒い呪印が刻まれていた。
《封技呪印》。
攻撃を受ければそのダメージ量に応じてスキルを封じられる。
つまり受けなければいい。
「やってみろ!」
ゼノスが地面を蹴った。
速い。
《神速呪印》。
一瞬で距離を詰めてくる。
「……!」
剣が迫る。
受け流さない。
防がない。
「《煙歩》!」
ボンッ!!
足元で黒煙が弾ける。
身体を横へ滑らせる。
ヒュンッ!!
ゼノスの剣が空を切った。
「ちっ!」
すぐに追ってくる。
だが。
「《黒煙苦無》!」
黒煙が右手へ集まる。
一本。
二本。
三本。
漆黒の苦無へと形を変えた。
投擲。
シュシュシュッ!!
「こんなもの!」
ゼノスが剣を振るう。
キンッ!
キィン!!
二本が弾かれる。
残る一本を身体を傾けてかわした。
その瞬間。
「……!」
俺はもう目の前にいる。
《煙歩》。
黒煙苦無は攻撃じゃない。
視線を逸らすための囮。
「《黒煙斬》!」
黒煙刀を振り抜く。
ガキィン!!
「くっ!」
ゼノスが剣で受け止める。
だが受けたのはゼノス。
俺じゃない。
そのまま黒煙刀を滑らせる。
剣を外へ。
懐が開く。
一歩。
踏み込む。
「はっ!」
斬る。
「ぐっ……!」
黒煙刀がゼノスの脇腹を捉えた。
赤いダメージエフェクトが散る。
「てめぇ……!」
ゼノスが剣を振るう。
俺は追わない。
すぐに後退。
「《煙歩》!」
ボンッ!!
距離を取る。
「……」
ゼノスの目が細くなる。
「俺の《封技呪印》を警戒して、まともに打ち合う気はねぇってことか」
「そういうこと」
俺は黒煙刀を構え直す。
「なら!」
ゼノスが消える。
右。
「……!」
避ける。
左。
さらに避ける。
正面。
「《黒煙壁》!」
ゴォッ!!
黒煙が集束する。
巨大な壁。
ズバァン!!
ゼノスの剣が黒煙壁を切り裂いた。
だがその向こうに俺はいない。
「どこだ!」
背後。
「《黒煙縛》!」
「……!」
地面を這っていた黒煙が一気にゼノスの脚へ絡みつく。
「こんなもの!」
力任せに振り払う。
黒煙が弾ける。
一瞬だがそれで十分。
「《黒煙苦無》!」
今度は五本。
前。
右。
左。
異なる軌道から迫る。
「鬱陶しい!」
ゼノスが剣を振り回す。
キンッ!
キィン!!
ガキンッ!!
次々と弾き落とす。
その間にも俺は動く。
《煙歩》。
黒煙の中を駆ける。
正面から戦う必要はない。
黒煙刀。
苦無。
拘束。
壁。
そして移動。
全部を繋げる。
「そこ!」
「っ!」
黒煙刀がゼノスの肩を裂く。
赤い光が散る。
「ちっ!」
反撃。
俺は黒煙壁を展開。
直撃する前に距離を取る。
「……」
ゼノスが俺を睨む。
肩。
脇腹。
腕。
少しずつだが確実にダメージが蓄積している。
「クソが……!」
ゼノスの表情から笑みが消えていた。
「ちょこまかと」
地面を蹴る。
「逃げ回りやがって!」
俺は黒煙刀を構える。
「……!」
ゼノスが剣を振り下ろす。
避ける。
「《黒煙縛》!」
腕へ黒煙が絡みつく。
「ぐっ!」
剣筋が僅かに逸れる。
その横を抜ける。
「《黒煙斬》!」
ザシュッ!!
「がっ……!」
背中へ斬撃。
赤いダメージエフェクト。
ゼノスが前へよろめいた。
「……っ」
俺は振り返る。
ゼノスも振り返った。
「貴様……!」
明らかに怒っている。
これまでゼノスは相手の力を奪ってきた。
視界を奪う。
スキルを奪う。
身体の自由を奪う。
そして相手を自分の思い通りに支配する。
だが黒煙には決まった形がない。
壁にもなる。
刃にもなる。
苦無にもなる。
相手を縛ることもできる。
「……」
ゼノスが剣を握り締める。
「気に入らねぇ!」
黒い魔力が膨れ上がった。
「本当に気に入らねぇ!」
ゴォォォォォッ!!
《鬼神呪印》。
《神速呪印》。
二つの呪印が強く輝く。
「だったら!」
ゼノスが剣を構える。
さらに刀身へ別の呪印が浮かび上がった。
「……!」
《終焉呪印》。
黒い魔力が剣を包み込む。
「全部まとめて!」
地面が震える。
「叩き潰してやる!!」
「……」
俺は動かない。
黒煙が揺れる。
ゼノスの剣。
あれを受けることはできない。
《終焉一閃》。
一度目は《朧》を砕かれた。
さらに今は。
《封技呪印》まで重ねられている。
まともに受ければ終わる。
「死ねぇぇぇ!!」
ドンッ!!
ゼノスが消えた。
《鬼神呪印》。
《神速呪印》。
さらに。
《終焉呪印》。
「《終焉一閃》!!」
漆黒の斬撃が迫る。
俺は右手を上げた。
「《黒煙分身》」
ゴォッ!!
黒煙が爆発する。
「……!?」
俺の姿が。
二つ。
三つ。
四つ。
黒煙から生まれた分身が一斉に散開する。
「小細工を!!」
ゼノスは止まれない。
一番近い俺へ剣を振り抜く。
ズバァァァン!!
身体が真っ二つに裂けた。
だが。
ボンッ!!
黒煙へ戻る。
「なっ……!」
偽物。
その瞬間、ゼノスの剣は振り切られている。
身体は前へ流れている。
そして《神速呪印》で加速した勢いはすぐには殺せない。
隙。
初めて生まれた。
完全な隙。
「……!」
ゼノスがこちらを見る。
俺はもう懐へ入っていた。
黒煙刀を低く構える。
足元。
周囲。
戦場へ広がっていた黒煙が一斉に俺へ集まり始める。
ゴォォォォォッ!!
「……!」
黒煙が刀身へ集束する。
濃く。
さらに濃く。
漆黒の刃が震える。
これまでとは違う。
ただ黒煙を刀にしただけじゃない。
広げていた黒煙。
使っていた黒煙。
残る魔力。
すべてを一振りへ。
「……!」
ゼノスの表情が変わる。
剣を戻そうとする。
遅い。
俺は地面を蹴った。
「《黒煙穿牙》!!」
黒煙が爆ぜた。
一直線。
ただ真っ直ぐにゼノスへ。
「っ!!」
ゼノスが咄嗟に剣を戻す。
ガキィィィィン!!!
黒煙刀と剣が激突した。
「ぐっ……!」
ゼノスの身体が押される。
「舐めるなぁぁぁ!!」
《鬼神呪印》の力。
強引に押し返そうとする。
だが俺は止まらない。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
黒煙がさらに集まる。
刃へ。
一点へ。
貫くためだけに。
「なっ……!」
ピシッ。
ゼノスの剣に亀裂。
「……!」
ピシピシッ!!
「馬鹿な……!」
バキィィィン!!
剣が砕けた。
ゼノスの目が見開かれる。
二人の間を遮るものはもうない。
「ゼノス!!」
黒煙刀がその身体を貫いた。
「がっ……!」
赤い光が爆発する。
「……」
ゼノスの身体から力が抜けた。
俺は黒煙刀を引き抜く。
ゼノスが数歩よろめく。
「俺が……」
膝をつく。
「負ける……?」
「……」
俺は何も言わない。
ゼノスは自分の手を見る。
「俺は……」
「相手の力を奪った」
「動きを封じた」
「弱点を突いた」
「それでも……」
拳を握る。
「なぜ届かない……!」
俺は黒煙刀を下ろした。
「お前は」
ゼノスが顔を上げる。
「相手を支配しようとした」
「……」
「私は違う」
みんなが戦った。
みんなが繋いだ。
だから俺はここに立っている。
「私は一人で戦ってたわけじゃない」
「……」
「仲間がいる」
ゼノスの表情が僅かに揺れた。
「仲間……?」
「そう」
俺は答える。
「だから負けられない」
「……理解できねぇな」
ゼノスは苦しそうに笑う。
「弱い奴を守ることに」
「何の価値がある」
俺は首を振った。
「弱いから守るんじゃない」
ゼノスを見る。
「大切だから守るんだよ」
「……」
ゼノスは黙った。
長い沈黙。
やがて。
「……そうか」
小さく笑う。
「それが……」
身体が赤い光へ変わり始める。
指先。
腕。
脚。
少しずつ。
「お前たちの……力か……」
「……」
俺は何も答えなかった。
ゼノスは空を見上げる。
「俺は……」
「力さえあれば」
「全部支配できると思ってた……」
赤い粒子が舞う。
「くそ……」
最後に俺を見る。
「気に入らねぇ……なぁ……」
身体が光へ変わる。
そしてゼノスは静かに消えた。
その直後、視界の端に一つの通知が現れる。
《プレイヤー・ゼノスを殺害しました》
「……」
俺はその文字を静かに見つめた。
終わった。
長かった戦いが終わった。
黒煙がゆっくりと消えていく。
戦場を覆っていた黒が晴れていく。
その向こうに傷だらけのガンテツとバレットが見えた。
二人ともこちらを見ていた。
俺は小さく息を吐く。
そして静かに笑った。
《深淵の剣》との戦いはここに決着した。
第32話「決着」を読んでいただきありがとうございます!
次回は戦いを終えた仲間たち。
お楽しみに!




