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第28話 最後の戦場

白銀戦線の拠点内部。


リンファは長い通路を駆け抜けていた。


リリアとの戦いは終わった。


だが。


戦いそのものはまだ終わっていない。


「……」


リンファは走りながら前を見る。


ゼノス。


《深淵の剣》を率いる男。


そしてそのゼノスを追っているはずのガウ。


一刻も早く合流しなければならない。


通路を曲がった。


その時だった。


「……!」


壁にもたれかかる一人の男の姿が目に入った。


「アイス!」


リンファはすぐさま駆け寄る。


《白銀戦線》ギルドマスター。


アイス。


脇腹を押さえながら壁にもたれかかっている。


「リンファか……」


アイスが顔を上げた。


「無事だったんだな」


「私は大丈夫よ」


リンファの視線がアイスの脇腹へ向く。


「それよりあなた……」


服は赤いダメージエフェクトに染まっている。


脇腹には応急処置として凍らせた跡。


ミレイアとの戦いで負った傷は明らかに深い。


立っていることさえ辛いはずだ。


「ひどい傷……」


「問題ない」


アイスは壁から身体を離そうとする。


「まだ戦える」


一歩。


だが。


「っ……!」


足から力が抜けた。


身体が傾く。


「危ない!」


リンファがすぐに肩を支えた。


「無理しないで」


「だが……」


「あなたは十分戦ったわ」


「……」


アイスは悔しそうに拳を握る。


「ゼノスを……」


顔を上げる。


「止めないと」


「分かってる」


リンファは静かに頷いた。


「だからこそ、ここで倒れたら駄目でしょう?」


「……」


「生きて戻るまでが戦いよ」


アイスは何も言わなかった。


ただ小さく息を吐く。


「……そうだな」


その時だった。


通路の奥から複数の足音が響いた。


「いたぞ!」


「侵入者だ!」


「……!」


リンファが振り返る。


《深淵の剣》の構成員たち。


十数人。


それぞれが武器を構えながらこちらへ走ってくる。


「まだいたのね」


リンファは小さく息を吐いた。


そしてアイスを壁際へ座らせる。


「少しだけ待っていてね」


「リンファ……」


「すぐに終わらせるわ」


リンファが立ち上がり、構える。


《深淵の剣》の構成員たちは止まらない。


「やれ!」


「二人とも仕留めろ!」


一斉に襲い掛かる。


先頭。


剣士。


剣が振り下ろされた。


だが。


「遅いわ」


半歩。


《崩歩》。


僅かに身体をずらす。


剣が鼻先を通り過ぎた。


リンファはそのまま懐へ踏み込む。


「《鉄山靠》」


ドンッ!!


肩から全身をぶつけた。


「がっ!」


剣士が吹き飛ぶ。


背後にいた二人を巻き込みながら床を転がった。


「囲め!」


左右。


二人。


右から槍。


左から斧。


リンファは槍を《華鋼》で逸らす。


ガキンッ!


そのまま身体を回転。


斧を紙一重でかわす。


そして。


「《発勁》」


トンッ。


拳が男の胸へ触れた。


次の瞬間。


ドンッ!!


「ぐはっ!」


衝撃が身体の内側を貫く。


男がその場へ崩れ落ちた。


「こいつ……!」


「一人で……!」


それでも構成員たちは止まらない。


前。


後ろ。


左右。


一斉に襲い掛かる。


リンファは周囲を見た。


「仕方ないわね」


右手を上げる。


「アークスキル」


指先が静かに動いた。


「《鋼糸操術スティール・マリオネット》」


ピン――。


細い音。


「……っ!?」


一斉に構成員たちの身体が止まった。


「な……!」


「動けない!?」


腕。


脚。


胴。


武器。


いつの間にか張り巡らされていた鋼糸が全員へ絡み付いている。


一人が無理矢理腕を動かそうとする。


「ぐっ……!」


ピンッ。


鋼糸が肌へ食い込んだ。


「動かない方がいいわよ」


リンファが静かに告げる。


「次に動いたら」


指を僅かに引く。


鋼糸が張る。


「本当に切るわ」


「……っ!」


誰も動けなかった。


リンファはそのまま鋼糸を柱や瓦礫へ巻き付ける。


拘束された構成員たちがその場へ固定された。


「そこで大人してなさい」


「……」


返事はない。


だが動く者もいなかった。


リンファはアイスのもとへ戻る。


「終わったわ」


アイスが苦笑する。


「《王虎の牙》は全員強いんだな」


「褒めても何も出ないわよ」


リンファが肩を貸す。


「行きましょう」


「ああ」


二人はゆっくりと奥へ進んでいった。



同じ頃。


白銀戦線の拠点。


別区画。


「……」


ハヤテは静かに廊下を歩いていた。


右手はいつでも《白夜》を抜ける位置。


周囲に気配はない。


戦闘音もかなり遠くなっている。


だが。


「まだ誰かいるな……」


ハヤテが足を止めた。


耳を澄ます。


「……」


微かに。


本当に微かに声が聞こえる。


「……っ……」


泣き声。


「子供……?」


ハヤテは周囲を見る。


そして。


通路の隅。


地下へ続く階段を見つけた。


「……」


階段を駆け下りる。


一段。


二段。


三段。


降りるほど暗くなっていく。


やがて。


「地下牢か……」


鉄格子。


薄暗い石造りの空間。


いくつもの牢屋が並んでいる。


その奥。


「……!」


一つの牢屋の中。


小さな影があった。


狐の耳。


狐の尻尾。


小さな身体をさらに小さく丸めて。


膝を抱えて震えている。


狐獣人の少女。


「……」


ハヤテはゆっくり近付いた。


少女が顔を上げる。


「……っ!」


涙に濡れた瞳。


ハヤテを見るなり壁際まで後ずさった。


「だれ……?」


震える声。


「安心しろ」


ハヤテは足を止める。


これ以上近付けば怖がらせる。


そう判断した。


「俺は《深淵の剣》じゃない」


「……」


「助けに来た」


少女の瞳が僅かに揺れる。


「ほん……と?」


「ああ」


ハヤテは笑った。


「今出してやる」


腰の《白夜》へ手を掛ける。


抜刀。


一閃。


キィン――。


鉄格子が斜めに斬れる。


ガシャン!!


床へ落ちた。


「……!」


少女が目を丸くする。


ハヤテは《白夜》を鞘へ戻した。


「もう大丈夫だ」


手を差し出す。


「……」


少女はその手を見る。


しばらく迷っていた。


やがて小さな手がハヤテの手を握った。


牢屋から一歩。


外へ出る。


その瞬間、少女の瞳から再び涙が溢れた。


「お姉ちゃん……」


「ん?」


「お姉ちゃんを……」


小さな手に力が入る。


「助けて……!」


ハヤテは少女を見る。


「姉ちゃんもここにいるのか?」


少女は何度も頷いた。


「うん……!」


「名前は?」


「ヨミ……」


「……ヨミ?」


ハヤテの表情が変わった。


聞き覚えがある。


ガウが気にしていた狐獣人。


「そうか……」


この子はヨミの妹。


「君の名前は?」


「……ツキ」


「ツキか」


ハヤテはしゃがむ。


目線を合わせる。


「よく聞け」


ツキが涙を拭いながらハヤテを見る。


「ヨミなら俺たちの仲間が助けに向かってる」


「……!」


「だから大丈夫だ」


「ほんと……?」


「ああ」


ハヤテは笑う。


「ガウっていう」


一度、言葉を止める。


「とんでもなく強い奴がな」


ツキの瞳が僅かに開く。


「……ガウ?」


「ああ」


ハヤテは立ち上がった。


「きっと助けてる」


そしてツキへ手を差し出す。


「だから俺たちも行こう」


「……うん!」


ツキがその手を握る。


二人は地下牢を後にした。



白銀戦線の拠点入口。


「はぁ……」


荒い呼吸。


「はぁ……はぁ……」


バレットは《流星》を地面へ突き立てていた。


身体中に傷。


そして。


目を開けているにもかかわらず何も見えない。


暗闇。


ただそれだけ。


ゼノスの《暗幕呪印》。


視覚を封じる呪印。


「……」


バレットは静かに息を吐いた。


見えない。


なら別のもので見る。


風。


足音。


衣擦れ。


武器が空気を裂く音。


狩人に必要なのは目だけではない。


「どうした?」


ゼノスの声。


右前方。


距離はおよそ十五メートル。


「見えない世界は恐ろしいか?」


「……」


バレットは答えない。


棒状の《流星》を両手で構えた。


「来るぞ!」


ガンテツの声。


直後。


ザッ――。


足音。


右。


「……!」


バレットが身体を向ける。


風を切る音。


来る。


棒を振り上げた。


ガキィィン!!


「……!」


剣と《流星》がぶつかる。


「ほう」


すぐ近くにゼノスの声。


「見えなくても防ぐか」


「狩りってのはな」


バレットが棒を押し返す。


「目だけでするもんじゃない」


「面白い」


次。


空気が動いた。


下。


「っ!」


腹部へ衝撃。


ドゴッ!!


「ぐっ!」


蹴り。


バレットの身体が吹き飛ぶ。


地面を転がった。


「バレット!」


ガンテツが叫ぶ。


「てめぇ!」


《震天》を振り上げる。


スキルは封じられている。


《剛力解放》は使えない。


それでもガンテツ自身の怪力が消えたわけではない。


「うおおおおおっ!!」


巨大な鉄球を振り下ろす。


ドゴォォン!!


「……!」


ゼノスは横へ跳ぶ。


《震天》が地面を砕いた。


土煙。


その中。


ガンテツが鎖を引く。


巨大な鉄球が再び動く。


横薙ぎ。


「食らいやがれ!」


ゼノスは剣を構える。


ガキィィン!!


激突。


「ぐっ……!」


ガンテツの傷口から赤いエフェクトが散る。


ゼノスはそれを見逃さない。


「傷が深いな」


「……」


「その身体でまだ戦うつもりか?」


ガンテツが歯を食いしばる。


「当たり前だろうが」


「なぜだ?」


「決まってんだろ」


《震天》を握る。


「仲間が後ろにいる」


一歩。


「なら」


ゼノスを睨み付ける。


「立つしかねぇだろ!」


「くだらない」


ゼノスが剣を払った。


「なら守ってみろ!」


踏み込む。


「……!」


速い。


ガンテツが《震天》を引き戻すより。


速い。


ドゴッ!!


「がっ……!」


蹴り。


しかも。


先ほど斬られた傷。


「ぐ……!」


身体が大きく揺れる。


膝が落ちそうになる。


だが。


「まだ……だ!」


踏ん張る。


ゼノスの表情が僅かに変わった。


「しぶといな」


「へっ……」


ガンテツが笑う。


「なら」


ゼノスが剣を持ち上げた。


「終わらせてやる」


「……!」


剣が振り下ろされる。


ガンテツは《震天》を戻そうとする。


間に合わない。


腕も。


脚も。


もう限界だった。


それでも。


ガンテツは逃げなかった。


「……来やがれ」


ゼノスの剣が迫る。


その瞬間。


ヒュン――。


「……?」


ゼノスの目が動いた。


何かが視界を横切った。


次の瞬間。


ガキィィィィン!!


「……!」


ゼノスの剣が止まった。


「なに……?」


ガンテツの目が見開かれる。


剣とガンテツの間。


そこへ。


一振りの忍者刀が割って入っていた。


黒い刀身。


《朧》。


「……」


ゼノスの目が細くなる。


俺は《朧》へ力を込めた。


ギギギギッ――。


刃と刃が擦れる。


「悪い」


俺は静かに言った。


「待たせた」


「……!」


ガンテツが顔を上げる。


「ガウ……!」


少し離れた場所。


バレットも声へ反応した。


「……遅い」


「ごめん」


「……でも」


バレットが小さく笑う。


「待ってた」


俺も僅かに笑った。


「あとは任せて」


《朧》を押し込む。


「……!」


ゼノスの剣を弾く。


キィン!!


互いに距離を取った。


「……」


俺はゼノスを見る。


黒いコート。


剣。


そしてあの冷たい目。


忘れるはずもない。


ヨミを操り。


大勢の人間を支配し。


仲間を傷付けた男。


《深淵の剣》ギルドマスター。


ゼノス。


「……なるほど」


ゼノスが俺を見る。


そして口元を吊り上げた。


「また会ったな」


「あの時の獣人」


「覚えてたんだ」


「当然だ」


剣を肩へ担ぐ。


「俺の邪魔をして」


「今度はここまで来た」


「……」


「少しは楽しませてくれそうだな」


俺は答えない。


一度だけ。


後ろを見る。


ガンテツ。


全身傷だらけ。


立っているのが不思議なくらいだ。


バレット。


同じく傷だらけ。


二人ともここまで戦ってくれた。


だから。


「ガンテツ」


「……あ?」


「バレット」


「……何?」


俺は《朧》を握った。


「少し休んでて」


前を見る。


「ここからは私がやる」


「……」


ガンテツが一瞬黙る。


そして。


笑った。


「へっ」


《震天》を肩へ担ぐ。


「任せたぜ」


バレットも《流星》を地面へつく。


「頼んだ」


二人が下がる。


俺は一人。


ゼノスの前へ立った。


「仲間想いだな」


ゼノスが笑う。


「くだらない」


「……」


「弱い奴を守り」


「傷付けば怒り」


「そのために命まで懸ける」


剣を構える。


「理解できないな」


俺は《朧》を構えた。


「理解してもらう必要はない」


「ほう?」


「ただ」


一歩。


前へ。


「私の仲間を傷付けた」


ゼノスを真っ直ぐ見る。


「その代償は」


《朧》の切っ先を向ける。


「払ってもらう」


「……ククッ」


ゼノスが笑った。


「いい目だ」


剣を構える。


「来い」


「獣人」


「支配ってものを教えてやる」


「……」


俺は《朧》を握り締める。


ここで終わらせる。


もう二度とこいつの好きにはさせない。


俺が地面を蹴る。


同時にゼノスも動いた。


二つの刃が戦場の中央で交錯する。


ガキィィィィン!!


支配するために振るわれる力。


守るために振るわれる力。


相容れない二つの力が真正面からぶつかり合った。


《王虎の牙》ガウ。


《深淵の剣》ゼノス。


すべてを終わらせる最後の戦場が今始まった。

第28話「最後の戦場」を読んでいただきありがとうございました!


次回、ガウVSゼノス。

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