第31話 黒煙と呪印
白銀戦線の拠点外。
黒煙が戦場を覆う。
視界は未だ戻っていない。
何も見えない。
それでも今なら分かる。
「……」
右。
三歩。
黒煙が僅かに揺れた。
人一人分の輪郭。
その手に握られた剣。
そしてこちらへ踏み込もうとする足の動き。
ゼノスだ。
「……面白い」
暗闇の中から声が聞こえた。
「本当に俺の動きが分かるらしいな」
「……」
俺は黒煙刀を構える。
見えてはいない。
だが黒煙に触れているものなら感じ取れる。
呼吸。
動き。
魔力。
空気の流れ。
それらすべてが黒煙を通して俺へ伝わってくる。
「なら」
ゼノスの気配が沈んだ。
「これはどうだ!」
消える。
いや。
違う。
左!
「……!」
俺は地面を蹴った。
直後。
ヒュンッ!!
剣が先ほどまで俺の首があった場所を通過する。
「なに……!」
驚く声。
その位置も分かる。
俺は身体を回転させた。
「《黒煙斬》!」
黒煙刀を横薙ぎに振り抜く。
ガキィン!!
「ちっ!」
ゼノスが剣で受け止める。
金属音。
その衝撃すら黒煙を通して伝わってくる。
俺は止まらない。
一歩。
踏み込む。
斬る。
ゼノスが受ける。
さらに斬る。
ガキンッ!
キィン!!
ガキィィン!!
「……!」
ゼノスが後退する。
見えない。
それでも戦える。
いや、今だけなら目で追うよりも分かりやすい。
ゼノスの動きそのものが俺へ伝わってくる。
「小癪な……!」
右。
剣。
身体を傾ける。
ヒュッ!!
頬の横を通過。
すぐに反撃。
黒煙刀を突き出す。
「っ!」
ゼノスが身体を捻る。
刃が黒いコートを浅く裂いた。
「……」
一瞬、ゼノスの動きが止まる。
俺も追わない。
黒煙刀を構えたまま。
次の動きを待つ。
「ククッ……」
ゼノスが笑った。
「視界を奪われている奴の動きじゃねぇな」
「……気に入らねぇ」
ゼノスの声から笑みが消えた。
次の瞬間、黒煙の中で魔力が膨れ上がる。
「……!」
来る。
一歩。
二歩。
速い。
《神速呪印》。
一気に距離を詰めてくる。
右。
斬撃。
避ける。
左。
返し。
黒煙刀で受け流す。
ガキィン!!
重い。
《鬼神呪印》もまだ効いている。
速さだけじゃない。
一撃そのものが重い。
「そこ!」
俺は踏み込む。
黒煙刀。
一閃。
「ぐっ……!」
手応え。
ゼノスの身体が後方へ下がった。
黒煙が揺れる。
一滴。
二滴。
赤いダメージエフェクトが地面へ散った。
「……」
ゼノスの気配が変わった。
先ほどまでとは違う。
苛立ち。
そして警戒。
「なるほどな」
低い声が響く。
「《暗幕呪印》だけじゃ、お前は止められないらしい」
「……」
俺は黒煙刀を握り直す。
その時だった。
視界の奥。
僅かに光が戻った。
「……?」
黒。
その中に薄い輪郭。
地面。
黒煙。
そして。
ゼノス。
《暗幕呪印》の効果が切れ始めている。
やがて完全に視界が戻った。
「……見える」
俺はゼノスを見る。
ゼノスもこちらを見ていた。
「ちっ」
舌打ち。
やはり。
《暗幕呪印》は永続ではない。
一定時間だけ視覚を奪う呪印。
それでも十分強力だ。
普通ならその時間だけで決着する。
だが今回は違った。
俺は黒煙刀を構える。
「残念だったね」
「……」
ゼノスの目が細くなる。
そして。
「なら」
剣をゆっくりと持ち上げた。
「次は別のものを奪ってやる」
「……!」
刀身へ黒い紋様が浮かび上がる。
見覚えがある。
ガンテツに刻まれていたもの。
「ガウ!」
少し離れた場所からガンテツの声が飛んだ。
「そいつを受けるな!」
「俺のスキルを封じた呪印だ!」
「……!」
ゼノスが笑う。
「もう遅い」
黒い呪印が剣を這う。
「《封技呪印》」
次の瞬間、ゼノスが消えた。
「……!」
速い!
《神速呪印》を乗せた踏み込み。
剣が迫る。
攻撃を受けるな。
《黒煙支配》を封じられる可能性がある。
俺は黒煙刀を引いた。
「《煙歩》!」
ボンッ!!
黒煙が弾ける。
身体を一気に横へ滑らせる。
直後、ゼノスの剣が空を斬った。
「逃がすか!」
追ってくる。
速い。
だが。
「《黒煙壁》!」
ゴォッ!!
俺とゼノスの間へ黒煙が集まる。
巨大な壁。
そこへゼノスの剣が叩き込まれた。
ズバァン!!
黒煙壁が大きく裂ける。
「……!」
だが俺には届かない。
俺はそのまま後方へ跳んだ。
距離を取る。
「……」
ゼノスも剣を構え直した。
《封技呪印》。
ダメージ量に応じて封印時間が決まる。
攻撃を受けなければ無力な力。
「面白い」
ゼノスが笑う。
「今度はどこまで逃げられる?」
「逃げる?」
俺は黒煙刀を握る。
周囲に広がっていた黒煙が一斉に揺れた。
「違うよ」
一歩。
前へ。
「攻め方を変えるだけ」
黒煙。
呪印。
互いの能力を潰すため。
戦いは次の段階へと移っていった。
次回、決着




